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「魔法は専門外……とは、もう言っていられませんね」
 
 手にした欠片を眺めながら、叶 白竜(よう・ぱいろん)が呟いた。
 超獣と巫女アニューリスを同化させていた”珠”が、真の王を名乗っていたアールキングにまつわるものだと判っている以上、その魔法的な効果を無視は出来ない。
「それは良いけど、こっち手伝ってくれても良いんじゃない?」
 そうやって、真剣に眉を寄せていた白竜に、溜息交じりに世 羅儀(せい・らぎ)が声をかけた。
 地下の遺跡に下りている二人は、調査団を手伝って、遺跡の最終チェックや、運搬などの際に出たごみの撤去などを行っているところなのである。祭りへの参加の意思が見えない白竜に、羅儀は手にした箒にもたれて、はぁ、と何度目かの溜息をついた。
「いいよなあ、上は。お酒とか、女の子とか……楽しいだろうなあ」
 ぶつぶつ言っている羅儀をよそに、白竜は「そちらの様子はいかがですか?」と、通路の奥へ声を投げた。
「例の刻印の影響は、残っていないみたいですねぇ」
 黒い月の刻印がなされていた壁をなぞったエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)が呟いた。刻印そのものは、削り取って別に封印をかけて保管されているが、現場にその影響が残っていないかと案じられていたが、それは問題ないようだ。
「土砂の撤去は完了していますから、後は細かい発掘作業や、修復だけですわね」
 鈴が応じると、『ソフィアの瞳』調査団のリーダー、クローディス・ルレンシア(くろーでぃす・るれんしあ)が後を引き取った。
「かなり古い遺跡だからな、多少手間取るだろうが……通行だけなら、四時間ぐらいで可能になると思う」
 その声がどこか弾んでいるのに、調査団サブリーダーであるツライッツ・ディクスの苦笑する声が重なった。
「正直言えば、クローディスさんには、まだ休んでいてほしいんですけどね」
 超獣と同化していた巫女の魂と、リンクで繋がっていた時にかかった負担は相当のものだったはずだが、その疲労も何も、遺跡を見ただけですっ飛んだ、と言って聞かないのだ。
「こんな調査しがいのある対象を前にして、休めと言うのが酷だろう」
「全く、貴方って人は、いつもそればかりなのだから」
 と、唐突に、やや興奮気味なクローディスをからかうような声がした。スカーレッドだ。
「お疲れ様です」
 後に続いて頭を下げたルカルカに気付いて、エリザベートが「あ」と声を上げた。
 その声に気付いて手を振ったルカルカに、エリザベートは近付くや否や、早速とばかりカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)の腕によじ登って椅子代わりにすると、その目線の高さに満足げにして、ふうと息をつくと「あなたもこちらに来ていたのですねぇ」とルカルカに笑いかけた。
「お仕事ですかぁ? ご苦労様ですぅ」
「エリーもね。ご苦労様です」
 エリザベートの言葉に、ルカルカも敬礼しつつ笑い返して、その頭を軽く撫でながら、こっそり内緒話のように顔を近づけて「終わったらお祭に行きましょ」と囁いた。
 途端顔を輝かせるのに、つられるように笑みを深めながらも、少々残念そうに、その場にいない人影に肩を竦めた。
「アーデも来れれば良かったのに」
 もしかすると、記憶を取り戻したことで、不調なのではないか、と心配げにするルカルカに、エリザベートは「仕方ないですぅ」と溜息をついた。
「大ババさまには、他にやることがありますからねぇ」
「やること?」
 ルカルカが問いかけようとしたが、丁度ドームの準備が終わったと知らせが入った。
「さて、私もやることをやらないとですねぇ」


「最終チェック完了しました。特に問題は無いようですわ」
「もっとも、手がかりも見つからなかったっスけどね」
 鈴と、調査団員の報告を受け、クローディスは頷くと、ディバイスを振り返った。
「ディミトリアスと交代できるか?」
 その言葉に頷いて、クローディスの傍に駆け寄ろうとしたディバイスだったが、不意に、その袖を掴んだ手があった。タマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)だ。
「どうしたの……?」
 戸惑う様子のディバイスに、タマーラはぎゅっとその手を握り締めた。
「あの人の手……伝えて欲しい」
 その言葉に目を瞬かせたディバイスだったが、その真剣な眼差しに意味を悟ると、こくんと頷いて、タマーラのその小さな手をぎゅっと握り返すと、ゆっくりと目を閉じた。そうして、ディバイスの体が、淡い光に包み込まれる、その僅かな瞬間の後、小柄な少年とは似ても似つかない青年が立っていた。
「……」
 目を開け、握っていた手を離すディミトリアスは、その手から何かが伝わったのか、一瞬、悲しいような苦しいような顔でタマーラを見つめ返すと、吹っ切るようにしてクローディスの立つドームの中心へ歩み寄ると、早速とばかりに手にした錫杖をゆるりと持ち上げると、空いた手を中空に走らせて、呪文だろうか、独特の軌跡で指を走らせると、それを追う様な光の帯がくるりと石柱を囲い、八本のそれが淡く何かの文字を輝かせると、一瞬ドームを包むような光の壁が現れたかと思うと、直ぐにそれも見えなくなった。どうやらそれで、結界は張り終わったらしい。
「なるほど、聞いていた通りですねぇ」
 エリザベートが呟くように言った。一つ一つの柱が独立した意味を持ち、その繋げ方と、付加要素によって術として機能させるのが、彼らの術の形態である。単純ではあるが、その分応用も効くようで、結界程度ならそれほど手間が掛からないのだろう。念の為結界の具合を確かめてから、さて、とクローディスはディミトリアスの肩を叩いた。
「ありがとう、とりあえずの君の仕事は終わりだ。ここはいいから、外で祭を楽しんで来い」
「だが……」
 唐突な勧めに、軽い戸惑いを示したディミトリアスだったが、何のかんのと理屈をつけるクローディスに、半ば強引に外へ出て行った。その首を捻りながら遠ざかる背中を見ながら、エリザベートはそっとクローディスを見上げた。
「……もしかして、追い出したんですかぁ?」
 エリザベートの問いに、クローディスは不敵な顔でにっこりと笑う。
「余計な気を使わせるわけにもいかないからな。何より話が進まなくなる」
 最後の一言は、身も蓋も無かったが、実際その通りでもあったので、誰からも異論は上がらない。
「彼の性格上、恐らく最初に言っていた通り、超獣の件が解決したらディバイスから出て行くつもりだろう。だが……」
 ディミトリアスは既に死亡し、魂だけの存在だ。ディバイスに憑依するまでは、超獣の封印の要として繋ぎとめられていたが、そこから離れてしまえば、拠り所の無い魂は存在し続けられないだろう。
「それに”アルケリウスと共にけじめをつける”と言っていたあたり、自分から封印を言い出さないとも限らない。そこで、だ」
「何か、方法があるんですか?」
 意味深な笑みに関谷 未憂(せきや・みゆう)が問うと、クローディスは頷いて、「あてが無いわけじゃない」と言いつつ取り出したのは、砕けた水晶のような欠片だ。アルケリウスの媒介となっていた、珠の欠片の内の一つだろう。どす黒く染まっていたはずのそれは、色こそ変わってはいないが、禍々しさは感じられない。
「調査の結果次第では、何とかできるかもしれない」
 その言葉に、ちらりと物言いたげに見上げ、自分の袖を引くタマーラに、ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)が「ちゃんと分かってるわよぉ」とぱちんとウインクして見せ、その頭を優しく撫でた。
「このまま、にはしておけないものね。ディミトリアスも、それから……アルケリウスのことも」
 その声に混じった複雑な響きに、タマーラは僅かに目を細めたのだった。