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取り憑かれしモノを救え―救済の章―

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取り憑かれしモノを救え―救済の章―

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●降り注ぐ体液

 エイボン著『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)が【サンダーブラスト】を放つ少し前、静麻が隠れている場所上空。
「静麻からの救援要請があった発信ポイントはこの辺りだったはずだけれども……」
 閃崎静麻(せんざき・しずま)のパートナーである、レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)が探るようにいた。
「念のために着陸態勢を取ってから……って!」
 静麻の他のパートナー、神曲プルガトーリオ(しんきょく・ぷるがとーりお)――リオ――と閃崎魅音(せんざき・みおん)も同じように上空から静麻の元へかけつけていたのだったが、
「え、ちょ、空飛ぶ箒は急には止まれないのよー!?」
 レイナの真横を通り過ぎていくリオが急に飛行能力を失ったようで、まっさかさまに森へと墜落していく。
「え、ええ!? ど、どういうことなのー?」
 同様の速度で結界に突っ込んだ魅音も墜落していく。
 レイナは頭痛がしているかのように額に手を置き、溜息をついて、2人の後を追うのだった。


 避けきれずに裾から徐々に服が溶け出していく女の子たちを鑑賞していた、静麻は上への注意を怠っていた。
「「きゃああああああ!!!」」
 回避行動もままならず、
「……おお、こ、これは脳内メモリーにほぞ……ぐえぇ!!」
 静麻は上から墜落してきた、パートナー二人に踏みつけられることになった。
「あ、あれ? 痛くない……」
「ふぅ……下にいい感じのクッションがあって助かったわ……」
 下にはうつ伏せになっている、静麻の姿。頭の上には魅音のお尻があり、背中にはリオが乗っている。
 2人分の体重を受け、静麻の直前に保存した脳内メモリーは全て消去されたのはまた別の話なのだが、
「2人とも大丈夫?」
 木々を伝ってその場に下りるレイナは静麻の心配はしていないようだった。
「全く、静麻はいやらしいことでも考えていたのでしょう」
「えと、静麻お兄ちゃん大丈夫?」
 ふんっと鼻を鳴らすレイナとは真逆に魅音は、心配そうに声をかける。
「しかし今の状態なら、呼ばなくてもよかったかもしれんなー」
 この押せ押せムードの魔法戦を見て静麻は言った。
「緊急事態だと聞いたから急いできてみたら――」
「いや、まて」
 レイナも安堵したように軽口に答えていたが静麻はそれを遮った。
 スライムの様子が何かおかしい。
 火にあぶられ縮小の傾向はさっきから見られていたが、小刻みにふるえている。
「すまん、レイナ。急いで皆のもとに行ってくれ。次の一撃は――ヤバい」
 徐々にあられもない姿になって行くのを見るのはなかなか乙なものではあったが、次のは毛色が違う気がする。
 ただこの状況を楽しんでいたわけではない。楽しむ方がメインであったことは否定はしないが、それと同時にスライムの行動パターンもちゃんと見ていたのだ。
 中遠距離には体液をとばし、至近距離では変幻自在の身体を用い触手をのばした攻撃または、のしかかり。
 しかし、今は熱され水分は明らかに高温になっている。
 そこから導き出されるのは――
「……沸騰した酸性の体液が降り注ぐぞ」
「わかりました。静麻にしては珍しく――」
「野郎はどうでもいい! 女の子たちだけは助けるんだ!!」
「いつも通りでしたか……」
 はあっと全力でため息をついたレイナは気を取り直して、無造作に全力の拳骨を静麻にぶつけてスライムのもとへと向かっていった。
「っつう……。リオも魅音も頼む。あの何もしてないように見えるハーフフェアリーの子が一応の指令塔だ。回避行動をとるように伝えてくれ」
「わかった!」
 うんっと魅音は頷きモルル・エルスティ(もるる・えるすてぃ)のもとへ駆けて行った。
「で、あんたはどうすんのよ」
「ああ、俺もでるぞ。専門外だから後ろでふんぞり返ってるだけだけどな」
「レイナにまた拳骨もらうわよ……?」
 あきれたようにリオは言うが静麻は気にしていないようだった。
 そうして、変化は訪れた。
 まるで火山が噴火したかのように、スライムの頭と思わしき部分から体液が飛び出す。
 無造作に放たれる鉄砲水の様にそれは辺り一帯に飛び散るが、
「みんな離れて!」
 辺り一帯に響きわたる、モルルの声。
「風よ!」
 上空からレイナの放った【タービュランス】が上空で小規模ながらの乱気流を起こした。
 その激しい風圧が叩きつけるように酸性の体液は打ち落としてゆく。
 それはべちゃべちゃと地面に落ちるなり、燃え上がる炎に飲まれて蒸発していった。
「今のうちです。みんなもう一度、魔法を!」
 涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が言った。
 それに併せて、全員が動く。
 沸騰した体液を放出したスライムの体積がずいぶんと減っている。
 これなら、核に届くと、涼介は確信していた。
 放たれる【火術】に【ヴォルテックファイア】。
 そこにリオと魅音の【ファイアストーム】が加わる。
 さらに無作為に振るわれる触手のようなものは、【サンダーブラスト】と【我は射す光の閃刃】が、攻撃が届く前に打ち落とす。
「門にして鍵、一にして全、全にして一たるモノの力を以て輪が魔力を増幅せん……!」
 朗々と謳いあげる。涼介は、【禁じられた言葉】による魔力の増幅を持ってスライムを駆逐しようと考えた。
 目の前にいるスライムは炎の中で身動ぎをする程度で、もうそれ以上の動きが無い。
 迫る炎が、打ち込まれる火炎が、魔力の質を変質させていた。炎熱属性に有利になるように。
 根源が水分と魔力で創られているスライムは、ただそれだけで活力が奪われていた。
 単一属性による力場効果というのだろうか。魔力の共振にも近いそれは、力に制限があることを忘れてしまうくらいに、威力を増加させている。
「万物をつかさどる神の力よ、我が前に顕現し我が眼前の敵に――裁きを与えよ!!」
 そして、涼介の詠唱が完了すると共に、墜ちる【神の審判】。
 圧倒的な魔力が風圧を巻き起こし、それはスライムの核だけに留まらず、湖底に沈んでいる翠玉石すらも砕く。
 炎が消え、風がやむ。そして巻き上げられた土煙が落ち着いたとき、そこにはぽっかりと穴が開いていた。
 全ての水が消え、湖底には泥とその上に砕け散った翠玉石の破片があった。
「終わったかな……」
 その場に座り込みながら、秋沢向日葵(あきさわ・ひまわり)が言った。
「うん、終わったみたい」
 それにエイン・ヒューレン(えいん・ひゅーれん)が答えた。
「私、ちゃんと力になれてたかな」
 エインが不安そうに向日葵に聞いた。
「大丈夫。きっとこの場にいる誰もが欠けても厳しかったと思うわ」
「そっか。いつかは私も雪みたいに向日葵を助けられるようになるから」
 颯爽と向日葵を助けていたアンデルセン著「雪の女王」(あんでるせんちょ・ゆきのじょおう)――雪――を見上げながら言う。
「さーて、戦いも終わったみたいだから、モルル踊っちゃうよー!」
 人一倍元気に声を上げるモルルが踊り始めた。
 踊りを見ているとなぜか不思議と癒されていた。
「いいぞー! ぬ――ぐぇっ!」
 指笛を鳴らしながら茶々を入れる静麻はレイナに二度目の拳骨を貰い黙る。
「しーずーまー?」
 にっこりと笑みを浮かべながらレイナは静麻に詰め寄っていた。


「結界の力が薄まった……?」
「多分ですけれども、翠玉石が破壊されたからだと思いますわ。要を用いる結界はその要が破壊されれば効果は薄まるものですもの」
 エイボンの書が清泉北都(いずみ・ほくと)に推測に近い説明をする。
「北都、【超感覚】はどうでしょう?」
 期待に満ちたまなざしで、リオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)が技法が使えるようになっているかの確認をする。
「うん? えっと――」
 探るように、犬耳をひょこひょこと動かし、尻尾がぽふぽふと揺れる。
「あ、ちゃんと感覚が戻ってる。これで、少しは他の人たちが有利に戦えるのかな……」
 安堵に胸をなでおろす北都をよそに、リオンは揺れる犬耳と尻尾にご執心だった。
「……結界が軋んでいますね」
 宙を見上げ、涼介は些細な変化に気づいていた。
「玉石が後一つだから、安定を欠いているんでしょうね」
「そうですわね、兄さま。でもどうにかなってよかったですわー」
 柔らかく笑みを浮かべるエイボンの書。他の皆もだが、衣服の所々が酸で傷んでいる。致命傷にはならなかったのは戦い方を、距離を取っての魔法にしたからだろう。
 こうして一つの戦いがまた終わったのだった。