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デート、デート、デート。

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デート、デート、デート。
デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。

リアクション


●夜空に花、大きく咲いて

 夏の長い午後もいつかは終わる。
 空が薄墨色に染まった頃、『スプラッシュヘブン』に花火のアナウンスが行われ、最初の六尺玉が大輪を描いたときには、もう夏空は、黒いカーテンの下りた状態であった。
 最初の黄色い花は挨拶がわりだ、次々と下腹に響くような音上げて、巨大な打ち上げが続いた。夜空が昼のように明るく輝く。
「おー」
 見上げる上條 優夏(かみじょう・ゆうか)の光彩にも、赤や青、黄色に緑の輝きが映り込んでいた。プールの水面にもカラフルな炎は反射してきらきらと煌めく。いつのまにかスプラッシュヘブン内の灯りはぐっと抑えられており、それだけに打ち上げ花火の鮮やかさは際だっていた。
 奇妙なものだ。花火見物といえば普段着かせいぜい浴衣で行うのが定番、それを水着で、しかもプールに入ったまま行うとは。
「ね、来てよかったでしょ?」
 優夏に振り向いて『どや』と言いたげな笑みを見せるのは、彼のパートナーフィリーネ・カシオメイサ(ふぃりーね・かしおめいさ)だ。
 なんと目の毒、手すりにつかまるフィリーネは、エメラルドグリーンのビキニを着ており、その抜群のプロポーションが、見ろ見ろと言わんばかりに自己の存在をアピールしていた。とりわけ危険なのがその双つの膨らみだ。白桃のように丸くせりだし、決して表面積が大きいとはいえない布の下から、競いあうようにその身をのぞかせている。もし仮に――そんなことは絶対にしないと思うがもし仮に――優夏がビキニに指を這わせようものなら、たちまち葡萄の皮が剥けるようにふるっと滑って、そのすべてを彼の眼にさらけ出してしまいそうなほどだった。
 どん、と頭上で花火が鳴った。
 思わず彼女の胸に注視してしまったことに気づき、優夏は慌てて目をそらせた。ごまかすように言う。
「まさかリアルで、ギャルゲーによくあるイベント体験するとは思わんかったで」
 水着でデートだなんて。昼間たっぷり遊んで、次は花火鑑賞だなんて。
 その感想は予想済み、と言わんばかりに平然とフィリーネは返事した。
「そのギャルゲーよりも楽しく過ごせてるんじゃない?」
「いや、具体的に特定のゲームについて語ってるわけやない。プールして花火して……なんて、ギャルゲー的に定番中の定番というか、ベタベタやねと思っただけや」
「ベタベタは……嫌い?」
「そ、そんなこと言うてへん!」
 花火を見上げながら、すいーっと泳いでフィリーネと距離を取ろうとする彼の前に、イルカのようにするりと彼女は回りこんだ。
「まだ質問の回答をもらってないよ」
「ベ、ベタが好きか嫌いかっちゅうなら……」
「違う。それじゃなくて、『来てよかったでしょ?』って質問!」
「よくなかったとは言わんよ」
「素直じゃないなー」
「わかったよ。悪くない、これでええか?」
「もっと正直になりなさい」
「……楽しい」
「あら聞こえないわ」
「楽しい! フィー、誘ってくてありがとうな! もうこれで勘弁したって……」
 言いながら優夏はなんだか、茹でたカニのように赤面していた。冷たい水に入っているはずなのに汗をかくほど暑いじゃないか。なぜだ。
 そもそも今朝、予告もなく「デートに行こう」と誘ったのはフィーリアだった。
「俺HIKIKOMORIやから」
 と言ってきっぱりはっきり断ろうとした、優夏だが、それは無理な相談だった。
 フィーリアは無言で(そう、無言で!)。の言葉を聞き流しニコニコしていたのである。顔に影が差してもニコニコし続けていたのである。ただひたすらに。
 世の中には、怒り顔より怖い笑顔がある。
 ……こうして彼は、水着に着替えたわけだ。ただ、優夏の名誉のために言っておくと、彼が言った「楽しい」という言葉も「感謝しとる」という言葉も正真正銘の本心である。
 このとき優夏はふと気づいた。カップルが活気づく時間帯なのかそれともそういう場所に迷い込んでしまっただけなのか、自分たちの周りは皆、恋人同士二人連れなのである。なんだか揃って抱き合っていたりするのである。
「ここを離れよう」、と言いたかった彼だが「ここ」の一単語すら口にする前に絶句した。
「こうしないと逆に恥ずかしいわよ」
 やわらかで温かでなにか幸せな感覚。
 それは自分の胸に、女の子の胸が押し当てられる感覚。
 二個の白桃が、ふにゅっと変形する触感。感覚。
 真正面からフィーが抱きついてきたのだ。それ以上なにも言うまい。
「あ、今の花火、魔法少女的にちょっと見映えが足りないかなぁ」
 日常の延長のように彼女は言った。
「あー、あの花火、火の攻撃魔法に応用したら威力出るんとちゃうか?」
 朝食時の会話のように彼は返した。
 だがこの状況で平然としていられる男がいるだろうか? もぞもぞと動いてしまう。
 もうダメだ――キスしたい。
 キスのやり方なんて知らないけれど、このとき確かに、優夏はそう思った。されど心頭滅却、これではバカップルではないか。唸るように言った。
「HIKIKOMORIのネ申(かみ)になろうかという男がこんなリア充な事したら働いてしもて負けてしまう……」
「別にそんなものにならなくたっていいじゃない?」
 彼の背中に腕を回したままフィーは言った。
「また来ようね♪」
 うん、と思わず、素直に言ってしまう今夜の優夏なのだった。

 椰子の木陰のカップル用プールに、身じろぎもせず入ってくつろぐ。
 普段激務をこなしている山葉 涼司(やまは・りょうじ)のそんな姿を、知っているのは彼の妻山葉 加夜(やまは・かや)だけだろう。
 涼司は目を閉じてゆっくりと息を吐き、暮れゆく空を見上げた。
「昼間はたっぷり泳いで疲れるくらいだったが、こうしているとその疲れも溶けて消えていくようだな……」
 山葉涼司は戦う男だ。校長として生徒を守るべく東奔西走し、しばしば国家レベルの会談をこなす一方、ときとして戦争のような厳しい選択の断を下す。矢面に立って傷つくのは当たり前、責任に押し潰されそうになっても負けず、非難は甘んじて受け、功は積極的に生徒に譲る。感謝されようがされまいが、彼は黙々と自分の職務を果たすのだ。その姿が加夜には、山葉一郎(涼司の先祖)に重なって見えた。一郎も、命を賭して秩序を守るため戦っておきながら、歴史に名を残そうとも思わず、実際、無名のままに終わった。世界史には彼らのような、無名の英雄が多数いるのだろうと、最近加夜は思うようになっている。
 昨夜も涼司が遅くまで、難しい書類と格闘していたことを加夜は知っていた。今日くらいはゆっくりとさせてあげたい。
「加夜のおかげだ。スプラッシュヘブンのことを教えてくれてありがとう」
 涼司はそう告げて、加夜の頬に自分の頬をくっつけた。
「そ、そんなことないです。私がワガママで、スプラッシュヘブンに行きたいなって言っただけですから……」
 言いながらもじもじとする。涼司は毎日こんなに忙しいのに、時間を作って加夜を誘ってくれたのだ。
 加夜の水着は白のビキニで、リボンとフリルが付いた可愛いタイプだ。『人妻』というにはキュートすぎるかもしれないが、まだ十代、こういう水着のほうが似合う。
 狭すぎるカップル用だと、胸の鼓動が止まらない。水は冷たいのにのぼせてしまいそうで、加夜はここを出て、ビニールボートに乗ることを提案した。
「そろそろ花火です。ボートでゆったりくつろぎながら眺めませんか?」
「そうか?」
 抱いていた加夜がするりと水から上がるのを、なんとなく残念そうな口調で涼司は追った。
 黄色いボートが波に漂う。夜の時間帯は波の出るプールもボート乗り入れ可なので、ぽつりぽつりと、同様のカップルボートを目にすることができた。
 もちろん、加夜と涼司が乗るものもその一つだ。
 絶妙に狭いボートは、座って乗っても寝そべって乗っても、二人の肌は触れあってしまう。けれどその感覚が加夜は好きだった。もちろん、恥ずかしいではあるけれど。
「綺麗ですよね……?」
「加夜が?」涼司がそんな冗談を口にするのは加夜が相手のときだけだ。
「もうっ、そうじゃないです。花火です、花火」
 加夜が照れながら言ったちょうどその瞬間、雪崩を打つように無数の大輪が空を飾った。どん、どん、どどん、という振動に軽くボートが揺れる。花火には感謝したいところだ。彼女の顔が紅潮しているのに、彼は気づかないだろうから。
 夫婦になったとはいえ、涼司はやっぱり堅いところがあり、加夜もやっぱり、すぐ照れてしまう。でもその慣れない感じが、また良いのだとも言えようか。ずっと恋人同士の気分でいられるから。
「キスしていいか?」
 突然、涼司がそんなことを言うものだから加夜の体温はまたも上昇した。
「ひ、人目がありますので……」
「このプールに限ってはそれほどでもないさ。それに、皆カップルだからそれぞれの相手のことしか見ていない」
「でも……」
「俺たちは夫婦じゃないか」
「夫婦になっても人前は、やっぱり……その……」
 と言ってはいるものの、加夜は目を閉じ、軽く顔を上げていた。加夜の基準で言えばこれはかなり大胆な行動だ。大照れで汗までかいてしまう。
 涼司はそんな加夜の唇に、咬むようなキスをくれた。
 愛されてると感じる。幸せに胸が詰まって、涙がこぼれそうになった。
「今日は誘ってもらえて嬉しかったです。もっと甘えるのは家に帰ってからで……」
 他の人に聞こえないよう、加夜は涼司の耳元に、唇を触れさせて囁いた。