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デート、デート、デート。

リアクション公開中!

デート、デート、デート。
デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。

リアクション


●二人の時間

 本当のことを言うと博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)は、髪を濡らすのはあまり好きではないのだ。なぜって髪がふわふわになってしまうからである。いわゆる天然パーマの傾向にある人であれば、この気持ちがわかっていただけるだろうか。
 だからプールといっても大喜びはしないのだけれど、今回ばかりは別だった。なにせスプラッシュヘブンでのデートを提案したのは、他でもない博季の伴侶、リンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)だったからだ。
「もうリンネちゃんも二十歳だもんね! デートのひとつくらい、どーんと計画してみせるんだよ!」
 と、元気に言い放ったリンネは、新調したという目にも鮮やかなターコイズブルーの水着で登場した。2ピースではあるがビキニの形状とは違い、背中とお腹も覆うタイプである。だがおへその上辺りで隙間ができるようになっており、そこがなんとも健康的かつセクシーだったりする。鮮やかなその色はリンネの瞳の色と調和しており、肌の色にもよく合っていた。これを見て博季は、あまりの可愛さ、そして綺麗さに息を呑んでしまったということも忘れずに書いておきたい。
 さてこのリンネと対になるようなグリーン地の水着で、博季はいま彼女と、手をつないでいた。
「だ、大丈夫……だよね」
 リンネの肩が微妙に震えている。
「大丈夫ですよ。基本は、さっきのウォータースライダーと同じです」
 それを包み込むように博季は答えるのだ。
 カップル用のウォータースライダーを何度か遊んだ後、二人はその上級レーンへと向かい、現在その順番待ちをしていた。こちらのスライダーもやはりカップル用でボートに乗って滑るのだが、こちらはあきらかにスタート地点の高さが違う。しかも傾斜もかなりある。普通レーンのものでもスピードもスリルもあるのだから、こちらを試せばどうなるやら予想も付かない。
 やがて彼らの順番が来た。
 入口に近づくと、ごうごうと滝のように水音が強烈である。普通レーンも音はうるさかったがこちらはあきらかにそれ以上だ。
「絶対手を放さないでね」
「え、なんて言いました?」
「絶対手を放さないでほしんだよー!」
「もちろんです!」
 声を上げないと会話も難しい。入口近くでこれなのだから、実際に滑ったらもっと轟音に包まれることになるだろう。
「うわー……怖いけどがんばるんだもん!」
 いよいよボートに腰を下ろし、威勢良くリンネは宣言したがどうも、小鳥のように肩が震えているのがわかった。
「じゃあ、こうしましょう」
 博季はそれをみていてもたってもいられなくなり、左手を繋いだ状態で、右腕でリンネの肩を抱いた。
「博季ちゃん!?」
 言葉がよく聞こえるよう、彼女の耳にくっつくくらい唇を近づけて博季は囁いた。
「任せて下さい。『魔法のことなら大魔法使いリンネちゃんにお任せだよ』と言いますが、同様に『リンネさんのことなら僕にお任せを』です」
 きゅ、とリンネの手に力がこもった。
 そしていよいよ二人のボートは、薄暗いスライダーに突入したのだ。
 あっという間に急加速、風音と水音と滑走音、それらが渾然一体となってなにも聞こえなくなる。リンネが大きな声できゃあきゃあと、無邪気にそして嬉しげに叫んでいる声もそこに混じっていた。
「……す、滑ってる途中って音が凄いから、何言っても聞こえないよね?」
 ここまでずっと我慢していた想いを、叫ぼうと博季は決めた。
「リンネさん、愛してます!」
 最初は当然これだ。それに、
「綺麗です! 今日の水着姿は特に綺麗です!」
 堰を切ったようにとまらなくなり、言葉が次々と博季の口をついた。
「リンネさんのいいところならいくらでも言えます! 寝顔が可愛い。笑顔が素敵です。頑張る姿が魅力的……」
 いくらでも出てくる。面と向かって言うと照れてしまうから、これはいい機会だ。
 まさか聞こえてはいまいが、リンネは頭を博季に押しつけてきた。
 速度は高まる。ウォータースライダー内のこだまも高まる。風が水が、容赦なく顔にあたるが冷たくて爽快だ。
 そして――――光!
 光が溢れた。
 ボートが外に飛び出したのだ。出口がジャンプ台になっていたらしい。二人を乗せたボートは隼のように翔んだ。
 つづけて水の世界が爆発する。着水したのだ。
 博季は水中で瞬きした。
 一瞬、まばゆい水と光の中で見たあれは幻だろうか。気のせいだろうか。
 水中で見えたリンネは彼にとって、これまでにないほど素敵に見えた。決して誇張ではなく彼女が人魚姫のように思え、自分とリンネが絵本のなかの一場面にいるかのように感じたのである。
 いや、幻なんかじゃない。
 だってリンネは博季の腕のなかにいるのだから。
 博季はリンネを抱き寄せ、夢中でキスをした。だってそれが、絵本のラストにはふさわしいように思えたから。
「リンネさんはいつも僕を夢中にさせてくれる。
 リンネさんはいつも僕に幸せをくれる。
 だから僕もリンネさんにお返ししたい。
 これからもずっと……」
 これは博季の心の声だ。リンネは「わかってるよ」とでも言いたげに目を閉じた。
 抱き合い、唇を重ね合ったまま二人は、水の外、つまり光と音に溢れた世界へと浮き上がっていった。

「うわ、賑やか! 人一杯! そしておっきい!」
 琳 鳳明(りん・ほうめい)は息を呑んだ。大きい大きい、聞きしに勝る、これがスプラッシュヘブンか。パラミタよ、これがプールだ、といった漢字だ。
「さすがパラミタ最大級だねっ」
 と言って鳳明は同行者を振り返った。
「ユマさんはこういうトコ初めて?」
「え……はい」
 ユマ・ユウヅキ(ゆま・ゆうづき)は鳳明以上に、この光景に驚いているようだ。
 この日、ユマをプールに誘ったのは鳳明だった。鳳明が選んだ水着は若草色のビキニ状、腰にはパレオを巻いている。水着には中華風の模様が入り、パレオにもまた、金色の刺繍が入れられている。生命力に満ちたデザインで、見ているだけで元気になれそうである。
 一方でユマは、白いワンピース水着だった。無地ではなく、ところどころ菫色のラインが入っている。また、胸には可愛らしいリボン飾りがついていた。全体的に控えめで楚々とした様子があるが、その可憐さがユマに似つかわしいようにも見えよう。
「よし、じゃあ全アトラクション制覇しちゃおっか!」
 と告げて鳳明はユマの手を引いた。ユマはただただ圧倒されたような顔をして、それでも鳳明の導くままに歩き出す。鳳明に任せておけば安心、そう考えているように見えた。……実は鳳明も初めてだといういことは内緒である。
 肉体的に裸に近い格好になることが、そのまま心をさらけ出すことになるとは限らないが、そういう不思議なことはままあるものだ。最初は堅かったユマも、鳳明と水につかって遊ぶうち、すぐにその緊張はほぐれた様子で、自然に笑みがこぼれるようになった。
 流れるプールで遊んだ。二匹の鮎になったように泳いだ。
 波の出るプールで遊んだ。高波をかぶり、抱き合うようにして波の中もがいて笑いあった。
 ウォータースライダーで遊んだ。ユマは「目が回ります」と言って鳳明が驚くほどはしゃいだ。
 恋人同士用のミニプール(どう考えても抱き合わないと二人で入れない)を見て、「あれは何ですか? 行ってみます?」とユマが無邪気に訊いてきたので、これには鳳明のほうが困ってしまった。
 ……そうして、
「えっと、私はダージリンティーで」
 ユマがウェイターに注文を終えた。
 二人はビーチサイドカフェに来たのである。鳳明の注文はチョコレートパフェだ。。
「ユマさんは甘い物苦手?」
 と言って鳳明は、頬についたホイップクリームを指で拭い唇で含んだ。
 ユマは所在なさげに、あまりビーチサイドらしくないティーカップをスプーンでかきまぜている。砂糖もミルクも入れないというのに。
「苦手というか、あまり慣れませんので」
「うーん、それ、もったいないと思うんだよね」
「もったいない?」
「そう」
 ひとさじスプーンでパフェをすくって、鳳明はユマに差しだした。
「私と間接キスになっちゃうかもだけど、それがイヤじゃなきゃ食べてみない? 食べたことないんでしょ?」
「食べたこと……ありません」
「……色々見て、感じて、出会って、話して、もちろん味わってもみて……『自分』ってそういうモノの積み重ねだって思うよ。今日はさ、目一杯遊んではしゃいで、私、今まで見たことのないユマさんをたくさん発見したよ? ユマさんにしたって、自分でも知らなかった自分、たくさん見つけられたんじゃないかな?」
 ユマは、はっとしたような顔をして瞬きした。
 鳳明は、今日初めて見るような真面目な表情をしている。
「あ、ちなみに私には『資格がないから』とかそういうの通用しないからね!? ユマさんがそう思ってたってどこにでも連れて行くし、ついて行くよ」
 ここまで告げて鳳明は笑み崩れた。
「だって友達だもん。楽しいのもツライのも分かち合ある。それが、友達だもの。
 私も答えを探してくからさ、一緒に楽しんだり悩んだり、笑っだり苦しんだりしてこう? 答えはきっと見つかるよ」
「はい」
 ユマは口を開けた。あーん、というやつである。
 鳳明がその口に、白いクリームを差し入れる。
「甘くて冷たくて……美味しい、ですね」
 ユマ・ユウヅキは笑った。そして彼女は言ったのだ。
「注文、いいですか? ……私もチョコレートパフェ、一つお願いします」
 
 胸がキュンキュンなのである。ちくちくちくとハートビートが弾けるのである。
 エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)の小さな手を包むようにして握る神代 明日香(かみしろ・あすか)は、まさしくそのキュンキュン状態なのである。
 だって今日のデートは、エリザベートが誘ってくれたものなのだから。
 エリザベートがとくに怠惰というわけでもないが、二人のデートはほとんど、明日香が発案して明日香がエリザベートを誘うという経緯を踏まえたものばかりだった。具体的にいうなら「今日はあのお店に行ってみたいんですけどどうですか〜?」と明日香が言い出すのが定番だ。ところがどういう風の吹き回しか、今回はエリザベートが積極的にこの場所に来たがった。
「え〜、普段はぁ、誘われるばっかりなので〜」
 理由を聞くとそういうことらしい。単なる思いつきのようだ。けれど明日香にとってはルンルンウキウキ、嬉しい思いつきなのは言うまでもない。
 エリザベートは新作の水着だ。彼女の髪色にマッチした水色と白のチェック柄のワンピース、スカート状になったフリルと、タンクトップ風にしつらえた肩紐がなんとも可愛らしい。
 明日香も同じ路線で揃えてみた。栗色と白のチェック地でフリル飾りをあしらっているが、こちらは2ピースで背とヘソのあたりは出ている。お姫様風のエリザベートと比較するとメイドのイメージに近いが、それでも可愛らしさでは負けていない。エリザベートと明日香が並んでいるところを見る者があれば、迷わず二人が連れであるとわかってくれるだろう。
 泳げない彼女たちだが、足がつくと判っている場所ならリラックスして遊ぶことができる。
「回しますよ〜」
「回してくださぁい」
 まずふたりは、ごく浅い流水プールに、浮き輪を浮かべて楽しく遊んだ。浮き輪の真ん中にお尻を入れて一人が乗り、もう一人がこれを押したり回したりするのである。そもそも触れなくたって小舟みたいに流れるのが良い。たとえ落ちたところで、足がつくので安心だ。現在はエリザベートが浮き輪状態だが、ときどき交替してしばしたわむれた。
 ところが途中で事件発生、なんと突然、この穏やかな楽園に渦潮が現れたのである。
「え〜!」
 ちょうど明日香が浮き輪番だった。のんびり回転していたはずの浮き輪が、洗濯機に放り込まれた見たいに急回転したのだからたまらない。目だって回る。なお悪いことに溺れる危険すらある。
「だめですぅ〜!」
 明日香の危機に身を張ったのは、エリザベートだった。普段ならエリザベートがトラブルに遭い明日香が救うのがパターンだが今日は逆、エリザベート・ワルプルギスは浮き輪に飛びついて回転を止め、渦潮に足を取られないよう明日香ごと浮き輪を引っ張ってプールサイドまで逃げ延びたのだった。
 足が付くプールで大げさな……というなかれ、泳げないエリザベートと明日香にとっては、まさしく命懸けの大冒険なのだった。
「ありがとう、エリザベートちゃん! ありがとう!」
 明日香はひしとエリザベートに抱きつき、
「えへへ、いつもは助けてもらってるんだからこれくらいなんでもないですよぅ」
 抱きつかれたエリザベートは、明日香の背中をぽんぽんと叩きながら照れ笑いしている。
 そんなこんなしている間に、渦潮が止まった。
「……あれ?」
 そしてその中央部分から、ざばと一人の少女が浮かび上がった。
「リュウたちこっち来なかったのか……。しまった、渦潮作戦失敗だぜ〜」
 セレン・ヴァーミリオンは濡れた頭髪を手櫛ですいて、ざばと水から上がりターゲットを探しながら去っていった。
「なんだったんでしょう……あの方は?」
 言いながら明日香は、まだ抱きついた腕を解かない。
「なんだったんですかぁ〜?」
 言いながらエリザベートも、抱きつかれたまま嬉しそうな顔を崩さなかった。