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リアクション
「イナテミスは精霊の街でもあるとのことだが……本当に色々な精霊がいるな。
これだけの精霊を見るのは、実は俺も初めてなんだ」
柱に身体を預け、すれ違う人たちを見ていたグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が、横のウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)に話を振る。ウルディカは言葉を発さず、頷いて応える。
「しかし、見事にはぐれたな。これだけ人がいれば仕方ないか。
まあいい、回っていればそのうち会えるだろう」
一緒に来ていたゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)と途中ではぐれたにも関わらず、グラキエスは特に気にした素振りもなく、どこを見て回ろうか首を巡らせる。
(……こうして見ると、子供だな)
グラキエスの様子に、心の中で呟いたウルディカはその奥に見える魔法具を取り扱っている店に目を留める。何か役に立つものがあるだろうか、そう考えた所で視線に気付いたグラキエスが問いかける。
「ん、ウルディカ、何を見てる?」
「む……。いや、興味深いから見ていた。そこの魔道具だ」
「どれどれ……あ、ホントだ。
よし、見に行こう!」
言うが早いか、グラキエスがそちらの方角へ歩き出す。
(……本当に、幼い。記録から想像がつかなかったほどに。
もし、これが……)
思案しつつ、はぐれまいとウルディカが後を追う。
「さて、次はどこへ行こうか――っ」
笑顔を見せていたグラキエスの表情が一転し、ふらふらと倒れ込むようにして人気のない路地へと飛び込む。
「エンドロア? どうした」
「いや……少し痛みが……ぐっ!?」
胸の辺りを強く押さえながら、崩折れたグラキエスの口から赤いものがバッ、と飛び散る。
「!?」
驚きの表情を浮かべるウルディカ、そしてグラキエスも同様に自分の吐き出したものを見つめ、驚愕する。
「これ、は……血が、赤い……? 何、が――」
それ以上言葉は紡がれず、再び激しく血を吐いたグラキエスが地面に伏せる。屈み込んだウルディカが呼びかけても、反応はない。
(バイタル低下……しかし暴走の予兆ではない。これは一体……)
突然の事態に戸惑いつつ、とにかくまずはグラキエスを、とウルディカが立ち上がった所で、ゴルガイスとエルデネストが息を切らせて現れた。エルデネストが自身のフラワシにグラキエスを探させていたのもあったが、何よりパートナーの危機に対して直感が働いてのことだった。
「グラキエス……! エルデネスト、例の薬を」
言われる前にエルデネストが、自身が調合した薬を取り出しグラキエスに飲ませる。しばらくすると顔に赤みが戻り、呼吸も深く落ち着いてきたようだった。
「すまんなウルディカ、驚かせたようだ。
後は我等で看る。折角来たのだ、貴公は見て回ると良い」
「あ、ああ……」
言われるまま立ち去ろうとするウルディカへ、不快な表情を滲ませながらエルデネストが呟く。
「グラキエス様の御体は狂った魔力に浸食され続け、弱っている。側に居るのであれば、貴方も注意をして下さい」
「…………」
グラキエスへ視線を向け、そしてウルディカがその場を後にする。
「……やはり、この街に混在する魔力が、グラキエス様を」
「ああ、おそらくはな。……グラキエス、猶予はあまり無いと言う事か。
だが我は諦めぬ。必ず、お前を救ってみせる」
ゴルガイスの、決意を秘めた言葉が宙に消える――。
「えへへー♪ パパとママとお祭り、楽しいなっ♪」
左手で博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)と、右手でリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)と手を繋いで、リリー・アシュリング(りりー・あしゅりんぐ)が嬉しそうに弾んで歩く。
「あはは……まだ僕達は『パパ・ママ』ではないけどね」
「そうだけど、でも、楽しいよ! ねえリリーちゃん、あれ一緒に食べよっ」
「食べる〜! ママの分はリリーが出すね。リリーの分はパパが出してっ」
リリーのおねだりに、博季が苦笑しながら二人の後を付いて行く。自分はどうもリリーに『パパ』と呼ばれるのに慣れていなかったが、リンネの方は杞憂だったようだ。どちらかと言えば歳の近いお友達、という接し方に見えるが、それでも上手くやっていってるのは確かだ。
(今日はリリーちゃんも、普段気を使ってた分、はしゃいでるわね。たまには良いでしょ、親子水入らずというのも)
『家族』三人の後ろを、西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)が適度な距離を保って付いていく。幽綺子もリンネのことを心配していた一人だが、とりあえずは仲良くやっていることにひとまず安心する。
(……でもこれ、傍から見たら博季が両手に花よね。真ん中じゃないけど)
もしもこの三人がひとところで暮らすことになったら、どんな接し方をするだろう。それを考えるのは複雑でもあったが、同時に楽しくもあった。
「いただきま〜す!」
『戦利品』を机に並べ、それを博季とリンネ、リリーと幽綺子が囲んで、お昼タイムに突入する。
「おいし〜!」
「屋台の食べ物って高い割に……ということがままあるけど、ここのはそうじゃないわね」
結構な量が机の上には載っていたはずだが、それでも四人いることと、食べ物自体の美味しさもあって、しばらくも持たない内に無くなってしまった。
「ゴミ捨ててくるね〜! もう少し見て回ってきていい?」
「それなら、私が付いていくわ。一人よりは二人の方がいいでしょ」
出たゴミをまとめて席を立つリリーに付いて、幽綺子が席を離れる。その場には博季とリンネが残される。
「リンネさん、僕、イルミンスールで魔術の先生に立候補しようと思うんです」
「そうなの? 初めて聞いたよ。博季くんなら先生、結構合ってるかも。今だってリリーちゃんのお師匠さん、だしね」
「そう、ですね。うん、リンネさんに合ってる、って言ってもらえて、自信がつきました。ありがとう、リンネさん」
しばらく、沈黙が降りる。博季が過去を思い返すように遠くを見つめながら、口を開く。
「覚えてますか、リンネさん? ここで行われた精霊祭のこと……」
「……うん、覚えてるよ。あの時も博季くんと一緒に見て回ったね」
「ええ。あの時は僕が引っ張られてばかりでしたけど……今はこうして肩を並べて、一緒に同じ物を食べて、同じ物を見ている」
イナテミスの精霊祭が行われたのが、一昨年の夏。それからもう、一年半以上も経つ。その間に二人は仲を深め、お互いの気持ちを伝え合って、度重なる危機を協力して乗り越え、そして……家族を築いていこうとしている。
「ここでのお祭りが、毎年の恒例行事になったらいいな、って思います。
リンネさんと思い出を、積み重ねていけるから」
「うん、私もそうなったらいいな、って思った。
もし、来年もお祭りがあったら……その時はまた一緒に来ようね、博季くん」
「ええ。今までもこれからも、ずっと一緒に……」
博季とリンネが、肩を触れ合わせて今の一緒の時間に浸る。幸せで、そしてかけがえの無い時間を。
「二人きりの時間は、いつになっても大切だから。
パパとママには、二人きりの時間を大切にしてもらいたいんだ」
呟くリリーに、幽綺子も同意するように頷く。今だからこそ過ごせる時間は短くて、でもだからこそ素晴らしい。
「……そういえば。未来の私はリリーちゃんにとって、伯母という存在になるのよね」
「うん、そうだった。絶対に『伯母さん』って呼ばせなかった」
リリーの話を聞いて、幽綺子はくす、と笑う。真実かどうかはさておき、実に自分らしいように思えた。
「私のことそう呼んだら、いくらリリーちゃんでも、怒るからね」
「言わないよ〜、怖くてとても言えないよ〜」
「……何を想像したのか、少し興味あるわね?」
「ひーみつっ♪」
楽しい時間が過ぎていく――。
「みんなとっても可愛いですわ〜♪」
お菓子の販売コーナーを担当しつつも、シーラは千雨やプラ&アシェット、諒の売り子姿を幾度と無く撮影する。これでシーラがサボり魔なら千雨辺りが「シーラさん、ちゃんとしてください!」と叱ったのだろうが、販売コーナーの進行は止めず、他の各所の撮影もこなしているのだから何も言いようがない。
「シーラさんのどこに、あんなエネルギーがあるんでしょう……」
「優秀であるが故に、少しの『暴走』は許容せざるを得ないわね……。ポーズを求めてくるのは勘弁して欲しいけど」
「あはは……。プラはすっかり乗り気みたいですけど」
声を潜める諒、千雨、アシェットの三人。
「イナテミスファームの新鮮な野菜はいかがですか〜♪」
「プラちゃん可愛いですわ〜」
一方、プラはシーラの『暴走』に適応したようで、可愛げな仕草で客を惹きつける。己の持てるものを存分に生かしているとも言えよう。
「あれ、どうしたんですか三人とも」
しょげこむ三人(特に千雨とアシェット)を見て、生鮮食品販売コーナーから大地が顔を出す。
「そうそう、前から千雨さんにはその服、似合うんじゃないかと思っていたんですよ。
いいですね、とてもよく似合っています」
「え……そ、そう。別に、服のデザインがいいからよ」
突然、大地から褒めの言葉をかけられた千雨が、プイとそっぽを向く。それが照れ隠しだということは、紅く染まった頬が物語っていた。
「むむむ、あれはちょっと見逃してはおけないね! どうなのか確かめに行こう、アシェット……って、あれ? アシェット?」
アシェットの姿が見えないのにプラが辺りを見回すと、しょぼん、という効果音がぴったりの様子で、アシェットが壁の隅で丸くなっていた。盟友と思っていた千雨にある意味裏切られた格好なのが結構堪えたらしい。
「ああ、アシェット、立って! 落ち込んでるよりも何が出来るかを考えよっ」
「……ぐす。うん、ありがと……わたし、負けないっ」
浮かんだ涙を拭って、二人はお菓子コーナーへ戻っていく。そうしてしばらく経ったある時、ティティナがケイオースを連れてやって来た。
「お疲れさまです。お忙しいでしょうか?」
「ううん、大丈夫。……デート?」
プラとアシェットに何やら聞かれているケイオースをチラ、と見て、千雨がティティナに聞く。
「そ、そんなんじゃない……と思います……」
ぽっ、と顔を赤くして答えるティティナ。純粋に可愛いな、と千雨は思う。
「オススメの品、教えてあげる。後で二人で食べて」
「あ、はい、ありがとうございます」
二人が上手くいくといいな、心で密かに応援する千雨だった。
「さ、準備はいいわね?」
菫の確認する声に、馬宿、道真と小次郎、顕仁、それに呼ばれてきたヴィオラとアナタリアが頷く。
「おかあさま、こっちですっ」
「讃良ちゃん、引っ張らなくても大丈夫ですよー」
直後、讃良ちゃんに引かれて豊美ちゃんが入って来る。パパパパパン、クラッカーの破裂音が立て続けに響く。
「『豊浦宮』一周年、おめでとー!」
祝福を受けて、クラッカーに詰まっていた紙やら紐やらが頭にかかったまま目をパチパチさせていた豊美ちゃんが、やっと状況を理解する。
「わー、ありがとうございますー。こんな準備してたなんて知りませんでしたー」
「バレないように色々気を使ったわよ? ま、何にせよいいサプライズになったわよね。
それじゃ、皆で乾杯しましょ!」
菫の号令で、各人に飲み物が渡される。乾杯の音頭をと菫に頼まれて、豊美ちゃんが皆の前に立つ。
「え、ええと……。皆さん、今日はこのような場を用意してくださって、本当にありがとうございます。
これからも『豊浦宮』と、魔法少女がもっと街の皆さんに幸せをお届け出来るように頑張りたいと思います」
「何よー、すっきりまとめちゃって。途中で「長いわよっ」って突っ込もうと思ったのに」
「ひ、ひどいですー!」
温かな笑いに包まれながら、乾杯、の声とともにグラスが打ち鳴らされる。
「こうやってゆっくり話すのって、いつ以来かしらね。どう? 元気でやってる?」
「ええ。イナテミスも人が増えたけど、騒がしくなくて活気があって、そしてよくまとまっていると思うわ。
森も少しずつ、元の落ち着きを取り戻そうとしている。このまま平和な時間が、続いてくれればいいわね」
「そうだな。また、森の様子を見に行っていいか?」
「ええ、いつでも」
菫とヴィオラ、アナタリア、久し振りに顔を揃えた友人同士ののんびりとした会話が続く。
「是非ここは、豊浦宮の制服とも言うべき、統一コスチュームを作ってはどうだろうか」
「作った所で、着てもらえるだろうか。魔法少女はそれぞれ独自のコスチュームをしてこそという面もあるだろう。
下手に縛りを加えて活動を制限するのは避けたい。各人が自由に振る舞いつつ、最低限の統一した見解を持っているのが理想だ」
「言われてみれば確かに。この手の問題は何時の時代も難しいことに変わりはないね」
『豊浦宮の統一コスチュームを』という提案をしてきた小次郎へ馬宿が見解を示し、顕仁がなるほど、と頷く。
「あら、これ私にぴったりじゃない」
扉が開き、現れたのはなんと、小次郎が試作した豊浦宮コスチュームに袖を通した道真だった。どうやら小次郎は、自分たちの分も作っておいたらしい。
「わー、まほうしょうじょ、ですー」
「そ、そう? ……本気で祟るわよ? こんな感じかしら?」
「道真さん、それちょっと違う気がしますー」
明らかに普段とは違う様子の道真、やはり彼女が今日の感謝祭を一番楽しみにしていたのかもしれない――。
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