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モヒカンと無法者の町のお話【3】

「……で、みんなが遊んだ後片付けは私たちがやることになったってわけ? まあいいけど」
 早々と町の中心部までやってきていた緋柱 透乃(ひばしら・とうの)は、半ば呆れた表情で辺りを見回す。一体どこにこれだけの数が潜んでいたのか、怒り狂ったモヒカンたちが彼女らを取り囲んでいた。
 実のところ……。美緒が想像以上にすんなりと救出されたのは、町中のモヒカンたちがこの戦場に集結していたからなのであった。
 モヒカンたちを上手くかわしながらアジトに侵入した救出班たちとは違い、透乃はキングの噂を聞きつけ純粋に戦闘を楽しむために特に小細工もなしにやってきた。キュートでセクシーなルックスに迸る闘気。すさんだ町並みに透乃は目立っていた。モヒカンたちが注目し一直線にわらわらと出現するのは当然のことなのであった。そんな連中をとても真面目に迎え撃つ透乃。他の人たちが戦わなかったのだから仕方がない。……というか、歓迎すべきなのか? とにかく、暴れまわるモヒカンたちを全部片付けることになったってわけだ。
 弾ける肉片、迸る血しぶき。すでにゴミくずとなったモヒカンの残骸が死屍累々と地面に転がっている。これまでの激しい戦闘を物語っていた。 
「う〜ん、子分たちはちょっと微妙かな……。モヒカンにしてはやるってレベルだけど、言うほどじゃないわよね」
 妙に強いモヒカンたちがいると聞いていた透乃は物足りなさそうな目つきになった。その彼女の視線の先に、ひときわ巨大なモヒカンが仁王立ちで佇んでいる。
 こいつがキング……。この町の悪党どものリーダーだ。悪のボスらしくアジトに引きこもっているかと思いきや、軍勢を率いて戦いにやってきていた。いい心がけだ。
「取り巻きの雑魚たちが鬱陶しいですね。さっさと片付けてしまいましょう」
 傍で様子を見ていた透乃のパートナーの緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が、ほんわかと笑みを浮かべる。
 本当は、最愛の配偶者である透乃とのんびりと夏のバカンスを楽しみたかった陽子だったが、まあたまにはこんな休暇もいいのかもしれない。何よりも透乃がいきいきとしてるのを見るのは嬉しいことだ。
「子分たちは私が引き受けますので、透乃ちゃんはキングさんへ一直線で行きましょうね」
「……緊張感ないわね。でもまあ、私もいつまでもぬるいことやってるつもりないから、そうさせてもらうわ」
 根が真面目な透乃は、これまで雑魚モヒカンであっても一人ずつ丁寧に対処していた。かかってきた敵対者は殺すまで攻撃をやめずに徹底的に潰しつくす。接近して殴る。スキルや武装によって物理、魔法、状態異常に対して強い上に自然回復能力もある上に、一撃の破壊力ももっているため、それらを活かして基本的に敵の攻撃はよけずに、あえて受けながらのごり押し。だが、そのおかげでずいぶんと無駄な時間をとられてしまっていた。数が多いのでプチプチ潰していては日が暮れてしまう。一気にカタをつけるとしよう。
「ヒャッハー!」
 一呼吸おいて、モヒカンたちがいっせいに襲い掛かってきた。
「……」
 透乃はとりあえず雑魚は放っておいて、一瞬でキングに接敵する。相手も、動いた。
「……!」
 ゴッ! と打撃音が響くよりも早く、キングの豪腕が透乃に命中していた。巨体からは想像できない尋常ではない動きだった。防御無視で挑む透乃は敵の拳をまともに食らって後方に吹っ飛ぶ。
「……うん、悪くないじゃない」
 即座に体勢を立て直した透乃は、満足げに微笑んだ。打撃が命中した箇所がヒリヒリと痛い。油断していたわけじゃない。キングは彼女の期待に答えるほど十分に強かったのだ。
「楽しく殺せそう。でも、おまえまだ遊んでるでしょ。本気だそうよ」
 ペロリと舌なめずりした透乃はキングに飛び飛びかかっていく。
 激しい戦闘が始まった。

「……くくく、想像以上に頑張るじゃないか、あの女ども」
 崖の上から透乃たちの戦いを見下ろす人影があった。この島を新たに基地にしようと目論んでいたドクター・ハデス(どくたー・はです)であった。
「あのキングはもうかつてのキングではない。オリュンポスの誇る人体改造の秘技をふんだんに詰め込んだ悪魔の怪人なのだ。レアメタル『大王土』の力による改造手術により、通常の1000倍の力を得たモヒカン怪人。並の契約者では歯も立つまい……フハハハハ!」
 勝ち誇った笑い声をあげるハデス。この島にたどり着いた彼はこの町のモヒカンたちすらも手なずけて、我が物顔で振舞っていた。”キング”やモヒカン軍団と勝手に仲間になるなり【優れた指揮官】で指示を出し、みすみや契約者たちを迎え撃つ準備を整えていたのだ。そう、彼こそがこの島の真の王なのであった。
「我がオリュンポスの秘技を盗もうと企む産業スパイどもめ。悪の手にかかり、無残に土に帰るがいい」
「……産業スパイなんていないと思いますけど」
 ハデスの誇大妄想には付き合いきれないと言った表情で突っ込みを入れるのはパートナーの少女高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)。いつも通りに巻き込まれてしぶしぶ付き合っていたが、そろそろシャレにならなくなるところだ。ハデスを引っ張って帰るなら今だろう。
 そんな彼女の心配もよそに、ハデスは高らかに命令を下す。
「さて、新怪人”キング”の性能を評価するためにも、オリュンポスの旧型改造人間サクヤにも出撃してもらおうか!」
「あの……、その前に、キング負けちゃったんですけど」
 戦いを楽しみ殺戮を堪能する鬼神と化した透乃の攻撃に、オリュンポスの新怪人キングは粉々に粉砕される。取り巻きの子分モヒカンたちも、陽子が的確に葬り去っていた。
「……さて、飽きたし、帰るか」
 少しはやるようだな、とハデスは身を翻す。1000倍のパワーは計算間違いだったのかもしれない。
「また会おう、契約者諸君! フハハハハハハ……!」
「きゃああああああああああっっ!?」
 ハデスの高笑いと咲耶の悲鳴が同時に響いた。
 あたり一面に飛び散る真っ赤な血しぶき。
 いつもの得意げな悪役笑いを満面に浮かべたまま……。
 ハデスの首は、胴から切り離されていた。
「帰るなんてつれないわね。血の海の海水浴にきたんだもの。(首)ポロリもあるのよ」
 胴体から離れたハデスの首をつかんだまま、うっそりと笑みを浮かべたのは透乃のパートナーの月美 芽美(つきみ・めいみ)であった。
 楽しい楽しい夏のバカンス。モヒカン達の血祭りパーティーにやってきていた芽美は、前身であるバートリ・エルジェーベトの頃から残虐行為にいそしんでいた。彼女が何より好きなのはあくまでも一方的な殺戮行為。曇天の隠気も用いてできるだけ気づかれないように動き、交戦状態に入ってもできるだけ隠れて戦況を観察し、弱ったり戦意を喪失した与し易そうな奴を見つけたらすかさず殺しに行きまた隠れる。快楽殺人鬼としてレジャーを楽しんでいたのだが、ちょうどモヒカンたちも狩り尽したところだった。こんなのも悪くない。
「あ、あ……」
 あんまりのことに硬直する咲耶の胸に、芽美はずぶりと腕を突きたて埋め込んだ。
 ブシャシャシャ……! と噴出す血を浴びながら、彼女は満足げに笑う。
「ああ、無抵抗の相手を殺すって最高よね」
 そう言う芽美に、崖下からキングを殺しつくした透乃が笑顔で手を振っている。
「まあまあ面白かったし、後は何して遊ぼうか……」
 少女たちも、この島でのバカンスに満足したようだった。


「……くくく、こんなこともあろうかとダミーの身体を用意しておいて正解だった」
 残念ながら(?)、ドクター・ハデスはまんまと逃げ出していた。なにしろ年季が違う。こんなところでどうこうなる彼ではなかった。
この島での研究ももう終わりだろう。不法占拠していた掘っ立て小屋に別れを告げ、ハデスは咲耶と共にこの島を離れようとする。
「この島には、予め秘密の抜け道を作っておいたのだよ。……さらばだ、正義の契約者諸君、また会おう。フハハハh」
 ズボリと、ハデスと咲耶は落とし穴に落ちていた。かなり深い。
「……。……むう、こじゃれた真似を」
「お仕事お疲れ様であります。あとは土の下でゆっくりしていってね」
 ハデスの落ちた穴を覗き込んだのは、モヒカン退治の仲間たちと共に島にやってきていた葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)だった。ハデスの到来を予期していた彼女は、これまでのハデスの行動から逃走経路を予測し探し、出し落とし穴を掘って待ち構えていたのだ。これほどまでに上手く引っかかるとはすがすがしい。
「くくく……猪口才な。これしきのことでオリュンポスが滅びるとでも思って」
 ドドドドド……!
 持ちうる限りの能力を駆使し穴から脱出しようとしてくるハデスを狙撃する影があった。吹雪のパートナーの鋼鉄 二十二号(くろがね・にじゅうにごう)は、容赦なくミサイルポットで射撃してくる。
「おおおおお……!」
 再び穴の底に戻って行くハデス。
「兄さん……、どうするんですか、これ? みなさん本気で怒っているみたいなんですけど」
 正座して達観した口調の咲耶。ああ、終わりました……。彼女の表情はそう言っていた。
 穴の上で吹雪がぱちんと指を鳴らすと、猫車に大量の土を積んだ下忍たちが出現する。ドサドサドサ……、と穴に土がかぶせられた。
「ちょ……ま、待つのだ、話し合おう。こ、これは本格的にシャレにならn」
 見事な手際で、穴はどんどん埋まって行く。ハデスは、地底へと消えていった。
「綺麗な花が咲くといいわね」
 ぱんぱんになるまで土の盛られた穴をコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が多脚装甲車で踏み固めて這い出てこれないように仕上げた。これで悪が再び目覚めることはないだろう。
「終わったのね……」
 事件を見届けてみすみがやってきた。
「みすみんもお疲れ様であります。これで事件は一件落着でありますよ」
 いい仕事をし終えた吹雪はみすみを迎え入れる。
「そちらも、種もみを取り戻したようでありますね」
「おかげさまで。モヒカンたちを全滅させてくれたし、美緒さんも助けてもらったし、後は無人の廃墟から種もみを探し出すだけだったわ」
 みんなに感謝します、とみすみはもういちどぺこりと頭を下げる。
「種もみを……」
 みすみから種もみを分けてもらった吹雪は、ハデスの眠る土に丹念に植えつける。
「いい苗が生えるでありますよ」
「そんなところに蒔いても芽は出ないと思うけど……」
「実るでありますよ。この下にはハデスたちが眠っているのでありますから……」
 吹雪は抜け道の隙間から覗く空を見上げた。
 その視界の先には、土へと帰っていった悪の顔が明瞭に浮かび上がっていた。

 どいつもこいつもむちゃしやがって……。

 ○

 かくして、トコナッツ島での無法者の町の事件は終わった。

「汚物は消毒です!」
 モヒカンたちが滅び去り無人となった廃墟の町に、隠岐次郎左衛門 広有(おきのじろうざえもん・ひろあり)が、次々と弓を放つ。対イコン用に、爆弾をつけた矢を発射する弓、『対イコン用爆弾弓』の威力は小さな町を粉砕するのに十分だった。
「いや〜、花火大会まで催されるとは、他のレジャーに負けず劣らずのアミューズメントパークだったよ、ここは」
 町を破壊して回っていた空賊のフィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)は、最後の見世物とばかりに絨毯爆撃を敢行する。着陸して、シリンダーボムや機晶爆弾を投げまくったあとは、砂煙とともに崩れ去って行く廃墟を遠めに眺めるだけだ。
「よくわからない事件だったね。僕はきっと今日の出来事を忘れないよ。……まあ多分、五分くらい」
 町が更地になったのを確認すると、フィーアはくるりと身を翻す。
 その彼女の視線の先に、事件終結のパーティーを開こうと迎えにきたルカルカたちの姿があった……。
 
「私たちの夏のバカンスは、これからよ!」

<FIN>