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第一章 花のお江戸と関ヶ原 二

 ところが、それを黙って聞いていられないものが一人存在した。
「失礼だが、その説明には些か不備があるように思えるな」
 突然そんなことを言いながら入ってきた男の顔を見て、氷藍は唖然とした。
 鼻眼鏡と付け髭で変装、というか仮装してはいるものの、その男が真田 幸村(さなだ・ゆきむら)に間違いなかったからだ。
(バレバレだろ、どう考えてもバレバレだろ幸村……!)
 しかし、そのことに気づいているはずの佐助はにやにやしているだけで何も言わないし、肝心の家康はなぜか彼の正体に気づかない。
「何じゃ、おまえは?」
「いや、俺はただの通りすがりの歴史研究家だが。
 あんな正真正銘の糞ったれ男が開いた文化が、至極全うな物であるはずがなかろうが」
「何じゃと!?」
 いきなり歴史研究家とも思えぬ主観が入りまくった発言が飛び出したが、もはや一同もあっけに取られてツッコミを入れるどころではなく。
 あまりにもストレートな侮辱に激怒する家康をよそに、幸村はさらに続ける。
「確かに、一見すると豊かで治安も整った社会にも見える。
 しかし、その裏では強い圧力や刑を処しての締め付けがあったそうではないか」
「ほう? そうまで言うなら具体的な例を挙げてみよ!」
 売り言葉に買い言葉で家康が応じると、待ってましたとばかりに幸村が攻勢に転じる。
「では、有名なところから行こうか……」

 まあ、冷静に考えて、人類の歴史上全く問題のなかった社会、もしくは政治形態など現在に至るまで存在しない。
 故に、江戸幕府に限らずどんな政権であっても叩けば埃はいくらでも出るものである。
 かくして、話は参勤交代制や生類憐みの令、鎖国やキリシタン弾圧、その他日常的に行われていた過酷な取り調べなどの件を経て、ついには安政の大獄にまで及んだ。
(ってか、何で気づかないんだ家康……。
 江戸幕府ディスりまくりそうで、かつそんな外見の知り合いが身近にいるだろうが、気付けよ!!)
 氷藍のそんなツッコミも、あくまで彼女の脳内に留まり……結局、二人の論争は双方がエキサイトしすぎてプチ大坂の陣に発展する一歩手前まで続いたのであった。
 ともあれ、結果的にはプラスの面とマイナスの面を事細かに並べ立ててくれた二人のおかげで、両方の面から見た江戸時代の特色がわかりやすくなったとも言えるだろう。

「……まあ何だ、だいたいの雰囲気は掴めた」
 それらの騒動が一段落した辺りで、頼家はそう言って一度大きく頷いた。
「ほう。そうであれば何よりじゃがな」
 家康が彼の言葉をいまいち信用しきれなかったのは、彼が源頼家という人物をあまり高く評価していなかったことが根底にある。
 初の全国的な武家政権を築いた源頼朝を尊敬する武士は多かったが、家康もその例に漏れず、転生前は頼朝を尊敬してその業績の多くを学び、参考にしていた。
 ただ、その資料は当時の幕府、すなわち執権の北条氏の側から書かれたものが多く、彼等にとって「不都合な存在」であった頼家に関しては、実際よりも相当低い評価がなされてしまっていたのだ。

 そんな家康の内心に気づいていたのか、いなかったのか。
「しかし……歴史の話に出てきた……豊臣秀頼、か。俺は、その秀頼に同情するな」
 ぽつりと頼家が口にした言葉に、家康よりも先に幸村が反応した。
「それはまた何故です?」
 その言葉に、頼家は自嘲気味にこう笑ったのだった。
「幕府こそ開いていないが、父親の秀吉は一度は天下を取ったのだろう?
 ならば、俺と同じ、天下を継ぎそこなったもの同士ではないか」

「創業は易く、守成は難し」。
 この言葉そのものが正しいかについては賛否の分かれるところである。
 しかし、そもそも「守成」が必要になるほどのものを「創業」するためには、その人物にそれ相応の能力と、そしてタイミング的なものが絶対に必要だろう。
 だが、「守成」を宿命づけられる二代目以降は、必ずしもそれに相応しい能力を持っているとは限らないし、また、仮に能力があったとしても、「守成」という重荷が、それを受け継ぐに足る準備を終えるまで待っていてくれるとも限らない。
「守成」が難しいのは、そういった理由もあるのかもしれない。

「……天下を継ぎそこなったもの同士、か」
 複雑な思いを抱えつつ、幸村は一人先に部屋を出た。

 と。
「相変わらずだな、幸村」
 突然そう声をかけられ、幸村は慌てて振り向いた。
 そこにいたのは後藤 又兵衛(ごとう・またべえ)。幸村にとっては大坂の陣での戦友である。
「又兵衛か。聞いていたのか?」
「すまん、つい、な」
「聞いていたなら、お前も適当に変装でもして、あの狸爺に何か言ってやればよかっただろうに」
「遠慮しとく。俺はそういう面倒なのは得意じゃないんだ」
「そうだろうな」

 そんなことを言い合いながら、二人はふらりとその場を離れた。