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ハイナのお茶会 in 明倫館

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ハイナのお茶会 in 明倫館

リアクション

   四

「大事なテラーを傷つけた」リカインを庇う耀助も、チンギスとドロテーアにとって敵である。二人は耀助を睨みつけた。
 が、耀助は向かってくる二人にあっさりと言った。
「狼がその恐竜娘を狙ってるぞ」
 二人が振り返ると、気絶したテラーと、それを抱えるグランギニョルに向け、狼が大きな口を開けているところだった。
「ハイナさん主催でお茶会を開催するので、その為のハーブを少しだけ分けて欲しいのですが――と言っても、今更遅いだろうな」
 狼の怒り狂った目を見て、エースは説得を諦めた。
「任せて!」
 詩穂が【幸せの歌】を狼に向ける。
 グルルルル……という唸り声が、ふいに止まった。
 それでも詩穂は歌い続けた。
 血走っていた狼の目が、次第に柔らかくなっていく。
「お?」
 詩穂の歌は、【子守歌】に変わっていた。狼の目がとろんとなり、瞼がゆっくりと落ちていき――、
「お見事!」
 耀助は手を叩いた。
「これで当分は大丈夫」
 詩穂は汗を拭い、狼の顔を覗き込むと頷いた。
「今の内に、ハーブを摘んじゃおうっ」
 しかし詩穂は、愕然となった。先程までの戦闘で誰かが袋を蹴飛ばしたらしく、摘んだ葉が、あちこちに散乱している。
「どうしよう……」
 那由多は唇を噛んだ。土で汚れた葉を持って行くわけにはいかない。また、摘み直せば時間がかかる上、園のハーブが残り少なくなり、後が困る。出来れば、それは避けたかった。
「少しならあるけど?」
 気絶したままの暮流と自分が使っていた袋を、由紀也が持ってくる。
「ローズヒップとカモミールか……これだけあれば、何人分かのお茶は作れるだろう。助かる」
 エースが中身を見て頷いた。「後はそうだな、摘んでいなかったのを選ぼう。キャラウェイと、それにサフランとクレソン……」
「がぅぐぐぐぎがぁ!」
 いつの間にか目を覚ましたテラーが、それを聞いて走り出した。いや、エースの言葉が分かったどうか定かではない。とにかく、適当な場所へ突入し、適当にばっさばっさと千切り始めたのだ。おそらく、道端のたんぽぽを蹴飛ばす――そんな感覚だろう。
 グランギニョルが【レビテート】で追うが、テラーが楽しそうにしているので、無論、止める気配はない。
 次から次へ空中へ放り出されていく葉だったが、不思議なことに落ちる気配がない。
 風が、畑を撫でるように吹いた。次にごうっと音を立てて舞い上げられた葉は、つむじを描いてオデット・オディール(おでっと・おでぃーる)の手の中に落ちた。
「早く早く! 入れ物!」
 耀助がすぐに袋を差し出し、オデットはその中にハーブを流し込んだ。そしてまた、【風術】で同じことを繰り返す。
 意図を察した由紀也、詩穂、エース、那由多は葉が土に塗れぬようテラーの後に続いた。無論、グランギニョル、チンギス、ドロテーアはテラーのしたいようにさせている。
「ぐがぎぐるるぅ!」
「お見事でありんす」
「我様もやろうか」
「テラーの楽しみ取っちゃだめ!」
 ――と、全員、実に楽しそうにしている。
「助かったあ。ところで、お嬢さんはどちら様?」
 集まった葉を次から次に袋に入れながら、耀助は尋ねた。
「通りがかりの旅行者です」
 オデット・オディール、十六歳。現在、パラミタ全土を回って旅行記を執筆中の覆面作家である。


「人数は……」
「それほど本格的でもないようですね」
「といっても、総奉行主催だから、その辺の女子会とは違うだろう」
「では――」
 ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)は、あれこれ話しながら前を歩くグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)を、怪訝な目で見ていた。
「買い出しを手伝ってくれ」
 グラキエスにそう言われたのは、二日前のことだ。よく分からぬままについてきた。
「……」
 ウルディカはグラキエスに害意を持っていた。過去形なのは、現在は静観しているからだ。またいつ立場が変わるか、それはウルディカ自身にも分からない。
 その状況を知りつつ、グラキエスはこうして無防備な姿を見せる。それが理解できない。
「ウルディカ、貴方は荷物持ちですよ」
 グラキエスに対するのとは打って変わって、エルデネストは冷たい目を見せる。
 既に参加者への土産物は別のチームが買い出しに出ている。グラキエスたちは、茶会で出すための菓子を買うことになっていた
「これは……凄いな。綺麗だ。美味そうと言うより……食べられないな」
 三人が赴いたのは小さな老舗だった。白い寒天の中にグレープフルーツやえんどう豆が閉じ込められている。ほんのり透けて見えるのが、まるで宝石のようだ。
 寒天と砂糖から作られたそれは、琥珀菓子と呼ばれており、季節によって中に入れるものが異なる。
「グラキエス様、茶菓子ならこちらの方がいいでしょう」
 ちょうど老人が作業をしているところだった。手の中で、器用に、もみじの青葉が作られていく。その次にはアジサイ、そして鮎。一つ一つがとても可愛らしい。
「――参ったな」
 グラキエスは苦笑した。どれも食べるには、もったいなさすぎる。
「では、これを」
 エルデネストが人数分を会計している横で、グラキエスは飴細工を見つけた。
「エルデネスト、こっちの飴も買わないか?」
 エルデネストは軽く眉を寄せ、かぶりを振った。
「茶会に飴は向かないでしょう」
「そうか……。ならこれは、俺が買おう」
 グラキエスはポケットから小銭を出して、その一本を求めた。そして、
「ウルディカ、これはあなたに」
「……俺に?」
「龍の形をしているんだ。面白いだろう?」
 ウルディカはまじまじとそれを見つめた。龍がうねり、前足で宝玉を掴んでいる。これもまた、食べ物とは思えぬ精巧な作りだ。この町は一体、こんな物にどうしてこれほどの手間暇をかけるのだろうか?
 分からないと言えば。
「ウルディカ、荷物を持ってください」
 土産と違い、この菓子はすぐに使うため、グラキエスたちが直接、茶会へ持って行くことになっていた。荷物を渡しながら、エルデネストが囁く。
「……グラキエス様が許せば、契約上私は手出しできない。だが私のものに手を付けたこと、決して許さんぞ」
 ――この男は分かりやすい。
 だがグラキエスの無防備さは――そしてそれを喜んでいる自分は――。
 貰った飴を食べられない理由を、ウルディカは自分でも理解していなかった。


 さて、ハーブを集めた耀助と那由多は、仲間と別れて吊り橋へ向かった。丹羽 匡壱(にわ・きょういち)は、二人の評価をこう書き記した。
「仁科 耀助−戦闘能力不明。戦いを回避する傾向がある。龍杜 那由他−パートナーのお守と化している。気の毒」