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今年もアツい夏の予感

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今年もアツい夏の予感
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その3:トラブルなんてありません。

 シーンをプールに戻します。

「ようやく水が抜けたか。だが、これからが一苦労だ……すげえ汚れだぞ、これ……」
 汚水処理の終わったプールを眺めながらそう言ったのは、天御柱学院からやってきた黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)です。濁った水はなくなり、変な虫もおおむね退治されたものの、プールの底や縁には大量の泥やよくわからない藻類、そしてゴミのようなものがこびりついています。これらを磨き落とすのは大変でしょう。
「お、おい、気をつけて降りろよ。それとも、もっと小さい子供用のプールに移動するか?」
 パートナーの御劒 史織(みつるぎ・しおり)がはしごを伝ってプールに下りてくるのを見て、竜斗はネコ車を押して傍まで行きます。ここは競泳用の50mプールで、最も深いところでは、史織の身長では頭も見えません。
「なんですかぁ、これ……?」
「工事現場とかで使われてるネコ車だよ。史織小さいから乗らないかな、と思って……。泥運び出すヤツだけど、まだ使われてなくて綺麗だからさ」
「……乗るですぅ。出発進行」
「おう……行くぜ。ってどこに行くつもりだよ!」
 本当にネコ車に乗ってきた史織に竜斗は突っ込みを入れます。
「いや、人乗せて車押すとか勘弁してくれマジで。ちょっと冗談半分で言い出した俺が悪いんだけどさ」
「一人でノリ突込みとか何をやっているんですか。皆さん、もうそれぞれに掃除を始めてますよ……?」
 デッキブラシを手にパートナーの黒崎 麗(くろさき・れい)が顔を上げて苦笑しました。
「足元がぬめって恐いですぅ……」
 ネコ車から降りてきた史織が長靴を履いた足元を不安げに見やります。
「そうですね。プールだから滑らないように気をつけなきゃ! ゆっくり歩けば大じょ……ひゃうん!」
 言っている傍から足を取られてまともに転倒する麗。結構深い泥の塊にまともに突っ込み泥だらけになります。
「あ、あううう……眼鏡が汚れて、前が見えないです……」
「……早くも終わったな。プールにまだ水は張られてないけどシャワーは使えるみたいだから、水浴びて来い」
 やれやれ……と竜斗はこめかみを押さえます。
「は、はい……。少しでもたくさん手伝えるように、すぐに戻って……ひゃああっっ!」
 急いでシャワーを浴びに行こうとした麗が、もう一度転んでいます。
「先が思いやられるぜ……」
 ホースで水をまきながら、一人でゴシゴシとブラシで床を磨き始める竜斗。
「それにしてもかなり広いですね。気合入れてお掃除しないと、泳ぐ時間がなくなってしまいますよ」
 真剣な面持ちで言ったのは、同じくパートナーのユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)です。
「大変なお仕事ですけど、私でもお役に立てるなら頑張ります!」
「私もメイドのハウスキーパーのスキルを駆使して一生懸命お掃除しますぅ!」
 おー! と気勢を上げるユリナと史織。
「……なんなんだ、このノリは。夏が近くてテンションあがってんのか」
「そう言うわけではありません。少しでもお役に立とうと、決心していますので……」
 掃除をしながらそう答えたユリナは途中で言葉を止めて硬直します。
「……って服に何か入ってきた!? へ、変な虫が入ってきましたぁぁぁぁぁ!!」
 涙目になりながらユリナは竜斗に飛びついてきます。その勢いで、二人は体勢を崩し同時に床に倒れこみます。
「うおっ……!?」
「……〜ッと、大丈夫かよ……?」
 すぐ近くで掃除を始めていた青年が、済んでのところでユリナと竜斗を支え救います。
「あ、ああ……ありがとう」
「床がぬめっていて転ぶ奴がいるんじゃないかと案じていたら、これだよ……」
 テンション低めの口調で言ったのは同じく天御柱学院生の村雲 庚(むらくも・かのえ)です。元々こういう性分の庚は、しゃっこしゃっこと気だるくお掃除をしていましたが、決して嫌なわけではありません。
「うわぁ……皆が見ている前で抱き合って、大胆ですねぇ……」
 ドキドキした表情で言うユリナに竜斗は倒れたまま無表情で答えました。
「……そこ、突っ込むところと違うから」
「……す、すいません。ですが、おかげで虫は出て行きました……」
 のん気な会話をしている竜斗に庚は聞きます。
「さっき転んだ子、大丈夫か? 場所なら確保しておいてやるから、様子を見に行ってあげた方がいいんじゃないのか……?」
「シャワーくらい一人で浴びられるだろ……」
「まあ、そう言わずに後からでいいから、一緒についていてあげな。ついでにあんたも、泥はねていっぱいついてるぜ」
「あ〜あ、泥だらけだ。仕方ない、シャワー浴びて来よっか……」
「……はい。よろしくお願いします……」
 竜斗に支えられて、ユリナは恥ずかしげに頬を染めます。
「うわぁ……、二人でシャワーなんて、大胆ですねぇ……」
 ユリナはもう一度ドキドキしながら言います。
「……そこ、突っ込むところと違うから」
 竜斗は首を横に振りながら、もう一度答えます。
「……なんだか幸せそうな人たちでしたね」
 去っていく竜斗立ちの後姿を見やりながら口を開いたのは、庚のパートナーの機晶姫でヒノエ・ブルースト(ひのえ・ぶるーすと)です。彼女は、周囲のざわめきを聞きながら驚いた様子で掃除に取り組んでいました。元シャンバラ・レールウェイズ職員で窓口受付嬢をやっていた彼女は、様々な仕事を体験し、見聞を広め自らの存在価値を求める糧とするためにこのプール掃除に参加したのですが、やたらとテンション高めな参加者たちに少々気圧され気味で、少し離れた所で様子を見ていました。
「あの、マスター……、もしかしてここにつれてこられたことに気分を害しておられますか?」
 ヒノエはさっきからだるそうに掃除の手伝いをしているマスターにちらりと視線をやって、恐る恐る聞きます。一人じゃ心もとないから、と頼み込んで同行してもらったのだですが、庚はあまり楽しそうではありません。
「別に……」
「あ、あのお掃除嫌でしたら言ってくださいね。ヒノエ、マスターの分まで頑張りますので。ええ、見ていてください、ヒノエはデキる女です」
「嫌ってわけじゃないさ……俺はこんなもんだよ、いつも。ヒノエは真面目だな。なんていうか……まあ頑張れ」
 庚がそう言うと、褒められたと思ったのかヒノエはすぐに元気を取り戻し、ハウスキーパーのスキルを駆使して気合を入れ始めます。デッキブラシと一心同体になり苔やぬめり等駆逐するパワフルな動きは、見ているだけで気持ちがよくなってくる程です。
「……」
 平和なことだ……だが、その分傭兵の頃と比べて鈍ったかもしれないな、などと庚が考えながら掃除をしていると、見知った顔を見つけました。
「あら……あなたもお茶を飲みにきたの……?」
 近づいていくと、プールサイドで待ったりとくつろいでいた百合園学園生の羽切 緋菜(はぎり・ひな)が声をかけてきます。彼女はパートナーの羽切 碧葉(はぎり・あおば)に掃除につれてこられ不服そうな様子。虫がわらわらと這い出してきていた時にもプールサイドをそれなりな感じでさっくりしっかり掃除していましたが、今は休憩をしているようです。
「あと5分休んだら本気出すから」
「ああ……庚さんが来たらもうおしまいですね。二人とも似たもの同士の面倒くさがりや何ですもの。きっとここで時間を潰して掃除をしないつもりですわ」
 碧葉が苦笑しながら言います。
「これが終わればプールには入れるんですから、頑張りましょうよ」
「……そういわれると、俺もお茶が欲しくなったな」
 庚は少し砕けた口調で言いながら、お茶を受け取りちびちびやり始めます。
「ところで……白花はどこへ行ったの? さっきから姿が見えないんだけど」
 緋菜は入り口まで一緒についてきていたパートナーの羽切 白花(はぎり・はくか)の姿が見えないのに気づいて首を傾げます。
「あれ……そういえば……。私も知らないうちにどこに行ってしまったのでしょうか」
「あのポンコツは、面倒な事起こさなきゃいいんだけど」
 緋菜はやれやれと呟いてから、気になったのか立ち上がります。
「探すのか……? 手伝おう」
「あなた、お掃除は……?」
「5分後くらいに本気出す」
 庚は面倒くさそうに言いながらも、緋菜たちと一緒に白花を探します。
「見当たらないわね……本当に、何処に行ったのかしら?」
「案外……我慢大会で鍋焼きうどん食っていたりしてな」
「それ、いいわね。優勝して学食券とって帰ってきたら……奢ってね」
「なぜその状況で俺が奢るハメに?」
「まあ、楽しんだもの勝ちってことよ」
 さあ、掃除を始めましょう、と緋菜は言ったのでした。