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想いを取り戻せ!

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想いを取り戻せ!

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   6. 遊軍行進曲 〜 大荒野に吼えろ 〜 
 
 銃弾と剣戟の音が荒野に響く。
 風に舞うのは硝煙と血しぶき。
 空に走るのは魔法の閃光。
 野盗団とその討伐に名乗りを上げたコントラクターたちの戦いは大混戦の様相を呈していた。
 引き付けた敵を分断して、確固撃破――真人や和輝の策が上手くはまった結果である。
 そして、マールの通信妨害が上手く働いた。
 その混乱に乗じて、通信回線で敵の声色を真似た久秀が巧みに疑心暗鬼を煽ったのだのだから結果は見えている。
 野盗たちはアジトに連絡をするどころか、数歩先を行く仲間と通信もできず、誰を、何を信じていいいのかわからなくなった。
 それでも、最初のうちは驚きと焦りの色を帯びた野盗の声が流れていたが、通信を放棄したらしく、今は聞こえない。
 上がってくるのは、戦況を報告する仲間のものばかりとなっていた。
 だが、まだ頭目である男のガーゴイルは健在で、全てが沈黙したわけではない。
 
   * * * 
 
 左右に別れ、その中央にスパイクバイク、ヴォルケーノを誘い込んだ雅羅と沙良は攻撃に転じていた。
「出ます!」
「援護は任せて!」
 雅羅は荷台に隠していた小型飛空艇オイレで飛び出し、沙良がそれを援護するように馬車を走らせる。
「ちぃ!! ガキどもが舐めやがって!! 野郎ども叩き潰せぇ!!」
「おうよ!!」
 まんまと誘い込まれたフラッパーが怒鳴るように発破をかければ、照準を合わせたドミノが銃を乱射する。
 それを追うように野盗たちの銃が火を噴く。
「させんぞ!!」
 御者台からゴルガイスが飛び出した。
 雅羅の馬車は餌としての役割を終えた。これ以上、走る必要はない。
 だが、中にはマールと綾乃がいる。マールは今尚、敵の通信を妨害している。
 馬車とマールは綾乃の《絶対領域》の中にあり、綾乃の手には剣もある。
 だが――守らなければならない。そのためには、戦わねばならない。
 その脳裏に浮かぶ像は――傍らにある荷馬車でも、飛び出していった雅羅でもない。
 今、共に、傍らにあることをゴルガイス自身が望めなかった相手だ。
 赤毛の、その憂いと匂い立つような艶とは裏腹に、酷く幼い表情を浮かべた少年。
 記憶の中にある無邪気な微笑みとは違う。何か言いたそうでいて、何も言えない、不安の色を湛えた弱々しい微笑み。
 それはゴルガイスの胸を占めつけて、責め立てる。
――我はっ……我は……いかん。ここは戦場。戦場なのだ。
 意識を無理矢理に切り替える。
 戦え。剣を振るえ。敵を払え。
 竜人はその巨体からおよそ想像もつかない勢いで跳んだ。
 雨のように降り注ぐ銃弾をものとのせず、大剣が空を裂く。
 その胸の裡に――もう少年の姿はなかった。
 
   * * * 
 
 なりふり構わぬ砲撃が空気を震わせた。
 全弾を撃ち込んだのではないかと思われるそれは――善戦を続ける各所ではなく、放置された荷馬車に向けられたものだ。
 
 
「――!」
 それに最初に気付いたのは、ガーゴイルに狙いを定め上空で待機していたグラキエスだった。
「止めないと――!! ガディ!」
 愛竜に命じると急降下する。
(確か――あの馬車には――)
 何も考えず、ただ、その爆撃が、誰も傷付けないように――
 それだけを願って、グラキエスは地上を目指した。
 
  
 咄嗟の音に気付いた沙良とカイル、ゴルガイスが一斉に駆けだす。
 煙の中から、焼けて申し訳程度しか残っていない幌が現れる。
 続いて、剣を構えた綾乃――その後ろにはマールが。
 そして――グラキエスとそれを守るように立つ黒い竜。
「――グラキエス!?」
 ゴルガイスの悲痛な声が上がる。
 だが、三人とも無事だ。
 ホッとしたのも束の間――甲高い女の声が響く。
「お前たち!! てー!!」
 第二撃が放たれようとした刹那、少女の声が割って入った。
「待て待て待てーいっ!!」 
 どこか芝居がった声の主は――芦原 郁乃(あはら・いくの)だ。
 自動操縦に切り替えた小型飛空艇の上に仁王立ちなったその、無謀かつ無防備な姿。
 そして――そのどうに見ても十代前半にしか見えない幼い容姿。
「――お前たちの悪事は既に明白!」
 ことと次第を耳にした時から郁乃の心は怒りに燃えていた。
 その炎は館で少女が切々と訴えるの見た瞬間更に燃え上がり、敵を前にした今は身の内を突き破らんばかりの勢いだ。
 (かよわき少女の涙を放置してよいものか! それは否っ!! 断じて許せん、許してなるものか!!)
 少年漫画かヒーローアニメよろしく郁乃の背後には真紅の炎が燃え盛っていた。
 炎はこの不埒で悪辣な野盗どもを燃やし尽くすまで消えることはないだろう。
 だが、怒りのままに制裁を加えては目の前の不埒者とどこが違うというのか。
 罪を大人しく認め、許しを請うなら――その良心の欠片を認め、救い上げてやるのも大切なことだ。
 今にも悪党どもを燃やし尽しかねない身の内の怒りを郁乃は押し止め、言葉を続ける。
(……だ、大丈夫でしょうか?)
 その隣では――荀 灌(じゅん・かん)が固唾を飲んで大見得を切るパートナーを見守っていた。
 郁乃とそう変わらなく見える幼い表情が不安に揺れる。 
(……お姉ちゃんの気持ちはよくわかるのです。よくわかるのですが……)
 大きな目はキョロキョロと忙しなく動き、耳はどんな音も逃すまいと極限まで研ぎ澄まされている。
 荀 灌の不安は対峙する野盗がパートナー、ひいては自分。
 そして、共に任務に当たる仲間たちにどんな危害を加えるかということではない。
 野盗たちがうっかりある言葉を口にしないかどうか、ただその一事である。
「大人しく奪った荷を返せば良し……」
 何も知らない郁乃のセリフはいよいよ佳境に入る。
 滔々と続くこの幼い演説に流石の野盗と女賊も毒気を抜かれ、呆けていたのだが、ここに来て我に返った。
「返さなきゃ、どうすんだい? このチビ」
 赤い唇に嘲りの色を浮かべて女賊は言い放った。
 それは恐れていた、言ってはいけない。ガキに並ぶ郁乃に対するNGワードだ。
「お、お姉ちゃん?」
「――こんの、おばんぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 耳を裂くような怒声、いや、咆哮だ。そして、続くエンジン音。
「誰がガキでチビじゃコラァァァァァァァァァァ!!」
「ま、待つです!?」
 止める手が間に合おうはずもなかった。
 そして――
 野盗の側でも――全く同じようなことが起ころうとしていた。
「…お、おばん…?」
 野盗側の紅一点――ミランダの顔から表情が消えた。
 綺麗に下地を整えて、白粉と紅で覆った頬が引き攣り、紫と金で彩られた目が吊り上る。
「……アタシかい? アタシに向って言ったのかい?」
 形のよい、ぽってりとした唇から信じられないくらい低い声が漏れた次の瞬間、咆哮が上がった。
「――上等じゃぁぁぁゴラァァァァァァァァァァァァ!!」
 
   * * * 
 
 大荒野。
 荷を運ぶ者、時にそれを奪う者。それ以外では人が訪れることないそのただ中で、二人の般若が衝突する。
 怒りに我を忘れ、前後の見境なく暴れまわるそれに巻き込まれるたのは、砂塵と――周囲にいた可哀想な男たちだ。
 ある者はミサイルに吹き飛ばされ、ある者は殴られ、ある者は引っ掻かれ――見るも無残な有様だ。
 折り重なる屍の山に黙祷を捧げると荀 灌はそっと手を掲げる。
 そこにはイエローカードがしっかりと握られていた。
(――次からはホイッスルも用意しておくです……)