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亡き城主のための叙事詩 前編

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亡き城主のための叙事詩 前編

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十二章 隠者の従士 後編

 一層と暗い闇に混じり、隠者の従士と契約者たちが激しい戦闘を繰り広げていた。
 奇怪な忍法の巧みな扱い方、経験を経て洗練された体術、剣舞。そしてなにより、全ての行動に残像が残るほどの速度。
 それゆえ、契約者たちは隠者の従士を見失わないことを大前提に戦いに望んでいた。

「そこです!」

 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は殺気看破で隠者の従士の姿を追い、両手に装着した天のカタールと地のカタールで攻撃。
 左右から放たれるカタールの斬撃を、隠者の従士は両手のクナイで受け止め、弾いた。
 そうして生まれた隙に、隠者の従士はザカコの懐に潜り込んだ。

「カタールの技術もさることながら太刀筋も良い。が、まだまだ遅いですね」
「く……ッ!」

 隠者の従士はザカコの心臓目掛けてクナイを突き刺す。が、すんでのところでザカコはカタールでこれを受け止めた。
 隠者の従士は受け止められるやいな、すぐさま間合いを取るために素早く後退。
 そうしてまた、両手に持つクナイを交差して構えをとった。

「……その戦い方、学ばせてもらいます」
「ええ、どうぞ。あなたがここで死ななければ、次に活かせることが出来るでしょう」

 会話が終わると、ザカコは間合いを詰めようと走った。
 隠者の従士は黒い忍び装束の内から手裏剣を取り出し、ザカコに向けて投擲。
 ザカコは手裏剣をかわして体勢を崩す行為を避け、刃が自らの肩口を切り裂き、鮮血が跳ねるに任せる。
 さらに軸足を一歩踏み込み、アルティマ・トゥーレを発動。両方のカタールに凍てつくような冷気を纏わせ、裂帛の気合で疾風突きを打ち込む。
 隠者の従士は両手のクナイで直線的な軌跡を描くルーン文字が刻まれた刃を微かに逸らし、身体が流れたザカコに左中段の蹴りを放って、ザカコの右脇腹をえぐる。
 刹那の攻防。それが終わると隠者の従士はまた後方へと大きく逃げた。

「正直、今のはかなり危なかったですね」

 額に浮かぶ汗を拭い、隠者の従士はまた構えをとった。
 ザカコも内臓にまで響く痛みに耐え、カタールを構える。

「単純なスピードでは敵いません。……なら、他を生かした戦い方をするまで――!」

 ザカコのその咆哮が終わると同時に、今度は隠者の従士から動いた。
 飛燕の速度間合いを詰める隠者の従士の動きよりも、ザカコはその両手のクナイに向けて集中。
 自分の首元を狙い定め奔らされる横薙ぎの刃を、ザカコは二対のカタールで辛うじて受け止めた。

「お互い両手が塞がっているなら……足を使うまでです!」

 僅かに生まれる鍔迫り合いの隙に、ザカコは隠者の従士の足払いを行う。
 もちろん、隠者の従士はこれを小さく跳躍することで避けるが、ザカコの目的は至近距離で戦える時間を延ばすこと。
 力はそれほどまで強くない隠者の従士に鍔迫り合いで勝ち、僅かに生じた隙にザカコは渾身の力でカタールを振るった。

「……がッ!」

 肩から脇腹にかけての鋭い一閃。初めて受けたその攻撃に、隠者の従士の口から呻き声が洩れた。
 が、それも一瞬。隠者の従士は自らの足を軸に、回転しつつ威力をためた左中段の蹴りを放つ。
 先ほどと同じ右脇腹に命中したザカコは、激痛に呼吸が出来ず、そのまま吹っ飛ばされた。
 それと入れ替わりのように、跳躍し頭上の死角からやって来た草薙 武尊(くさなぎ・たける)が呪鍛サバイバルナイフを振り上げ、隠者の従士にブラインドナイブスを放つ。

「――ッ! っと、危機一髪ですね」

 刃が自らに当たる寸前、武尊に気づいた隠者の従士は片方のクナイで弾いた。

「今のを止めるか。ほう……やりおる」

 武尊は地面に着地すると同時に、鬼眼を発動。鬼のような目でにらむことで相手に恐怖を与え、少しでも隠者の従士の行動を阻害する。
 そのまま、呪鍛サバイバルナイフで先制攻撃。信じられないほど素早く反応し、隠者の従士に魔法で鍛えられた刃を奔らせた。
 隠者の従士はこれをもう片方のクナイで辛うじて受け止める。ザカコにつけられた傷により、逃げることが遅れたからだった。

「果たして、我が剣閃についてくることが従士殿に出来るかな?」

 不敵な笑みと共に武尊は呪鍛サバイバルナイフを振るう。
 素早い反応で常に先手をとり、隠者の従士の二本のクナイによる斬撃と、丁々発止の剣戟を行う。

「あなたこそ……ついてこられるでしょうか」

 二人は一瞬の油断すら許されない超高速の斬り合いを続ける。
 金属と金属がぶつかり合う甲高い音が静かな戦場に響く。二人の早すぎてほとんど見えない手の動きが風を切る音がする。

「ここだ!」

 剣戟の最中、武尊は狙い澄ました一閃を放った。一際甲高い音がその場に響く。
 それは隠者の従士の片方のクナイが弾かれた音だった。

「まずは、従士殿の機動力を削らせてもらおう」

 そう呟いた武尊は、隠者の従士の足に目掛けて、下段斬りを放った。
 隠者の従士の足の付け根に傷が入る。彼女は痛みに顔を歪めながら、片手で印を結び、火遁の術を発動。

「……ぐッ! これは」

 武尊と隠者の従士の間に、巨大な炎の柱が召喚。
 たまらず武尊はその場から後退し、隠者の従士は動かす度に身体を駆け巡る痛みに耐え、弾き飛ばされたクナイの回収に向かった。
 幸い、あまり遠くに飛ばされていない。すぐにクナイを拾い上げ、他の契約者たちを探そうと辺りを見回したが。

「次は僕の相手をしてもらおうかねぇ」

 隠者の従士は自分に向けて、僅かに紅に染まった長大な刀身を持つ散華を抜き取り、疾走する八神 誠一(やがみ・せいいち)を見つけて手裏剣を投げた。
 誠一は高速で飛来する手裏剣を、先制攻撃の反応速度の応用で斬り払いながら接近。散華の間合いで立ち止まり、先制攻撃を発動したまま、常に先手をとる戦術で立ち回る。
 刀身の短いクナイで戦う隠者の従士は、素早く振るわれる散華に為す術が無く、防戦一方になっていた。

「敬愛していた主を甦らせる、ねぇ」
「……何が言いたいんです?」

 誠一の含みのある言い方に、隠者の従士は問いかけた。

「気持ちは正直痛いほど分かる。でも、人間ってのは死んだら終わりだから、一瞬一瞬に智恵を絞り、足掻き、もがきながら、目の前の状況に抗っていくはずなんですがねぇ」
「そんなことは、分かっています。……だけど、あの人は、種族の差というものはあまりにも残酷です。二百年近く生きることができるヴァルキリーと八十年しか生きられないシャンバラ人。
 老いることも、一緒に生きられることも、同じ時間を有することが、あの人とは出来ないのです」
「我がままですねぇ。『その喜びも悲しみも、希望も絶望も、怒りも嘆きも、自分で選んだ自分だけのもの』。その主が無念の内に死んだのであろうと、それは本人が受け入れるべき結末でしかない。
 ……それを無かった事にしようってのは、気に入らないな」
「……あなたが気に入らないかどうかなど、こちらには関係がありません。こちらにも言い分がある、理念があります。
 どれだけ我がままだろうが、愚の骨頂だといわれようが、もう止まることは出来ないんです」

 その言葉を皮切りに、誠一はほんの僅かに遠目の間合いから疾風突きを放つ。
 隠者の従士はこの行動を待っていた。それは長大な武器を扱う者全員に言えるであろう、弱点である密接距離に潜りこむため。
 隠者の従士は黒い忍び装束の上着を脱ぎ捨て、空蝉の術。自分の身代わりに散華の刃の先端にかぶせ、素早く誠一の懐に入り込んだ。
 しかし、それは誠一の策の内。

「長大な武器の弱点をそのままにしておけるほど、僕は自信過剰でも傲慢でもないんですよ」

 誠一はそう言うと、身を包む影衣の裾を鋭利な刃に変化させる。

「な――ッ!?」

 驚きで目を見開いた隠者の従士に、影衣の刃が襲いかかる。
 隠者の従士は咄嗟に両腕を交差し急所を防いだが、両腕が刃によって切り裂かれた。

「が……つぁ……ッ!」

 隠者の従士は唇を噛み、痛みに耐える。しかし、傷を負った身体は隠者の従士の動きを鈍くした。
 誠一はその隙を逃がしはしない。

「殺(と)らせてもらう」

 殺気を孕んだ声でそう言った誠一は、至近距離から急所狙いを上掛けした疾風突きを放った。
 隠者の従士はクナイで散華の軌道を微かに逸らした。が、右肩を刃に貫かれる。
 僅かに紅に染まった刃が、隠者の従士の鮮血を浴びて、赤く赤く染まった。

「ここで、まだ、死ぬわけにはいきません……!」