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絶望の禁書迷宮  追跡編

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絶望の禁書迷宮  追跡編

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第11章 生きていく


 灰の間、の名に相応しい、というべきか……膨大な灰が散乱した部屋だった。
 その部屋の真ん中に、灰が小山のようにこんもりと盛り上がり……微かに呼吸するかのように、上下している。
 それが、灰の司書――の、なれの果ての姿だった。
 契約者と房を出た魔道書達がそこに入った時、目にしたのはそんな灰の小山と化した司書と、部屋の隅で彼を呆然と見つめているパレットの姿だった。


「あの表紙が突然、凄じい光を放ち、そこから煌気を魔力弾にして次々に飛ばし始めたんだ」
 パレットは語った。
 表紙が魔力弾を飛ばし始めた時、司書は、そして司書の暴走によって魔力弾を編み出していた灰は、その現象に反発するかのように、激しく魔力を乱して荒れ狂い、ぶつかり合った。一時この閉ざされた部屋の中には、トレイル以上に見境なく狂った魔力の弾が飛び交い、まさしく嵐となって吹き荒れたのだ。予想外の事態に、さすがのパレットもなすすべがなく、呆然と座り込んで事態を眺めているしかなかった。
 やがて、灰の司書の体が、がっくりと力尽きたように崩れた。
 彼の体の構成していた灰が大きく崩れ落ちて、その体は一回り以上小さくなっていた。暴走はやみ、魔力弾はもう飛ばなかった。――その代わり、『無限宇宙の秩序と軌道』の表紙から、ひっきりなしに光の弾が飛ばされていたが。
 灰の司書はいつしか、呼吸するような動き以外のすべての活動を止めていた。

「ショックを受けたみたいに見えたな」
 飛びついてきたお嬢を片手に抱き、リピカの手を借りて立ち上がりながら、パレットはその時の印象をどこか寂しげに語った。
「自分の手で長い長い年月をかけて再生させてきた書の表紙が、自分が敵だと認識した者を庇って、自分に楯突いたと思ったのかもしれないね」
 裏切られたようなショックを受けたのかもしれない。
「もう、感情も認識能力も残っていないかと思ったのに。そのショックだけは受けたのかな。だとしたら、司書、可哀想だな」
 灰は、その時の苦悩と激情、そしてその果てていく様を表したかのように、部屋中に乱れて散っていた。
 それらの灰には、元の魔道書の持っていた魔力を残留されたものも多かったはずだが、司書が暴走して魔力弾として消費してしまったからだろう、魔力の気配はひどく希薄になっていると、パレットは言った。


「……そこまで、灰に残留した魔力を暴走しながら自分のもののように使えた、ということは、司書の魂と魔道書の灰がよほど緊密に結びついていたということですぅ」
 結界が消え、灰の間に入ってきたエリザベートは、アゾートとも話し合って出した、灰の司書に関する見解をパレットに話した。
 司書は命のエネルギーを削りながら書を再生しているであろうこと、やがて終わりが来るだろうということを。
「灰の方の魔力も暴走で消費されてるし、どうやら司書自身も呆然自失の状態で……これ以上書を再生できるかどうかは、もう疑問ですぅ。
 ……正直言って、延命の手段も、灰と魂を分離して異形から復活させる方法も、あるかどうか、今の時点では分からないですぅ。
 さらに正直に言ってしまうと、イルミンスールに収められた膨大な書物や資料を漁っても、見つかる見込みはなかなか結構薄いと思いますぅ……」

 現在、ただ呼吸のために体を揺するだけの灰の司書の周りに契約者が数人集まっている。
 朝霧栞、それにセレアナ・ミアキスが、司書に『清浄化』をかけている。
 横ではアニス・パラスも、『浄化の札』を持って控えている。
 司書の魂を清浄化することでどうなるかは分からない。司書が再び生命力を取り戻すかも知れないし、逆に命がこの世から放たれるかもしれない。
 両極端な結果になる可能性があるが、今の状態から苦しみが取り除かれて楽になるのではないか。その一縷の望みを込めてやってみたいと契約者たちが申し出、魔道書の方はパレットが代表して許可を出した。どうなるかは分からないが、そうやって、司書の魂を清浄化していた。せめて命が正常に戻るように、と。

 それを見ているパレットに、エリザベートは話しかけた。
「いつまで生きられるか分からないですが、イルミンスールに特殊施設を設け、すべての灰と一緒に彼をそこに収容することはできますぅ。
 彼の命が続く限り、そこで保護しますぅ。そこでなら、今回のような不逞な輩の襲撃にももう遭わずに済みますぅ。
 ……あんたたちも、司書を見届けたいなら、一緒に来てそこで暮らせばいいですぅ」

「……。他に、手立てもなさそうだね。みんな、」
 パレットは、周りにいる魔道書達をぐるっと見回し、無言のうちに全員の意を得ると、エリザベートの方に向き直った。
 そして、
「……司書のこと、どうかよろしくお願いします」
 深々と、エリザベートに頭を下げた。

 突然、ざわめきが起こった。司書の方からだった。

「司書!?」

 慌ててパレットとエリザベート、それに魔道書達が駆け寄ると、司書を形成する灰の塊がざらりと動き、さらさらと流れ――
『…………』
 一瞬、灰の山の一番上が、人の顔の形を一瞬取った。
「……司書……?」
 呟くように呼んだパレットの方を、その顔は向いた。
 灰の顔の口が開き、穏やかな声が流れ出た。


『……生きていけ。魔道書達。
 人は永遠には生きられないから、書を残す。
 だからそなたらは、生きていけ』

 
 顔が現れていたのは、ほんの数瞬のことだった。
 人の顔が崩れ、最初にあったような骸骨じみた顔の影が現れ、そうして、灰の司書は再び体に灰を集め、そこからごそごそと、ちみちみと、紙を再生するような動きを始めた。
 呼びかけにはもう、答えなかった。


 ほんの一瞬だけ、一瞬だけだったが、元の人の心が戻ったのだ。

 そして再び、灰の再生にばかり没頭する異形の命に、戻った。