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優雅と激流のひな祭り

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優雅と激流のひな祭り

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第三章 『激流下りと聞いて現れました』


 川幅が広くなり、流れが緩やかになり始めた頃。
 舵の取りやすくなった今、芸人たちは出番を勝ち取りに動き出す。
「あんたら、ちょい待ち」
 蹴落とす相手を見定めていた芸人たちの視線が瀬山 裕輝(せやま・ひろき)に集中する。
「まあ、自分の話を聞きや」
 腕組みをして語りだす。
「蹴落とし、大いに結構。せやけどな、ただ目立ちゃええってもんではないんや。いかにネタの放つタイミングを見極めんのがホンマの芸人っちゅうもんや。そこんとこ理解しとるか?」
 顔を見合わせる芸人たち。
「よう頭つこうて考えてみ。目立つ方法はぎょうさんあるやろ?」
 しかし回答は見つからない。
「あかんなぁ、あんたら。せやな……」
 嘆息一つ、裕輝は辺りを見渡す。
 上流と違い、人がカメラを向けて待機する岩場が存在しないこの辺り。空京TVも飛空挺を用意してそこからの撮影をしている。
「おあつらえ向きにカメラもきてるし、いっちゃん前走るってのも、目立つ方法とちゃうか?」
 川下を見ると、先陣を切った静香が一人。
「ふう、やっと落ち着いたよ」
 脅威が一段落したせいか、無警戒で揺られている。
「アレならすぐに追いつけるやろ」
 目立つための餌を目の前に置かれ、奮起しない芸人はいなかった。
『俺がトップを取る!』
 オールを漕ぐ手に集中、速度を上げにかかる。
 その隙を見逃さない裕輝。
「せやけど、こんだけ多かったらアカンから、数は減らすけどなぁ!」
 前方に意識が行き、前のめりになった姿勢。後ろからボートの尻を上げてやれば簡単に転覆していく。
 外道な所業、ここに極まれり。
「ここで『さっきの台詞は何やったんや!?』ってツッコミが生きてくる! さあ、ツッコミの時間や! ……って、シーンとしとるな」
 周りは誰もいない。凪いだ風と波紋が弱々しく返してくるのみ。
「あかん、減らしすぎてもうたか? そんなに落としたと思わんけどな……」
 頭を捻るが解決せず、逆に新たな問題が浮上した。
「これは深刻なツッコミ不足や……」
 軽いツッコミでもなければ、ボケが飽和状態になってしまう。そうなると、面白いものも面白くなくなってしまう可能性がある。
「いや、オレはツッコミもできるけど? やっぱ目立つならボケやん?」
 この事態の収拾のため、ツッコミを探し始める。
「ツッコミー、お客様の中にツッコミの方はおりませんかー?」
 危惧したとおり、既にボケが飽和しだしていた。
 そこに起こる水音。落ちた芸人がツッコミのため浮上してきたのかもしれない。
「お、やっとツッコミが出てきたで!」
 しかし、出てきたのはぬるりと光沢を放つ軟体。いくつもの吸盤をくっつけた何か。
 パラミタ大ダコである。
 タコは芸人たちを巻き取り、ポイッっと投げ放つ。辺りから芸人がいなくなった理由の一端はコイツのせいである。
「これはあれやな、タコや。大ダコや……触手責めか、レベル高いのぉ、この番組」
 感嘆を漏らす裕輝だが、一本の足が飛空挺の一機を絡め取り、墜落させた。
「えっ、企画ちゃうの? アクシデント? こりゃヤバイんとちゃうか!? むしろおいしいんか!?」
 ツッコミを願った結果がこの有様だった。
「とりあえず、オレは退散や」
 一目散にタコから離れようとするが、
「目つきわるーい。こわーい」
 奇妙な声と共に足が裕輝を吹っ飛ばす。
「今、オレ、ネタみたいに飛んでるで! でも妬み隊はよろしゅうに!」
 ボケと宣伝は忘れなかった。
 そして、その余波は静香にも届く。
「波がって、た、タコ!?」
「ここはとうせんぼ! イジワル? イジワル?」
 先ほどから、どこか紫っぽいヤツが頭を過ぎるが、気のせいだろうか。
「いやぁ! こないで!」
「かわいい女の子。……オンナノコ」
 何やら悩みだすタコ。しかし、その足は静香を狙っている。
「これはまずいな」
 撮影用の飛空挺からダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が身を乗り出す。
「ルカは何をしているんだ?」
 視線をめぐらせ、見つけた当の本人ルカルカ・ルー(るかるか・るー)。自前の十二単で着飾り、のほほんと流されている。
「雛くだりって、風雅だよねー♪」
「そうかぁ?」
 その横で同じく揺られているカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が懐疑の声を上げる。
「俺は川下で美味い酒にありつけるなら何でもいいぜ」
「まったく、カルキは食欲魔龍だよね」
 嘆息したルカルカの元に、ダリルの怒声が届く。
「ルカ! カルキ! 何、悠長にしているんだ!」
「ほえ?」
「トラブルだ! 静香がタコに襲われている!」
 その報告を受けると、一瞬にしてルカルカの目の色が変わった。
「なんですとー!」
「へっ、どこが風流だってんだ」
「そんなこと言ってないで、行くよ!」
 十二単をスルリと脱ぎ、上空へ投げ放つ。それを飛空挺でダリルがキャッチ。大道芸人も真っ青。
「レッツ、オクトパスアタック!」
「俺達にあったのが不運と思えってな。うはははは!」
「校長ー、私も今行きますのでー!」
 大口を開けて笑うカルキノス。
 その後ろからギコギコと妙な音を軋ませ、ボートを漕ぐロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)。異様に沈んだボートは、急いでオールを動かすだび浸水している。
 それもそのはず着物の下はいつも通りのパワードスーツ。重量は計り知れない。
「セリナ、その格好で大丈夫なの?」
「大丈夫です」
 ルカルカの心配にこう返す。
「気合と根性と愛とパワードスーツがあれば、何でもできます!」
 だが、物理法則は捻じ曲がらなかった。
「きゃあっ!」
 水で更に重量が増したボートは、当然のごとく転覆した。
「セリナ!?」
「ルカ! セリナは多分大丈夫だ!」
「そうだぜ。ただでやられるようなヤツじゃねぇ」
「それよりも静香が危ない!」
「わかった! セリナ、何とか頑張って!」
 ブクブクとした水疱が、返事をしたように見えたのは、ルカの気のせいだろうか。
 ともかく、今は静香の救出へ。
「静香、助けに来たよ!」
「美羽さん、ありがとう!」
 そこで一足先にタコへと対峙していた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は【スレイブオブフォーチュンR】を眼前に構えていた。
「かわいい女の子。わいの好みや」
 美羽へ足を伸ばしてくるタコ。
「このタコ! 私より目立つなんて許さないんだからね!」
 ボートからタコへ飛びかかる。『音速の美脚』はなにも攻撃だけに使われない。足技で培った動きやバランス感覚を駆使し、タコの足を駆け上がる。
「剣だけど、一番槍! 【煉獄斬】」
「アッチッチ!? ゆでだこ!? ゆでだこ!?」
「よし、あんたはこれから『オルちゃん』って呼ぶよ!」
 可愛らしいネーミングセンス。しかし、異様にマッチしているのはなぜだろう。
「黒墨がくるぞ! 墨には毒がある、吸わないよう気をつけろ!」
 ダリルの注意に一旦美羽が下がる。
 注意がそちらに向いている隙に、逆側からの攻撃が入る。
「ルカも一緒に“踊る”もんね!」
 こちらも歴戦の立ち回りを見せる。タコ足の上で華麗にステップ。そして【ソードプレイ】で足を落とす。
「タコの刺身だ! 刺身で一杯!」
「カルキ! おいしそーなのはわかるけど、今は戦いに集中だよ!」
「おっと、そうだった。刺身のために頑張るぜ!」
 動機が変化してしまったカルキノス。食欲魔龍の性なのか。
「きんにくモリモリ。きらーい」
「きらいで結構! でも俺は刺身が大好きだ!」
 襲い来る足を槍でやり過ごす。その方向が少しまずかった。
「カルキ! まずいぞ!」
「タコは美味いだろ!」
「そういう意味じゃない! 静香だ!」
 ダリルの指摘どおり、受け流したタコ足の一本が静香に向かっていた。
「え!? こっちにくるの!?」
 ルカと美羽は反対側。静香を守るものはいない。
「ちょっと、待って! こないでー!」
 かに見えたが、特大の水柱が上がり、タコ足の起動を逸らす。
「校長ー! 無事ですかー!」
 その水柱の先からセリナの声が響く。
「セリナ、サンキュー! あとでチョコレートあげる!」
「すごーい! でも、どうやったの?」
 当然の疑問を口にする美羽。
「川底を走って、『お雛様ジャンプ』をしただけです」
「だけって……」
 川底をガシャンガシャンと走る姿。想像すると笑えてくるが、そんなこと普通は出来るはずない。
「パワードスーツは万能なんです。後は気合と――」
「根性と」
「愛だね!」
 セリナ、美羽、ルカルカ。三人で笑いあう。
「セリナさん、ありがとうございます!」
「校長を守るのが使命ですから」
 しかしここでも物理法則が。
 飛び上がったセリナは放物線を描き、
「あわわ、落ちてるよ!?」
 静香が叫ぶ。
「タコを誘導しろ!」
 ダリルの号令に勇士たちはアイコンタクト。
「オルちゃん、こっちだよ!」
「刺身は一つでも多いほうがいいぜ! ほら、足を伸ばしな!」
「“踊り”はまだまだこれからだよ!」
 三人に挑発されるタコ。三方向に足を伸ばす。
 そうなると、胴体は動けないわけで。
「か弱い乙女キック!」
 上空から掛け声と共にセリナが蹴りをかます。
 パワードスーツの重量、蹴りの威力、そして重力による加速。
「ぐぇえぇぇ」
 うめき声を上げ、タコは沈んでいく。そして――
「しつこくてごめんね、ごめんね。なんせ、タコですから」
 謝罪と共に去っていくタコ。
「バイバイ、オルちゃん!」
 どこか憎めないタコだった。
「何とかなったか」
 ダリルもホッと一安心。水しぶきに濡れた面々にタオルを投げ寄越す。
「ダリル、まだカメラ回ってる?」
「回っているが、何をする気だ?」
「それじゃ、ルカたちを写して」
 言われてカメラを向けるダリル。ルカは目配せをしてからピースサイン。
「いつもより余計に斬ってみました♪」
「下で料理しているやつら、新鮮なタコをもってくぜ!」
「ベアー、たこ焼きの準備、宜しくね!」
 どこかの料理対決番組みたいになっていた。
「まったく、ちゃっかりしている」
「えへへー♪」
「ところで、セリナはどうした?」
 ダリルの問いに、辺りを探る面々。当のセリナは静香とボートの上。
「静香さん、頑張って下りきりましょう」
「うん。でも、ボートが重さに耐え切れるかな……」
 浮力の限界ギリギリな状態。
「乙女にその言葉はダメですよ?」
「え、今更!?」