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想いを取り戻せ!

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想いを取り戻せ!

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   7. 想いを取り戻せ 〜 それは心優しき剣 〜
 
「人の肉体以外は――斬ッ!!」
 どこか気の抜けた掛け声。
 行く手を阻むべく立ち塞がる人の壁――数人の野盗にアリアンナ・コッソット(ありあんな・こっそっと)が突っ込んでいく。
 手には淡い光を放つ長剣。剣の花嫁の証の光条兵器。
 それがすれ違い様に一閃される。
 光の太刀筋は鮮やかだ。使い手の気性そのままに真っ直ぐで歪みも揺らぎもない。
「んなっ!?」
「ぶ、武器が!?」
「お、俺の一張羅が!?」
 思いもよらない方法で瞬く間に身包み剥がされた野盗たちが野太い悲鳴を上げて身を寄せる。
 下着だけが無事なのは薄く心許ないそれを肉体の一部と判断した結果だろう。
 光条兵器にも良心があるのかもしれない。
「全く見事なものだね」
「――鮮やかな手並みは称賛に価するが、その後は頂けない、がな」
「……うん。それについては全く同感だ」
 居並ぶ縦縞の下着に唾棄しかねない態で露骨に眉を寄せるメシエの隣でエースも顔を顰める。
「ごめんね!」
 どちらに向けての謝罪なのか。
 生まれたままの姿+一枚にしてしまった野盗たちへか。
 見苦しいものを見ることになった仲間たちへか。
 アリアンナは長剣を収めると片手を上げて、にこりと人好きのする笑顔を見せた。
「――出番よ」
「さぁ――」
「では――」
 三つの声が重なり、響いた。
 
   * * * 
 
 一つは騎沙良 詩穂(きさら・しほ)
「ここから先のエリアは小さな横穴がたくさん。地図ではわからない道があるかも……」
 その言葉の示すように端末の地図には無数の横穴が表示されている。
 少し広い空間から四方八方に伸びるそれは通路というには短く、小さいものだ。
 だが、地図にない何かがあるとも限らない。
「抜け道とか、隠し通路とか、隠し部屋とか……お約束だよね。さぁ、行っておいで」
 人間の五感よりも鋭いそれが役立つだろうと連れてきたジャガーとシマリスを放つ。
 もう一つは呂布 奉先(りょふ・ほうせん)
「――――」
 目を眇め、意識を集中する。
 そう遠くもない場所からは未だ戦いの音が上がっている。まだ、勝敗はついていないようだ。
 だが、こんなものは戦場には程遠い。敵の指揮の拙さと士気の酷さは知るものの中でも最低の部類に入る。
 しかし、これに挑む仲間の士気と奪われたものを奪還せんとする気概は最上級だ。
 かつて望んで身を置いた血の沸騰する戦いとは全く違う。けれども――誰かの、小さな願いのために力を振るうのは悪くはない。
 鎧の代わりに白いシャツに黒いパンツを纏う黒髪の美女の姿となった並ぶ者なき三国時代の猛将の唇に知らず笑みが浮かぶ。
「追撃があっても邪魔はさせんさ。さぁ、シャル」 
 促すようにパートナーの呼んで、呂布は来た道に向き直った。
 最後はロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)
 パートナーのアリアンナの剣が野盗を傷付けなかったのはロレンツォによるところが大きい。 
「ご苦労様でした。アリアンナ」
「いやいや――光条兵器って、切り分けできるから便利ねー」
「えぇ。確かにあなたの腕とその剣は大したものです」
 くるりと器用に長剣を繰りながら笑うアリアンナの隣に並ぶとロレンツォは腰を屈めた。
 ひぃぃという情けない悲鳴と息を飲む音が眼前からあがる。
「ですが、それ以上に神の御心です。彼らをそれ以上傷つけてはならぬ――そう思召しなのです」
 と、にこりと微笑む。アリアンナが明るい陽の光を思わせるなら、ロレンツォのそれは静かな月の光を思わせた。
「よかったですね。野盗のみなさん。神はまだ、あなたたちを見放してはおられない。そして、それは私も同じです」
 同意を求めるように、柔らかい光を湛えた目がひたと野盗に注がれる。
「今までのあなたたちの行いはけして許されるものではありません。
 ですが、そこに至るまでには、それぞれに事情があったはずです。
 人は小さく弱い。路傍の石くれ――些細なことによって、容易く道を踏み外してしまうのです」
 滔々とロレンツォの言葉が紡がれる。
「それは私も同じこと。ただ、神によってのみ人は裁かれ、罰されるのです。
 神がそうであるように、私はあなたがた自身でなく、その罪を憎みます。
 心に巣食う、悪を今、ここで吐き出しなさい。悔い改め、懺悔を」
 そこにあるのは確かに慈悲だ。深い慈しみの心だ。
 だが、野盗たちにはそれがとても空恐ろしい。この穏やかな物腰の裏に何があるのか。そう考えられずにはいられない。
 人間にとって何より恐ろしいのは「理解できない」ということかもしれない。
 正体不明理解不能なその迫力に気圧されるように、野盗たちが声もなく頷く。
「よろしい。それでは――まずは姿勢を。足を正しましょう。
 SEIZA――正しく座すと書きます。反省する心を示す日本式のポーズです。
 先ほどの罪を憎むという言葉は日本にもあるのですよ。罪を憎んで人を憎まず、です。
 同様に健全な精神は健全な肉体に宿るとも言うそうです。
 では、これより先、足を崩すことは認めませんし、許しません」
 考えることを放棄した野盗たちは壊れた首振り人形のようにガクガクと頭を縦に振り続けた。
 
   * * * 
 
「なんていうか、拍子抜けだよなぁ」
 鼻を地面に擦り付けるようにしながら黒い狼――白銀 昶(しろがね・あきら)がぼやいた。 
「奴らに紛れ込んでさ、中に入ってやろうと思ったのにさー」
 スパイクバイクで暴れ回ると聞いていたので、同じバイクに乗って来た昶だったのだが――相手は留守番中である。
 アジトの留守を守り
 外で騒ぎを起こし誘き出し、出てきた野盗が戻るのに紛れ込むという方法がないわけでもなかった。
 が、しかし、野盗団は50名にもみたない。おそらく互いが互いの顔を十二分に見知っているはずだ。
 そう判断した陽動部隊が攪乱のために敵部隊に似せた部隊の投入を断念したとの報もあり、昶の作戦は実行されなかった。
「んで、中の連中は先行した奴らとかでほぼ制圧だろー。なんつーか、張り合いないぜ」
 こんなことなら自分も先行部隊と共にバイクで中に突っ込めば良かった。
 勿論、後ろにはパートナーの清泉 北都(いずみ・ほくと)を乗せて。
 速度を上げれば振り落とされまいと細い腕が背後から抱きついてくる。それを楽しみながら、目の前に並ぶ獲物を蹴散らす。
 ぼんやりとタンデムで敵陣に殴り込む姿を想像する。悪くない。
「――そんなことより、集中して、手紙を探してくださいよ」
 ぼんやり考えていると頭上からのんびりとした声が降ってくる。
 狼の姿になっているためにいつもは目線よりも下にある北都が眉を吊り上げていた。
 《超感覚》を発動しているため、黒髪の間から昶のそれと同じ獣耳がぴくぴくと動く。
 のんびりとした口調と相俟って、いつも以上に迫力にかける。
 だが、その表情は真剣で声音もいつもよりずっと低い。
「……悪ぃ……」
 大人しく謝ると昶は再び鼻を動かした。
「どこかに――あるはずなんだ。彼らが、まだ捨てていないなら」
 二人が探しているのはインクの匂いだ。
 過去のやり口から判断して、野盗団は粗暴と判断して間違いないはずだ。
 そんな連中が積荷をきちんと仕分けたり、まして細かい文字など書くはずはない。
 そう考えた北都は宝を探すのではなく、手紙や書類に使われているインク。
 その匂いを頼りに少女の手紙を探すことを思いついたのだ。
「インク、インク。……あれだよな。図書館みたいな匂いってやつだよな?」
「……そこまでではないと思うんだけど……まぁ、そんな――!」
 ひく、と昶の鼻が動き、北都の鼻孔に洞窟の土と埃とは違う湿った空気が広がる。
(見つけた!)
 何も考えず、匂いの元に走る。
 幸いにもこの周辺にいた敵は全て沈黙していた。
 飛び込んだ先は――厨房のようだった。
 岩を組み合わせた簡素な竈が二つと巨大な水桶。食材に食器が木箱を並べた作業台の上に積まれている。
 その横に三、四つの袋。開いた口から覗くのは紙の束だ。
「――あ。あった!! あったぜ!! やったな! 北都」
 頷きながら、北斗は銃型HCに声をかけた。
「ありました――場所は、ポイントD5です」
(どうか――どうか、この中にあの子の手紙がありますように――)
 祈るような思いで北斗は袋に手を伸ばした。