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優雅と激流のひな祭り

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優雅と激流のひな祭り

リアクション

「『こいこい』をしないか?」
 狩衣を纏った十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)雪住 六花(ゆきすみ・ろっか)にそう提案した。
「二人一組でペアを組んで花札勝負。勝者が雛あられを食べるっていう、まあお遊びだ」
 お遊びとはいえ、花札とは渋いチョイス。
「ひな祭りなら一般的だろ?」
 日本の西では一般的なところがあるらしい。
「花札って言い方がいやなら、フラワーカードって言えばいい。何となく情緒が出てくるだろ」
 そう言い換えれば、桃の花が咲き誇るこの会場に相応しい遊びに思えてくる。
「面白そうだわ。やりましょうよ」
 六花が周りへ呼びかけると、巫女姿のヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)も同意。
「それならわたくしはリイムと勝負しますわ」
 早々と相手を決める。そこには宵一と六花を組ませ、恋の応援をしようとする意図も含まれていた。
「あんましやったことないでふが、いいでふよ」
 リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)が短い手を挙げて賛成。こちらも巫女装束に包まれ、コスプレされたぬいぐるみみたいでとてもかわいい。
「それじゃ、開幕戦は任せるか」
 宵一が二人に八枚配り、場に八枚だす。残りは伏せてその隣へ。
「さあ、勝負開始だ」
「負けませんわよ。雛あられは私が食べます!」
 真剣勝負! と意気込むヨルディア。
 交互に札の取り合い。そして、手札が残り二枚になった時、
「あら?」
「リイム、それ……」
 リイムの前に揃った札を、六花と宵一がまじまじと見つめる。
「なんでふか?」
「四光っていう、二番目に強い役ができているわ」六花が微笑む。「あと一枚で一番強い五光ね」
 その言葉に耳をピンと立てたリイム。宵一が言い聞かせる。
「ここで上がりでもよし、さらに五光を目指すなら『こいこい』って言うんだ」
「もちろん! こいこいでふー♪」
「いいんですの? ここでわたくしが上がってしまえば意味がないのですわよ?」
「大丈夫でふ。次に取れば問題ないでふ」
 自信満々。
「くっ、ここは何としても役を作って上がりませんと……」
 しかし、ヨルディアの獲得した札はまだ役がそろえられそうな状況ではない。
 そして、次の手番。
「五光でふ! やったでふ♪」
「悔しいですわ……」
 雛あられを美味しく頬張るリイムと、悔しがるヨルディア。
「宵一さん」
「どうした?」
 六花は宵一の袖を引き、一瞬ためらう様な仕草を見せてから、そっと耳元に顔を寄せた。ふわりとした甘い香りに宵一の動きが止まる。
「今日は皆がいて楽しいけど、その……」
「ん?」
 何とか返せたのはそれだけ。
 それでも六花は顔を赤らめながら少し俯き、先を紡ぐ。
「本当はもっと、宵一さんにくっついたりしたいし……桃が咲いているうちに、今度は二人で来よう?」
 最後の音しか返せなかった宵一。だけど、六花はこれから先を示してくれた。
 それに応えなければ男ではない。ただし、言葉でだ。
 ここで抱きしめるのは六花の台詞をないがしろにしてしまう。抱きしめるのは次、二人で来たときに取っておくべきだ。
 甘い香りに埋もれたい衝動に駆られるが、何とか理性を総動員して笑顔を浮かべるにとどめ、言葉で返すことに成功する。
「ああ、今度は二人きりで来よう」
「はい」
 六花は嬉しそうに頷いく。
 少しだけ、距離の縮まった二人。
「……いいのですか? あのままにされていて」
 そう問われたのはウィラル・ランカスター(うぃらる・らんかすたー)。勝者に渡す雛あられを用意しているところにシェヘラザード・『千夜一夜物語』(しぇへらざーど・せんやいちやものがたり)が話しかけたのだ。
「何か問題でもありますか?」
「あなたが、二人の恋を認めるとは思いませんでしたわ」
「これはまた、藪から棒ですね」
「六花を取られまいと、決闘でも申し込むのではないかと楽しみにしていましたのよ」
「それはそれは、ご期待に添えず申し訳ありません」
 苦笑し、高杯に盛った雛あられの横に桃の花を添える。
「十文字宵一と言いましたか。私にとって、彼は六花を笑顔にしてくれる良き協力者のようなものです。六花が笑顔でいること、幸せでいることが私の思考、判断、感情、すべての基軸ですから」
「その笑顔が、自分以外に向けられていても、ですの?」
 ウィラルの視線が仲睦まじい二人を捕らえる。
「愛しい花が東を向いて咲いているからといって、無理矢理西を向かせようとは思いません。どんな理由であれ、花が生き生きと美しく咲くのであれば、それが私の喜びです」
 幸せそうな二人の様子に目を細める。
 彼の想いは彼だけのもの。たとえ恋とは違っても。
「……まるで花守ですわね」
 困ったように微笑むシェヘラザード。
「いつになれば雛あられが食べられるのかわかりませんわ……」
「仕方ないでふね。半分あげまふ」
 何度やっても勝てないヨルディア。強運の前には意気込みなど無駄だった。
「あらら、雛あられがもうないでふ」
「わ、わたくしの分は取って置いてくださいましっ!」
「さ、皆さん待ちくたびれてますよ」
 ウィラルは笑みでそう応えた。
「『桃の節句』とは、言いえて妙ですわね」


 桃色な空気が生んだ行く末、というべきなのだろうか。こんな時、こんな問題に直面するなど、そうとしか言い表す言葉がみつからない。
「家族会議を始めたいと思う」
 厳かな口調で宣言する紫月 唯斗(しづき・ゆいと)。隣には九十九 昴(つくも・すばる)が控えている。
 問題は机に盛られたご馳走を挟んで対面側。どこか似通った感のある双子。
「それで、あなた達は未来から来た、その……私と唯斗さんの子供、と?」
 二人は頷く。
「暁斗と百花っつったか? 急に空から降ってきて俺たちの子供だって言われてもなぁ……」
 さすがに胡散臭いと思う唯斗。それに対して紫月 百花(しづき・ももか)は経緯を説明する。
「ある団体が何やら作っているという噂を聞いて、私と暁斗はそこへ出向きました」
 紫月 暁斗(しづき・あきと)は同意とばかりに頷く。
「そこで何かの装置を発見。何に使う気か知らないけれど、何か企んでいるのは間違いない。阻止するため団体をぶっ飛ばしたのですが、機械が暴走して巻き込まれて」
 そこで一旦、間を置く。
「気付いたら、此処でした」
「って百花!? その話、僕、今初めて聞いたよ!」
 当事者であるはずの暁斗が詰め寄る。
「だって言ってないですもの」
「何か発見したか聞いとけば良かった……そしたら何としても止めたのに」
「今更言っても遅いですよ」
 過去か未来かわからない失態を後悔する暁斗に対し、しれっとした態度の百花は唯斗たちに向き直る。
「経緯はこんな感じです」
 内容もとても胡散臭かった。そのはずなのに、どこかひっかかりを覚えてしまう。
「何だろう、百花の行動パターンにすげぇ覚えがあるんだけど。昴、どう思う?」
「どう思うと聞かれても……性格が唯斗さんに似ているな、としか」
 経緯の略し方から突発的な行動まで、唯斗が同じ状況なら同じ行動を取っているだろう。
「やっぱりそれだけじゃ判断しようがないか」
 腕を組んで考える唯斗。
「でしたら、父様と母様の特徴を言えば信じてもらえますか?」
「そうね……聞いてみましょう」
 昴は百花を促す。
「父様は、複数の母様がいました」
「あー、すげぇ心当たりが……」
「母上にはこの辺りの時期に手を出したって」
「そこ、その補足はいらんと思うぞ」
 暁斗の補足は蹴られた。
「母様は昔、はっちゃけていた事があります」
「丁度、今くらいの時だって。どう? 間違ってる?」
「はっちゃけていたって、何のことだ?」
 疑問符を浮かべる。暁斗の補足はもう聞いていない。
「勿論、陰陽剣か――」
「駄目、言わないでください!」
 急に百花の口を塞ぐ昴。
 続くであろう言葉は黒歴史と化した名前。陰陽剣客『プレアデス』。
「これぐらいしかないですよね……うぅ、そうだとしたら、やっぱり、でも……」
 その名前が未来にも伝わっているとすればそれは間違いなく唯斗のせいだろう。
 だが、同時に二人が未来の子供という事実も信憑性に満ちてきた。つまりは、昴と唯斗がそういう関係になるということもだ。
 二種類の恥ずかしさでしどろもどろになる昴。
「こりゃ本物っぽいなぁ」
 更にそう呟いた唯斗を小突きだす。
「痛い! 昴、痛い! 恥ずかしいのは解るが加減してくれ!」
 顔は赤いが、どこか緩んでいるのは、嬉しさが隠しきれていないのだろう。
「父様と母様、仲良いね」
「とっても痛そうだけど……」
 二人の惚気に双子はそれぞれの感想を漏らす。
「ああ、痛ぇ……」
 それからしばらく小突かれた場所を摩る唯斗だったが、
「よし、家族会議終了!」家族会議の終了を告げると、「んじゃ、帰るとするか。行こうぜ昴」
「そうですね……帰りましょう」
 昴と共に踵を返す。
「え? 僕たちは……」
 突然の帰宅ムードに戸惑う暁斗。先ほどから蚊帳の外に扱われ、ここで帰ると言われてしまうと、今後どうしていいか途方にくれてしまう。
「どうしよう……」
 隣の片割れに助けを求めようとするが、数歩踏み出したところで振り返る唯斗と昴。
「ほれ、お前らも早く来い。帰るぞ、俺たちの家へ」
「未来に帰るための方法も模索しないと……これから、宜しくね?」
 ツーと言えばカー。昴も唯斗の行動を理解していた。この双子を家族として迎え入れることに。
「さっさとしないと置いていくぞ? 更に夕飯のおかず一品減るペナルティ付きだ。分かったら急ぎな」
 感無量。目を潤ませ、暁斗は横に声を掛ける。
「うん、帰ろう百花。僕達の家に!」
 しかし、そこには誰もいなかった。
「何やってるの。置いてくよ?」
「って早いよ!? 何で自然に着いていってるのさ! 適応早すぎだよ!」