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リアクション
第二章
一号車。
「出発したか」
椅子に腰掛け、金 鋭峰(じん・るいふぉん)は軽く吐き出した息と共に帽子を脱いだ。
軍をまとめる立場故、象徴とも言えるその帽子を公の場で取ることはない。
だが、この旅はプライベート。激務から離れた束の間の休日。重圧から解き放たれた金の心は開放的になっていた。この個室の扉と同じくらいに。
「団長、お隣いいですか?」
開け放たれた扉をノックしたのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)。後ろにはダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)、夏侯 淵(かこう・えん)と勢ぞろい。
「ルカ君たちか」
来訪者の現れで傍らの帽子に手を伸ばすが、すぐに思いとどまる。
「今の私はただの旅行者、畏まる必要などない。遠慮せず入ってくるといい」
「ありがたきお言葉。しかし、団長はシャンバラ国軍総司令です。敬意を表すのは当然のことではありませんか」
スーツ姿で礼節に則ったダリルの口上。それに対して金は無表情のまま言い捨てる。
「そうか……好きにしろ」
「はい。そうさせていただきます」
「ったく、硬ぇな。言葉に甘えるのが礼儀でもあるんじゃねぇのか?」
「もう、カルキは少し遠慮しなさいよね」
遠慮無く室内へ入っていくカルキ。それを咎めるルカルカもちゃっかり金の隣に着席する。
「はあ、まったく」
「おまえの了見はわかる」
溜息をつくダリルに淵は同意するも、自分の意見を述べる。
「けれども、今は休息時。多少の無礼講は許されてしかるべきだと思うぞ」
そのまま肩を叩こうとするが、如何せん高すぎて届かない。
「ぐぬぬ」
「おいおい、そこで突っ立てるとくつろげないだろ?」
「団長からも許可を貰ってるもんね」
ダリルの頭に巡る思惟。
団長に必要なのは休養。旅の目的はそこだろう。ならば、自分の取る行動もそれに添えばいい。
「……そうですね。では、失礼いたします」
結論付けて入室する。その所為で肩透かしを食った淵はたたらを踏み、皆の前へと躍り出る。自然と視線が集中。
「ち、違うぞ! 服が絡まっただけだ! 決して身長が足りなかったからではない!」
道士服の裾を持ち上げ弁明しだす。
「誰も言ってないから落ち着け」
逆に、ダリルが肩に手を置く。
「く、くそう……」
羞恥と羨望と、淵の表情は色々と混ざり合う。
そんな内情などお構いなし、陽気に最初の話題を作り出すカルキ。
「にしても、護衛もなしとは驚きましたぜ」
「プライベートなのだから当然だろう」
「団長の帽子を外した姿って初めて見たよね?」
ルカルカの言葉に頷く三人。
「……おかしいか?」
「とても素敵ですよ」賞賛を送り、「そうだ! これ見てください」
何かを思い出して一度背を向け、
「じゃーん、お揃いー♪」
と、帽子を被って振り返る。
「ほう、私のものとまったく同じだな」
「似合ってますか?」
ワクワクと感想を待つ。
ミリタリーパーカーにショートパンツ、そして帽子。
「私に美的センスがあるかどうかはわからないが……」前置きをして、「似合っているのではないか?」
「やったね!」
ご満悦のルカルカ。そこにダリルは提案する。
「どうでしょう、二人が並んで帽子を被っている姿を写真に収めては?」
「いいね! 団長、写っていただけますか?」
「いいだろう」
懐からカメラを取り出し、一枚撮影。ついでに、トランプも取り出す。
「こういうものもありますが、ひとつどうです?」
「……『ババ抜き』でいいのであれば」
「全然問題ないですよ」
「お、いいね! 負けたら駅弁を買出しでいこうぜ! 何やら一杯売っているみたいだからよ」
「勝負事は言い出した奴が負ける法則があるんだぜ?」
オカルトではあるが、淵の言った通りに進みだす。
恐ろしく引きの強いルカルカ。ポーカーフェイスで勝ち抜けたダリル。残るは三人。
空気を読めと、勝ち抜けた二名。
「上がりだ! 勝負は体格で決まるわけではない!」
やはりコンプレックスに思っていたのか。
そして、カルキが負ければ……
「団長、すいません」
手から札が無くなる。
『…………』
降りる沈黙。
「あの、断っても大丈夫ですよ?」
ルカルカの気遣いを手で制し、
「敗北の罰を受けるのは上官として当然の義務であろう。それを怠るなど、私にはできない」
プライベートとはいえ、根っからの軍人気質。敗者に拒否権はない。
『バカルキ!』
「す、すまねぇ……」
立ち上がり、部屋を出ようとする金を押し留めたのは軍服を着た新たな訪問客。
「だ、団長!」
「君は?」
「はっ! シャンバラ教導団所属、董 蓮華(ただす・れんげ)です!」
声音高く敬礼する。
「プライベートな旅なのだ、敬礼はいい。それに護衛もだ」
「了解しました!」
それでも敬礼を返す。
「ほれほれ、蓮華。リラックス、リラックスー」
その後ろからスティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)は軽い口調で蓮華を落ち着かせる。
「団長さんもああ言ってるし、気楽にいこうぜ?」
「誰かと思えば、蓮華とスティンガーじゃない」
「ルカルカ中尉! いらしてたんですね」
見知った先輩が居る事で、蓮華の緊張は多少解れた。
「中尉はお仕事ですか?」
「ううん、ルカたちもプライベートなのよ。蓮華たちはどうしたの?」
「わ、私ですか!?」
急にしどろもどろになる。
「俺は蓮華に引きずられてきたんすけど……」
「私は……そう! 偶然ですっ!」
「偶然って、本部で護衛がいないって聞いたから追い――」
「はわわぁぁぁぁ!」
無理矢理言葉を遮り、
「何でもありません! 気にしないでください!」
必死に隠そうとするが、もうバレバレ。ダリルは首肯する。
「そういうことですか」
恥ずかしさで顔を紅潮させて湯気を立たせる蓮華。
「あ、熱いですね……」
見ているこちらも熱くなってくる。
「そういや、喉も渇いてきたし、小腹も減ってきたぜ」
「でしたら、私が何かご用意いたします!」
カルキの呟きにいい話題転換ができたと思いきや、
「いや、それには及ばん」
蓮華を差し止める金。
「私が買ってくる。飲み物と弁当は七人前でいいのだな?」
罰ゲームを忘れていなかった。
「七人前、ですか?」
「私、ルカ君たち、それと董君とスティンガー君の分。合わせて七人前であろう?」
「え……」
突然名前を呼ばれ、言葉を失う蓮華。動悸が激しくなり、心臓が飛び出してしまいそう。
「あ、ありがとうございます!」
鼓動を必死に押し隠し、感謝の言葉を搾り出すと敬礼。
「いやいや、慌てすぎ」
呆れるスティンガー。
「それでは、行って来る」
「はいっ! ……えっ、ど、どういうことでしょうか?」
やっと我に返る。しかし、金は出て行ってしまったところ。
『カルキ……』
「ほんと、面目ねぇ」
その部屋から数歩離れた廊下に、匍匐前進でもしているのか、腹ばいになっている葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)がいた。
「……何をしているのだ?」
「げげ、眉な……いや、金団長!」
吹雪は金を見るなり直立、背筋を伸ばす。
「今、『眉無し』とか言った?」
ルカルカの手で林檎が弾ける。
「いえ、そんなことないのであります!」
「ないのかあるのかはっきり」
「ありません!」
「……気のせいだったかな?」
「ルカルカ君。部屋へ戻っていたまえ」
「わかりました」
首を傾げつつも個室へ引き返す。
「何と言う地獄耳」
「それで、君は何をしているのだ?」
「ひっ、忘れていたであります!」
眼光に身が竦み、感情が言葉として漏れていた。そこに横から加わるセイレム・ホーネット(せいれむ・ほーねっと)。
「お饅頭を食べてたんだ。団長さんもお一ついかがですか?」
包装された饅頭を渡す。
「私は甘いものが苦手なのだが……」
「大丈夫だよー。あまり甘くないもん」
「ちょっ、それはさっきの?」
惨劇を思い出す吹雪。それもそのはず、餡にはタバスコと唐辛子が混ぜられており、甘いというより辛い。疑いもせず食べてしまった故にのた打ち回り、腹ばいに倒れていたのだ。
そんな真相など分かる訳も無く、口にする金。一口、二口と咀嚼していく。そして、
「……まあまあだな」
「た、食べ切ったのであります……」
吹雪は感動のあまり敬礼。
「金団長! 自分たちはこれで失礼させていただくのであります!」
踵を返すと猛ダッシュ。全速力で立ち去る。
「慌しいな……ん? これはなんだ?」
先ほどまで吹雪が立っていた場所に、冷たい麦茶が置かれていた。
「団長! 俺は五人前でお願いします!」
「少しは遠慮しろ」
「おいおい、淵。食わなきゃでかくなれねぇぜ?」
「う、うるさい!」
「十一人前か。持てるだろうか」
金鋭峰、初めてのお使いに出かけた。
――――
「うーん、おかしいな……ちゃんと混ぜたのに」
セイレムはもう一つ饅頭を取り出し、一口含む。
「止めた方が……」
吹雪は忠告するが、遅かった。
「うっ……」口を押さえ、「ぐほっ、げはっ、ぶふっ」
大凡女の子とは思えない声を出して苦しみだす。
「もうそれ、危険物扱いだと思うんだ」
「み、水、水を、飲み、もの、ちょう、だい」
震える手で助けを求めるセイレム。
「あ、さっき置いてきたからもうない」
「そ、そん、なぁー! ごほっ」
「あの眉無し、異常だ……」
――――
別個室で。
ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)は隣に座るグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)を横目で覗いた。
(体は人間。魔力を使いこなしているわけではない。片付けられる。引き金を引くだけでいい)
至極簡単な動作。一瞬で片が付く。
(だと言うのに、何故俺の指は引き金を引かない……)
視線は鋭く、自身の手を見つめる。
「ウルディカ? どうした、酔ったのか?」
眉間に皺を寄せるウルディカを心配するグラキエス。
「……いや、酔ってはいない」
「ん、平気ならいい。だが、何かあればすぐに言うんだ。これはウルディカのために設けた交流の場だ」
(そんなもの無意味だと言うのに……)
押し黙り、思慮にふける。
そんな不穏な気配に対し、向かいに座るロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)は神経を尖らせているのだが、
「そういえばキース、駅で何を買ってきたんだ?」
当のグラキエスはまったく気にしていない様子。
「……異常事態に慣れすぎたんですかね」
「何か言ったか?」
「いえ、こちらのことです」
首を振ってはぐらかす。
その横から耳打つゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)。
「確かに何か含みはあるようだが……」
「やはりそう思いますか」
「しかし、まだ自分自身でも答えが出ておらんようだ。今はグラキエスの望む通りに旅行を楽しめばよい。有事には我が退けよう」
「甘い気もしますが……」
グラキエスの選択の尊重し、ウルディカに友好的なゴルガイス。ロアはどうすべきか決めかねている。
「さっきから何を話しているんだ?」
「なに、大した事ではない。ほれ、ロア。さっき買ってきたものを出さんか」
促され、ロアは駅弁を取り出す。
「駅弁か。各駅の名物を入れてある弁当だな」
「せっかくなので買ってきました」
ご当地弁当は数種類用意されていた。
「ウルディカ、どれがいい?」
「……どれでも構わない」
思量から引き戻されるウルディカ。ゴルガイスは中でも特盛り弁当をグラキエスに推す。
「グラキエスにはこれがいいであろう」
「……多いのだが?」
「活力をつけるためだ。これくらい食べきれるであろう?」
その量に食べる前から箸が進まない。そこにウルディカが援助を加えた。
「食べなければ栄養が不足する。それと、ドリンクはこれを推奨する」
「おう、貴公もそれを勧めるか。なかなか分かっているな」
同じ思考の二人。
「何だか世話の焼き方がアランバンディットに似ていますね……」
ロアも少しだけ考えを改める。
「もう少し静観してみますか」
解け始めた緊張。交流会はまずまずの成果をあげつつある。それを壊さないためにはこの申し出を受けるべき。
「……食べるか」
グラキエスは旅行とこの空気を楽しむことにした。
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