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リアクション
三話 客引き御膳(1900円)
「メイド喫茶バーボンハウスで〜す! 可愛いメイドさんがあなたをご奉仕! 楽しいメイド喫茶ですよ〜!」
レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)はメイド服姿でぴょんぴょんと跳ね回る。
跳ね回っているその姿と翻るスカートのおかげで、店の周りを通り過ぎようとしていた人たちが足を止めて人だかりが出来る。
「レキ、あんまり跳ね回るとスカートの中が見えちゃうアルよ」
チムチム・リー(ちむちむ・りー)はのんびりした口調で注意を促す。
チムチムもそのふかふかな身体をメイド服で包んでおり、なにやらゆるいマスコットキャラのような容姿が通行人の目を引いた。
「バーボンハウスって目の前の店?」
人だかりの中から男が訊ねてくる。
「はい! 料理も自慢の一品をお出ししてます、是非ご来店ください!」
レキがニコッと笑うと数人の男の顔が緩む。
「りょ、料理ってどんなのがあるのかな?」
「あ、えっとですね……口じゃ説明しきれないから絵を描きますね……はい、どうぞ!」
レキはそう言うと、メモに絵を描いて見せてみるが──一体どれが皿でどれが料理でどれがテーブルなのか分からない代物が描かれていた。
「なにそれこわいアル」
チムチムが感想をもらしていると、
「おらおら! 邪魔なんだよてめえら!」
人だかりを掻き分けてごつい身体の大男がレキたちの前に立つ。
「こんなところで客引きしていいと思ってるのか! 誰の許可もらってやってんだよ! 所場代払えや所場代!」
「役所からは許可もらってるアル、おまえにくれてやる銭なんか一文も無いアルよ」
「んだとこのマスコット野郎! 上等だ! いますぐその店真っ平らにしてやるよ!」
「やれやれ……聞き分けのない人アルね。お〜いエヴァルトちゃん、出番アルよ〜」
チムチムが店の方に向かって声を上げると、
「ようやくか! 待ちくたびれたぜ!」
声が聞こえるのと同時に何かが着地した音が辺りに響くと、光学迷彩を解き、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が姿を現した。
「て、てめっ! どこから湧いて出た!」
「あ? 天井裏にいたんだよ! 接客できないならトラブルが起きるまで待機してくれって楊霞に言われてな!」
「エヴァルトちゃん、その困った人は任せるアル」
「おうよ、任せとけ」
「ざっけんなよ! てめえみたいなのが俺に勝てるわけ、ねえだろうがっ!」
男は叫ぶなりエヴァルトに向かって全力で拳を振るうが、
「遅いっての!」
エヴァルトの後に出した拳が男の腹にめり込み、拳の勢いは死んでしまい、男は膝をついて腹を押さえる。
「俺はなぁ……虫が苦手なんだよ……特にムカデとか足が無意味に沢山ある奴が気持ち悪くてよぉ……楊霞に何度も虫はいないかって確認して、渋々屋根裏にいたんだぜ?」
エヴァルトは突然愚痴をこぼしながら、男を仰向けに寝かせると男の両足を両脇でガッチリと抱え込んだ。
「それなのに! やっぱりいたんだよ! ダンゴムシとかムカデとかそこらじゅうによぉ!」
エヴァルトは叫びながら男をハンマー投げの要領で振り回し始め、ジャイアントスイングような状態になり、
「あああああああああああああああ! 思い出しただけでも気持ちわりぃぃぃぃ!」
大声で叫びながらエヴァルトは男から手を離し、男は建物屋根を飛び越えて見えなくなってしまい、しばらくすると大きな着水音が響いた。
周りのお客たちも、お〜、と歓声を上げ拍手を送る。
「ありがとうアルエヴァルトちゃん、さあ、お客さんたちお店の中にご案内するアル。興味のある方ついてくるアルよ」
そう言ってチムチムは店の方へ歩き、興味を持った客たちが店の中へと流れていった。
バーボンハウスから少し離れた広場。
ユーリ・ユリン(ゆーり・ゆりん)とフユ・スコリア(ふゆ・すこりあ)が店の宣伝をしていた。
「バーボンハウスで〜す! よろしくお願いしま〜す!」
ユーリが大声で宣伝していると、男たちが数人集まってくる。
「ほら、スコリアも客引きしてよ!」
「客引きって、お店に行くように促せばいいんだよね?」
「うん、そうだよ」
「それじゃあ……みんな〜、バーボンハウスに来てくれないと……石化させちゃうぞ?」
「それはダメだよスコリア!」
ユーリは思わずツッコミを入れる。
「え? ダメなの?」
「もっと可愛らしくポップな感じで宣伝しないと!」
「うん分かった! みんな〜バーボンハウスに来てくれないと爪と肉の間に針通して、そのまま引っぺがしちゃうぞ☆ にゃん☆」
「怖いよ!」
ユーリは反射的にスコリアの頭をチョップしていた。
スコリアも頭を擦りながらユーリに向かってむくれ始める。
が、男たちの表情は軒並み笑顔だった。
「お嬢さんたち面白いね〜。漫才師?」
「はい!」
「いや、違うよ!?」
そのやり取りで男たちは笑い出すと、ユーリは火がついたように顔を赤くする。
「もうスコリアは私の言葉に続いてくれるだけでいいから」
「うん、分かった〜」
ユーリはスコリアの了承の言葉を耳にすると、男たちに向かって満面の笑みを見せる。
「みなさ〜ん! メイド喫茶バーボンハウスに是非ご来店くださ〜い!」
「来てくれないと爪を……」
「爪はもういいから!」
再びチョップが振り下ろされ、男たちの笑いも一掃大きくなる。
「いや〜面白いものを見せてもらった! そのお店行ってみようかな」
男が一人その言葉を口にすると、次々に俺も俺もと声があがる。
「あ、ありがとうございます!」
「ほら、客引き大成功だね」
「う〜ん……微妙に納得できない……」
ユーリはそんなことを言いながらも頭を下げ続けた。
「ねえ……私のお店に来てくれない?」
春夏秋冬 真菜華(ひととせ・まなか)は科を作ってニッコリと微笑むと、男たちに近づいていく。
「来てくれたら、たくさんサービスしてあげるけど……どうする?」
「さ、サービスっていったいどんな……?」
一人の男が訊ねると周りで話を聞いていた男たちは生唾を飲み込む。
真菜華はそんな男たちを見て、クスクスと笑い始める。
「もう……こんなところで、そんなこと言わせる気? ……エッチ」
「はう……!」
男たちは頭を下げるように前屈みになる。
「それで、どうするの? 来てくれるの?」
「は、はい! もちろん行かせていただきます!」
「そう……ありがと」
真菜華はパッと明るい表情を浮かべる。
「それじゃあ団体様ごあんな〜い!」
真菜華は空飛ぶ魔法で男たちを宙に浮かせた。
「さあ、行きましょう?」
「ちょ……サービスってこういうこと!?」
「他にどんなサービス期待してたの? ただのメイド喫茶に変な期待しすぎですよ? ご主人さま」
真菜華は楽しそうに笑みを浮かべながら宙に浮いた男たちを引率していった。
パートナーと客引きに来ていたセリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)は数人の男たちに絡まれていた。
「おまえたちは……お客じゃないな?」
「んだとコラ……?」
「俺らのどこかお客に見えないってんだよ? ん? お姉ちゃんよぉ……」
眉間に青筋を浮かべながら男たちはセリスを睨み上げる。
セリスは男だが、端正な顔立ちとメイド服姿のせいで勘違いしたのだ。だが、セリスは特にその件について言及することなく睨み返す。
「……目を見れば分かる……お前たちを店に案内するわけには……いかない」
「ああ? てめえの店は客選ぶってのかよ?」
「妨害目的の客は客とは呼ばん」
「セリスよ、それ以上言葉を尽くしても無駄だろう」
そう言ってセリスの影から出てきたのはマネキ・ング(まねき・んぐ)だった。
「んだよ、この気味悪ぃの……」
「失礼な奴らだな……そんな貴様らでもこんな人の目がつくところで手を挙げるのはいささか気が退ける」
「んだとこの骨董品野郎!」
「ふぅ……よかろう相手をしてやる! さあ行け! セリスよ!」
「……いやだ」
「なに!? どういうことだ!?」
セリスの予想外の返事にマネキは大きな目玉をギョロッと動かした。
「……俺の今日の仕事は……メイドさん」
「いや! 理解はしているが……!」
「何だてめえ、人に頼って口ばっかかよ?」
「む……よかろう……そこまで言われたら我が直接相手をしてやろう」
「上等だこらああああああああああああああああああ!」
男たちは怒声を上げて、マネキに殴り掛かる。
それと同時にマネキはヒプノシスを男たちに仕掛けた。
「ぐ……てめえ……汚いぞ……」
男たちはまぶたをゆっくりと下ろし、その場に倒れ込んでしまう。
「随分こすい手を使うんですね」
現場を見ていたユリエラ・ジル(ゆりえら・じる)はため息をつく。
「む! ユリエラ、貴様どこから……! 買い出しに行っていたのではないのか?」
「そうですよ、ここを通ったのは偶然です」
そう言ってユリエラは買い物の袋を見せるとセリスの姿を見て、無言無表情で親指を突き出してみせる。
「それで、どうするんですか? 関係ない人まで寝ているようですが?」
「む……?」
マネキとユリエラが視線を向けると、そこにはたまたま道を通ろうとしている人まで眠りに落ちていた。
セリスは黙って通行人を肩に担ぎ、
「店に連れて行こう……客引き成功だ」
「それは客引きというのだろうか?」
「さすがセリス様、素晴らしい手際です」
「それじゃあ……行こう」
セリスは両脇に人を抱えて店に戻り、二人も後に続いた。