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闇に潜む影

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闇に潜む影

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   七

 どうしてもお会いしたい。会ってお話がしたい。
 どこでどう調べたのか、刈谷 典膳(かりや・てんぜん)が仕えるある家に、一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)が訪ねてきた。身元が心配なら、明倫館に問い合わせてくれと言う。
 明倫館という言葉を聞いて、会わぬわけにはいかぬ、と典膳は思った。断れば、痛くもない腹を探られかねない。
 典膳は頭巾をかぶって悲哀に会った。ただし彼女が通されたのは庭先である。正式な会談ではない、と暗黙の内に伝えている。
 悲哀は改めて自己紹介をした後、こう切り出した。
「私は契約者故、腕には多少自信がございます。近頃この辺りも物騒とお聞き致しました。貴方様の身辺で不穏なお噂も予々聞いております。どうか、私を雇っては下さらないでしょうか?」
「なぜ、そちを雇わねばならぬ?」
「そ、その……雇っていただければ全力でお守り致しますし、ご希望とあれば唄を歌わせて頂きます……」
「なぜ、わしのところへ来た? なぜ他ではなく、わしなのだ?」
 悲哀は返事に詰まった。「髪斬り」の情報を得るためなのはもちろんだが、どうやら典膳はその事実を認めるつもりはないらしい。
 典膳はすくっと立ち上がった。
「話はそれだけだな」
「お、お待ちください!」
「わしは忙しい。帰れ。だが、もしここでの話が他に漏れた場合、明倫館にはそれなりの責任を取ってもらうぞ」
「お待ちください――!」
 悲哀の目の前で、障子がぴしゃりと閉められた。


 ドンドンドン!

 振り上げた腕が四回目を叩く前に、ドアが開いた。勘弁してくれ、と言いたげな目をした平太が立っている。
 ニケ・ファインタック(にけ・ふぁいんたっく)は中に通されると、平太の前に座り、苛々した口調で話し出した。どうもニケには、平太の後ろ向きな姿勢が気に食わない。
「私のパートナーも機晶姫ですよ。不具合がいろいろあって低出力のことも多かったですが、私に仕えることが自分の使命だとよく働くいい子でした」
「はあ」
「あの子は特殊でして。通常出力だと、稀に人格交代のようなものが起きて暴走するんです」
「そんなことがあるんですか?」
「……私の責任ですよ」
 ニケは忌々しげに呟く。パートナーの機晶姫は、先日、暴走して人格が入れ替わったまま逃亡してしまった。今回の「髪斬り」も、もしやパートナーの仕業では、と思ったのだが、どうやら違うらしい。
 もっと早く対処していれば。もっと自分に能力があれば。或いは力の強い戦士であれば、暴走したパートナーを止めることが出来たかもしれない。
 だがそれらは全て「もし」の話だ。
「できないからしない。安全策かもしれません、それもいいでしょう。しかし、その先どうなるかは考えてみた方がいい」
「はあ」
「あなたとあなたのパートナーがどうなろうと、正直私は知ったこっちゃありませんけどね。後悔するのはあなたですから」
 平太は首を傾げた。彼の想像では、自分が見回りに出て「髪斬り」に遭遇した場合、百パーセントの確率で、ベルナデットの足を引っ張ることになるはずだった。その自信なら十分にあった。だからこの判断は確実に正しい、と彼は思っていた。
 が、それをニケに言い切れる自信がない。おそらく、叱られて現場に引っ張り出されるような気がする。
 というわけで。
「……あの、ちょっとトイレいいですか? さっき、ちょうど行くところだったんで」
 このアパートは、トイレも風呂も共同になっているのだ。
「どうぞ」
 平太はぺこぺこ頭を下げながら、部屋を出て行った。
 そして、戻ってこなかった。
「――あいつ!!」
 ニケは部屋にあった四十センチほどのバールをぶん投げた。押し入れに穴が開き、中に積んである材料や機材が雪崩のように落ちてきた。隣の部屋から「うるさい!!」と怒鳴られた。