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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

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「行ったみたいだね」
 敵と切り結んでいた北都は、目前の敵の腹部に蹴りを入れながら距離を離し、詠唱を唱えて敵に魔法を飛ばしているリオンへと呟いた。
「その様です。私達も早く追い付かないと、ですね。本当は屋敷の中を見回ろうと思っていたのに」
「仕方ないと思う……うん。だってほら、ね。行こうかなって思ったらいきなり敵にあっちゃって、それから流れ的には抜ける必要がなかったからさ」
 笑いながら、綺麗に敵の武器だけを跳ね上げる。
「そうですね。まあ私達も敵と遭遇しさえすれば、後は戦ってこれ以上後ろに進ませなければ良いだけですし。それに此処で戦っていれば、中に入るよりもこちらに向かってくる人の方が多いですし。これもまた、妨害行動になるんじゃないですか?」
 光の矢で敵を射抜き、しかし致命傷にならない様に配慮して攻撃を繰り返すリオンも、何処か涼しげに返事を返した。
「兎に角此処の敵を少し静かにさせてからじゃなきゃだし、まあ少し戦って引きつけていくって言うのも、手だよね」
「そうですね」
 追い詰められた訳ではない。が、二人は集まって背中を合わせる。視線は無論、敵へ向けたままに。
「そろそろ移動しようか。僕たちはこの人たちを倒しに来たわけじゃないんだ。あの二人を守らなきゃ」
「そうしましょう」
 リオンの返事を聞いた北都が突然に腰を落とし、辺りを見回して武器を逆手に持ち替える。
「リオン――飛んで詠唱しないの?」
「精神が安定させられないので、すみませんが地上で詠唱します」
「そっか。それじゃあ僕が少し――頑張ろうかな」
 襲ってくる敵の攻撃を逆手で握った武器で受け止めた北都は、受け止めた敵の攻撃を受け流し、リオン目掛けて武器を振りかぶる敵へとぶつける。相手の勢いを利用して、それを振り回して、もう一人の敵をも制圧する。

 魔法を唱えるのは異国の言葉。
 聞きなれない言葉の羅列。

 故にそれは――歌の様に。

「北都。一分ください」
「わかったよ」
 穏やかに笑う北都は、更に低く、まるで地面に座り込むすれすれまで腰とを落とし、独特の構えを持って敵を睨みつけた。
 どこからでもかかってこいと。

 初撃は肘打ちでいなす。
 二撃は膝で敵を蹴りあげ、
 三撃は手にする武器で相手の手を切り付け
 四撃で拳を入れる。

 五撃目は――ない。

「行きますよ」
 それは、大きな魔法ではない。決して絶大な魔法ではなく、今までリオンが打ち込んでいた光の矢だ。今まではそれが三、四本。
多くて五本、稀に六本。が――此処まで詠唱時間をかけたそれは――その数は。

 通常のそれの、七十三倍。

 上空にあるのは、まるで昼かと紛う程の明るさを放つ、光の矢の壁だった。
「北都。しっかり捕まっていてくださいね」
「うん」
 リオンが北都の脇から腕を回すと、僅かばかり地上から浮き上がり、恐ろしい速度で敵の隙間を抜けていく。人が一人通れるかどうかの隙間を、まるで道が見えているかの様な軌道で飛び抜けた。

 何せ そこ一体には高濃度の光の矢、ならぬ“光の壁”が落ちてくるのだから。
「ねえ、リオン。あれ使っても良いけどさ。もしかして敵の人たち死んじゃうんじゃない?」
 心配そうに呟く北都を余所に、リオンはくすりと薄く笑うと、空に目をやり呟いた。
「完全な実態じゃないものです。多少の落下速度の調整ならば、あらかじめできますよ」
 死なない程度の必殺。
 殺さない程度の必殺。
故にそれは必殺とは言えず、それは安らぎの雨になった。



 敵と対峙している筈のセルファが、思わず明後日の方向を向いて「綺麗……」と呟いたのは、リオンが放った術が発動したその瞬間だった。
「随分と余裕があるんですね、セルファ」
「いや! 違うわ! べ、別に余裕がある訳じゃないもの! ほら、来るわよ!」
 大きく振りかぶったセルファが、真人に向けられている切っ先を弾き飛ばしながらに言う。
「それより早く考えてよ! どうすればいいの?」
「うーん……よし、これでいきましょう」
 眼鏡を一度、指で押し上げた真人。
「セルファ、前を頼みましたよ」
「え? そりゃあ、うん。当たり前だけど。他に何をすれば――」
「敵を一定距離まで近付けさせないでください」
 自分に向けられる攻撃を受け止める。のではなく、一定の距離内に入れない。
無謀な様でいて、彼女にはそれが出来ると確信した口調で言い放つ真人に、彼女はため息をついて剣を担ぎ上げた。
「本当にいつも無茶言うわよね。全く。何処かの眼鏡とどっこいだわ。ま、それもそれで、あなたが私を信用してくれてるって証拠だから、素直に喜んでおくけどさ」
「そうですね。まさしく以てその通りだ。援護は僕がしますよ」
「は?」
 思わず首を傾げる。
「だって、術式に集中したいから近付けるな、じゃないの?」
「誰がそんな事を?」
「じゃあ――」
 言いかけたところで、彼女は身構える。敵の動きを察知したから。
「もう! 考えるのはやめやめ! それはあなたの役割だもんね! 私は言われた通りに動いてあげる! 感謝なさいよ!」
「それはもう」
 気合い共々地面を蹴り、足を進めるセルファ。推進力は既に、人間のそれではない。
 一番初めの敵は、懐に潜り込んで剣を振るった。刃先でなく、剣の柄を相手にぶつけて吹き飛ばすと、吹き飛んだ敵の上に飛び乗って、更に敵との群れとの距離を縮める。
「それでもって!」
 途中、自分が体重を預けている体が、それこそ群れをなしている塊に衝突する寸前で、彼女は手にする剣を地面に穿ち、乗っていた男の体を足にひっかける。
 地面に刺さった剣はアンカーであり、持ち主である彼女は鎖。無論行き場を失った推進力は、剣を起点にして回転を始めるわけだ。セルファの思い描いた方向に回り始め、彼女が足にひっかけている男も、セルファに追従して力なく空中を漂う。回転する。
数回の回転の後、彼女はその足から男を離した。勢いよく回っている状態から彼女が足を離せば、鎖を失ったそれは再び推進力を得るわけであり、群れへと飛んで行く。
「真人!」
「心得てますよ」
 セルファが飛ばした敵がぶつかり、敵の群れがドミノ倒しになっているとその中心地に氷の柱が突き立ったのは、彼女の合図で真人が氷術を唱えたから。
手にしていた剣を手放し、回転する勢いを使って柱へ向けて自身もとんだセルファは、静かに着地すると下を見下ろす。
「んー……此処まではわかったわ。けどこの後はどうすればいいの?」
「微調整ですよ」
 更に真人が詠唱を唱えると、セルファのいる高さ付近に氷の塊が現れた。同時に、彼女の足場にしている柱の一部が伸びあがり、セルファの手に収まる程度の棒となる。
「たまには剣以外を振るうのも、なかなかいいものだと思いますけど」
「それもそうね。面白そう」
 言葉は要らない。説明は要らない。ある物と、起こった状況で理解する。それが二人の戦い方だったのだろう。

 氷の棒の先端には、少し色の違う氷の塊がついていた。一見すればそれは大槌である。思い切り振りかぶった彼女は、宙に浮く氷目掛けて手にする氷槌を思い切り叩きつけた。
勢い共々に落下するそれが、彼女の下に群がっている敵を確実に無力化していく。
「へえ……なんかいいトレーニングになりそう。物も壊れないし」
「僕は疲れますけどね」
 叩きつける都度、次から次へと氷を発生させる真人。淡々と繰り返す事五十三回。柱の周りに群がっていた敵たちは全員、地面に突っ伏していた。
「まあ、こんなもんでしょ」
「そうですね。降りてきて良いですよ」
 手にする氷槌を最後に地面に思い切り振りおろし、投げつたセルファが一度、額の汗を拭ってから地面へと飛び降りる。自分が穿った剣を大地から引き抜いたその瞬間――。

 何か、雷が落ちる様な音が響き渡る。
 それは恐らく雷の音ではないが、それでも轟音に変わりはなく、だから彼女は慌てて後ろを振り返る。今まで自分が立っていた柱に目を向け、そして言葉を失った。

 これでもかと言う程のサイズの氷の塊が、そこにはあった。
「真人?」
「大丈夫ですよ、通気口は開けてあります。呼吸は出来ますが、身動きは取れません。何せ氷の中ですから。凝固した物体に閉じ込められれば、身動きは取れませんから。重しを乗せている訳でもないので、体細胞もつぶれる訳ではありませんし」
「……一つ聞いて良い?」
「何でしょう?」
 恐る恐る尋ねたセルファ。
「因みにさ、何キロくらいなの。この塊」
 真人はなんの躊躇いもなく、あっけらかんとした表情で答えを返すのだ。
「十八トンです。ざっとね」

 尋常じゃないサイズの氷のオブジェを見て、彼女は笑うより他にない。