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BUST OUT

「ああ、遂にやってきてしまったのだな。敵の懐に潜り込んだのだな……」
「弱気になっている暇はございません、ティアお嬢様。上部に自分たちの侵入はバレてしまっているはずです。いつここに警備員が押しかけてもおかしくありません」
 地下へ潜り込んだ救出隊は、東シャンバラ代王の旗印の下一時集結した。
「小暮、ここからどういった手順で攻め入るつもりだ」
「クローラか。そうだな……」
 クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)に話しかけられた小暮は、拳を顎に添え眉間に皺を寄せる。
「まずはそうだな……。先鋒隊と救出班に分ける。先鋒隊には罠の解除とマフィアの打倒、救出班はその名の通り人質の救出にあたってもらおう」
「なるほど。しかしそれだと心許ないな。人数が圧倒的に少ない」
「そうだ。殿がいなければ救出班の背後を衝かれ打撃を受けるリスクが高い」
「先鋒隊の掃討を待ってもいいが、敵の総戦力が不透明なため確実性がない、か」
「そういうことだ。どこかで戦力を引き入れる必要がある」
「こちらへの入り口をもう一箇所確保したいところだな……」
 神妙な表情のクローラと小暮をよそに、セリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)は楽天的な笑顔を見せながら2人に近づいてくる。
「ねえ、小暮少尉。カジノはどうだった?」
「どうだった、とは?」
「勝った? 負けた? ていうか、楽しかったのかどうか聞きたい!」
「セリオス……。こんなときに冗談を言うもんじゃない」
「えー、いいじゃん。僕だってカジノで遊びたかったんだから」
 セリオスはクローラの小言に頬を膨らます。
「はは、いいじゃないか。カジノは楽しいものだ。だが、わざわざ非合法カジノで遊ぶ必要はない。正規店へ行くんだな」
「そうだね、そうしてみる」
 小暮の小難しい顔が解れた。
 しかし、次の瞬間、
「いたぞ! 侵入者だ!」
 警備員たちが拳銃を手に駆け寄ってくる。
 一人が小暮に向かい発砲する。
「危ない!」
 咄嗟の出来事だ。
 クローラが小暮の前に立ちはだかり、銃弾を肩で受け止めた。
「しっかりしろ!」
「だ、大丈夫だ……。幸い肩を撃たれただけだ。命に関わりはない」
「だが……」
 小暮はクローラを心配そうな眼差しで見る。
「まあまあ小暮少尉。ここはクローラの顔を立ててやって。あと、セレス……じゃなかった、ティアお嬢様」
「な、ななな、な、なんであるか?」
 セレスティアーナは突然始まった銃撃戦に身を竦めパニックに陥りかけていた。
「ティアお嬢様が応援してくれれば、みんな百人力ですよ」
「そ、そうか?」
 その言葉に、セレスティアーナは両手を丸め口元に当て、
「皆の者。すぅ……がんばれええええええ!」
 力の限り叫んだ。
「カールさん」
「なんだ?」
「ティアお嬢様をお願いします」
「当たり前だ」
 突入隊はそれぞれの役割に散っていく。
「オートバリアは張った! 防御を気にせず突っ込め!」
 警備員の群集に真っ先に挑んでいったのはエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)だ。
「白姫をどこにやった?! 人攫いなんてことをする卑劣な連中を許してはおけない!」
 エヴァルトは銃撃など意に介することもなく、我武者羅に突撃していく。
「みんな、目を瞑れ!」
 次の瞬間、視界を消し去ってしまうほどの強い光が通路を包んだ。
「ぐああ」
 不意打ちを受けた警備員は目が眩み動きが止まる。
「今だ!」
 エヴァルトは突進の勢いそのままに警備員に体当たりを決める。
 大男の部類に入る警備員もその威力には勝てず、真横に物理法則のままに吹き飛ぶ。
 一人、また一人と男を避けそこなった連中も共になぎ倒されていく。
「まだまだぁ!」
 雄たけびを上げ、自らを高揚させるエヴァルト。
 しかしその咆哮を聞きつけ、警備員が次から次へと現れる。
「くそ、キリがないぜ」
 しかし発言とは正反対にどんどん力任せに押していく。
 エヴァルトの体を受け止め後ずさりする警備員に他の警備員が加担する。
 まるで地下通路での押し相撲。
 両者譲らず硬直状態になったところ、
「お先に失礼します!」
 志方 綾乃(しかた・あやの)はそう叫ぶとエヴァルトの背中を駆け上り、飛んだ。
 あんぐりと口を開けた警備員たちの頭の上を見事に跳躍する。
「ば、ばか! 見ないでください!」
 そんな可愛らしい台詞を残しつつも、綾乃は後ろを振り向かない。
 綾乃の目論見はただひとつ。
 罠の解除だ。
「あなたたちを相手にしているヒマはありませんから、悪く思わないでくださいね!」
 警備員たちの怒号を背に、綾乃は通路を行く。
「この壁……。他の壁より色が濃いところがあります……。調べてみましょう」
 恐る恐る手をかざす。
 次の瞬間、
 ――――バシュ!
 ボウガンの矢が空気を切り裂き壁に突き立った。
「なかなかいやらしいですね。あまり勢いまかせでトラップ解除していては痛い一撃を喰らってしまいそうです」
 すると、何を思ったのか、ククク、と笑った。
「丁寧に、全部、壊してあげます!」
 同時に、綾乃からすさまじい量の電撃が放たれた。
 高圧電流が壁を這い、天井を嘗め尽くす。
 ぼとり、ぼとり、と高負荷をかけられ効力を失ったトラップが床の上に情けなく落ちてくる。
「ミッション……コンプリートです!」

「小暮少尉、俺の活躍ぶりを見ていてくれ!」
「君は?」
「俺は大岡 永谷(おおおか・とと)。シャンバラ教導団に所属する軍人だ」
「そうか、よろしく。ところで……」
 永谷と小暮は並んで敵陣を貫かんと走っている。
 綾乃によりトラップは粗方解除されてしまっている。
 待ち構えるリスクがないのならば、力任せに突っ込んでしまっても支障は無い。
「いいか、俺は今から一人でも多くの警備員を倒す。それを見ていてほしい」
「……ああ、分かった」
 先鋒隊の一員として、役目は救出班を地下牢まで送り届けること。
 永谷は小暮の物言いたげな顔を気にもかけず、
「どけどけえええええええいいい! 道を開けやがれええええええ!」
 怒号を上げ、警備員たちをひるませながら、細いながらも道を作っていく。
「さあ、道が閉じる前にみんなを通してくれ! 小暮少尉も付いてきてくれるか?!」
「いや、それはいいのだが……」
 小暮の疑問が遂に口をついて出てしまった。
「……なぜ巫女服なんだ?」
「え……?」
「だから、なぜ巫女服……」
 永谷はぼそりと言った。
 その中にどんな感情が混じっていたかは量り得ないが、
「……着替え忘れた」
 そこから永谷は黙々と任務をこなしていったことは事実として残るのであった。
「突破口を開いてくれてありがとうな、永谷さん。救出班、俺から離れるなよ! 俺が壁になってやる! 俺の傍にいればノーダメージで地下牢まで連れて行ってやるぜ!」
 勇ましい無限 大吾(むげん・だいご)の声に、
「本当ですか?! ボクも行きます!」
 笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)が呼応した。
「フィーアを……フィーアを助けに行かなければならないんだ! フィーアは怖がりだから、ボクが傍にいてやらないとパニックを起こしてしまう!」
「OK、オートバリアを張るから俺の後ろに隠れていろ」
「恩に着るよ!」
 猪突猛進に突き進む大吾の後ろを紅鵡を初めとする救出班が続く。
「あの……、聞いてもいいかな?」
「どうした?」
「もしかしてあなたも……」
「大吾だ」
「大吾さんも大切な人を誘拐されたの?」
「ああ、そうだ」
「頑張ろうね。お互い」
「ああ……おっと」
 救出班は曲がり角にぶつかる。
「この先に敵がいるかもしれない。心してついて来いよ!」
 大吾はシールドで身を隠しつつ拳銃を構える。
 インフィニットヴァリスタ。大振りのハンドガンだが、熟練の技を以ってすれば取り扱いにはさほど苦労はしない。
 案の定、大吾が角から顔を出すと狙撃を受けた。
 警備員ではなくマフィアのようだ。
 絶え間ない発砲音が大吾のシールドを土砂降りの雨のように叩く。
「マシンガンとかあるんだね」
「しかもレトロなドラムマガジンだぜ。どこまでもステレオタイプなやつらだ」
「……厄介だ、ボクも加勢するよ」
「ああ、頼む」
 紅鵡は対物機晶ライフルを構える。
「1、2、3で突っ込むぞ」
「わかったよ」
「1、2……」
「3!」
 大吾のヴァリスタは正確にマフィアの眉間を貫通し、紅鵡のライフルは大男2人を軽々と同時に吹き飛ばす。
「まったく、まだ敵はうじゃうじゃいるじゃないか。先鋒隊の仕事まで奪ってるな、俺たち!」
「何よりも大切な人を守る力、ってやつだよ、きっと」
「そうだな!」
 2枚に増えた救出班の壁は一気に攻勢を続けていった。

 救出隊を先導している先鋒隊はまだまだ手を緩める様子のないマフィアに手を焼いていた。
「こいつらなんでこんな重装備なんだ? タイマンならなんとかなるが、3人束になられるとこっちがやられる」
「こうなったら戦力を分散させるより、一極集中した方がいいかもしれません」
「それなら私が2人を援護するですぅ。目の前の敵一人ひとりに集中して戦うんですぅ」
 それは黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)ユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)御劒 史織(みつるぎ・しおり)にとっても同様だった。
 マフィアはサブマシンガンを持ち、防刃チョッキを着込んでいる。
 決して一撃で倒せるような相手ではない。
 数度切りつけるなりしなければ気を戦意を失わないのだ。
「覚せい剤でもやってるんじゃないか? それくらいあいつらは好戦的だ」
「ありえますね。ただ……」
 ユリナは竜斗の腕を強く引き、後方へ退避する。
 竜斗の立っていた場所に鉛色の銃瘡が空く。
「あっぶな……。ユリナ、サンキュ」
「どういたしまして」
「そんなことより作戦会議の続きをするですぅ」
「そうだったな。俺とユリナが直接攻撃、史織が魔法で援護攻撃か」
「待ってください。私もどちらかといえば遠距離攻撃の方が得意なんですけど」
「そうだな。なら、俺が一人で突っ込む」
「大丈夫ですぅ?」
「気にするな。ユリナと史織とどれだけ苦境を切り抜けてきたと思ってるんだ。2人の攻撃に当たりなんかしない。気にせずバンバン撃ってくれ」
「でも……」
「史織さん、ここは竜斗さんを信じましょう」
「うう……分かったですぅ」
 竜斗は納得しきっていない史織を呼び寄せ、ユリナと共に円陣を組んだ。
「いいか、やつらはルヴィを攫った。許すまじきことをしでかした。ここはお互いのベストを尽くそう。万一、俺を誤射する危険があるからと手を抜いた結果、ルヴィを奪還できなければ後悔しか残らないからな」
「はい!」
「は、はいですぅ!」
「よっしゃ! 決まったな、行くぞ!」
 竜斗は敵前に躍り出る。
「覚悟!」
 両手に剣を持つと、
「せいや!」
 まるで演武でも披露しているのかと勘違いしてしまうほど、滑らかに円を描きながら遠心力で剣を振るう。
 一合、二合、マフィアたちはマシンガンで剣撃を受けようとするが、
「甘い!」
 カチンという金属音とともにマシンガンがマフィアの手からなぎ払われる。
 武装解除されるや否や、
「行きます!」
 という言葉と同時にユリナはグレネードランチャーを発射した。
「燃えろですぅ!」
 後を追うように火術が爆風でバランスを崩した無防備なマフィアを炎に包む。
 あっという間に4人を撃破だ。
「や、やりました」
「はいですぅ」
 予想以上にコンビネーションが上手くいったため、ユリナと史織は飛び上がって喜ぶ。
「よし、いい感じだ。このままじゃんじゃん倒していくぞ!」
 竜斗の鼓舞が飛ぶ。
 行く手にはまだまだ敵が待ち構えていそうだ。

「腕が鳴るよ!」
 雲入 弥狐(くもいり・みこ)は鉄甲をしっかりと嵌めなおしながら言った。
 1対5。
 本来なら西村 鈴(にしむら・りん)奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)が近くにいるはずなのだが、今は姿が見えない。
「まとめてかかっておいで!」
 弥狐の挑発を受け、マフィアはマシンガンを一斉に射撃する。
「おっと、甘いよ」
 弥狐は体を屈めながら、空気を切り裂く音と共にマフィアの懐に潜り込む。
「ひっとりめぇ!」
 膝のバネを最大限に生かしたアッパーカットは見事にマフィアの顎に入る。
 見事な脳震盪だ。
 受身を取ることもなく、巨体が地面に叩きつけられる。
「次は?」
 あまりの早業に防御がおろそかになっていたマフィアにハイキック、そしてすかさずマシンガンを踏み台にした顔面ニーパッド。
 こちらも3秒そこらのノックアウトだ。
「あ、いたわね、弥狐!」
「遅いよ鈴。あと3人しか残ってないよ」
「あなたが強すぎるのよ」
「えへ、ありがと。ところで沙夢は?」
「警備ロボを壊してくるそうよ」
「あ、そう。じゃああたしたちも続きをしよ?」
「はいはい」
 鈴は大振りな槍を取り出し、マフィアへ突進した。
 しかし槍攻撃の延長線上には弥狐がいる。
 同士討ちか、と思われた瞬間、弥狐は槍の柄に飛び乗り壁へと跳んだ。
「な、なんだと?」
 マフィアが呆気にとられている間に穂先が胴に突き刺さる。
 しかし防刃チョッキは容易く貫通させないのだが、直線上に連なった敵の動きを止めるのは十分で、
「ハイヤー!」
 壁を蹴り、マフィアの背後へ回っていた弥狐の等活地獄により、マフィアたちはちからなく倒れこんだ。
「あら、派手にやったのね」
「沙夢、そっちはどうだったかしら?」
 つかつかという足音を立てながら沙夢が鈴の背後から現れた。
「警備ロボなんてなかったわ。いや、実際にはあったのだけれど、もう誰かが機能停止にしていたの」
「そういえばコンピュータ系統をいじっていた人がいたものね」
「あーあ、私何しに来たのかしら。どうせならカジノで遊びたかったわ……」
 そのとき、マフィアの一人が起き上がろうとしていた。その手は必死に銃器を探している。
「ライトニングブラスト」
 沙夢からいかずちが放たれる。
 マフィアは感電し体を激しく震わせていた。
「どう? 生身の人間に撃つ感触は」
「……あまりいいものじゃないわね」

「卯月は深優と一緒にいるんですよねそうだと言ってくださいお願いしますお願いしますお願いします……」
 ぶつぶつとうわ言を零しながらも赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)は至って冷静かつ正確にマフィアの急所を打つ。
 霜月の通ったあとにはぺんぺん草も残らない、とでも形容しようか、力なく倒れているマフィアたちが重なり合っている。
「おい、卯月と深優はどこにいるんだ!」
 たったいま伸したばかりのマフィアの襟首を乱暴に掴み問うた。
 だが、「個人名を出されても……」というマフィアのかすれ声は非常に説得力があった。
「じゃあせめて人質たちの居場所を教えろ!」
「こ、ここをまっすぐ……」
「嘘じゃねえだろうな、あん?!」
「こんな状態で、嘘なんか……つくもんか……」
「ちっ、使い物にならねぇ」
 霜月はまたぶつぶつとうわ言を垂れ流しつつ、通路を直進する。
 しばらく歩くと、
「お、お兄ちゃん!」
「……卯月?!」
 証言どおりの場所に牢はあった。
「待っていてください! 今鍵を開けます!」
 霜月が強引に鉄格子を叩ききると同時に、深優が霜月に抱きついてきた。
「おーよしよし。よく頑張りましたね」
「…………」
 胸に顔をうずめ、何度もこすり付ける深優。
 卯月はそれを羨ましそうに眺めていた。
「卯月もいらっしゃい」
「……お兄ちゃん!」
 愛するものとの再会をようやく果たせた家族たちの目には、涙がにじんでいた。

「……誰も来ないわね」
 鳥籠型の牢の中、リネン・エルフト(りねん・えるふと)は胡坐をかき籠を揺らしていた。
 地下突入の知らせが入ったところで、テレパシーをヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)に送ったはいいものの、まだ攻略の手がここまで及んでいないらしい。
「目隠しをされていたけれど……かなりの距離運ばれたものね……」
 リネンは街で捕まったときのことを思い起こす。
 自らの意思で囮作戦を実行し、その上ヘイリーが空挺で空から見守ってくれていたというのに、麻袋に目隠しと手足の拘束を受けたまま放り込まれるのは、多少の恐怖感はあった。
 もしこれが幼い子どもだったとしたら、いかに恐ろしいことか……。
 想像しただけで同情を禁じえない。
『今エロ鴉をそっちに遣したわ! 武器を持っているから受け取って! あたしたちは今苦戦しているから、挟撃しましょう!』
『了解』
 でも何故よりによって彼女、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)を選択したのかはリネンには疑問が残った。
 数分後。
「いい格好してるな……。なあ、たまにでいいから獣人のコスプレをしてくれねえか?」
「……うるさいエロ鴉」
 フェイミィはまじまじとリネンの胸の谷間を見る。
 確かに、囚われの身とあって、衣服は大き目の白いTシャツを一枚かぶらされているだけだ。
「にゃろう……オレの恋人を娼婦専用の檻にぶち込みやがって」
「私はあなたの恋人じゃない。それよりも、武器と防具は?」
「つれないねえ……。装備はちゃんと持ってきてるぜ。さあ行くぜリネン。助けを呼んでる声がするぜ!」
「今日は随分マジメなのね……」
「当たり前よ。法の道は違えても人の道は違えない。それが海賊だろ?」
「いいこと言うわね。よし、着替え終わったわ。ヘイリーの元へ急ぐわよ」
 ヘイリーは空挺団の部下を引き連れ戦闘を行っていた。
 これだけの人数をどうやって地下へ入れたのか。
 答えは単純だ。和輝らがカジノに空けた穴を利用し、小型空挺でそのまま乗り込んできたのだ。
「かかれ野郎ども! リネンのところまで押して押して押しまくるわよ!」
 さすが、最深部ともなると警備が頑丈である。
 何人ものマフィアたちが武器を片手に襲い掛かってくる。
 今のところ人海戦術で有利に進んでいるが、空挺団には補充人員がいない。
 このまま粘られていてはやがてジリ貧に陥る。
「待たせたわね、ヘイリー」
「連れて来てやったぜ! 本当はもっと2人の時間を過ごしたかったんだがな……」
「よーし、役者は揃ったわ」
「正体を明かすか……」
 リネンは超感覚を解き、ヘイリーも変装を脱ぎ捨てた。
「我ら名高き『シャーウッドの森』空賊団!」
「あんたら、あたしらのシマで好き勝手やってんじゃないわよ!」
 本物の海賊の登場に、マフィアたちが明らかに動揺する。
「一気にたたみかけなさい!」
 そして、最深部、娼婦マーケットの警備人員は、すべていなくなった。
 ……いや、雑用として連れ去られた。

 セレスティアーナらによる人質救助作戦はかなり進んだとはいえ、まだまだ囚われたままの被害者たちは多かった。
「大丈夫だよ、絶対助けがくるから。あなたの大切な人を信じてあげて」
「でも……ボクたち……グスっ、何日もここにいるんだよ?」
 泣きじゃくって止まないリゼルヴィア・アーネスト(りぜるゔぃあ・あーねすと)東峰院 香奈(とうほういん・かな)は必死になだめている。
(同じような境遇の子たちがたくさんいるから独居房よりはいいけど、それでも子どもたちの精神状態は限界みたい……)
「うわあああん! 助けてよおにいちゃあああん!」
「大丈夫、大丈夫だからね。だからお願い泣き止んで。私まで悲しく……なっちゃうよ……」
 リゼルヴィアにつられてか、香奈も目尻をしきりに袖で拭う。
 この狭い牢内には、不安がぎっしり詰まっている。
 香奈はそれをどうにか解消しようと努めてきたが、さすがに自らもその不安に飲み込まれそうになっていた。
 その中、まったく動じていない笑顔を見せている西表 アリカ(いりおもて・ありか)が立ち上がった。
「んー、ボクは信じてるよ。大吾が必ず助けにきてくれるって」
「な、なんでぇ……?」
 嗚咽紛れのリゼルヴィアの問いに、自信満々に答える。
「大吾は強いから。そしてしっかり者なんだ。ボクが鈴つきチョーカーを落としたことを叱ったあと、そっと抱きしめてくれると思うよ。ボクが心から信頼している大吾は、絶対に見つけてくれる」
「ボ、ボクだって! おにいちゃんは世界一かっこいいんだから! そんで強い!」
「そうだね……。うん、助けに来てくれるよ! だからみんなもうちょっと頑張ろう」 
 一方、別の牢では一人きりで時間を過ごしている人質がいた。
「ううう〜。ご主人様……。早くおうちに帰りたいよぅ……」
 壁に向かって体育座りをしながら、めそめそとべそをかいている忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)だ。
 他の牢はそれなりに人数がいて賑やかなのに、なぜかポチの助だけは貸切状態がずっと続いている。
「僕がなにか悪いことしたのですか?」
 寂しさの波が押し寄せては返す。
 そのたびにこうして自らの体を抱え込み、泣いているのだ。
「おい、犬。新入りだ」
 しかし、この日初めて仲間がやってきた。
「ふん、わらわに傷一つでもつけてみろ。おぬしの命はないからのう! お、おいこら、無視する……うわあ! 出せ! ここから出せ!」
 白姫岳の精 白姫(しろひめだけのせい・しろひめ)だ。
「泣くぞ? いいのか、わらわ泣くとうるさいぞ?」
 鉄格子を両手で握り締め、とっくに見えなくなった警備員の背中に向かってずっと叫び続けている。
「おい、お前! もう少し落ち着けないのか! さらわれたくらいでごちゃごちゃうるさいぞ!」
 先ほどまでの寂しがりやなポチの助はいずこへ。
 急に腰に手を当て胸を反らせ、偉そうな態度で白姫を見下している。
「なんじゃおぬし。まさかわらわがそのような軟弱者だと思っておるのか?」
 白姫も白姫で、売られた喧嘩を言い値で買ってしまっている。
「そうだ。お前のような下等生物はせいぜい泣き喚けばいいんだ」
「おぬし、わらわを愚弄するか! わらわは下等生物ではない! わらわは火山の地祇、その力を見るがいいのじゃー!」
 白姫は手を前にかざすが、何も起こらない。
「ほらやっぱり! いいか! 僕なんて凄いぞ! 変身できるんだぞ!」
 そういうとポチの助は可愛らしい柴犬に変化した。
「…………よろしく」
「…………こちらこそじゃ」
 いくら第一印象が悪くとも、一人で牢にいるよりは幾分マシだ。
 そう思った2人なのだった。

「覚悟せい!」
 天神山 保名(てんじんやま・やすな)の放った天弧八卦掌は、目にも留まらぬスピードでドスを持ったヤクザの顎を砕いた。
 普段、戦闘をこよなく愛し、ただ「勝利」のみを求めるのではなく、戦いを存分に楽しむ保名なのだが、今回ばかりは事情が違う。
「皆のものを早く救い出さねば……」
 保名の脳裏に故郷の記憶が蘇る。
「同族が憂き目に遭っているならば、手を差し伸べるのがわしの贖罪なのじゃ……」
 保名は道を急ぐ。
 遭遇した刺客は一撃でいなしていく。
「早う……早う……」
 身近な人物は誰も囚われていない。
 だが、誘拐被害者たちを救うことにより、保名が囚われたままの過去から解き放たれる結果となるのかもしれない。
 保名は使命の炎を瞳に映し、ひたすらに駆け抜けていくのであった。

 保名が拓いた道を怪しい集団が通る。
 人質たちもちらほらと開放され始めたが、未だ手付かずの箇所がある。
 その一角、十田島 つぐむ(とだじま・つぐむ)は監視役の警備員の元へ向かう。
「俺は調教師として派遣されたのだが……」
 警備員は目だけでちらりとつぐむを一瞥し、
「入れ」
 とだけ言った。
(どうやらここでは日常的に性的な調教が行われているようだな)
 そのような思考はさておき、警備員の後をついていく。
「随分大荷物だな」
 つぐむの引くスーツケースを見て警備員がいぶかしげな顔をする。
「なあに、調教には色々道具がいるんだ」
「調教師は4人もいるのか」
「いや、こいつらは俺の奴隷だ」
「ほう。羨ましいこった」
 警備員はじろじろとミゼ・モセダロァ(みぜ・もせだろぁ)の胸部を卑下た目で見ながら言った。
「こいつを売るならいくらだ?」
「奴隷秘書をか?」
 ミゼの腕を掴む警備員。
 しかし、つぐむは彼の手を払い、ミゼを背後から抱き寄せる。
「せっかくの商談だが、残念だ。この奴隷は俺の所有物だ。よって誰にも売らない」
 そして、胸を強く握り締めるようにもみしだく。
「あぁ……ワタシの体も心も全てつぐむ様の物です」
 ミゼはうっとりとした表情でつぐむに従順を誓う。
 警備員は舌打ちをすると、つまらなそうに先へ行く。
「着いたぞ」
 部屋に入ると、十名もの人質がつぐむたちを待ち受けていた。
 年齢は皆10代か、もしくはそれ以下であったが、目鼻立ちのすっきりとした美人が揃っていたことは確かだ。
「それでは、さっそく調教を始めよう」
 つぐむの言葉に、人質たちの瞳に戸惑いが走る。
「調教とは、己の主を満足させるように奉仕し、忠誠を誓うことだ。すなわち、いかなる行為も悦びと感謝を以って受け入れなければならない」
 つぐむは宇真美・暁の雷を身に受けし者(うまみ・あかつきのいかずちをみにうけしもの)を呼び寄せた。
 宇真美のリストウエイトとアンクルウエイトからじゃらじゃらと鎖の擦れあう音がする。
「は、はじめましてぇ……」
 おずおずと宇真美が頭を下げる。
「こいつは新入りの奴隷だ。まだまだ羞恥心が強い。君たちが目指すのはまず彼女だ」
「は、はい……光栄ですぅ……」
「新入り」
「なんでしょう……」
 つぐむは宇真美の耳元で何かを囁いた。
 その途端、宇真美の顔は真っ赤になる。
「この言葉を声に出してみろ」
「む、むりですぅ……」
「そんなんじゃ一人前の奴隷に程遠いぞ!」
「は、はいぃ」
 その様子を部屋の隅から眺めていた竹野夜 真珠(たけのや・しんじゅ)は不安に駆られていた。
(つぐむちゃん……。あんなに楽しそうに宇真美ちゃんにセクハラして……。つぐむちゃんがエロい目で見ていいのは真珠だけなんだからね……)
 するとすぐ隣にミゼが立つ。
 目線は合わさず、唇も極力動かさず、小声でのやり取りを交わす。
「次にやられるのはあなたですよ……。ふふふ、つぐむ様はどういう風にあなたを責めるのでしょうね」
「私を……責めるの?」
「ええ。体を縛るのでしょうか。鞭ではたかれるのでしょうか。蝋燭を垂らされるのでしょうか。それとも……」
 ミゼは意味深な間を置き、真珠から離れていった。
(それともって……。まさか公開セッ……)
「今だ!」
「はいですぅ!」
 突然、つぐむが叫んだかと思うと、宇真美が雷術を発動し、部屋の中にいた警備員を気絶させた。
「おい、真珠! 早くウェイトを外せ! 殿を頼む!」
「う、うん!」
 慌ててスーツケースに隠し持っていた戦闘装備に着替える。
「わ、待ってよ! 真珠が接近戦苦手なの知ってるでしょ?」
 如意棒で敵をつついている間に、つぐむやミゼ、宇真美、そして人質たちは逃げ去った。
「し、真珠も退散だよ!」
 それを確認すると、警備員の怒声も無視して真珠はつぐむの後を追った。
 ところでまったくの余談であるが、つぐむには『調教師』、ミゼには『奴隷』としての名声が高まったのであった。

「あと人質はどれくらいいるんだ、椿」
「情報によりますと、かなり進んでいるようですが、私たちのいるエリアはまだ手付かずのようです」
「となると……人質のほかに敵がまだいるということか」
「そうですね。慎重に進みましょう」
 マクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ)御堂 椿(みどう・つばき)は残された獣人や地祇を救出するために奔走していた。
 基本的には椿が先行し、奇襲を警戒している。
「待ってください! この先敵がいます!」
「分かった。やり過ごそう」
 マクスウェルがそう呟いた瞬間、遠方から銀の矢が飛んできた。
「危ない!」
「きゃっ!」
 マクスウェルは咄嗟の判断で椿を突き飛ばし、ちょうど体を隠せる窪みに逃げ込んだ。
「ごめんなさい。私のミスです」
「いや、違うな……。おそらく単純な仕掛けだ。床のどこかが加圧センサーになっていたんだ。センサーが作動すると矢が放たれる。そういった仕組みだろう」
 しかしマクスウェルには疑問が残った。
 どうせ侵入者を排除するならば、機関銃などを設置すればいいのだ。
 それなのにレトロな弓矢、という装置を使うと言うのはどういうことなのか。
「まさか……。ここに誘い込むための……!」
 今度は椿を引き起こし、脇に抱えたまま走る。
 背後では爆発音がした。
 背中にかなりの高温を感じる。
『侵入者発見、侵入者発見』
「おまけにアラームつきかよ。どうせだったらスプリンクラーも用意してくれ」
 けたたましい警告音と共に、ドスを持ったヤクザが大挙して現れた。
「ちぃ!」
「ここは私が魔法で隙を作ります! ウェルさんは先に進んでください!」
「分かった!」
 椿は氷術を唱え、マクスウェルは難所を突破した。
 彼が行き着いた先で、ユーリやコアらの一行と出会い、地上へと無事保護できたのはまた別の話だ。

 白砂 司(しらすな・つかさ)サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)を救出するために藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)と行動を共にしていた。
「でりゃ!」
 司の繰り出す槍の一突きは、ヤクザたちを戦慄させるには十分な効力を持っていた。
「4時の方向、敵接近中です」
 しかし槍は直線的な攻撃しか出来ない。
 狭い空間では敵なしの武器となるが、懐に入られると一気に威力は落ちてしまう。
「了解!」
 優梨子の指示の通り、右後方へ穂先を入れ替え突き出す。
「ぐああ」
 見事に命中。
 ヤクザは地に突っ伏して倒れた。
「10時の方向、2人です!」
 次に大上段から体を捻りながらの一振り。
 重い柄の先が、遠心力と相まって、まるで棍棒のように凶悪な破壊力を発揮した。
「あらかた片付いたか」
「余裕ですね」
「この程度の人数ならな。伊達に場数は踏んでいない」
 すると優梨子は司の目をまじまじと見つめた。
「サクラコさんのこと、正直心配ですか?」
「いや、あいつのことだ。きっと無事でいるだろう」
「ですね。そんな簡単にくたばられたらこっちが困ります。サクラコさんの首を掻くのは私なんですから」
「物騒なことはやめてくれよ……」
「ところで司さん。私、気付いちゃったんです」
「何にだ?」
 優梨子はにっこりと笑う。
「囲まれてます」
「もっと早く言ってほしかった」
 円形にヤクザたちが2人を取り囲み、じりじりと距離を詰めてくる。
「こんな人数は相手にしている時間がない。燃える水を使うぞ」
「遂に出番がやってきたんですね、わくわく」
 司は、いの一番に飛び掛ってきたヤクザに燃える水を投げつけた。
「ぎゃああ!」
 途端、あたり一面が火の海と化した。
 司は、やりすぎた、という顔をしながら通路を進む。
 迷路のように入り組んではいなかったが、ひたすら曲がり角が多い。
 角を曲がるたびに敵を警戒していたが、運よく遭遇することはなかったようだ。
 そして……。
「あ、つかひゃくんだぁー。あひゃひゃひゃひゃ」
「酔ってるのか?」
「そーでふよー? だってぇ、またたびいーっぱいプレゼントされたんでふものー」
 サクラコはせっかくの再会だというのに泥酔していた。その様子に司はがっくり肩を落とす。
「つかひゃくーん、立てないでーひゅ……ぐふふふ」
 寝転がったまま手を伸ばすサクラコ。
「仕方ないやつだ。負ぶって行ってやる」
「わーい。だからつかひゃくんしゅき〜」
「重い! 全体重を預けるな。バランスを考えろ」
「む〜。レディに重いとはなんですかぁ!」
「いいから、逃げるぞ!」
「れっつらご〜つかひゃご〜!」

「さてと、司さんも行ったことですし」
 優梨子は、燃える水によって火傷を負い身動きが取れなくなったヤクザの脇に立った。
「私は存分に『殺人』を楽しみますね」
 地下に優梨子の高笑いが響き渡った。

(この暗く狭い空間で、私はどうなってしまうのかしら……)
 牢内に力なく横たえる綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)
 そのしなやかに伸びた四肢は固く縄で結ばれ、寝返りをうつことさえできない。
(男たちが何人も入ってきて、私を餌食にするのよ。そうに違いないわ。大して気持ちよくもなかったのに、ある男が覚せい剤を私に打つ。それからはまるで生まれ変わったかのように感じるの。何人もの男によがって、媚を振りまいて……)
 さゆみはスカートから露になった太ももをこすり合わせる。
 耳を澄ましてみても、生憎人の足音は聞こえない。
(きっと一部始終をビデオ撮影されるのね。そして裏市場でDVDを売られてしまうわ……。そして、DVDを売れるほどの価値もなくなってきたら、ネットで公開配信されるのよ……)
 すると、一人の足音がさゆみの鼓膜を叩く。
「遂に来たのね……。私が堕ちる瞬間が……」
 檻の鍵がごとり、というおとを立てて落ちる。
 現れたのはさゆみの妄想どおり男どもの集団とはいかなかったが、
「さゆみ!」
 最愛の人、アデリーヌだった。
 アデリーヌは涙をその大きな瞳に溜め、強く強くさゆみを抱きしめた。
「アデリー……ヌ……」
 さゆみの目にも涙が流れていた。
 ただ、彼女の顔は母に抱かれている赤子のような、安堵の表情だった。

 さゆみの収容されていた牢の近くに、笹奈 フィーア(ささな・ふぃーあ)は閉じ込められていた。
 目隠しをされ、体も拘束されたまま、長い時間放置されている。
(暗いの……怖い……)
 フィーアの拍動は収まることを知らない。
 そのうち心臓が破けてしまうのではないか、というくらい強くポンプ運動を行う。
(怖いよ……紅鵡……、たす、けて……)
 しかしいくら心の中で紅鵡の名を呼んでもその思いは通じることはなかった。
(…………!)
 しんと静まり返っていた空間にいくつもの靴音が響き渡る。
 それだけではない。
 男の笑い声も聞こえる。
(1人や2人じゃない……10人……ううん、100人はいる)
 恐怖は恐怖を増幅させ、フィーアをパニックに陥れる。
(いや。来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで!)
 とうとうたがが外れてしまった。
 フィーアはサイコキネシスを乱射し始めた。
 誰に当たろうと関係ない。
 もはや自分の意思で制御できないのだ。
(助けて助けて助けて助けて……紅鵡!)
「フィーア!」
 そのとき、自分の名前を呼ぶ声に気付いた。
「フィーア! どこにいるのフィーア!」
(紅鵡だ……。ここだよ! ここにいるよ! 早く助けに来て!)
 心の声が届いたのか、紅鵡がフィーアの元へたどり着いた。
 抱きしめられる。
 そのぬくもりに、最高の愛を感じながら、フィーアは言った。
「ありがとう」

 救出作戦はすべて遂行された。
 セレスティアーナとカールハインツ・ベッケンバウワー(かーるはいんつ・べっけんばうわー)がエッツェルを説得したことによって開かれた地下への入り口を通り、殿を務めるべく緋柱 透乃(ひばしら・とうの)らが派遣された。
「あーあ。早く強いやつを屠りたいなぁ」
 ただ、かなり過激な願望の持ち主だった。
「あれ、罠があるわよ? 聞いた話だとすべて解除されたてことなんだけど……」
 月美 芽美(つきみ・めいみ)が首を傾げる。
 情報が誤っていないのであれば、誰かが後から罠を設置しなおしたと考えるのが自然だが……。
「とりあえず誘発させますね」
 緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)はアンデッドを召還し、罠へ突っ込ませる。
 ――――ボムン
 爆発音とともに壁の破片が飛び散った。
「派手なトラップだね。狭い通路でやられたら全滅だったよ」
「しかしこれだけ高威力なトラップを作るんですよ。よほどの手練れじゃないですか?」
「確かにね。出来ればお手合わせ願いたいよ」
「さーてどうしよっかな」
「はい?」
 3人の頭に疑問符が浮かんだのと同時に、マリスが天井のタイルを取り外し、逆さに顔を出した。
「殺し合い、する?」
 その言葉に、芽美が嬉しそうな顔をする。
 次に透乃、そして陽子。
 全員が人を殺したくて仕方ない目をしている。
「3対1か……。まあ構わないよ。ボクはその程度でやられない」
「威勢がいいね。後悔するよ?」
 挨拶代わり、といったところだろうか。
 透乃が天井へ跳躍し、拳をマリスに叩き込もうとする。
「甘いね」
 もちろんそれはいとも容易く回避されたのだが、
「死んでください!」
 マリスが床に降り立った途端に、陽子のエンドレス・ナイトメアが襲い掛かる。
 芽美はといえば、軽身功を使い壁を駆け抜け、エンドレス・ナイトメアとの時間差攻撃で拳を叩き込もうとしているのだ。
 しかしマリスはエンドレス・ナイトメアは身を捻り、芽美の攻撃を受け流す。
「どう? ボクって強いでしょ。今度はボクの番だ」
 マリスは体勢を低くすると、陽子に一直線に飛び込んだ。
「こ、光条武器が、間に合わないません……っ」
「バカ、避けて!」
 透乃が陽子を突き飛ばす。
 その0.2秒後のマリスの鋭い膝蹴りが陽子の顎の位置を通過した。
 しかし攻撃は止まらない。
 陽子は近距離戦闘が苦手と見たマリスは、徹底的に陽子を狙ってくる。
「私の相手もしなさいよね!」
「まったくだよ!」
 しかし防戦一方でおわらないのが透乃たちの熟練度である。
 攻めては守り、守っては攻め、この勝負は永遠に決着がつかないと思われた。
 ……のだが。
「あー……。ボクらの負けだ。君たちはとんでもないものを隠していたみたいだね」
「とんでもないもの?」
 透乃が質問を返す。
「そう。勝負を一瞬で片付けてしまう……」
 マリスはウィンクをしながら言った。
「ワイルドカードさ」