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「まずは状況の確認から始めるぞ」
 蒼空学園の校長室、山葉 涼司(やまは・りょうじ)は愛用の椅子に深く腰掛け、重々しく言った。
「そうね。悠長かもしれないけど、状況の整理は大事だし」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が涼司に応じ、そのパートナーダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)も頷いた。
「状況の整理をしながら、問題に対処するにあたっての優先順位をつけるべきだろう」
 第一に、と涼司が指を一本立てて、簡潔に言い切った。
「爆弾だ」
 ゴムボールをルカルカに投げる。表面に「ばくだん」という歪んだ文字つき。涼司の机の引き出しに入っていたもの。涼司には校長室でキャッチボールをする趣味はないし、「ばくだん」などという名前でもなければ、ゴムボールに名前を付ける習慣もない。気付かぬ間に入れられていたそれは、犯人は蒼空学園校舎内に爆弾を仕掛けることができる、と誇示するものだった。
「指紋が検出されるとは思わんが、このボールから分かることは少なくとも一つあるな」
 ルカルカの手に収まったボールを一瞥してダリルがコメントする。ルカルカが後を引き取って、
「字がヘタ」
 なんの手がかりにもならない。
「あとは、校長室に入ることのできる人間が犯人、ということだな」
「そうは言っても、校長室に入るのはさして難しいことでもないし、やはり大した手がかりでもない」
 涼司はため息をついた。当たり前といえば当たり前だが、校長は忙しい。掃除やら書類整理やらなにやらで教員や生徒に手伝ってもらうこともあるし、校長室を一日以上空けることも珍しくない。長期休みの始まりと終わりに退屈な話を長々とする面倒くさい先生、なんて思っていた小学生の時が懐かしい。
「つまり、蒼空学園の生徒や教員なら、わりと誰でも入れてしまう、ということですか?」
 お茶を入れていた火村 加夜(ひむら・かや)が、涼司の机にお茶を置いた。ルサルカとダリルにも渡し、小首を傾げた。
「ちょっと絞りきれませんね」
「でも、部外者が入ったら明らかに怪しいわけだし、逆に言えば、蒼空学園内部の人間に絞れるんじゃないかしら」
 涼司は顔をしかめて腕を組んだ。願うことならそうであってはほしくないし、校長の立場として、そうであると考えることもするべきではない。
「涼司くん、あまり考えすぎないでくださいね。今は事件の解決のことを考えましょう」
 涼司の思い詰めた様子を見かねて、加夜が声をかけた。心得たタイミングに涼司はわずかに頬を緩めた。
「そうだな。あと対処すべき問題は……」
 全く校長は忙しいことで、そこで涼司は再び顔をしかめた。実に嫌そうに、実に大きく息を吐いて、疲れたように椅子に背を預けた。
 ノックとともに校長室の扉が開いた。
「少し遅れました……けど、なんですかあれ。えらい勢いで放送室追い出されたんですけど」
「放送委員って言ってたけど、あれじゃ犯人と同じくらいタチ悪いわよねぇ」
 校長室に入ってきたのは湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)と、凶司のパートナーのセラフ・ネフィリム(せらふ・ねふぃりむ)だった。両者とも若干乱れた髪を直しつつ、疲れ切った表情で愚痴をこぼす様を見れば、涼司でなくとも嫌な顔の一つもしたくなる。
 爆弾犯と同じく対処すべき問題の放送委員は、はっきり言って暴走していた。


「第一放送室、すぐさま押さえろ!」
「ええと、なんか、新生徒会広報の人がいますけど」
「追い出せ」
「はぁ、いいんですか? 生徒会ですけど」
「放送委員規則その一、復唱」
「『放送委員委員長は、常に正しい』」
「そのニ」
「『規則その一は、委員長が間違っている場合にも適用される』」
「よし」
 なにがよし、だ。
 委員長と思しき男子生徒の態度を見やって、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は早くも疲れていた。指示を受けた放送委員数人が力づくで新生徒会広報である凶司を追い出すとなれば、もう言葉もない。野次馬根性で集まった生徒たちも放送委員のテンションには引き気味だ。
 客観的に見て、明らかにやりすぎであることに疑いの余地はない。
 が、状況にどっぷり浸かった者に「やりすぎ」の文字はない。アデリーヌは傍らのパートナーを見て強く思う。
「ハズレ? やっぱり一発目でいきなり、ってわけには行かないわね。さ、次行くわよ、アディ。私のライブ邪魔したやつはしっかり懲らしめないと」
 放送委員でもないのに綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)はアデリーヌの手を引いてずんずんと進んでいく。アデリーヌはされるがままで付いて行く。
 頭に血を昇らせたさゆみの気持ちも、分からないではないのだ。根気強く放送委員と交渉して、ようやく今日の昼休みの放送でライブができることになった時の、さゆみのあの喜びようといったら。パートナーとして、恋人としてアデリーヌも我が事のように喜んだし、放送ジャックによってライブが中止になった時には大いに悲しんだ。だから、アデリーヌにしてもよく分からない放送でさゆみのライブを中止に追い込んだ放送ジャック犯は許し難いのだが、しかし、この放送委員は果たしてどうだろう。
「いついかなる場合であっても、放送委員の許可がない放送は決して許されない。いかなる手を使ってでも犯人を捕らえる。邪魔する者も同罪である」
 異様なテンションで団結している放送委員を見ると、ちょっと違うんじゃないかと思ってしまう。
「その……さゆみ」
 止めよう、止めようとは思うのだ。思うのだが、
「がんばろうね、アディ。なんとしても犯人捕まえて、人様に迷惑かけるような輩に報いを与えないとね」
 口を吊り上げ、まだ見ぬ犯人にいかなる刑を処そうかと想いを馳せるさゆみに、アデリーヌの言葉は届きそうにない。
 結果、ずるずると引きずられるように付いて行くことになってしまう。せめてやりすぎないように目を光らせたいとは思うが、それもできるかどうか。前途は多難だ。
「キミらは順番通りに放送室を回って行ってくれ。オレは逆から回っていくことにするよ」
 やっぱり放送委員でもなんでもない青葉 旭(あおば・あきら)が放送委員に提案する。部外者であるはずなのにやる気満々で、アデリーヌとしては不思議に思うのだが、なんのことはない、これもまた暴走である。
「無断放送などというものは正義に反している。どうしても放送したければ、正規の手続きに則り許可を得るべきだ。それをしないで放送ジャックなんて真似は許されることじゃない、放送委員のその主張は正義だよ」
 またはじまった、と山野 にゃん子(やまの・にゃんこ)は旭を呆れ顔で見つめる。旭が自分の正義感に反している、と見なせば、容赦もしなければ手段も選ばない。視野狭窄のまま突っ走る旭を止めるなどもっての外だし、なにを言っても無駄であることもパートナーとして痛いほどよく知っている。にゃん子にできることは、食べそこねた昼食を昼休み中に食べるためにさっさと放送ジャック犯とやらを捕まえる手伝いをすることだけだ。
「放送ジャックを止めたいなら、まずは放送室の電源落とすなりなんなりして放送を止めたりすればいいんじゃん?」
 にゃん子の提案に、旭が首を振った。
「今回だけを止めればいいっていうものじゃない。この手のイタズラは『自分にもできるかもしれない』なんて思わせちゃいけないからね。こういったことが再び起こらないよう、起こす気になれないよう、犯人の末路を見せつけなきゃいけない」
「見せつける、ねぇ」
「そのために今は好きにさせてる。放送ジャックを起こしたっていう事実と、最後にはどうなるかを広めるためにね。痛めつけられた上で制圧された姿を見せつければ真似しようっていう気も起きないだろう?」
 物騒な話になってきたなあ、とにゃん子は思う。
「ふふふ、そうね。私のライブを邪魔するやつはどうなるか教えないとね……」
 旭の言葉にさゆみも同調して、アデリーヌが肩を落とした。もはやどうあっても自分では止められないと悟って足取りが重くなる。
 野次馬からの好奇の視線とドン引きの空気を引き連れ、放送委員はさゆみたちと、旭たちとの二手に別れて放送室を目指していく。