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炭鉱のビッグベア

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炭鉱のビッグベア

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終章 そして歩み続ける

 ぐつぐつぐつぐつ――
 じっくりと煮込まれる鍋の中、それまでは固かった肉が少しずつやわらかく身をほごされていく。たっぷりの野菜と一緒に味が染み渡ったそれを見て、
「うん、そろそろOKです」
 ついに下された食事許可の判断に、その場にいた全員が歓声をあげた。
 ところは炭鉱の麓――ガウルが食事をいただいた村の広場である。
 あの後、ハツネをついにくだしたガウルたちは、無事に村へと下山したのだった。ビッグベアたちはトップのハツネが倒されたことで縄張りを追われたと思ったらしく、その後炭鉱から出て行く姿が確認されている。ハツネたちがどうなったかは詳しくは分からないが、最後に『覚えてろなの!』と、明らかな悪役台詞を吐いて炭鉱を逃げていったところを見ると、少なくとも無事ではあるらしい。
 唯一気がかりだったビッグベアの子どもは、大きくなるまでは炭鉱で母ビッグベアと一緒に住まわせるそうだ。しかし村に被害が及ぶ可能性もあるので、教導団の監視下のもと、という制約付きではあるが。
 ビッグベアの子どもも含めて、村の食糧事情などまだまだ処理せねばならないことはたくさんあるが、それはこの地の教導団から人員が派遣されているところも見ると、今後、少しずつ改善されていくことだろう。
 いずれにしてもいまは、村人や炭鉱夫たちと一緒に、熊鍋で倒された巨熊を供養する意味も込めて久しぶりの腹一杯の食事を楽しもうというところだった。
「はいはーい、順番ですよー」
 熊鍋の調理から仕込みまでしてくれたベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が、並んでいる人たちに鍋をよそっていく。
 鍋はひとつだけではなく、他にもまだ仕込み中のものがたくさん用意されていた。炭鉱から下山しつつ、それを運ぶのは彼女の契約者の小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)である。
「ぐぬぬぬぅ……ベアトリーチェェ……重いよぉ……」
 背中に背負った大量の熊肉の重みに顔をゆがめながら、美羽はゆっくりゆっくりと歩を進めていた。
「み、美羽さん、大丈夫ですかっ?」
「だいじょーぶだいじょーぶ…………うんしょぉ!」
 どかっと鍋の横に肉を置いて、ようやく息をつく美羽。
「すまん、美羽。疲れてるなら休んでくれてかまわんぞ」
 同じように肉を運んできたガウルが、自分の運んできた肉をその傍に置いてからねぎらいの言葉をかけた。
「あー、ガウルー……う、うん……お言葉に甘えようかな。ところで……アキュートさんはなにやってるの?」
 床に座り込んだ美羽が見やった先で、なにやら村人とごそごそ肉を処理しているのはアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)だった。彼は美羽の声に気づいて振り返り、ニヤっと笑ってみせるとその手に肉の加工品を掴んで見せた。
「熊の干し肉や熊ベーコンを作ってるんだ。これなら保存食として食べられるだろ? なかなかイケるぜ? ひとつどうだ」
「……ふわー……回復するー」
 至福の顔の美羽は、もぐもぐと熊の干し肉を食べる。まるでリスのようだと、ガウルは心の中で思った。カラン、という音と一緒に、彼の目の前にグラスが差し出されたのはそのときだった。
「事件は解決。目の前には食い頃の鍋。とくれば後は、飲むしかねえだろ?」
 アキュートと一緒に、グラスの果実酒を飲みながら、ガウルは芝生の上に腰を下ろした。横では美羽がいまだにもぐもぐと干し肉を食べている。
「巨大熊の毛皮と爪と骨を売って、あとは機晶石炭鉱の再建が進めば――」
 視界の中で、村長と村の再建計画を話しているのは若き教導団の青年だった。
「シャウラ・エピセジー。村の再建に立ち会うらしいぜ。ここも、また活気のある場所に戻ればいいな」
「ああ……そうだな」
 金髪獣人の青年はグラスを軽く傾けながら、殊勝な表情でつぶやいた。


「これだけ多くの契約者が集まれば、炭鉱の再開は間違いないでしょう」
 シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)とともに村長と再建計画を考える教導団の学生ルーク・カーマイン(るーく・かーまいん)は、柔らかく人の良い笑みを浮かべた。
「そうですか。本当に、ありがとうございます」
「軍の他にも機晶石を取り扱う商人たちにも声を掛けておきました。こちらに来るのは数日後になるでしょうが、お話を前向きに聞いてくれるはずです」
 再建計画には村長だけではなく炭鉱夫たちも参加している。彼らにもこれからの計画を伝えるルークは、今後しばらく復興の目処が立つまでこの村に滞在することを約束した。
 そんなルークたちの会話を聞いていたシャウラは、パートナーのユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)が不思議そうに自分たちを見ていることに気づいた。
「どうしたんだ、ユーシス?」
 謹厳な吸血鬼の青年は、シャウラに声をかけられていぶかしげなその表情を彼に向けた。
「いや……何故、彼らは住み良い土地に移動しようとはしないのですか?」
「なぜって……暮らすってそういうことだろ?」
 何を当たり前のことを言っているのか。
 シャウラはしごく当然のようにユーシスの疑問を笑い飛ばした。だが、ユーシスに取ってみれば、それはひどく理解しがたい答えのようだった。どこか寂しげな表情を浮かべる吸血鬼に、シャウラは訳を問う。
 美しき吸血鬼は、自嘲するようにして答えた。
「変化の無い霧の島の日々しかしらなかった私には、一生理解できないのかもしれませんね」
「そんなわけないだろ。誰だって、最初は知らなくても、理解していけるのさ」
 あまりにも、自分を卑下した言い方だ。シャウラはほんのわずかに怒気を孕んで応じると、彼に再建計画を記した紙を手渡した。
「あれだよ、再建を手伝えば分かるかもだ……一緒にやってみようぜ? ほら、ルークが呼んでる」
 離れた場所に移動し始めていたルークたちのもとに、シャウラは向かった。途中、その後ろを確認するように振り返る。
 青髪の吸血鬼は彼のあとをついていきながら、静かに微笑を浮かべていた。


 熊鍋パーティもしばらくしてくると、それぞれに積もる話を交わし合うようになっていた。
 むろん、そこには二人の獣人の姿もある。
 恥ずかしげでギクシャクしているガウルに対して、彼がガオルヴだと知ってからは、リーズはどちらかと言えば物怖じも緊張もせず、むしろこれまで彼が歩んできた冒険を楽しみながら聞いていた。
 たくさんのことを話した。旅の事。自分のこと。今のこと。そうして途切れ途切れに話し続けながら、二人の獣人と仲間たちは楽しく会話に華を咲かせていた。だがそれも、いずれは終わりがくる。問わねばならぬ時が――来るのだった。
「それで? これからどうするの?」
 口火を切って、尋ねてきたのはルカだった。
「此処で旅を終えることも出来る。旅を続けることも出来る。どちらの道を選ぶかは、お前次第だ」
 金髪獣人の瞳をのぞき込むようにして見ながら、アリス・ハーディング(ありす・はーでぃんぐ)が付け加える。それを見守っている仲間たちには、レンの姿もあった。
「冒険者のお店は、いつだってガウルさんを歓迎しますよ! もちろん、リーズさんも!」
「宣伝をするな」
「あてっ……い、痛いですよぉ、レンさん〜」
 ニコニコと笑顔で補足したノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)の頭を軽くレンがこづいた。涙を流すノアを見て、すこしだけガウルの表情に笑みがほころぶ。
 しばらく黙り込む時間を得て――
「旅を……続ける」
 金髪獣人の青年は答えを出した。
「世界は広い。知らないことも多い。見たことがないものだってたくさんある。……私にはまだまだ、やることが残されてるさ」
 だがそこに、迷いはもうない。歩むべき道は決まっている。あとはそこを、一歩一歩、歩き通すだけだ。
「リーズは? どうするの?」
 尋ねてきたルカに、リーズはほんのすこしだけ寂しそうな笑みを浮かべて答えた。
「うん……わたしは、帰るよ。わたしのいる場所は森の中だもの。集落を守っていかなくちゃ」
 立ち上がり、お尻についた草をパンパンと払う。
 振り向いた彼女は、金髪獣人の青年と改めて向き合った。
「でもね、ガオルヴ…………ううん、ガウル! 絶対、集落に……帰ってきてね! 待ってるから。わたしも、父さんや母さんたちだって……それに集落のみんな…………そのときにはきっと、『おかえり』って言ってくれる! だから……ぜったいに」
 それが、答え。
 リーズは背中に背負っていた大剣を鞘ごと外すと、ガウルに差し出した。
「だからそれまで、これは預けておくから。お祖父ちゃんと一緒に、世界を見てきて」
「――ああ」
 手にした剣は、重く、深く、心に乗った。だが、不思議と心地よい重みだった。
 なあ、私が見えるか? もう、迷わない。歩いてゆくよ。この道を。そしていつか、戻ってくる。お前とともに、彼女のもとへ。だから一緒に、歩いてゆこう――道は、まだまだ終わることのなく続いていくのだから。

担当マスターより

▼担当マスター

夜光ヤナギ

▼マスターコメント

シナリオにご参加くださった皆さま、お疲れ様でした。夜光ヤナギです。
まずはリアクションが遅延公開となってしまったことにお詫び申し上げます。
大変申し訳ございませんでした。

今回は久しぶりのオリジナルシリーズということで、とても楽しんで書かせていただいた気がします。
獣人二人を据えた物語はここでいったんの区切りとなりますが、まだまだガウルの旅は続くようです。
しかし、一歩。されど、一歩。
私も彼と同じように、皆さんのアクションと一緒に悩み、迷って、少しずつでも前に進めたらいいな、と思っています。
本当に、素敵なアクションをありがとうございました。

それでは、またお会いできるときを楽しみにしております。
ご参加ありがとうございました。

※03月13日 リアクションを一部修正しました。