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デート、デート、デート。

リアクション公開中!

デート、デート、デート。
デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。

リアクション


●お嬢さん、ご用心!

「見ててねー」
 と、飛び込み台から芦原 郁乃(あはら・いくの)は手を振った。
 少し下のプールサイドで、「はい郁乃さまー」と秋月 桃花(あきづき・とうか)が手を振り返す。
「じゃあ行くよー!」
 えいやと飛び込み水柱あげて、爽快な気持ちで郁乃が水から上がり、桃花の姿を探すと、
「郁乃様……!」
 いつのまにか桃花が、数人の男に取り囲まれ声をかけられていた。チャラいという言葉を使うしかない若者たちが、「ねえ名前なんてーの?」「どこから来たのー?」などと口々に桃花に声をかけている。どこにでもいるような手合い、すなわちナンパ男だ。「胸おっきいねー」と破廉恥きわまりないことを言う男もあった。本日スプラッシュヘブンはカップルがたくさん、とはいえカップル以外入れませんというわけではないので、こういうのが湧いて出るのも仕方がないと言えば仕方がない。
「クッ! 虫除けの結婚指輪も効果なしか!」
 郁乃は牙を剥くような表情をした。桃花とゆったりまったり二人きりの時間を楽しむ予定なのになんてことだ。
 だが事情はわかる。郁乃にもわかる。郁乃だって桃花には夢中なのだ。桃花は怒気をあらわにして「やめてください!」と声を荒げるタイプではない。こんな状況になってもちょっと恥ずかしげにしてるところが、またなんとも色っぽいのである。しかも桃花はまるで意図せずこうなのだ。然悩殺兵器だよねと郁乃は思ったりもする。
 水から上がったばかりでびしょ濡れのまま、郁乃はつかつかと近づいて桃花の手を取ると、
「行こっ!」
 とナンパ男包囲網を破って恋人を救い出した。
「郁乃様、怒ってます……?」
「怒ってないない。束になってかからないと女の子に声もかけられないナンパーメンたちには腹立つけど、桃花には怒ってないよ」
 にっこり笑って郁乃は言った。
「ウォータースライダー、やってみようか?」
 もちろんカップル用のものだ。
「二人で滑りたいって事でしょうか……?」
「いいよね?」
 桃花は照れくさそうに、「はい」と小声で言った。その可憐さもたまらないではないか。これで、ナンパ男たちへの不快な感情は消し飛んだ。郁乃は上機嫌で言ったのである。
「準備OK!? いっくぞ〜〜っ!!」
 ボートに腰掛けて手は桃花と、指を絡めてカップルつなぎ。これ以上何を望むことがあろうか。
 ぎゅんぎゅん速度が増し、黒い洞窟のようなスライダー内をボートはひた走る。このレーンは傾斜はゆるいほうらしいがそれでも結構な迫力だ。風切って水飛沫立てて二人は声を上げた。
 一番大きな水飛沫は最後だ。いきなり明るくなったかと思いきやプールに、二人は投げ出されるようにして着水したのである。
「あ〜、気持ちいい〜! 楽しかったね、桃花」
 ふう、と髪をかきあげ立ち上がった郁乃であるが、うおおと仰け反ってしまったのはその一秒後だ。
「あ……あう……郁乃さま〜」
 桃花が涙目でおろおろしていた。なんということか、彼女のブルーラインの白いビキニ……そのブラが、どこかに行方不明なのである。手を繋いで滑ったのがまずかったのだろうか。忽然と消え失せており、桃花はそのたわわな胸を、一生懸命腕で隠していた。
「さすが桃花……って感心している場合じゃない!」
 ちなみに郁乃もチェック柄のビキニだが、きわめて流線型(なだらかともいう)なボディーゆえ水着が危ないことになる危険性はまるで低いということだけは書いておこう。郁乃がきょろきょろと水着を探しはじめたそのとき、
「い、郁乃様……!」
 またも桃花から救いを求める声がした。反射的に顔を上げると、
「あらさっきの子、水着どしたの〜?」
「へへ、いい眺めじゃ〜ん」
 と、ずらずら四人ほど、さきほどのナンパ男チャラオーズが、どこからか再出現して桃花を取り囲もうとしているではないか。
「だから邪魔すんなぁ〜! そもそも、エチケットというものがないのあんたらは!」
 怒気露わにして郁乃は、光の速さで桃花の元へ帰還した。彼女をかばうようにして立ち、男ども(皆一様に金髪みたいな茶髪という没個性ぶり)を睨め回す。
 このとき郁乃の肩に手をかけ、チャラ男の一人が実に不用意な発言を行った。
「おー。妹さんも一緒でいいよ」
「誰が妹よーっ!!」
 発言とボディタッチで役萬決定、そのご褒美は郁乃の拳だ。
 すなわち、鉄・建・制・裁!
 ぐわと声を上げてチャラ男は吹き飛んだ。虚空の彼方因果地平まで飛んでも構わないところだが、そこまではいかず無様にぼちゃんとプールに落ちる。
「なんだこのガキ!」「女だと思って甘く見てたら舐めやがって!」
 呆れるほど安っぽい台詞を吐く連中に対し、
「テメぇら恥ずかしくねぇのか!!」
 雷鳴のような大喝、腹の底から出したであろうその声に、男どもはすくみ上がった。
 声の主が、素足で水につかった。
 水着を着ている。波羅蜜多実業の公式水着。だがその上には、裏地が真っ赤な長ランを羽織り学帽を斜めにして頭に乗せていた。
「その様子からしてパラ実生だな。だったら俺のことくらい知ってやがるよな」
「生徒……会長……」
 チャラ男の一人が低い声を洩らした。その様、蛇に睨まれたカエルのようである。
 そりゃあそうだろう、荒くれ者が集う波羅蜜多実業高等学校の、泣く子も黙る生徒会長にしてロイヤルガード、姫宮 和希(ひめみや・かずき)の姿を目の当たりにしたのだから。
「女二人に男四人がかり、おまけにその下卑た発言に行動だ。恥を知れってんだ恥をな」
 和希が大股に近づいてくると、男たちは縮み上がった。
「すまねぇお二人さん、波羅蜜多実業(うちのガッコ)のモンが迷惑かけた。ほら! お前らも頭下げねえか!
 和希が頭を下げ男四人を叱咤すると、学生たちは慌てて謝罪したのである。
「……いえ、いいです。気にしてませんから」
 このときブラを見つけあたふたと身につけつつ、桃花は穏やかに返事した。
「桃花が気にしてないってんなら私もいいよ。まあ実害はなかったしね」
「ありがてぇ。だが、とはいっても言葉だけで侘びってわけにもいかねぇ」
 和希は振り向くと、
「お前ら全員坊主刈り! ……と言いたいが今日はこれで強制帰宅だ。ほら、きりきり歩け」
 波羅蜜多生は不平でも言うかと思いきや、よほど和希が怖いのかすごすごと一列になって歩き出した。
「途中で逃げ戻らないよう、少佐殿が送ってくれるからな」
 呵々大笑して和希が言った。
「え? 少佐殿……?」
 最初にぶん殴られたチャラ男が顔を上げた。その眼前に、
「私だ」
 あまりにも恐ろしげな容貌の軍人が立ったので、チャラ男は顔の痛みも忘れすくみあがった。
 痩せて背が高く、引き締まった体つきの軍人だった。この暑いのに国軍の制服を着込んでいる。彫りが深く鋭い眼光だけでも恐れるに十分だが、その顔右半分が、赤黒く焼けただれていることが彼の顔を不動明王のように凄まじいものにしている。加えて右の目は、黒い眼帯に隠されていた。
「国軍のユージン・リュシュトマである。任務によりこの会場を警らしている」
 初老といってもいいほどの年配だが、チャラ男が四人がかりでしかも手に鉄パイプを持っていたところで、この男には勝てないだろう。
 少佐の左右にも軍人の姿がある。リュシュトマ少佐の正補佐官董 蓮華(ただす・れんげ)、そして蓮華のパートナースティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)だった。彼ら二人についてはまた本稿後半で、触れることになるだろう。
「丁重に会場外へお連れせよ。抵抗すれば武器の使用も許可する」
 リュシュトマが告げると、蓮華、スティンガーは並び敬礼してチャラ男たちを連行していった。
「君たちはバカンスを楽しみたまえ」
 少佐に言われ郁乃は敬礼して、
「はい、ありがとー」
 と、深々と頭を下げる桃花の手を取った。
「さあ、じゃあ仕切り直しに焼きそばでも食べに行こうよ!」
「はい」
「夜の花火も楽しみぃ〜」
 二人は去っていく。今日はたくさん、思い出を作ることだろう。
 改めて和希は少佐に告げた。
「少佐、まずはせっかくのイベントに水を差してしまったことを、パラ実生の一人として謝りたい。連中も激しく反省したはずだ、同じことを繰り返させないぜ」
 少佐は黙って聞いているが、和希は彼が多弁でないのを知っている。口を挟まないということは、少佐の場合首肯しているに同じだ。
「ま、真のパラ実生なら多勢を恃んでちょっかい出したり邪魔する暇があれば、自分一人の手で幸せをゲットしに行く気概が欲しいよなぁ」
 肩をすくめて和希は、ほんの少し少佐と立ち話をするのである。
 和希には少佐に報告したいことがあった。
「ちょっと前だが正月に、『ザナ・ビアンカ事件』の舞台になった村を訪れたんだ。復興が進んでいるのを確認し、俺ができる範囲で手伝いもしてきたぜ。まだまだシャンバラ各地に中央の目の届いていない場所や、困っている場所があるだろう。そういった地域にはこちらから出向いていって状況を見たり、現地の要望を聞くのが大事だからな」
「姫宮君が自主的に活動していることは聞いている。本来国軍がやるべきことだが、手が回らず、任せてしまった。すまない。いずれ公式に礼もしたい」
「よしてくれ、礼がほしくてやってるんじゃねぇからさ」
 照れくさげに和希は言うと、
「礼より行動だ。また協力できる時はよろしく頼むぜ」
 と気さくに言って右手を差しだした。
「済まんが私は握手の習慣を持たない」
「……人に利き腕を預けるほど自信家じゃない、ってやつか?」
「いや」
 リュシュトマは、右手の白い手袋を外した。
 顔同様に焼けただれた手がそこに現れた。
「握ったら、痛むのか?」
「いや、もう痛みはない。ただ、君が気味が悪いだろうと思ってな」
「んなはずないさ」
 和希はしっかりと彼の手を握った。
 ……このときの握手が後に大きな意味を持つことになるとは、このときの和希は夢想だにしなかった。