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リアクション
さてその頃。ドクター・ハデスは温泉に隣接した卓球場へとやってきたのでありました。
「フハハハハ、大変だったようだな。だが、この俺が来たからにはもう安心だ!」
早くも疲れた表情のみなの前に、特製ドリンクを差し入れに来ていたのです。
「これを飲めば眠気も吹っ飛ぶ。一気に夜を駆け抜け、明日のテストに備えよう」
「……」
そんなハデスを全員が胡乱げに見やります。
なにしろ、あの悪名高きハデスです。うかつに手を出したらどうなるものかわかったものではありません。差し入れられたドリンク剤を手に取ることもなく、ロボットのように淡々と卓球を続けます。
いや、みんなわかっているのです、勉強しなければならないことくらいは。しかし、温泉に卓球があって、それを無視して通り過ぎるほど、このパラミタに住む契約者たちは不感症ではありませんでした。プチプチがあるとつぶしたくなるのと同じように、夏の虫が灯火にたかるように、卓球台に吸い寄せられてしまったのです。
「ハデスと遊んでいる暇はありませんな。勉強も残っていますし」
ふっ、と冷笑するような口調で答えつつ球を打ち返すのは、復活した紳士アルクラントでありました。先ほどは思わぬハプニングに巻き込まれて失態をさらしてしまいましたが、本来の彼はとても精悍でかっこいいのです。浴衣にベレー帽の姿、似合ってますしね。
「サー、イエスサー」
色々あって百回以上言わされてちょっと無気力になってしまった永谷が相手です。勉強の集中力がなくなってきたため気分転換に温泉に入りに行ったのが運のつき。踊るジャンボに翻弄された彼女は、勉強が手につく状態ではありません。男装女子の彼女、今は浴衣姿です。着こなしもマニッシュでそうやって見ていると、背の高いキリッとした女の子といった風貌。男目を気にすることのない動作は、結構きわどい艶姿だったりします。ここだけ記憶に残しておきましょう。
そして、それをかぶりつきで見つめている他の面々。
そんな彼らに視線をやって、ハデスは言います。
「くくく……、俺のことを疑っているようだな。このドリンクに何か妙なものでも混ざっていると……? よかろう、見せてやるとしようか……」
実のところ、この時ハデスに邪悪な念などなかったのです。彼はいつも純粋、今回もそうです。本当に徹夜を励ますべく、彼はドリンクを持ってきたのでありました。それが疑われるのは心外です。身の潔白を証明すべく、彼はドリンクを一本手に取り、美味そうに飲み干しました。
「……」
なんとなく気になって、全員がその様子を見つめています。しばらくして……。
「なにか問題でも起きたかな……?」
ドリンクを飲み終えたハデスは、どうだとばかりに全員を見つめまわします。その彼に異変が起きた様子はありませんでした。それどころか、彼の目の輝きが増し生気が満ち溢れてきたようにも思えます。
「そういうことなら、一本もらっておくとしようか」
いつの間にか復活していた、浴衣にヘルメット姿の風次郎が、口火を切るように手を出します。スペランカー結構お薬好きですし。親指だけで捻るように栓を抜いた彼はくいっと口をつけて頷きます。
「……味は普通の栄養ドリンクか。まあ、問題なさそうだな」
「じゃあ、ボクももらっておくよ」
これは輝。それに続いて、皆がありがたく頂戴することにしました。一服ついて、皆がなんとなく顔を見合わせます。
しばしの沈黙……。
景色がぐるぐると回り始めたような気がしました。
「さて、ではそろそろ行こうか……戦場へ……」
不意に、ルースが呟きます。そろそろ遊びも切り上げて、テストのための勉強へ……。
「スタンバイ完了です、大尉(笑)。いつでも発進できます!」
卓球のラケットを置いて、永谷が力強く頷き返しました。
「ちょっと待ってください。早すぎです、こんなのってないですよ……」
真鈴が少し涙目になって引きとめようとします。
「早すぎということはないですよ、ボクたちはもう10年も待ったんですから」
そんな彼女の肩をやさしく抱いて、輝は言い聞かせるのです。
「恐らく生きては帰れません。それでもあなたは行くのですね……」
ナナは諦観を漂わせて確認しました。その目は愛する人ともう会えない悲しさと任務の重さ、そして世界の運命を左右する戦いに赴く彼らに決意をあらわにしたようでした。
「ふっ……、拙者にはもう関係のない話だと思っておったが違ったようでござるな。またよろしく頼むでござるよ、相棒……」
逢は封印してあった禁断のエア魔剣をスラリと抜きます。
「しかし……、私たちが動くほどの相手なのでしょうかね……」
困難をなんでもないような笑みを浮かべながらベレー帽をくいっと直すしぐさをするのはアルクラント。言いつつも、その瞳は自分が皆を守ると決意を新たにしています。
「ねえ……戻って、来るんだよね……?」
そんな彼らを見つめて、シルフィアは不安げな表情で問いかけます。
「……当たり前でしょう。私を誰だと思っているのですかね、あなたは」
2秒ほどためらった後に最高の笑顔で返してくるアルクラント。
「また……始るのですね、戦争が……」
泣きそうな声で言う真鈴。見えないはずの空を見上げて首から提げていないお守りを握り締めるまねをします。
「決められていたことなのですよ……ずっと前から。後はあなたたちが受け入れられるかどうか、それだけなんですから……」
輝は答えますが、さっきから聞いていると何年前から生きてるんでしょうねこの娘……。
「……ああ、俺だ。軍には手を出さないように伝えてくれ。こんなときのための俺たちなんだから」
ケータイを手に意味深な笑みを浮かべて誰かと話し始める永谷。その電話、どこにも通じてませんよ。
「若い命を散らすわけにはいかねえ。俺の古傷よ……、あと少しもってくれよ……ッ!」
ルースは脇腹を押さえながら、進み始めます。
「今までありがとう、あなた。私、あなたと会えて幸せでした……」
慣れない笑みを浮かべて愛する人の耳元で囁くナナ。
「やれるでござるよ、拙者たちなら……!」
虚空を睨みすえながら、逢は不敵に笑います。
「なあ、帰ってきたら……、またこの温泉でひとっ風呂あびようぜ!」
風次郎の言葉に全員が頷いて、部屋から出て行きます。どこへ行くつもりなのでしょうか……。といいますか、さっきから何を言っているのでしょうか、彼らは……。きっと見えない敵と戦いに行ったのでしょう。
「くくく……やはりデータどおりにはいかないようだな」
メガネをくいっと押し上げながら確認するハデス。
「……中二病になる効果のドリンクだったか……。気にするな、誤作動だ……」
元々、二十歳過ぎても世界征服とか悪の秘密結社とか言っているリアル中二病のハデス。彼の願望が薬の効果となって現れ望む光景を生み出したのです。
「ふははははは……! 教えてやろうか、これでもう、お前たちは終わりだ!」
中二病にふさわしい悪役の台詞を吐いて、ハデスは身を翻します。
「さあ、行こう……我々の新しい世界へ……」
そして歩き出そうとする彼が、ゴフリと口から血を吐きます。背後から突き立てられるナイフ。それを確認してハデスは自嘲気味に目を見開きます。
「ふっ……、やはりお前だったか……」
「嘘、ですよね兄さん……。私を捨てるなんて嘘ですよね」
それは、さっき部屋で一人服を脱ぎ始めたはずの咲耶でした。中二病どころかヤンデレ化して焦点の定まらない瞳でハデスを見つめます。
「どうしてアルテミスを見るのですか……? そんなの私の目の錯覚ですよね……。ええわかってます、いいんです、兄さんはあの女にたぶらかされているだけなんですから。私が絶対に取り返してあげますからね。あの女、殺してあげます……それが兄さんの望みですものね。ずっと私と一緒ですよね……私、兄さんのためなら何でもしますから……ずっとずっと一緒ですよね……」
「……今更何も変わらない……全て無意味だ……」
最後の最後まで中二病台詞を残して、ハデスはその場に倒れました。その彼の頭を抱きながら、恍惚とする全裸の咲耶。
「……やっと、二人っきりになれましたね……兄さん……」
NICE BOAT……とどういうわけか謎の湖と船の映像が浮かび上がり、彼らはフェードアウトしていきます……。
かくして、何がなんだかわからないうちに、夜が開け朝を迎えます。ドリンク効果で見えない敵と戦っていた参加者たちが我に返って気がついたときには、一限目始まりのチャイムがなる寸前だったそうです。
彼らは何も手をつけぬまま試験に挑むことになったという、ナンセンスで救いようのないお話……。
○
◆エピローグ
「待て、まだあわてる時間じゃない……」
スペランカー風次郎は、諦めずに教室に向かってダッシュしていました。『加速薬』効果で誰よりも早く走れるのでした。
「俺は……伊達にスペランカーをやってるわけじゃない。2日3日寝なくともどうにでもなる。勉強できなかったのは辛いが、ミーティング内でパラミタ中の遺跡に纏わる歴史について話しあったんだ。おそらく大丈夫なはずだ」
そんな風次郎は、途中で段差につまずいて転びます。
そしてその衝撃で死にました。
「……ん? というより、テストの時間って何時からだ? まずい、急げ!」
すぐに復活した彼は、教室に滑り込みます。
GW中ほぼ休まず活動してたので、全身ボロボロ。しかし、スペランカーはそんなことではへこたれないのです! 席に着く前に机に足を引っ掛けて転びます。
そしてその衝撃で死にました。
「……テスト勉強なんてしていない。しかし『博識』と『ああ、聞いたことがある』で文系科目はバッチリだぜ。が、回答が胡散臭いな……」
すぐに復活した彼は、すごい勢いで問題を解き始めます。相当眠かったが、『不寝番』で何とか最後までやり遂げた彼は、解答を書き終わるなりこれまでの疲れがどっと出て机に頭ごと突っ伏します。
そしてその衝撃で死にました。
「……何とか終わった。不思議な体験だったが皆と一緒にすごした時間は、冒険にはない貴重なものだった」
試験を終えた風次郎はある一種の達成感と爽快感に浸りながら、帰路に着きます。
散々な夜でしたが、こんなのもたまには悪くはないかもしれない、そんなことを考えながら……。
彼は帰り道で階段からコケて転落し……その衝撃で死にました。
ちなみに、全員何とか合格して追試は免れたそうですが、それはまあ別のお話……。
END!