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リアクション
「ルカ、本部と連絡が取れた。ただ一言、「日の出まで待つ」と」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)からの報告を受けて、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はほっと安堵の表情を浮かべる。「軍人が魔族とここで積極的に交戦する訳にはいかない」と、シャンバラ国軍の中枢を担っている(他にも関わっている学校はあるが、表現として)教導団との連絡役を申し出たはいいものの、実際どうなるかはやってみないと分からないからだった。だからといって連絡を怠れば、「国を左右しかねない戦いが、軍に秘密で行われた」とケチがついてしまい、これも後で大きな問題になりかねない。強大な力を有する軍は、その取り扱いに細心の注意を要するのであった。
「気を抜くな、これからが大変だぞ。まず日の出までに決着が付くかどうかも分からない、決着が付いたところで事後処理もある」
「決着は付くと思うけど、そうね、会談の場はセッティングしないといけないわね。
何かあった時のために、避難の誘導も出来るようにしておかないといけないし。メイシュロットの地図は利用できるようにしておいたけど……人手が足りないのはいつものことね」
それでもやらないといけないのよね、と結論づけてルカルカが動き出そうとした所へ、飛んできたロノウェがとん、と地面に足を着ける。
「会談の件は、私に任せてもらえないかしら。場所はウィール砦にしようと思うのだけれど」
そこは、とダリルが言いかけて口をつぐむ。そこには司令官である土方 伊織(ひじかた・いおり)がいるはずであり、彼の提案した『ウィール砦割譲計画』が元で、イナテミス、ひいてはシャンバラ全体の防衛計画を巡って激しい論争が繰り広げられるきっかけとなったのは、記憶に新しい。
「あの提案は私が受けたのだから、私が調整に入ることに何ら異論はないと思うのだけど」
「……分かったわ。ロノウェ、あなたを信じて会談の件、託すわ」
「ありがとう。期待には応えてみせるわ」
言って、ロノウェは二人の元から去り、一路『ウィール砦』へと向かう。
(人間は人間同士で争う……それ自体は構わないのだけど、その原因に私が関わっているとなれば、話は別だわ。
彼の肩を持つわけじゃないけど、一方的に言いくるめられるのを目の当たりにするのも、ね)
●ウィール砦
「はー……まさかこれほどになるなんて、思いもしなかったですよ」
砦に設けられた自室で、伊織は頭を抱えてうなだれていた。昼間、ウィール砦割譲に関して魔神の一柱であるロノウェと会談した所、各方面から「そんなことが許されると思うのか」「お前のしたことは売国行為に等しい」等の反対意見をもらい、提案の修正を余儀なくされたのだった。
「僕の考えが甘かったんですかねー……」
確かに、場所が場所だけに魔族に明け渡してしまうのは危険を感じさせるかもしれない。そもそも話がすんなり行くとも思っていなかった。……それでもあれだけの反対意見が出るということは、実のところやっぱり、魔族に対して猜疑心を抱いていることになる。共存を、と言いながらそういうことを言う人たちを、伊織は何となく信用できなくなっていた。
「……伊織さん。少々、よろしいですか?」
コンコン、と扉が叩かれ、セリシア・ウインドリィ(せりしあ・ういんどりぃ)の声が聞こえてくる。
「あ……はいー」
気乗りはしなかったが、無下に追い返すことも出来ず、伊織は入室を許可する。
「突然すみません。失礼かとは思ったのですが、伊織さんのことが気になってしまって。
……ごめんなさい、私も周りに与える影響のことを考えずに、意見を言ってしまいました」
「そんな、セリシアさんが謝ることなんてないですー。僕が言い出したのが最初なんですから、僕が謝るべきですよ」
頭を下げるセリシアに慌てて、伊織も頭を下げ返す。そのまま頭を上げられずにいた伊織の耳に、セリシアが近付いてくる音が聞こえてくる。あぁ、多分こうされるだろうなぁ、と客観的な思いを抱きながら、伊織はセリシアに抱きとめられる。
「伊織さんの苦しみを、私は理解することは出来ないかもしれません。でも、受け止めることは出来ます。
……私は、伊織さんの力になりたいんです」
「……ダメですよー……そんなこと言われたら……僕、泣いちゃいますよー」
ふるふる、と震える伊織の手が、セリシアの腕に触れる。
「いいですよ」
セリシアの優しげな声が、最後の堤防を突き崩す。
「う……うわあああぁぁぁ!!」
せき止められた水が流れるように、伊織の目から涙が溢れ、セリシアを濡らす――。
「お嬢様のことはセリシア様に任せるとしまして。……実際、今後どういたしましょう」
机を囲んで、サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)、馬謖 幼常(ばしょく・ようじょう)、サティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)が深刻な表情を浮かべ、今後の対応を検討していた。砦の割譲が激しい反対を受けた以上、提案を撤回し新たな提案を持ち出すか、今の提案に賛同する者を増やし、あくまで割譲する方向で話を進めようとするか、といった所であった。
「まずはセリシア以外の五精霊長達かの。あ奴らなら理由を話せば賛同してくれるやもしれん。
後はイナテミスの市長、イルミンスールの責任者であるエリザベートとルーレンになるか……。エリザベートはともかく、ルーレンには反対される事も有るかもしれぬが、そこは説得するしかないのう。
これで足りぬとなると女王とか代王とかになるのじゃが、この辺りになると我では役に立てぬ」
「パイモンとやらに関しては、メイシュロット+へ突入した他の説得しに行く者達に任せるべきだろう。
後は、此方と交渉したロノウェにでも此度の交渉のあらましを伝えて貰うといったところか……」
方針はまとまったものの、実現する可能性は正直、低い。何となく雰囲気が弛緩しかけた所に、見張りの者が砦への来訪者を告げにやって来る。
「魔神ロノウェ様がお見えになられました」
セリシアと共にやって来た伊織は、目こそ若干赤いものの、会談が出来ないほど落ち込んではいなかった。ロノウェは何も問わず、伊織が着席するのを待って席の反対側に腰を下ろすと、早速口を開く。
「今、イルミンスールで起きている変事に決着がついた後、ここウィール砦にてパイモン様を招いての会談を開きたいと考えています。つきましては、ウィール砦割譲に関するザナドゥ側の『暫定意見』をあなた方にお伝えに来ました」
あくまで『暫定意見』なのは、最終回答はパイモンがするから、ということらしい。全員の視線を受けて、ロノウェが意見を口にする。
「我々ザナドゥ側は、そちら側の提案である『ウィール砦の割譲』を検討の結果、受け入れないことにします。
理由は……もう私たちに『地上での拠点』は必要ないと考えているからです」
「……拠点が必要ないという理由を、聞かせてもらうことは出来るな?」
幼常が警戒を含んだ声でロノウェに問う。万が一の可能性ではあるが、『魔族が地上から引き払う』という選択肢も考えられなくはない。
「言い方が悪かったかしらね。『魔族だけの拠点』は地上には必要ない、ということ。
私はイナテミスで暮らす魔族の生活を知り、またこの目で見てきました。その結果として、魔族は地上の民に受け入れられ、彼らと共に生活出来るという可能性を見ました。共に生活が行えるのであれば、わざわざ魔族だけの拠点を設ける必要などないからです」
「……でも、それじゃ約束が果たせないです。人間が魔族に約束したことを果たせなければ、人間と魔族の間に亀裂が生じるかもしれないです」
伊織の意見に、ロノウェは少し思案して、そして答える。
「……ならば、このウィール砦を魔族が利用出来るようにしていただければよいかと。割譲という案には反対意見があっても、基本はあなた方が管理を行いながら、申請によって私たち魔族も利用が可能であるような仕組みを設ければ、そう反対意見は出ないかと」
「……お主の意見は理解した。だが、お主らはそれでいいのかの? 随分と我等に譲歩していると見受けるが」
サティナの問いに、「確かにね」と呟きつつ、ロノウェが答える。
「私たちを打ち負かした人間が、同じ人間に陰湿なやり方で打ち負かされるのが、気に入らないだけよ。
これを機に、あなたたち人間がいかに未熟か、考えてみるといいのではないかしら」
言うとロノウェは席を立ち、大まかな会談の予定を告げると、その場を後にする。
(……あんなこと言って、他者に言えるほど、私たち魔族も『出来た』ものではないけど)
自己嫌悪に囚われつつ、ロノウェは砦を後にすると、事が終わった時にパイモンを出迎えられるよう、イルミンスールへと向かう――。
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