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今年もアツい夏の予感

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今年もアツい夏の予感
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リアクション

「う〜ん、どうなんだこれ? 我慢大会になるのか……?」
 サウナの温度に真っ先に不満の声を上げた者がいました。ドラゴニュートのギャドル・アベロン(ぎゃどる・あべろん)です。一応格好だけは冬服毛布を何重にも重ね着してきているのですが、そもそもドラゴンニュートです。火をも吹き出す種族のため熱さには強い……というか全然平気なんです。
「さて、食べ物もあるみたいだし、ゆっくりさせてもらおうかな……」
 ギャドルはさっそく出された熱湯を飲み、ストーブを全開にしますが、普通に涼しいらしく、自分の火で石を燃やし、水をかけて蒸気を出します。
 おかげで我慢大会は始まるなり、灼熱化してしまいました。
「はあ……、まだ涼しいがまあこんなもんか……。皆も適当に温度上げていってくれよ。俺は構わねえからよ」
 全く余裕の表情のドラゴンニュートに、参加者たちは気圧されます。
「いやいや、優勝候補さん。あなたのような方が参加してくれて張り合いが出てきましたよ」
 褌一枚と言う格好で登場したのは筋肉自慢のルイ・フリード(るい・ふりーど)です。彼は今日は、パートナーたちと一緒にプールにやってきたのですが、他のメンバーは全員掃除に行ってしまい、彼一人での参加となります。
「己の精神と肉体的な強度が試されると思うとワクワクしますね! お互い頑張りましょう」
 ルイは他の参加者たちとエールを交し合うとサウナの奥へといってしまいます。
(密閉された空間での高温多湿な状態は実によい……普段出来ない鍛え方が出来そうですな)
 心頭滅却……。まだ緊張にざわめく他の参加者とは一線を画して、ルイは忍耐力を鍛えるために瞑想状態に入ります。
 まず心を静かに落ち着け余計な念を排除し、無心の状態へ……。呼吸を一定の間隔で行い自らのペースを構築していきます。そして最も身体が楽にできる正座の状態になり、目を閉じます。感覚を体内の方へ集中させ血流、心音を感じ精神統一を始めます。
(周りの雑音は気にするな……今、相対せねばならぬは己の心のみ……)
 自分に言い聞かせるルイ。
 熱気流が渦巻くほどの高温の中、次第にルイの存在感が消えていきます。まるで、自然と一体化するように熱の中へと溶けて行き、同化されていくのです。熱さを感じるのではなく、熱さそのものになってしまえばいい……。かくして、彼はこの我慢大会の間は周囲に惑わされることなく邪魔されることなく修行に集中できると言うことなのです。



「ひうっ……あ、熱っ……はうううっぅ……、こ〜ほ〜こ〜ほ〜……」
 サウナの想像以上の暑さに、暑苦しそうな息遣いになった寿子。
「うわぁ、これは熱いねぇ。……でも、一緒に頑張ろうね」
 開始数秒でダメージを受けた寿子を励ますように声をかけたのは、女の子よりも可愛い男の娘と言われる崎島 奈月(さきしま・なつき)でした。寿子を見つけて、眼鏡をかけた可愛い女の子がいる、ということでさっそくのご挨拶です。そうは言うものの、奈月もチェックのタンキニにパレオという格好がとても似合っていて寿子やアイリに劣らないくらいの可愛らしさなんです。少しでも体力を温存するために、とサウナの片隅に腰かけた寿子の隣に、奈月もまた座ります。
 よろしくお願いします……とアイリが奈月に目だけで礼を交わしてきます。サウナに集まる前に、奈月はアイリに、無理しても意味ないから駄目そうなら途中で寿子を連れ出すからと伝えてあったので、期待している模様。アイリもアイリで反対側の隣に座り、じっと様子を伺います。
 と……、そんな三人とは別に。
「熱っ、あつつつっっ! だ、騙されたぁ……!」
 奈月のパートナーのヒメリ・パシュート(ひめり・ぱしゅーと)は、サウナに入るなりじたばたともがき始めました。蒼空学園のスクール水着姿で泳ぐ気満々だった彼女は、サウナに連れ込まれてぶーぶー文句を言い始めます。
「プールって聞いたからついてきたのに、話が違うじゃん! もう嫌、こんなところ出て行ってプールに入るぅ!」
「今ようやく汚い水を抜き始めたところだよ。掃除もまだ終わっていないのに、どうやって入るの……?」
 涙目のヒメリを落ち着かせるために、奈月は微笑みながらそっと手を握ります。今出て行っても掃除をしている人たちに迷惑をかけるだけでしょう。医療の人もいるみたいだし、最悪の事態にはならないだろう、と引き止めます。
「もうちょっと頑張ろうよ。汗をかいた後のプールは気持ちいいと思うよ」
「嫌だよっ、熱すぎるよっ、やってられないよっ。水なら何でもいいよ。シャワーだけでもいいし、なんなら目を洗うところでもいいから、浴びさせて……!」
「プールサイドには変な虫がいっぱい這い出してきてるみたいだよ。待った方がいいんじゃないかな……?」
「あ、あううっっ……あうぅぅぅぅっぅ……ぜぇぜぇぜぇ……し、死ぬ……。さよなら……ガクリ……」
 熱さに耐え切れず、かといって出て行くわけにも行かず目をぐるぐる回し始めたヒメリ。そんな彼女を見て、寿子はちょっとほっとしたように微笑みました。自分よりも真っ先に騒いでくれる人が現れて、かえって落ち着いたようです。ぐったりと奈月にもたれかかって動かなくなったヒメリに言います。
「……しっかりして。私の膝の上座っていいから」
「……え? 意外だね、寿子さんがそんなことを言うなんて」
 そんな寿子の台詞に、奈月は驚いて目を丸くします。
「むしろ寿子さんが、僕の膝の上に座っていいよ……?」
「……ありがとうね、奈月ちゃん。そのときになったら、私も膝の上に寝かせてもらうよ」
 冗談っぽく笑う寿子。
「大丈夫だよ、最初は熱さにびっくりしたけど、ちょっと落ち着いたから。……うん、これくらい平気だもん。もう……負けないんだもん……」
「そっかー、寿子ちゃんって、母性本能がかきたてられると強くなるタイプなのかもね」
 傍で黙って様子を伺っていた桐生 理知(きりゅう・りち)は少し安心した表情で言います。彼女は、お友達の寿子が我慢大会に出ると聞いてこれは放っておけないと気遣って参加したのですが、案外元気そうでほっと息をつきます。
「普段は頼りないのに、守るべき弱い存在が現れると度胸が据わって戦えるようになる。……やっぱり魔法少女に向いているよ、寿子ちゃん」
「……えへへ……、そんなに褒めないでよ。まだ始まったばかりなんだからね」
 顔を真っ赤にして可愛らしい照れ笑いを浮かべる寿子。
「寿子ちゃんなら出来るよ。私もずっと傍についているから、一緒に頑張ろうね」
「うん。ありがとう」
 そう言いながら、寿子は改めて室内を見回します。
 サウナとは言うものの、殺風景な狭い作りではなく、植物園のようなビニールハウスになっており熱帯植物が茂っています。小さな噴水からは霧吹きのように細かいしぶきが放出されているのですが、これは涼しくなるというよりも湿度を上げるための罠だったりします。カラッと乾燥した熱さよりも、むしむしと湿ったうだるような熱さのほうが忍耐力を要するかもしれません。
 表情は変えないものの、汗をダラダラと流しながらアイリがポツリと言います。
「なんだか、本気でコロしにきているような気がひしひしとします。無理は禁物ですね」
「特設サウナかぁ……こんな設備にお金をかけたから、清掃業者を雇えなかったんじゃないのかな」
 これだからお役所仕事は……と理知は半眼になりますが、運び込まれてきた鍋焼きうどんを見て、寿子に声をかけます。
「うどん来たー。ちょうどお腹がすいていたのよね。寿子ちゃんもどう……?」
「私も食べるよ。こんな寒い日に冷麺とは、なんて気の利かないお役所なのかな……?」
 寿子はぼんやりした視線で鍋焼きうどんの置かれたこたつにふらふらと近づいていきました。こたつにもぐりこんだ彼女は、湯気の沸き立つ鍋焼きうどんを熱そうに食べながらよくわからないことをぶつぶつと呟き始めます。
「全く……、理知さんの言うとおりだよ。まず建物や設備ありきのハコモノ行政は是正されるべきだと……はふはふ……おいしっ……」
「いっただきまーす! ……そうだよね、この鍋焼きうどんも湯豆腐も、せっかく用意してくれてあるんだし、全部食べちゃうよ……ちゅるちゅる……」
「じゃあ僕も……」
 目の焦点が合わなくなりうわごとを唱え始めたヒメリが外へと運び出されていくのを心配そうに見やりながら奈月もやってきます。
「まあ、頭からホースで水道水でもぶっかけてもらえば復活すると思うけど……」
 掃除と並行して我慢大会が行われるとは考えていなかった奈月は、プールに綺麗な水が張られるまでこの部屋で寿子たちとうどんを食べながら待つことにします。
「ここまできたら、全員最後まで残りたいよね……」
「うん」
 理知たちは、うどんを食べながらもお互い励ましあうように、ぱんと手を叩き合わせたのでした。



「お水、浴びさせてあげてくれないかしら」
 救護班としてダリルを手伝っていたニケ・グラウコーピス(にけ・ぐらうこーぴす)がヒメリを連れてプールサイドまでやってきました。
「まだ、掃除中だということはわかっているんだけど、氷嚢や扇風機だけでは足りないらしくて」
「暑いですしねぇ。さっそく大変なことになっているみたいですぅ」
 何本ものホースを持ってやってきたのは、プールサイドをゴシゴシ磨いていた百合園学園生のルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)です。冬の間に溜まっていた汚れを落とすのは大変ですが、後でたっぷり泳げることを期待して黙々と掃除に取り組んでいたのでした。蛇口を全開にしてヒメリに水をじゃんじゃんかけながら、少し心配そうにニケに聞きます。
「我慢大会、厳しそうですねぇ。私の連れも参加しているんですけどぉ……」
「最初から意地の張り合いで、温度ガンガン上がってるからね。……でも、大丈夫よ。私とダリルが徹底的にサポートするから」
「そうですかぁ……医療班がいると心強いですねぇ……」
 ルーシェリアはどこか上の空で答えました。何も言わずに我慢大会に行ってしまったパートナーのアルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)に思いを巡らせます。
「アルトリアちゃんは大丈夫ですかねぇ……何か参加する理由があるみたいですけど……」