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絶望の禁書迷宮  追跡編

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絶望の禁書迷宮  追跡編

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第10章 援護射撃

 灰の間のパレットからリピカに、異変を伝えるテレパシーが入る少し前。




 数人の契約者が、トレイルの最果てに達していた。
 トレイルの最果て、それはつまり、トレイルのもととなる道を作ってきた人物がいる場所。

「やはり、言うだけ無駄だったか…」
 血走った剣呑な目をこちらにひたと据え、全身に緊張を張り巡らせて魔法を放つ構えを解かないエルド・ダングレイの姿に、シュリュズベリィ著『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)は内心溜息をつく。
 やっとここまで追い詰めたものの、取り敢えず説得を試みようと、求めている書が表紙だけだという事実を伝えたが、逆上しているようで聞く耳を持たない。そんなに、己が祖先の著作を手に入れたいか、と考えると、その書への情熱には何か、ほんの少しだけ羨望のようなものを感じざるを得ない。自分がもし焚書で灰になったとしても、著書であるパートナーは頭の欠陥(持病)ゆえ、一日で忘れ去られてしまうであろうと考えると……
 そのパートナー、ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)は、流れ魔力弾を避けるため、『手記』の『黄衣』の中にいて、イライラしているが。
 だがそれにしても、その情熱ゆえに、ここで自分の告げた真実を信じてほしかった。彼が目指す場所に行き着いたとしても、そこにある真実を目にしてしまえば、その情熱は裏返って憤怒に代わってしまうだろうという恐れがあった。
 それを避けたいとは思うのだが、
「ふん、虚言を弄して我を引かせようというのか。どうやらよほど手がないと見える」
 追い詰められながらも上から目線で虚勢を張る。その態度にひっそりと静かにブチ切れたラムズが動いた。
「図書館では静かにっつってんだろうが」
 『紫壇の砂時計』を使用して手順速度を上げたかと思うと、『弓引くもの』でエルドを射止める。ただでさえ不意討ちであるのにその素早さ、それについていけなかったエルドは、傷は負わぬが時間を停止させられる
矢をむざむざ食らい、体の自由を奪われた。
 ラムズはさらにそこに、『シリンダーボム』を投擲しようとしたが、
「!!」
 ラムズらの背後で、凄まじい爆音が起こった。エルドが対追跡者用に仕掛けていた大型の火炎魔力爆弾が炸裂したのだ。黄衣のおかげで魔力のダメージは二人とも免れたが、強烈な爆風に突き飛ばされるように転がった。それが時間のロスになり、エルドは体の自由を取り戻し、逃れようと駆け出した。
「待てコラ」
 不機嫌そうな、怒気を孕んだ声とともに、柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)が飛来した。『兵は神足を尊ぶ』によって速度を強化し、装着した『ヴァードマンアヴァターラ・ウィング』で巧みに飛行しながら魔力弾も避け、今さっきの火炎魔力爆弾も『アイスフィールド』で受け流して爆風に翼が煽られるのもやり過ごし、一直線に標的に向かって飛んできたのだった。
「ようやく見つけたぜ、クソ野郎」
 翼によって飛翔しながら、エルドを睥睨する。あの幻想空間で、彼が契約者たちの追跡の手を忌々しくもするりと逃れた、あの瞬間に居合わせていた身としては、ここまで野放しにしてしまったことが腹立たしい。これ以上は取り逃すものかと、睨みをきかす。
「テメェのくだらねぇ野望、砕きに来たぜ?」
 エルドは、恭也の鋭い視線を受けながら、じりじりと後ずさりをしていたが、突然、魔力の閃光を恭也に向けて放った。それは恭也には避けられたが、凄まじい光が一瞬視界を眩ませ、隙が生じた。その隙を突いて、エルドは、最奥部に向かって逃げ出そうとした。
 だが、スキルで速度を上げている恭也がリカバリする方が早かった。背を向けたと見て、素早く『レーザーガトリング』を構えた。
「逃すかよ!!」
 叩きつけるように、炸裂する『トゥルー・グリット』。エルドは吹っ飛び、プリズムのような通路壁にしたたか激突した。彼が体を起こすより先に、急降下してきた恭也がその襟首を捕まえる。
「は、放せっ」
「と言われて放すバカがいるかよ。むざむざ取り逃すのは一度で沢山だ。ハチの巣にしてやろうか?」
「ちょ、ちょっと待って! 後顧の憂いを絶つためにも、生きたまま逮捕しようよ!」
 遅れて飛来したルカルカ・ルーが、エルドに銃口を突きつける恭也を見て、慌ててカルキノス・シュトロエンデとともに降りてきた。
「待って! 話をさせて!」
 今度はそんな声が飛んできた。高崎 朋美(たかさき・ともみ)ウルスラーディ・シマック(うるすらーでぃ・しまっく)高崎 トメ(たかさき・とめ)であった。
「ちょっとだけ、話をさせて。お願いだから」
 朋美に頼まれ、恭也は不承不承ながら、襟首を掴んだままエルドを朋美の方に少しだけ押し出した。逃亡を警戒してのことだが、トレイルを追ってきた契約者たちは、この場に続々と集まりつつあり、自然と包囲網が出来上がっていた。あの幻想の森とは違い、トレイルには厄介な障害物はあっても複雑な分かれ道はない。集まってくるのは当然の成り行きである。
 朋美は、捕捉されてもなお反抗的な目をしているエルドに話しかけた。
「エルド、キミが探してる本は、キミの御先祖様の著した本……なんだよね?
 もしかして、自分のルーツや、自分の先祖が何を考えてどのように生きた人なのかは知りたいって、そんな風に思って、書を求めたんじゃないか、って……
 そうだとしたら、ボクはキミのことを、単純に敵だとは思えない」
 自分が遠く、どこからきたのか確認したいがという思いに駆られたら。そして、自分の血の流れの遥か源近くに存在した人、その人の生きた証が書物として残っていたら。自分も同じような立場なら、彼のようにそうした書物を探し求めるかもしれないと、朋美は思っていた。幸い、自分には身近に英霊の“おばあちゃん”がいるから、自分のルーツについてあんまり思い悩まずにすんでいるが。
「でもって、その人がどんな人だったかは、書物で判る事も多い。『文は人なり』ってね。
 書庫に不法侵入をしようとしたことは悪い事だし、そのために魔道書達も苦しんだかもしれない。
 けど、それを謝罪して、きちんと礼儀正しく魔道書達に頼んでみれば、また新しい道が開けるかもしれない」
「そのとおり。そうそうつんけんしやんと、あんたの望みを、まっこうに述べてみやはったらどないな?
 見たところ、お仲間はんも殆ど捕まった様子、エルドはんひとりでこの後にどれだけの事ができると思うてはります?
 道理の筋が通ってある事やったら、情けは人の為ならず、喜んで手伝いさせて貰いますけどなぁ?
 言うてみなはれ。あんた、獣やあらへん、人間やろがね?
 人間には、「ことば」っちゅう神さんからの素晴らしい、けど扱いの難しい贈り物があるんやさかい、それで言うてみてみ?」
「そういうことだ。ここの魔道書さんたちもなかなかの石頭だが、お前のいい分やここへ侵入した言い分に理があるなら、朋美がそう思ってるように、助力してやらんでもないぜ。
 突っかかってこないで、話せよ、お前の理由を」
 トメとシマックも、言葉を添える。
 エルドのしたことは、咎められずに済むことではない。しかしそれとは別に、先祖の書を求めようとした心は決して、悪しきものばかりではなかったのではないか。だとしたら、やり方を改めれば穏便に為されていたかもしれないことだけでも、その「求める心」のために果たしてやることはできないか。朋美はそう思っていた。
 だが、エルドは頑なで、その心の中の眼は魔術師として向上することだけを見ていた。
「先祖の残した知識と力は、継承者たる我の知識と力だ。取り返すのに、誰に断り入れる必要がある」
 落胆と、呆れ果てての長い息とは、朋美たちばかりではなく遠巻きにそれを見守っていた契約者たちの中からも聞こえた。
「力は、もう十分に持っているんじゃないの……?」
 朋美は小さく呟く。契約者たちをかいくぐり、厳重な結界の中をここまでやって来た、それだけの力では不十分なのか。
「許す余地はねぇようだな」
 恭也は、エルドの襟首を掴んだ手に力を込める。しかしこの期に及んで、エルドは反抗的に身を捩って振りほどこうとする。逃亡などできる状況ではないのに。
「全く、往生際が悪いな! こいつに入れて外まで引っ張り出してやるぜ」
 見物にも飽きたという風に、朝霧 栞が『封印の魔石』を持ち、進み出た。
 と。

 突然飛来した、白く光り輝く何かが、栞の手を打った。

「!?」
 幸い、ダメージはほとんどなかったが、不意を突かれた形の栞は魔石を落とした。慌ててそれを拾う間に、同じような白く輝く魔力弾と思しき飛来物はどんどん増えていき、そこにいる契約者たちに遠隔攻撃を始めた。
「何だ!?」
「わっ!」
「またかよ!?」
 ここに来るまでに何度も遭遇し、撃ち落としたり躱してやり過ごしたりしてきた、暴走した灰の司書の魔力弾――最初は誰もが、そう思っていた。
「あっ、くそっこのっ!!」
 ダメージは大きくないのだが、星を極めて細かく砕いて集めて煙にしたようなその魔力弾は、変に光って目をちかちかさせる。それに恭也が視界をやられて一瞬力を緩めた隙に、エルドはついにその手を振りほどき、光に目を射られて慌てている契約者たちの間を縫って、這う這うの体で逃げ出した。
「待て!」
 すぐに恭也を始め契約者の何人かがそれぞれの武器を構えたが、光のちらつきが目に残って視界がおかしいままで、この味方も多く集まってしまった場所では、誰もとっさに攻撃ができなかった。誤爆で他の契約者を攻撃してしまう可能性がある。一瞬の躊躇の間に、エルドは来た方向へ戻るように逃げていく。何人かが、目の奥に残る光の残像を堪えてそれを追った。
「この光……エルドのことは攻撃しなかったんじゃねえか?」
 カルキノスが驚いたように呟いた。
「今までのとは、明らかに違うねぇ」
 そう言ったのは、遅れて駆け付けた一人である佐々木 弥十郎。彼は八雲と連携し、エルドを発見したら奇襲を仕掛けるために、司書が放つ魔力弾攻撃のタイミングを『行動予測』と『記憶術』で覚えていた。結局ラムズや恭也が先に来ていたためそれを用いて奇襲する機会はなかったのだが、それで覚えた司書の攻撃と、この光がちかちかうるさい魔力弾とは、明らかに違うということが分かった。
「それにあの魔力の波動……」
 そう言ったのは、やはり遅れて駆け付けた天貴 彩羽。せっせと情報を集め、HCで分析し、『ナゾ究明』でいろいろ考えてきた彼女は語った。
「途中に仕掛けられてた追跡対策の巨大魔力弾の波動とよく似てたわ。……あ、それはアルのペットのおかげで無傷で済んだけど」
 途中で危うく強力な闇魔法爆弾の炸裂にぶち当たるところだったが、アルハズラット著 『アル・アジフ』が『神の目』でいち早く見抜き、ペットの『アンデッド・レイス』を盾にして排除できたという。
「この光、確かに契約者だけを狙ってた。エルドにはかすりもしなかったわ。
 でも、飛んできたのは司書からの攻撃と同じ方角……おそらく、司書がいるという灰の間からね。ということは……」
 光の弾はひっきりなしに、しかし力なくふらふらと、契約者をめがけて飛んでくる。眩しいだけで、当たっても負傷はない。
「この魔法攻撃は恐らく、エルドの先祖の力ね。
 例の、灰から蘇った表紙に残留していた魔力が、エルドの存在に反応して、彼を庇うために契約者を攻撃してきたのよ」
 そこにいてそれを聞いた全員が一瞬、言葉を失う。
「そういえば……灰の司書の方の魔力弾は、止んでない?」
 気が付いたようにルカルカが、辺りを見回して言った。確かに、今までと同じような魔力弾は飛んでこない。もうだいぶ最奥に近付いているのに。
「でも、そうすると、これ……」
 朋美が顔を上げ、飛んでくる光の弾を見た。
 もう、それほど光は強くない。殺傷能力の低さは変わらない。というか、対策なしの体に当たっても、空気の抜けかけた紙風船がゆっくり飛んできて当たった、くらいの感覚しかない。音にするとぺしっ、とかぺしょっ、とかいう感じだ。明らかに最初より、威力は急激に落ちている。
「……表紙だけだから、きっと魔力は強くないでしょうし、長くも続かないんでしょう」
 放っておいても、じきに止まる――その言葉で、彩羽は語りを結ぶ。
 ぺしょっ、ぺしょっ。
 何だかそれは、力のほとんどない老人が、無法を働いた息子だか孫だかを庇い、彼を責めようとしている人に懸命に縋っているかのような姿を、連想させた。




 トゥルー・グリッドの直撃を受けた直後で、ダメージで動きにくい体を魔力による浮力と低空滑空力で懸命に進ませ、エルドは必死に、入って来た道を逆に逃走していた。
 あんなに必死に目指していた書から遠ざかっていることは分かっている。だが、あの場では圧倒的に自分が不利であったことも分かっていた。取り敢えず契約者たちを撒いて、建て直す。それしか考えていなかった。あの瞬間に自分を救った思わぬ援護射撃のもとが何か、それにまで考えは及んでいない。
 背後に感じる追っ手の気配に追い立てられ、ここに入った時の心の余裕はすっかり失われていた。
 ふっ、と、宙を滑っていく道の先に何か、影が差したような気がした。だが何も見えなかった。
 ――次の瞬間。
「!!」
 人影を見た、と感じたと同時に、その体は石化し、浮力も滑空力も霧散してどうっと、エルドは倒れた。
「……。これで……本当に、終わった、よね……?」
 光学迷彩で隠密に徹し、奇襲を狙って地道に標的に接近し、『我は科す永劫の咎』で仕留めたネーブル・スノーレインの勝利であった。