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汝、己が正義に倒れるや? ~悪意の足跡~

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汝、己が正義に倒れるや? ~悪意の足跡~

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第一幕:執事から学ぶ正しい警備の方法

「助かったよ。さすがに整備されてるといっても夜は獣が怖いからねえ。お嬢ちゃんもありがとよ」
「それじゃあ、気をつけて」
「またね!」
 祭りを目当てにやってきた人の警護をしていたレオナーズ・アーズナック(れおなーず・あーずなっく)アーミス・マーセルク(あーみす・まーせるく)に向き直ると「お疲れ」と声をかけた。
「ワタシ、本当に疲れたわよ」
「俺もだよ。主に精神的に」
 彼らの気持ちも理解できようというものだ。なんといっても脱走した野盗を警戒しての警備だというのに、それらしき人物は見当たらず不審者もいはしない。することと言えばちらほらとやってくる旅人や行商人の警備ついでの話し相手。同じことの繰り返しだった。それになにより――
「この方法で正しいのかな?」
「いいんじゃない? いろんな人と話すのは楽しいわよ」
「それは俺も同じ意見だけどね」
 特にほかの街の話を聞くのは楽しいものだ。
 たまに家族自慢を延々と聞かされることもあるが……それはそれで楽しいことである。少なくとも二人は警備をしつつも楽しんでいた。
「それでも警備対象が多すぎる。さらに言えばあの人たちみたいにはできない」
「誰よ?」
 アーミスはレオナーズの視線を追う。
 そこには執事風の人物がいた。
 清泉 北都(いずみ・ほくと)モーベット・ヴァイナス(もーべっと・う゛ぁいなす)の二人だ。終始笑顔なのが印象的である。
「あの青髪の人、ずっと周囲に気を配っている感じがする。みんな気付いてないみたいだけど。たぶん不安を感じさせないようにしてるんだね」
「プロじゃない……伊達に執事してないわね」
「執事関係あるの?」
「あるんじゃないの?」
 二人が話している間にも清泉たちは次から次へと人々の護衛をしていく。
 時折、街道から外れて丘の方へ歩んでいくのは高い場所から広い範囲を見渡すためだろう。夜とはいえ街灯の周囲に不審な人影があるか否かは確認できるはずだ。目の前のことだけでなく全体のことを考えている証拠でもある。
「すみません、ちょっといいですか?」
 レオナーズは二人に近寄ると声をかけた。
「僕に何か用かな?」
「ええ。正しい警備のやり方でもご教授願えればと」
「と言われてもねぇ……」
 清泉は困ったように頬をかいた。
「我らはいつも通りにしているだけだからな。特にこれといって何かを意識して行動しているわけじゃない。警備にしても素人みたいなものだ」
 淡々と話すモーベットに清泉が続く。
「モーちゃんの言う通りなんだよねぇ。だから参考にするなら僕たちよりもあっちの人たちの方が適任かもね」
 清泉が手で促した先には端正な顔立ちをした男性がいた。
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)だ。彼は道行く女性を見かけては声をかけている。よくよく見れば花を一輪、相手の女性に手渡しているようだ。その様子を見る限りでは、彼は女性向けの酒場にいる人にしか見えない。女性と一緒に歩いて行く場合とそうでない場合があるが、一人歩きをしている女性限定で付き添っているようだ。どうやら危ない目に遭いそうな人を優先的に護衛しているようである。
「警備している人が多い気がして不安ですわ」
「私も心配だわ。悪い人に襲われてしまったらどうしましょう」
「大丈夫だよ。君たちのことは俺が守るから」
 素敵な笑顔である。相手の頬に赤みが差しているように見えるのは気のせいではないだろう。傍から見たらナンパにしか見えない。
 だがそれは先刻の通り間違いである。彼は弱い人を優先的に守っているのだ。

 エースの様子を観察していたアーミスがレオナーズに言った。
「ダメだからね?」
「なにが? っていうかあんなの俺には真似できないよ」
「それならばあちらはどうかな。エースのパートナーだが警備を学ぶなら彼の方が良いだろう」
 モーベットの示した先には柔和な物腰の青年がいる。
 エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)だ。彼は子連れの家族を中心に警備をしているようだ。
 懐かれているのか、エオリアの周りには子供が集まっていた。
「これー!」
 子供が手にした団子をエオリアに見せる。
「よかったね。お父さんとお母さんにお礼言うんだよ」
「ありがとー!!」
 微笑ましい光景である。
 エオリアが家族を送ったあと、エースが彼に近づいた。
「調子はどうだい?」
「悪くないかな。特に問題もないし……目新しい情報もないけどね」
「それはこっちも同じさ。あちらさんも同じみたいだけど」
 エースはこちらに歩んでくる清泉たちに視線を投げかけながら言った。
「それでなんでこっち見てたのかな」
「エースの口説きっぷりがすごいなあってね」
「違うよ!? ただ僕は警備の参考にと……」
「俺たちよりもっと参考になる人がいるよ」
 エースはレオナーズに言うと茶屋の方へと促す。
「誰かいたかな?」
「きっとお姉さんたちのことだと思いますよ」
 エオリアの言葉になるほどとモーベットが頷いた。
「どんな人なのよ?」
「そうだねえ……ノリのいい人かなあ?」
 清泉の返答にアーミスは笑みを浮かべる。
 どうやら気が合いそうだと思っているようだ。