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第三章


 紺地に白抜きの蜻蛉模様の浴衣。手にはヨーヨーと金魚を持ち、祭りを満喫していた黒崎 天音(くろさき・あまね)は看板を見つけて足を止めた。
「本堂は喫茶をやっているみたいだね」
「祭りで喫茶とは珍しいな」
 お供のブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)と会話をしながら、本堂の中へと進む。
 そこは名曲喫茶『BON−DANCEの夕べ』。
 板張りの床に机と椅子を置き、半分は畳で座敷となっている。
 また、名曲と銘打っているように、奥には演奏用の壇が設けられていた。
「和洋折衷だな」
「でも、のんびりとできそうだね」
 天音の視線を追うと、既にまったりとしている沙夢と弥弧。それと、彼女達に応対しているエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の姿だった。
「お嬢さん、ご注文の珈琲とリーフパイです」
「……ありがとう」
「ここって祭囃子の喧騒から離れてて、落ち着く空間よね」
「……退屈じゃ、ない?」
「そんなことないもん」
 口ではそう言うが、少しむずむずしている弥弧。
「もうそろそろ演奏が始まります。それまで退屈しないようお相手いたしましょう」
 エースは丁寧に腰を折ると尋ねる。
「そういえば、お嬢さんはご注文がまだでしたね。何にいたしましょう?」
「冷やしあめってあるかな? あとあんみつ! パフェがあったらパフェ!」
 甘いもの好きな弥弧は矢継ぎ早に申し立てる。
「かしこまりました。直にご用意いたします」
「えっ、あるの? やったね!」
「お嬢さんの頼みとあれば、例え無くてもご用意するのが俺の務めです」
 弥弧の喜ぶ顔を見て、沙夢もよかったと顔を綻ばせたのだが、
「それではご用意いたしますので、しばしお待ちを」
 そのまま頭を下げて去ろうとするエースの目に、あるものが飛び込んだ。
「あの、そちらは……」
 沙夢の傍で「ニャー」と喉を鳴らした二匹。いつも一緒にいるタッカとプリムだった。
「喫茶店なのに……ごめんなさい……」
 見咎められ、恐縮してしまう沙夢。追い出されるのではないかと不安に駆られたのだが、エースの反応は違うもの。
「構いませんよ。俺も猫は大好きですから。でも、他の方に見つからないようお願いしますね?」
「よかったね」
「ええ……」
 大目に見てもらえ、沙夢はホッと胸を撫で下ろす。
「それで、二匹のお名前は?」
「タッカとプリム」
 黒猫と紫猫がそれぞれ鳴き声をあげると、
「可愛らしいですね」
 エースの表情が和らぐ。
 そのまま二匹を見守ろうとするエースだが、
「ねえねえ、あたしの甘味は?」
「申し訳御座いません。すぐにお持ちいたします」
 弥弧の一声で我に返り、料理を提供するため奥へと去っていった。
「ゆるい感じの喫茶店だな」
「その方が寛げるよ」
 その一部始終を見ていた天音とブルーズは店の感想を漏らし、
「僕たちも座らせてもらおう」
 近くの椅子に腰掛けた。
「いらっしゃいませ」
 即座に声を掛けてくるリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)。祭りらしく、花火柄の浴衣に身を包んでいる彼女。執事らしいエースとは違い、こちらは凛としてお姫様っぽい。
「ご注文は何にいたしましょうか?」
「僕は紅茶を」
「我は珈琲だ」
「かしこまりました」
 一礼して去っていくリリア。注文を裏に伝え終わると、
「お嬢ちゃん、ちょっと聞いてよ」
「なんですか?」
「実はあたしんとこの娘がね……」
 老婆達に呼ばれ、世間話に花を咲かせる。
 それからしばらくすると、店内の照明が少し落ちた。
「どうやら演奏が始まるようだね」
 天音の言葉通り、ステージに姿を現す三人。
「お集まりの皆さん、『BON−DANCEの夕べ』にようこそ。我々の演奏をお楽しみください」
 一礼して配置につく。
 ピアノの呼雪、ヴァイオリンのヘル、チェロのエーリヒ。
 先の二人とは違い、エーリヒには緊張が色濃く見えていた。
 それを解きほぐすため、呼雪はそっと語りかける。
「エーリヒ。音楽は『音を楽しむ』と書くだろう? 聞き手に楽しんでもらいたいなら、演奏する側も楽しもうという気持ちがないとな」
 それにはヘルも同意。
「もっと気楽にね。間違えてもいいじゃない。楽しければそれでオーケー」
 陽気にサムズアップして励ます。
 それで少し肩の力が抜けたエーリヒ。
「確かに、何を考えても今更ですね」フッと笑うと、「それでは始めましょうか」
 弓を構える。
 それを合図に呼雪の独奏、ヘル、エーリヒと加わっていく。
 練習時間が少なかったからか、若干拙いながらもメンバーの顔は楽しく笑っていた。
 彼らから流れるメロディ。耳を澄ます聴衆。
 天音とブルーズも届いた飲み物に口を付けながら聞き入っている。
「おや、涼しい風が流れているね」
「気持ち……いい」
 リリアが【風術】で空気調節をしてくれ、心地よさにうっとりする沙夢と弥弧。
 一曲演奏し終わると、拍手が響く。
「僕も行ってこようかな」
「今日は祭りだ。おまえも楽しんでくるといいだろう」
 その音に混ざり、天音は席を立って壇上に赴いた。
「僕もヴァイオリンで参加させて貰ってもいいか?」
「それじゃ僕のを貸すよ」
 ヘルが天音にヴァイオリンを渡す。
「それじゃ一曲お付き合い、お願いだよ」
「こちらこそ」
「宜しくお願いします」
 メンバーが一人入れ替わり、二曲目が始まった。


 喫茶で演奏されている曲が微かに耳朶を打つ場所。
「あれって海くんかな?」
 喫茶の入り口付近で、本堂奥へと向かうモヒカンたちの中に海を見つけた杜守 柚(ともり・ゆず)
「多分そうだね」
 一緒に居る杜守 三月(ともり・みつき)も同意を返すが、
「どうしてモヒカンの人たちと一緒にいるんでしょう?」
「それは僕もわからないな」
 合わせて首を捻る。
「とりあえず追って、聞いてみる?」
「それがいいですね」
 二人は怪訝に思いながらも海の後を追うことに。
 そこで柚はふと考えた。
「もしかして、海君に出会えたのも、これのおかげかな?」
 先程購入した恋愛成就のブレスレット。
 早くもご利益が得られたのかもしれない。