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黒の商人と封印の礎・後編

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黒の商人と封印の礎・後編

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 塔の最上階では、黒ずくめの男が、部屋の中心にある祭壇に髑髏を捧げていた。
「あと少しの辛抱だ、エーデル……」
 祭壇の中心に儲けられたくぼみに、髑髏がかちりと音を立てて嵌まる。すると、髑髏はぼんやりと淡い光を放ち始めた。
 男は、祭壇の正面に据えられた装置に目をやる。棺を縦に置いたような長細い箱は、髑髏が光り始めたのにシンクロするかのように、淡く光を放っている。
 あの中には、男の恋人が眠らされている。
 しかし、それももう終わり。
「さあ、クロノ。お父さんの悲願を叶える時です」
 黒の商人はにたりと口元を笑みの形に歪める。
 クロノと呼ばれた少年は、無言のまま静かに商人に歩み寄る。商人はクロノの肩を抱き、装置の前へと連れて行く。
 商人が装置の扉に手を掛けた。その時。

「ちょっと待ちなさいっ!」

 凛とした声が響き渡る。
 商人は一瞬動きを止めると、やれやれと言わんばかりに振り向いた。
 そこには、四階を抜けてきた契約者達。今の声の主はセレンフィリティだ。
「ねえ、良いの? 愛する人を取り戻すために、他の誰かを傷つけて、誰かの大切な人を奪って――」
「そんなことを、あなたの愛する人は本当に望んで居るのですか? 自身のエゴの為に多くを傷つけたその手を自分の大切な人を抱きしめるんですか」
 セレンフィリティの震える声を、真人が引き継ぐ。
 しかし商人は顔色を変えない。
「あなた方には解りませんよ、私の想いなど――そこで静かに見て居なさい」
 いっそ穏やかなほど静かに言って、商人はふっと右手で宙を撫でた。途端、見えない何かがセレンフィリティ達を襲う。
 きゃ、と悲鳴を上げてはじき飛ばされたセレンフィリティを、セレアナがすぐに抱き留める。
 何とか吹き飛ばされることは耐えた真人も、すぐには動けない。
 商人の手が装置へ伸びる。
 そこへ斬り込んだのはレリウスだった。
 逵龍丸を手に飛び上がり、龍飛翔突の勢いを利用して商人との間合いを一気に詰めた。
 これは流石に無視できまい。案の定商人はクロノの肩に置いていた手を離し、レリウスの武器を止める。しかし、その一瞬があれば充分だった。
 体勢を立て直したセレンフィリティが、両手に持ったヴァイス、シュヴァルツ両方の銃から弾丸を放つ。商人相手にはほんの牽制にしかならないが、牽制で充分だ。オーバークロックで思考速度を上げた真人が、ブリザードを放つ。レリウスがすかさずクロノを庇う様に突き飛ばし、自分も待避する。
 とと、とバランスを崩してたクロノはたたらを踏み、商人から少し距離が開く。
 その隙を逃さず、飛び出した影がひとつ。エースだ。エースだけでなく、四階のゴーレムたちを倒した面々が次々と、この階へ上がってきている。
 エースはクロノをしっかりと抱き留めると、そのまま逃げるように促す。クロノはあたふたとして居たけれど、半ば無理矢理引き剥がす様にして、階段の方、つまりは味方達の方へと連れて行く。
「返しなさい、彼は新たな人柱だ」
 すると、商人の顔が途端に険しくなった。無造作に手を振るうと、見えない力が辺りの契約者達を一気に吹き飛ばす。吹き飛ばされる者、なんとか踏みとどまる者と様々だが、いずれにせよ攻撃の手は止まって仕舞う。その間に、商人はつかつかとエースの方へと歩み寄ろうとする。
 しかし、すぐに体勢を立て直したセレアナとレリウスが、それぞれの手に槍を携えて商人に飛びかかる。
 商人は羽虫でも払いのけるかのような動きで二人を打ち払うが、その間にエースはメシエと共に、クロノを部屋の一番反対側まで連れて走った。そして、エースとメシエだけで無く、グラキエスやハイラル達が取り囲むようにして立ち、クロノを守る。
「私の邪魔は誰にもさせない」
 商人は掠れた声で呟くと、クロノに向かって駆ける。真人がサンダーブラストで足止めを狙うが、サッと商人が手を一つ振ると、荒れ狂う雷はどこかへ消えてしまう。
 セレンフィリティが二丁拳銃で砲火を浴びせ、レリウスとセレアナの槍がひらめく。商人はひらりと身を躱し、或いは正面から受け止め、打ち払う。
「あなたの考えは理解出来る。ですが、認める訳にはいかない」
「あなた方に認めて貰う必要などない! 私には彼女が必要だ!」
 真人が魔杖シアンアンジェロを振りかざす。再び稲妻が商人を襲うが、先ほどのようにかき消されてしまう。
 消耗戦が続く。

■■■■■

「むにゃ……はっ、寝て居ませんのよ!」
 イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が、突っ伏していた本から顔を上げた。

 時は少しだけ遡る。
 階上へ向かうという北都達と分かれた源鉄心、佐野和輝、そして夜刀神甚五郎達は、地下の書庫を再び探索して居た。
 塔の基本的なメカニズムこそ解ったものの、膨大な資料のほんの一部しか調べ切れていない。もしかしたら、まだ何か大事なものが眠っているかも知れない。
 鉄心のパートナーのイコナと、甚五郎のパートナーのホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)の二人が中心となって、古文書の解読に当たっている。
 イコナにはティー・ティー(てぃー・てぃー)が、ホリィにはブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)がそれぞれ付き添って、世話を焼いている。草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)は一人で書庫の中を調べて回っていた。
「魔道書を舐めるでないぞ」
 そう言いながら禁書『ダンタリオンの書』も解読に取りかかって居るが、綴られている文字そのものに対する知識の有無が解読速度を分けているようだ。
 アニス・パラスが『ダンタリオンの書』の後ろで光術の明かりを灯していて、それだけが唯一の光源だ。
「資料の選定をイコナに任せるしか無い、っていうのがちょっと心配だな……」
 はは、と鉄心が苦笑いを浮かべる。そのイコナは、ティーにやれ肩が凝っただの音楽が聴きたいだのと我が儘を申しつけていた。ティーは一々献身的に言うことを聞いているのだが、どうも納得が行かないという表情だ。
「大丈夫だ、ホリィもおる」
「リオンもな」
 和輝と甚五郎、二人の言葉にそうだな、と頷いて、鉄心はまだチェックして居ない本を丁寧に選別していく。
「何か、成り立ちの儀式などに関するものがあれば、別の方法として提示できるかもしれん。他の封印の方法とかが解ればいいんだがな」
「そうだな……何か解るといいんだが」
 ホリィの元に本を運ぶ甚五郎の言葉に頷きながら、和輝はいくつかの本にサイコメトリを試してみる。古代の文字は読めなくとも、少しは何か解るかも知れない――と思ってのことだ。
 数冊試してみたが、伝わってくるイメージはどれも断片的だ。
 溢れかえる魔物。絶望にくれる人々。水晶髑髏。塔。人柱の女性。
 この塔がナラカへの道を封じるためのものだ、ということは、先ほど調べた文献や、ジョーカー=エーデルの証言からもはっきりしている。だから、魔物が溢れかえっている場面というのも理解出来る。ナラカへの道が出来てしまい、魔物が溢れた。それを封じるために、塔と水晶髑髏、そして人柱が存在する――つじつまは合う。
「新しい情報はでてこない、か……」
 しかし諦めず、和輝が次の本へ取りかかろうとした時。
「あの、これ、ココ見て下さい」
 声を上げたのはホリィだった。
「何だ? ……いや、ワシらには読めんのか。読んでくれ」
「えっと、要するにですね、この塔はナラカへの道を封じるものなわけですけど、どうやら、先にナラカへの道があったみたいなんですね」
「そりゃ、そうだろうな」
「大事なのはここからですよ。どうやらナラカ側に、道を維持するための何かしらの装置があるんじゃないかと、そう書いてあるんです。つまり、それを壊すことさえ出来れば、道は無くなって、この塔も、つまりエーデルさんもお役御免なんですよ!」
「なるほど……!」
 ホリィの言葉に、一同が色めき立つ。
「……あの、でも、どうやってナラカに行くんでしょう……」
 しかし、ティーがぽつりと呟いた言葉に、また静かになってしまう。
「道ならあるではないか、ここに。ここは、ナラカへの道を封じる塔、なのだろう?」
 羽純がさも当然の様に胸を張って答えるが、ティーは冷静に続ける。
「でも、帰って来られなくなっちゃいませんか?」
「……それは、そうだの」
 うーん、と一同は黙ってしまった。
――でも、きっと何か方法があるよね。ね、和輝。
 アニスがちょいちょいと和輝の服を引き、テレパシーで伝える。和輝はそうだな、とアニスの頭を撫でた。
「とにかくこの情報は上に伝えよう。ここで俺達だけで考えていても埒があかない」
「では、情報の伝達には私が行ってきます」
 和輝の言葉を受けて、ブリジットが素早く階段を駆け上がっていった。地下室からだと、上の階へ電波が届かないのだ。
「……ところで、和輝、残った本なのだが」
「勝手に持ち出すなよ」
 『ダンタリオンの書』がきらきらした目で和輝に問いかけるが、しかし和輝は低い声でそれを諫めた。
「しかし、ここに置きっ放しにするのは勿体ないでしょう。イルミンスールなりで研究して貰えば、もしかしたら安定した運用方法が発見できるかもしれない。そうすれば、エーデルさんを解放する方法が見つかるかも」
 『ダンタリオンの書』の言葉をフォローするような鉄心の言葉に、なるほど、と和輝は頷くが、当の『ダンタリオンの書』は不満そうだ。それでは私が自由に読めないでは無いか、とぼやく声が聞こえてくる。
「ひとまず、今は上にいる皆さんに任せるしかありませんね――」
 ティーが祈るように天井を仰いだ。