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メアービー狂想曲

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メアービー狂想曲

リアクション


犠牲者たち?!


「現場に俺も急行したいところだが……。日常業務ってやつがな……」

 空京大学からの緊急支援要請を学生たちに連絡し終えた蒼空学園の山葉 涼司(やまは・りょうじ)は、次いで処理しなければならない雑事の手順を思い、うーんと唸った。ため息を一つついて、山葉は片付けなければならない仕事に意識を集中することにした。

一方、こちらは空京スポーツリゾート。
まず受付がメアービーについての連絡を受け、当日の管理者のもとに連絡が行ったのとほぼ同時に、火村 加夜(ひむら・かや)が管理者の元へ駆けつけてきた。

「メアービーについての情報は、空京大学の研究所からデータをもらってきています。
 命の危険は無いですけど、お客さんの混乱はできるだけ避けないといけませんね。
 館内放送で、攻撃や手を振るなどの行動をしないように、静かに待機してください、ということ。
 それと刺されても命のキケンは一切ありません、というのを強調して伝えてください」
「……は、はい」

管理人は慌てて火村に言われた内容を館内放送するよう、指示した。

「こ、これでよろしいでしょうか?」
「結構だと思います。では、私はハチの捕獲に。
 他にも協力してくださる方々が見えていますので、よろしくお願いします」
「わかりました。こちらこそよろしくお願いします!」

火村は管理人室を後にした。


「ん〜〜。体を思いっきり動かしたあとのシャワーって最高!
 しかも無料招待ってサイコー!」
「ほんとそうね! 結構豪華な施設だし、楽しかったね」

 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は、スポーツリゾートの無料招待券をもらい、せっかくだからとあちこちの施設で汗を流し、シャワーを浴びていた。返事を返したアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は隣のブースでシャワー中だ。さゆみは大きく腕を伸ばして伸びをし、その腕を後頭部で組み、胸を張って頚椎を伸ばそうとした。そこにメアービーが一匹迷い込んできた。羽音はシャワーの音にかき消されてしまい、さゆみの耳に届かない。後頭部と手の間に、何か違和感が……。

「え?」

生え際に近いあたりに軽い痛みが走り、さゆみはそのまま動けなくなった。おまけにおかしくもないのに、顔がほころんでしまう。

「ちょ!!! なによーーーーー!! ひぎゃあああああ!!!」
「ど、どうしたの!?」

さゆみの悲鳴を聞き、アデリーヌは慌ててバスタオルを巻きつけ、シャワーブースを飛び出した。すぐ隣のさゆみのブースの扉を慌てて開けると、さゆみが一糸まとわぬ姿でこちらを向いて満面の笑顔でのけぞり、その陰からすずめくらいの物体が飛び出してくる。

「きゃ!」

慌てて下がろうとしたアデリーヌは、濡れた床に滑り、バランスをとろうと腕を振り回した。バスタオルがぱらりと落ちる。その瞬間何かが腕に当たり、ちくりと軽い痛みが走る。さゆみに向かって両手を差し伸べ、こけかけたため片足を踏み出した格好でそのまま笑顔で凍りつくアデリーヌ。さながらさゆみに抱きつこうとしているようなポーズである。
そこへのんびりと館内放送が流れてきた。

♪ ピンポンパンポーン

『空京スポーツクラブにお越しのお客様に、お知らせがございます。
 ただいま当クラブ施設内部に、スズメ大の蜂が数十匹迷い込んだとの連絡がありました。
 攻撃、あるいは警戒して手足をハチに向かって振り上げるなどなさいますと、ハチが攻撃してまいります。
 刺された場合、全身が刺された瞬間のまま硬直し、笑顔のまま動けなくなるということです。
 なお、刺されましても命に別状はございません。そこはご安心ください。
 ただいまハチの捕獲のため、専門家が当施設内にて活動中でございます。
 当該のハチをお見かけになった場合、速やかにその場を離れる、動かないなどの対策をお願いいたします
 繰り返します……」

アデリーヌはそれを聞いて嘆息した。

「ちょーっと、連絡が遅かったですわね……」

さゆみはパニックを起こしており、何も聞いてはいないようだった。

「笑顔でセクシーポーズでしかもヌードよ!!!!
 いやああああああ!!!!
 誰かに見つけてもらっても恥ずかしいし!!!!
 ……ううん、きっと、きっと、このまま、誰にも発見されないまま朽ち果てるんだわ!!
 死ぬまでこのままなんだー!!」

満面の笑顔のまま、悲痛な声音で絶叫するさゆみに、アデリーヌは優しく言った。

「ちょっと気恥ずかしい気もするけれど、こういうのも意外に悪くないのじゃないかしら。
 ね、さゆみ……もう少しこのままでも良いではありませんか」


トリア・クーシア(とりあ・くーしあ)は、蒼空学園からのメールを見てほくそ笑んだ。 

「なになに、命に別状はなく刺された時のポーズで笑顔で硬直ですって?!
 こ、これはチャンスよっ!! 逃す手はないわっ!」

ユーリ・ユリン(ゆーり・ゆりん)は1人なにかぶつぶつ呟くトリアをぼんやりと見つめた。

「何? どうかしたの??」
「ちょっとユーリ! 今すぐ空京スポーツリゾートへ行くわよっ!」
「え?? 空京スポーツリゾート……?」
「いいから行くのよ!」

何がなんだかわからないうちに、いつもの男の娘メイドの格好のままトリアに引っ張られ、ユーリは空京スポーツリゾートの施設内に足を踏み入れた。トリアはさっさと受付に行くと、受付嬢ににこやかに言った。

「ハチの捕獲のために参りました〜」
「わざわざありがとうございます! よろしくお願いします! 
 こちらのカードをどうぞ。全ての施設に入ることができます」

まんまと無料で施設に入ることに成功した2人。トリアは先頭に立って人気のない大きなダンススタジオに入ると、大きなハチが一匹、飛び回っているのが目に入った。トリアはにんまりした。よしよし、うってつけである。自分は刺されないよう静かに動けばいい。中に入ってドアを閉めると、トリアは早速ユーリにいろんなポーズをするよう言いつけた。
(ユーリってば私が言うとなんでもやってくれるなんて可愛いわ)

「ダメよ、もっと元気良く、勢い良く動かなきゃハチが……もごもご」
「え? ハチがどうかしたの?」
「なんでもないわ! じゃ次、スカートをパーッとたくし上げて!」
「えー……」

ユーリがスカートたくし上げのポーズをとった瞬間、何かがぽんと腕に当たり、同時にチクッとした痛みが走った。

「……? あ痛っ!」
「やっ……たぁ! ……って飛び上がれないのが残念だわ」

ユーリは体が全く動かなくなっているのに気づいた。おまけに楽しくもなんともないのに、顔は笑顔になっている。

「何が起こったんだ?! トリア、ね、僕動けないんだけど……。
 石化とか水晶化とかそんなチャチなものじゃ断じてないよ……」

驚き戸惑うユーリに、トリアは満面の、ホンモノの笑顔を向け、用意したデジカメを取り出した。

「……え、ちょっ!!! トリアどうしてデジカメ持って僕を撮ってるの!?
 って、どうしてこうなった! なんなんだーーー!」

解毒剤到着までの辛抱よ。トリアはひっそりと胸のうちで呟くと、様々な角度からわけがわからずパニックになっているユーリの撮影を始めたのであった。