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All I Need Is Kill

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 十一章 復讐

 十七時。空京、外苑の廃倉庫。
 ヴィータとの戦闘は熾烈を極めていた。
 離れた距離ではモルスが襲い掛かり、近距離では卓越した剣技の狩猟刀が振るわれる。

「ねえ、私を細切れにするんでしょ!? なら、もっともっともっと本気で殺しにきてよ!」

 ヴィータは狂ったような笑いを浮かべ、<歴戦の飛翔術>と<ゴッドスピード>を併用して高速で駆け回る真司を見ながら叫ぶ。

「言われなくても、そのつもりだ……ッ!」

 真司は廃倉庫の壁を蹴り、急速反転。一瞬遅れて、モルスの拳によって蹴った壁が壊れる。
 彼はそのまま、弾丸のような速度でヴィータとの間合いを詰める。左手に握った剣の状態のソーマを素早く突き出す。

「伸びろ、流体金属刃!」

 真司の声に呼応して、ソーマの刀身が伸張する。
 自分の心臓目掛けて一直線に急伸するその刃の切っ先を、ヴィータは狩猟刀で受け止めた。
 赤と青の火花が咲く。二つの刃が悲鳴をあげる。

「いいわ、いいわよ。その気概。最高。惚れちゃいそうになったわ」

 ヴィータは狩猟刀を逸らして、ソーマの刃を受け流す。
 そして、飛燕の速度で迫る。真司はそれを察知して、反対の手に持つ呪魂道を発砲。
 銃口から射出された大口径の銃弾が彼女の身体の中心に飛来。だが、それを彼女は<行動予測>で事前に読み、回避。

「きゃは。惜しかったわね」

 ヴィータは嬉々としてそう呟くと、ソーマの刃が縮小するよりも前に、真司の懐に潜り込む。
 そして、がら空きの腹部に狩猟刀を突き刺した。

「あなたとの戦い、なかなか楽しかったわ」

 ヴィータは腹部に突き刺した刃を、思い切り左に振りぬく。
 真司の身体から大量の鮮血が飛び散る。それは彼女の端正な顔を汚した。

「――でも、ばいばい」

 ヴィータは崩れ落ちる真司を殺そうと、反対の手で指を鳴らす。
 呼応したモルスが、彼を貪ろうと飛び掛る。が。

「あらぁ、イケメンは世の宝よ? 殺させはしないわ」

 雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)は焔のフラワシを<降霊>。
 同時に怯懦のカーマインと黄金の銃の引き金を引く。<朱の飛沫>とフラワシにより炎を纏った銃弾はモルスに飛来、着弾。

「ryyyyyyyyyy!!」

 降霊者にしか聞こえない叫びをあげて、モルスが真司から視線をリナリエッタに移す。

「あらぁ、可愛らしいフラワシちゃんだこと」

 モルスの醜悪な外見と人間の言語を超えた咆哮を聞きながらも、リナリエッタは余裕の笑みを浮かべた。

「さあ、焼き尽くしてあげる!」

 リナリエッタが命令すると、フラワシは己の前方に渦巻く炎を生み出し、放った。
 灼熱の業火はモルス目掛けて飛翔。モルスは獣のような動作でそれを避けて、彼女のフラワシに襲い掛かる。
 二人の間の中央でフラワシが戦闘を始めた。

「きゃは。同じ降霊者、はっけーん」

 と、同時。リナリエッタを非力な炎使い、と思ったヴィータは、狩猟刀片手に駆ける。
 リナリエッタも<メンタルアサルト>で隙を作るために、特攻。だが、<行動予測>でそれを読んでいたヴィータは動じない。
 ヴィータは狩猟刀を素早く振るう。リナリエッタは両手の拳銃でその斬撃を防ぐ。だが。

「残念。いつから私の得物が一つだけだと思っていたの?」

 ヴィータは<物質化・非物質化>を発動。反対の手に小刀を出現させる。
 そして、がら空きとなったリナリエッタの脇に凶刃を奔らせ――途中で、止まった。

「……俺を、忘れるな」

 背後から息も絶え絶えの声がして、ヴィータは顔だけで振り返る。
 腹を半分に切り裂かれた真司のワイヤークローから強靭なワイヤーが伸びている。
 そのワイヤーが彼女の小刀を掴む腕に絡みつき、行動を中断させていたのだった。

「今だ、やれ! リナリエッタ!!」
「……あらあら、イケメンさんにそんなに期待されたら、応えなきゃ女が廃るわねぇ」

 リナリエッタはヴィータを至近距離で見つめて、ニヤリと口元を吊り上げる。

「あなた、私がただの炎使いだって思って接近戦に持ち込んだんでしょ? それ、浅はかな考えよぉ」

 挑発するようにそう言うと、リナリエッタは狩猟刀の刃を弾いた。
 そして、近距離で戦闘を継続している自分のフラワシに命令。

「私がいつ、焔しか操れないって言ったかしらぁ?」

 リナリエッタはすかさず片手の銃を離し、その手に<物質化・非物質化>でパワードマスクを出現。素早く顔に装着した。
 と、同時。彼女のフラワシは悪疫の力による未知の病原体の散布を開始する。
 病原体が体内に侵入したヴィータの両目、鼻、口から多量の血が吹き出た。

「これで、終わりよぉ。死になさいなぁ」

 リナリエッタのその言葉に、ヴィータは顔を俯かせ、そして――くつくつと嗤った。

「きゃは……きゃはは……」

 ヴィータは血まみれの顔を振り上げ、空を見上げながら、壊れたように嗤い続ける。

「きゃははははははははははははは!!」

 リナリエッタはぞくりと恐怖を感じ、銃を血で汚れた顔に向けようとする。
 ヴィータはパチンと指を鳴らす。モルスが彼女のフラワシに大口で噛み付き、肉を引きちぎる。
 フラワシのダメージが身体に連動して、リナリエッタが怯む。
 ヴィータはその間に彼女の身体に裂帛の気合と共にすさまじい蹴撃を浴びせた。

「ねえ、これで終わりだと思った? ところがぎっちょん、まだまだ死なないんだなぁ、わたし」

 ヴィータは狩猟刀で反対の腕に絡みつくワイヤーを切り裂く。
 そして、吹き飛ばされてバウンドし、咳きつくリナリエッタに襲い掛かろうとした。
 が、不意打ちで腹に撃ち込まれた銃撃により、行動を中止。銃弾が飛んできた方向を見た。そこには赫奕たるカーマインを左腕の義手で構えた斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)

「おまえは、あいつの仇だ。俺が殺す」
「へぇ、前のわたしは色んな人から恨みを買ってるみたいね。さすが、わたし。嬉しいな、楽しいな――っと」

 撃ち込まれた腹部の痛みも気にせず、白い歯を剥きだしに嗤いながら、ヴィータは駆ける。
 彼女は飛来する邦彦の連射を<実践的錯覚>で惑わしながら回避。距離をつめて、即座に放たれた彼の強烈な蹴りも<行動予測>で先読みして掻い潜る。

「ばあっ」

 ヴィータはおどけたようにそう言うと、血まみれの手を彼の片目に突っ込んだ。ぐちゃり、と不快音をたて、眼球を一気に引き抜く。

「ぐああああッ!」

 激痛に邦彦は声をあげた。ヴィータは嗤いながら後退して、距離をとる。
 彼女は液体でどろどろになっているその眼球を、見せつけるように目の前に掲げ、指に力を込める。眼球はガラス玉が壊れるような音と共に潰された。

「きゃは。どうする? 片目を失っちゃったね? 半分しか見えないね?
 ねえ、どうするの? ねえ、どうするの? ねえねえねえねえねえねえ!」

 ヴィータは狂ったように嗤い、そして地を蹴った。
 弾丸のような速度で間合いを詰める。
 死を前にして、邦彦の片目に映る世界がスローモーションになる。それと共に、邦彦の脳裏で走馬灯が流れた。

 ――――――――――

 邦彦が経験した十年前の空京の惨劇。
 空京に現れた化け物は、どこまでも醜悪で、どこまでも巨大で、そしてどこまでも強かった。

「……邦彦。君はどうする?」

 パートナーであるネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)は、邦彦に問いかける。

「勿論、戦うさ。心配するな。俺は死んでも、おまえだけは死なせない」

 邦彦はそう言うと、空京を進撃する化け物を睨んだ。
 そのせいか、一瞬。反応が遅れることになった。

「まったく仕様がない奴だな。……最後まで」

 ネルは小さくそう呟くと、邦彦の不意をついて彼の頚椎に手刀を打ち込む。

「邦彦、生き残るべきは君の方だよ」

 暗転する世界。邦彦が気絶する直前に見た表情。それは笑顔だった。
 ネルは圧倒的な死の化け物を前にしてもなお、笑ったのだ。

「さよなら、邦彦」

 そして、彼女は、二度と自分のもとに帰ってくることはなかった。
 最後に見たその顔は、十年間。邦彦の目に焼きついて離れない。

 ――――――――――

 このままだとネルの仇を討てないかもしれない。邦彦はそう思うと――決心を固められた。
 彼は左腕の義手で、肉迫したヴィータの片腕を掴む。

「きゃは。残念。それだけでは止めらんないよ?」

 ヴィータは反対の小刀を邦彦の喉に奔らせる。
 が、彼は確実に自らの命を奪おうとする一閃が自分に届こうとするほんの少しの間。

「さよならだ、ヴィータ」

 邦彦は静かに、穏やかに、笑った。
 交錯する二人の中央。ヴィータの凶刃が喉に届くよりも先に。 
 あらかじめ義手に埋め込んだ機晶爆弾が<サイコキネシス>で起爆した。