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めざめた!

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めざめた!

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    ★    ★    ★
 
「るんるんるん」
 セーラー服を着たシェルティス・ラグナ・イース(しぇるてぃす・らぐないーす)が、スキップをしながら歩いていた。
「どうしたの?」
 道端で泣いている少女を見つけて、シェルティス・ラグナ・イースが声をかけた。
「いなくなっちゃったの」
 しくしくと泣きながら、天野 稲穂(あまの・いなほ)が答えた。
「誰か?」
「お姉ちゃん。えっとね、りっぱなお耳が生えてて、りっぱな尻尾がふさふさしてて、金色の毛が輝いているの……」
 天野稲穂がシェルティス・ラグナ・イースに答える。
「うーん、分からないなあ。だって、私、セーラー服だから……。じゃあね。るんるん♪」
 ちょっと困ってみせてから、シェルティス・ラグナ・イースは去って行った。
「しくしくしく」
 一人残された天野稲穂が泣き続け、そして、その身体がだんだんと透き通っていく。
「また変な人がいる……」
 前方からふらふらと千鳥足で近づいてくる女の子を見て、シェルティス・ラグナ・イースがつぶやいた。面倒くさいからと、今度は無視してすぐ横を通りすぎようとする。
 だが、突然背中に激痛を感じて、シェルティス・ラグナ・イースがばったりと地面に倒れた。
「後は、真司だけ……」
 周囲に三つのPBWを人魂のようにふわふわと浮かべて、ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)がつぶやいた。その手には、血糊のべったりとついたダガー・タランチュラが握られている。
「おい、どうしたんだ、ヴェルリア!?」
 駆けつけてきた柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が、顔を引きつらせてヴェルリア・アルカトルに声をかけた。
「他のみんなはどうした? どこに行ったんだ?」
「えっ、何を言っているの……。みんななら、ここにいるじゃない……」
 そう言って、ヴェルリア・アルカトルが、PBWの一つにそっと頬ずりをした。
「ねえ」
 そう言って手を放すと、手から血糊をつけられたPBWが淡い炎につつまれる。
「ずっと真司と一緒にいたいのに、いつも割り込んでくるから……。ずっと真司と話していたいのに、いつも話しかけてくるから……。でも、今はおとなしいの。いなくなって、ここにいるから。簡単だったよ」
「おい」
 これはヤバいと、ヤンデレに目覚めたヴェルリア・アルカトルから、柊真司が数歩後退った。
「どうして逃げるの? もう私しかいないのに……。ずっと、私を見ていてほしいのに……。私だけを……」
 まるで独白のように、ヴェルリア・アルカトルがゆっくりと言葉を発する。
「そうだあ、真司も、みんなと同じになればいいんだ。そうすれば、私の手の中で、いつも私と一緒。のぞき込む私を映して見つめ返してくれる。なあんだ、簡単なことだったじゃない!!」
 最後の言葉を突然叫んだかと思うと、ヴェルリア・アルカトルが柊真司にダガーで斬りつけていった。
「こら、やめろ!」
「やめない……。やめない。やめない! やめない!!」
 叫びながら、逃げる柊真司をヴェルリア・アルカトルが追いかけてくる。
 どうしたらいいか分からずに柊真司が逃げて行くと、前方にしゃがみ込んでいる女の子の姿を見つけた。
「おい、危ないから逃げるんだ!」
 巻き込まれては大変と、柊真司が天野稲穂の身体を掴んで立ちあがらせようとした。だが、その手が天野稲穂の身体を通りすぎてしまう。
「幽霊!?」
 唖然としたとき、柊真司の背中に激痛が走った。
「しまった……。ここまでか……
 そのまま柊真司が倒れて動かなくなる。
「これで、やっと……」
 微笑みを浮かべながら、ヴェルリア・アルカトルが動かなくなった柊真司をだきしめた。
「そういう形もあるかもね。それは分かる。でも……」
 誰もいない路地にむかって柊真司を引きずっていくヴェルリア・アルカトルの姿を見つめながら、メニエス・レイン(めにえす・れいん)がカフェテラスのテーブルの上の紅茶に視線を戻した。もうすっかり冷めてしまった紅茶に、いまさらながらレモンを絞り込んでみる。すーっと、琥珀の飲み物が透明になっていった。
 すぐ近くのテーブルでは、何ごともなかったかのように志方綾乃がテーブルに突っ伏して寝息をたてていた。
 そんなカフェテラスのあるビルの影から、突然巨大な人影が現れた。
「ふぃすぅわあ!」
 意味不明な声を発して現れたのは、イコンサイズに巨大化したシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)だった。
 ずんと、一歩を踏み出したシルフィスティ・ロスヴァイセの目指す先には、なぜか、イコンハンガーがあった。そこには、白銀の人型イコンが固定されていた。
「フィス姉さんのお馬鹿、動かないイコンなら人の手でも破壊可能だからって、なんで巨大化するのよ。そんな一発芸を持ってるんだったら、今までピンチだったときに発揮してもらいたかったわよ!」
 後を追いかけてきたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が悪態をついた。ここしばらくのシルフィスティ・ロスヴァイセのイコン嫌いから起こる騒動には、嫌と言うほど振り回されている。
すぐに片づけてあげるわ
 ドスドスドスと地面を踏みならしながら、巨大シルフィスティ・ロスヴァイセがイコンにむかって突進していく。
 だが、先にイコンに挑んでいる者がいた。
「このへんに、賞金首のドラゴンの巣があるって聞いてきたんだが……」
 瀬乃 和深(せの・かずみ)が、イコンハンガーのそばで、敵を探してキョロキョロと周囲を見回した。
 そのとき、何かが動いた。
 イコンハンガーに寄りかかっていたはずの人形イコンの姿がない。
 瀬乃和深の上に、黒い影が落ちた。
 見あげると、空にイコンが飛んでいた。その姿が、不自然に前後にのびていく。頭部が複雑な関節をのばして鎌首となり、脚部が展開して一つに合わさると長い尾となってすらりとのびた。背部に不自然に折れ曲がった腕部の下から薄い膜が広がって翼となる。腹部から新たな四肢が展開する。
「白銀のドラゴンだと……」
 あっという間に人型からドラゴン型に変形したイコンを見て、瀬乃和深があわてて剣を抜いた。
「こいつが伝説の……。その力、一つの街を灰燼に還したという試作型か……。ふっ、暴走したゴーストイコンもどき、一刀のもとに倒してしまう俺って格好いい……」
 ドラゴン型イコンが、急降下してきた。そのイコンから逃げるようにして、朧気な姿の天野稲穂の手を引いて逃げてくる天野 木枯(あまの・こがらし)の姿があった。
「早くぅ、こっちだよぉ」
「うん」
 なんともおぼつかない足取りで、二人が逃げてくる。
「ここは任せて、先に逃げろ!」
 瀬乃和深が天野木枯たちとドラゴンの間に割って入った。
 剣を振るう瀬乃和深だったが、ドラゴンの一撃であっけなく吹っ飛ばされた。その余波で、天野木枯と天野稲穂たちもどこかへと吹っ飛ばされていく。
「は、ハンパねえ……。俺の力は、こんなものなのか……。俺にもっと力があれば、竜とだって対等に……」
 なんとか立ちあがった瀬乃和深のそばに光が輝いた。
 強化光翼で飛んできたシルフィスティ・ロスヴァイセが、極光の鎧を輝かせ、フローラルスカートを靡かせながら瀬乃和深のそばに降り立った。
「光の巨大女神!?」
 シルフィスティ・ロスヴァイセの足許から、しっかりと上を見あげながら瀬乃和深がつぶやいた。
「白か……。いや、これこそは、天から俺に使わされた力なのか!? いける。今なら、竜を倒せるぞ!」
 何やら勘違いした瀬乃和深が、なぜかシルフィスティ・ロスヴァイセとシンクロしながら剣を構えなおした。
 シルフィスティ・ロスヴァイセの方は、銀色に輝くティアマトの鱗を手に持っている。
「いいかげんにしなさい。なんとしても止めてみせ……」
「そうはさせないんだよね」
 なんとしてでもシルフィスティ・ロスヴァイセを止めようとしたリカイン・フェルマータの前に、ミスノ・ウィンター・ダンセルフライ(みすのうぃんたー・だんせるふらい)が立ち塞がった。
「あのお姿が見えないの? フィス姉さんこそ、神。そして、ボクたちのお母さんなんだもん」
 なんだか巨大化したシルフィスティ・ロスヴァイセを、ミスノ・ウィンター・ダンセルフライが憧れるようなとろんとした目で見つめた。
「ここからじゃ……」
 ミスノ・ウィンター・ダンセルフライに通せんぼされて、リカイン・フェルマータは、シルフィスティ・ロスヴァイセと瀬乃和深がイコンに突っ込んでいくのを見守るしかなかった。
 だが、これでいいのか?
 また、人様のイコンの修理代がかさむだけではないのか?
「なんとしても止める!」
 リカイン・フェルマータが、しっかりと大地を踏みしめて身構えた。
あ〜、あ〜、あ〜!!
 シルフィスティ・ロスヴァイセたちにむかって、リカイン・フェルマータが咆哮をあげた。叫び声と言うよりは、指向性を持たせて相手の心を直接ゆさぶる歌だ。
 その歌声に、夢の空間が砕け散った。