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リアクション
九
このお茶会の一つの見物が、アルセーネ・竹取(あるせーね・たけとり)による舞だった。
「吉野山 峰の白雪踏み分けて 入りにし人のあとぞ恋しき……」
それは、かつて静御前が源義経を慕って歌った「賤の小田巻」だ。
「しずやしず しずの小田巻 繰り返し 昔を今に なすよしもがな……」
そのしっとりとした踊りは、美しい歌と同じぐらいに胸を打つ。杜守 柚(ともり・ゆず)、瀬田 沙耶、リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)、給仕であるはずの杜守 三月(ともり・みつき)まで、仕事を忘れて見入るほどだった。
終わってからしばらくの間、全員、ぼうっとしていた。
「素敵でしたあ……」
はあ、と柚が深々と息をつきながら言った。
「本当に。柚の七五三とは違って、あの衣装も綺麗だった」
「し、七五三?」
柚は自分の着物姿を見下ろした。黒地に桜と鈴があしらってある。少々派手でくどいほどだが、七五三はあんまりだ。
「いや、似合ってるよ?」
「しかも疑問形……もう、三月ちゃんの意地悪〜」
頬を膨らませる柚に、三月は困ったなあと苦笑する。
やがてアルセーネが、着替えて控え室から出てきた。と言っても、直垂・水干など、全く同じ衣装だが。
三月がアルセーネに飲み物を渡すと、沙耶とリリアが近づいてくる。
「初めまして、アルセーネ・竹取様。わたくし、葦原明倫館所属の瀬田沙耶と申します」
沙耶は会釈をして名乗った。
「よもやアルセーネ様の踊りを拝見できるとは思わず、望外な幸せに存じます」
「こちらこそ、お会いできて光栄ですわ」
「お茶会に招待されたとお聞きし、てっきりハイナ様と何かご縁がおありかと思ったのですが、違ったのですね」
「ああ――いえ、この踊りはほんのお礼、余興なんですよ」
「どういう意味ですか?」
と、これは柚だ。
「葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)様が私の援助をしてくださっているのです。その縁で招待されたのですが、お礼をしないわけには参りませんでしょう?」
「ああ……そういうことでございましたか」
「もう一つ、理由があるのですが」
「え?」
アルセーネは、後ろを振り返って手招きした。那由多がやってくる。
「まあ、那由多ちゃん」
リリアは嬉しそうな声を上げた。「お二人は、お知り合いなの?」
「幼馴染なんです」
これには元からアルセーネを知る柚も驚いたようで、目を丸くした。
「それに、親友」
アルセーネが付け加える。
「そんな、親友だなんて。あたしなんて、いつも迷惑かけっぱなしで」
「そうね。小さいときのあなたは、ちょっとお転婆だったかもね。でも今は、とても美しい娘に成長したわ」
アルセーネに褒められ、那由多は照れ臭そうに頬を染めた。
「この子に久しぶりに会えるというので、ぜひにと。仁科さんにもお会いしたかったですしね」
「そういえば、あのお付きの人とはどんなきっかけで知り合ったの?」
「お付き?」
那由多は小首を傾げた。話の流れから察するに、リリアが上げたのは耀助のことだろうと判断する。
「耀助とは……色々あって」
「言いたくないならいいのよ。無理には訊かないわ。ただちょっと、似合わないと思ったものだから」
那由多は苦笑した。
「苦労はさせられます」
今も誰かにデートを申し込んでいるのだろう。一度も成功したことがないのに、あの懲りなさはいっそ尊敬に値するわ、と那由多は思う。
「あれでなかなか、頼りになるんですよ」
「そうなの?」
「時々ですけどね」
その時、耀助は大きなくしゃみを一つしたという。
「これで竹林でもあればベストなんだがな」
佐野 和輝(さの・かずき)は呟きながら、野点傘をセッティングした。
アニス・パラス(あにす・ぱらす)ものんびりと準備を手伝っていたが、樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)、マリリン・フリート(まりりん・ふりーと)、御神楽 舞花(みかぐら・まいか)、ミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)らがやってくるのを見て、たちまち顔色を変えた。
「あぅ……アニスはお菓子持ってくるね〜」
「あ、アニス! ……まったくもう」
「和輝も行けば? どうせ一人じゃ持ってこられないんだから」
「でも、お前一人になっちゃうぞ」
「私を誰だと?」
じろりと睨め上げられ、和輝は肩を竦めた。
「そうでした。松永 久秀(まつなが・ひさひで)でした」
「分かれば結構」
久秀はにやりと笑い、和輝と入れ違いにやってきた客に「今日は無礼講よ。作法は気にしなくていいわ」と声を掛けた。
ミシェルはホッとした。いつもパートナーの影月 銀(かげつき・しろがね)と行動している彼女は、たまには一人で何かをしたいと、お茶会に参加した。無論、女子だけの集まりなど初めてで、おまけに茶道などやり方も分からないから、ガチガチに緊張していたのだ。
自由でいいと言われ、足を崩していいかな、と他の参加者に目をやったとき、トレーを持った銀の姿が見えてギョッとした。何でここに? 動揺するが、いくら無礼講と言っても、席を立つのは失礼だろう。ミシェルはそわそわしながら、銀の動きを見守った。
和輝とアニスが、菓子を持ってくる。グラキエスたちが買ってきた、もみじの青葉だ。アニスがそこにトッピングしようとして叱られたのは、ここだけの話。
そのせいかどうか、アニスは和輝の後ろに隠れたまま、客に顔を見せようとしない。
マリリンはイルミンスールの制服を着用し、魔女らしい恰好で参加していた。至高の品であろうがゲテモノだろうがどんと来い! の覚悟だったが、出されたのが普通の和菓子だったので拍子抜けした。
ひょいと摘んで一口。
「甘すぎもせず、何と言うか……」
「上品なお味でございますね」
「そうそう、それ!」
マリリンは我が意を得たりとばかりに指を鳴らし、横に座る白姫を見た。
ゆったりとした着物、ふんわりとした雰囲気。菓子は懐紙に取り、じっくり味わっている。お茶を飲むときも優雅で、マリリンは一夜漬けの礼儀作法と照らし合わせながら、白姫の真似をした。
「平和が一番だよねえ」
熱めのお茶を飲んで体温が上がったのか、マリリンは手で首筋を仰ぎながら言った。残念ながら、彼女の期待するような面白い出来事は何もなく、退屈もしていた。
「ええと、これで合ってます……よね」
舞花は、【博識】をフル活用して参加していた。知識はあるが慣れていないため、いちいち動きが止まるのは、仕方のないことだ。
場所が場所だからか、自分から話そうとする者は少なかった。マリリンが「平和が一番」と言ったところで「ミシャグジ事件」の話や、各学校の状況、自分たちの夢や家族のことを各々がぽつぽつと語った。
舞花が自分の両親――御神楽 陽太(みかぐら・ようた)たち――のことを、笑いながら話した。陽太は妻にベタ惚れで、
「私のことは放任主義なんです」
「まあ。でも、子のことを想わぬ親はいませんよ」
白姫が微笑む。ミシェルは、「いいなあ」と羨ましそうだ。幸せな家庭を築くのが彼女の夢だった。
野点は、和やかに終わった。
柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は、給仕頭として他の給仕たちに仕事を割り振っていた。しかし軽い気持ちで引き受けたことを、彼は後悔している。
なぜとなれば、本職の給仕――或いはその能力を持つ者ばかりではなかったからだ。
目の前を、トレーを持った銀が通り、恭也は呼び止めた。
「その仏頂面はやめろ」
「?」
銀は己の顔に手を当てた。
「俺たちは今、客を楽しませる立場だ。無理でもいいから、笑ってみろよ」
「……ああ。営業用スマイル、というやつだな」
銀は口の端を上げた。
「……目が笑ってねえ……。まあ、いいか。上出来、そのまま最後まで頑張れよ」
銀は作り笑いを浮かべたまま、皿やカップの回収に向かった。
さて、お茶会が終わるまでもう少し。ミスがないよう、神経を張りつめて見回る必要がある。
恭也は足を止め、クスクス笑い合っている女性たちに声を掛けた。
「失礼、お嬢様方。お茶のおかわりはいかがですかい?」
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