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めざめた!

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めざめた!

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    ★    ★    ★
 
「ということだそうだ……」
「まったく、ジーナちゃんは、家で衛ちゃんと何をしているのやら。春でも来たのかな?」
 携帯を切った林田樹の言葉に、緒方 章(おがた・あきら)が肩をすくめた。
「仕方ない、予定変更してフライパンとどんぶりを買いに行くか。後、つ、ついでに、ちょっと、他の買い物もして……いいか?」
 ほのかに顔を赤らめながら、林田樹が緒方章に訊ねた。
「構わないけど、どこに寄るつもり?」
「そ、そのブティックに……」
「えっ? ええっ!? い、樹ちゃん、それ、本当?!」
「だめか?」
 なんだか予想外の反応を示す緒方章に、林田樹がちょっと残念そうに聞き返した。
「いや、その、あの……。前に、買った服着たら、アキラが、喜んでいたので……な」
 顔を真っ赤にしながら両手の人差し指をぶつけ合いつつ、林田樹が緒方章に言った。
「それなら、買いに行こう!」
 なんだか、緒方章の方が先に立って、二人は手近なブティックに入っていった。
「樹ちゃんにはどんなのがいいかなあ……」
 いそいそと服を物色しながら、緒方章が訊ねた。
「あ、ごめん。僕が選ぶ? それとも、樹ちゃんが選びたい?」
 勝手に先走っていたことに気づいて、緒方章があわてて林田樹に聞き返した。
「あ、あああのその……。私が、選ぶ! ほら、なんだ、普段スカートは穿かないのでな。スカートじゃなくてもなんとかなる服で、あの、その……私に合う物をだな……」
 ちょっとしどろもどろになりながら、林田樹が答えた。
「ふう」
 ちょっと仕切りなおすように、緒方章がいったん肩の力を抜く。
「そうだね。じゃあ、一緒に探そう」
「う、うん」
 緒方章に言われて、林田樹が静かにうなずいた。
「以前買ったカットソーとか言う奴は、肌触りがTシャツに似ていて着心地がよかったんだが……」
「カットソーね。ああ、あのあたりのハンガーかな?」
 言われて、緒方章が林田樹をリードする。
「うん、こんな奴だ」
「樹ちゃんに似合いそうなのは、このあたりかなあ……」
「ああ、こんな感じ」
「じゃ、待っているから、試着してくれば?」
「うん、待ってて」
 そう言うと、林田樹は嬉しそうに服をかかえて試着室へと小走りに駆けていった。
 
    ★    ★    ★
 
「……ねえ、フラン」
「うん?」
 空京大通りに面したカフェテラスの席で、ふいにオデット・オディール(おでっと・おでぃーる)に声をかけられて、フランソワ・ショパン(ふらんそわ・しょぱん)は読んでいた本から顔をあげた。
「家出中の私が、親孝行したいって思うのって変かなあ?」
 唐突な質問に、フランソワ・ショパンがちょっと戸惑いながら穏やかに微笑んでみせた。
「全然。変じゃないわよ」
 その言葉につられて、オデット・オディールもちょっと笑顔になる。人の笑顔は、ちょっとした魔法だ。
「でも急にどうしたの?」
 話して御覧なさいと、フランソワ・ショパンが訊ねた。
「もうすぐお母さんの誕生日なんだ」
「なるほど」
 オデット・オディールは、現在絶賛家出中である。もうずいぶんと母親の顔も見てはいないはずだった。
「ねえ、家出の理由を聞いてもいい?」
「んー……」
 ちょっと考えてから、ゆっくりとオデット・オディールが話し始めた。
「家にいるころは、毎日ガーデンパーティとかサロンで朗読会とかばっかりで、自分のやりたいことが全然できなかったの」
 少し思い出したのか、オデット・オディールがクロワッサンを千切って口の中に放り込んで一呼吸おいた。
「それで、ピクニックに本を持っていこうとしたら……んくんぐ……おじ様に笑われるし、スキップしてた……ごくん……ら、おば様には『はしたない』って怒られるし……」
「ふふ、あなたなら毎日怒られてそうよねぇ」
 それは、見ていればすぐ分かるとばかりに、フランソワ・ショパンが言った。
「もー、まるで見てたように言わないでよ」
 オデット・オディールが、ちょっと頬をふくらませた。
「それで家出しようって思ったの?」
「ううん」
 オデット・オディールが静かに首を振った。フランソワ・ショパンが、おやっと言う感じで彼女を見つめる。
「お母さんが『家出しちゃいなさい』って言ってくれたんだ。外の世界で、楽しいものがいっぱいあなたを待ってるわよって」
「それはそれは」
 感心したような驚いたような顔で、フランソワ・ショパンが相づちを打った。
「でも、お母さんの言った通りだったよ! フランにも会えたしねっ!」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない♪」
 ありがとうと、フランソワ・ショパンが微笑んだ。
「それで、そんなお母さんの誕生日をお祝いしたいんだけど……。せっかく家出を勧めてもらったのに、いきなり帰ってきたら、どう思われるかなあって……」
 オデット・オディールが、ずっと悩んでいたことを口にだしてみた。
「やーね、そんなこと気にする必要なんてないわよ。家出しろとは言われたけれど、帰ってくるなとは言われていないのでしょう?」
「うん。そうだけど……」
 そんな風には考えたこともなかったと、オデット・オディールがちょっときょとんとした顔になった。
「元気な顔を見せるのが、何よりの親孝行なのよ!」
「顔を見せるだけでもいいの?」
「もちろんじゃない!」
 フランソワ・ショパンが力説した。でも、まだちょっと戸惑っているオデット・オディールのために、口実を作ってあげる。
「ねえ、オデット。私をあなたの家に連れてってくれるかな? 私、あなたのお母様に会ってみたくなったわ」
「うん、いいよ!」
 オデット・オディールが即答した。
「じゃあ、そのときは、あなたも一緒よ」
 フランソワ・ショパンが、微笑みながらオデット・オディールに言った。