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黒の商人と封印の礎・後編

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黒の商人と封印の礎・後編

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 突然の事に、一瞬場の時間が止まる。シェーデルと竜造に肉薄している者はにらみ合いを続けるが、そうでない者は手早く着信の内容を確認した。
 そこには、地下書庫から発見された新たな情報が記されていた。
 つまり、ナラカ側の設備を破壊すれば、道は閉じられる――と。

「なるほど、そういうことか」
 いち早く情報を理解したダリルが、つかつかと商人の元へ歩み寄る。
「ナラカ側に、この道を作り出す設備がある。それを破壊すれば、この道は消えるんだそうだ」
「――それは」
「聞こう、シェーデル。お前が最も望むことは、エーデルの解放か? それとも、エーデルと二人で過ごすこと、か?」
 冷静なダリルの視線と言葉とに、商人は言葉を失い、黙り込む。
「お前がそれでもなお、エーデルと二人で過ごすことを望むなら、俺達はお前を止めなければならない。だが、お前がエーデルの解放を心から望むなら――解るな」
「おい、惑わされんなよ商人さん。折角恋人が解放されても傍に居られなきゃ意味がねぇだろ?」
 ダリルの言葉をうけて黙り込んで仕舞ったシェーデルに、竜造が檄を飛ばす。しかし、シェーデルは動かない。
 竜造は、こうなりゃ力尽くで装置を、と得物を振り上げる。
「待って下さい」
 と、進み出たのはロアだった。
「あなたの望みは、あなた自身がナラカに行くこと、ですね? 装置を壊して辺りを混沌に陥れるのが目的では無い」
 ロアの言葉に、竜造はそうだ、と頷く。他人の幸も不幸も関係無い。
「仮にナラカ側の装置を破壊しようとするならば、誰かがナラカへ行かなければならない。その時に、一度道は開かれる。あなたの望みは、それで達成されるでしょう」
「……」
 フン、と竜造は吐き捨てて、得物を収めた。
「そしてシェーデル君」
 もう彼には装置を破壊する意思はなさそうだと判断して、ロアはシェーデルに向かい合う。
「あなたは元々ナラカの生き物だそうですね。それならば、ナラカでも問題無く活動出来るでしょう」
 シェーデルは答えない。それを肯定の返事と取り、ロアは続ける。
「ナラカとパラミタは、固く隔てられているとはいえ、完全に断絶して居るわけではない――いずれ、こちらに戻ってくる手段も見つかるかも知れません」
 その言葉に、シェーデルの瞳が少しずつ、理性を取り戻す。
「我々の誰かが何の準備もなしにナラカへ行けば、それは二度と戻れない事を指してしまう。ですが、あなたはそうではない」
「――ああ、そうだ。そうだな――」
「きっと、エーデル君も待っていてくれることでしょう」
 ふぅ、と、シェーデルが大きく息を吐いた。
 何か憑きものが落ちたような、晴れ晴れとした顔をしていた。

「――解りました。あなた方の言うことを、信じてみましょう」

■■■■■

「道が開かれれば、魔物が溢れてくる可能性が高い。まず、クロノを安全なところへ」
 ロアの指示を受けて、エースとメシエがクロノを四階へと待避させる。
「その――申し訳ないことをしましたね」
 階段を降りていくクロノの背中に、シェーデルは小さく語りかけた。
 するとクロノは振り向いて、ふるふると首を振る。
「父の望みを叶えたいと、望んだのは僕でもありますから――もう、いいんです」
 クロノは儚げに笑うと、エース達に連れられて階下へと降りていった。
「ファーターの願い、か……結局、何だったの?」
「塔の秘密を知りたい――それだけですよ」
 商人はそう言って、自嘲気味に笑う。そしてそれ以上語ることはしなかった。
 契約者達はすっかり、装置の周りを取り囲み臨戦態勢を整えている。いつ道が開いても、溢れてきた魔物を食い止めることが出来るように。
「では――あなた方にはお世話になりましたね」
 シェーデルはすうと目を細めると、帽子を取って、頭を下げた。
 なかなかの美青年だった。
「こんな事を言えた立場ではありませんが――エーデルのことを、頼みます」
 穏やかに言うと、シェーデルはそっと装置に手を掛けた。

 しゅう、と煙が逆巻き、棺のような箱の蓋がゆっくりと開く。中に収められていた肉体をそっと抱き寄せると、シェーデルは彼女の体を契約者達に渡す。
 それと同時に、禍々しい気配が棺の底から渦巻き始める。そして、あっという間に室内は瘴気に満ちあふれた。ナラカの気配だ。道が小さいだけに、ナラカに居るとき程の消耗はないが、しかしそれでも、立って居るだけで疲労してしまう程だ。
 シェーデルの体はゆっくりと、棺の中へと溶けていく。そこがナラカへの道の入り口になって居るらしい。
 複雑な思いで、一同はその背中を見送る。
 しかし、感傷に浸る余裕はあまりない。すぐに異形の魔物達が、道を通ってあふれ出してくる。
 全員、商人との戦闘で相当な疲労を抱えているが、ここで引くことはできない。精神力を、体力を、絞り出す様にして、なんとか魔物を押しとどめる。
 その混乱のなか、竜造は一人ナラカへの道を渡っていった。しかし、そのことに気付いた者は誰も、居ない。

 真人とグラキエスの魔法が、セレンフィリティとダリルの銃撃が、レリウスとセレアナの槍が、ルカの、詩穂の剣が、休むこと無く閃き、踊る。
 力尽きそうになった者にはハイラルが応急処置を施して回り、皆、最後の力を振り絞るように戦う。
 そのうちに――

 爆発音がして、棺型の装置が突然、内部から爆発した。
 シェーデルが、あちら側の装置の破壊に成功したのだろう。
 魔物達を全て倒した後には――

 道が破壊された拍子にはじき出された竜造だけが、装置のあったところで舌打ちをして居た。