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クライム・イン・ザ・キマク

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クライム・イン・ザ・キマク

リアクション


<part1 暗躍>


 とあるキマク市内のアジト。部屋の中は薄暗く、蝋燭の炎が青いグラスの影を白漆喰の壁に投げかけている。その影は時折揺らいでは、すうっと伸び、または傾く。
 室内では、そもそもの事件の発端である紅鶴と、彼女を訪ねてきたファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)が、額を突き合わせて密談を交わしていた。
 ファンドラは単刀直入に切り出す。
「あなたが開発していると噂の魔法薬が完成したら、是非私に売って頂きたいのです」
「ふうん。それはそれは、どうしてだい?」
 紅鶴は黄金のキセルを吹かしながら問うた。キセルの先端からは甘ったるく毒々しい煙が巻いている。
「良心を消す魔法薬とは素晴らしい。私もその薬を使って暗殺者集団を創りたいと思っています」
「……で、見返りは?」
「魔法薬と同じ重さの金。そして、魔法薬が完成するまで、上園さんとかいう少女を敵の手から守りましょう。どうやら不逞の輩が、上園さんを救出に来ようとしているようですから」
 紅鶴はファンドラの体をじろりと眺め回す。
「ま、そこそこ腕は立ちそうだねえ。……よし、乗った。研究室はこっちだよ」
 紅鶴に案内され、ファンドラは部屋を出た。その後から辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が付き従う。
 三人は禍々しい輝きを持つ床の廊下を進み、幾つもの階段を下りて、広々とした研究室に入る。
 そこにはたくさんの寝台が据えられ、被検体の人間が昏睡状態で寝かされていた。巨大な鍋からコポコポと気泡が沸き起こり、魔法薬の異臭が漂っている。壁沿いに置かれている、計器、遠心分離機、コンピューター、攪拌機。
 試験管を振って実験をしているのは小さな女の子。上園 エリス(かみぞの・えりす)だ。
 彼女の研究を手伝うため、白衣をまとった研究員たちが五人ほどいる。紅鶴が雇った人材だ。皆、死んだような目をしていて、顔も青ざめていた。
 エリスの周囲や部屋の入り口には、黒服の男女が何十人と控えている。随分と重々しい警戒。黒服たちは、拳銃、軽機関銃、カタナ、鞭などで武装していた。
 紅鶴が紅の唇を引いて、猫撫で声で尋ねる。
「嬢ちゃん? 少しは研究は進んだかい?」
「う、うん……」
 エリスはデスクの上に乗っているビーカーに視線をやった。ビーカーには紫色の液体が入っている。
「ほら、誰か臨床実験をしな」
「はい」
 研究員の一人がうなずき、ビーカーの液体を注射器に入れた。寝台に拘束具で縛りつけられている弥涼 総司(いすず・そうじ)へと近づいていく。
「やめろーっ! ぶっ飛ばすぞー!」
 総司は暴れる。彼は他の被験者と違い、捕獲されたばかりでまだ意識があった。紅鶴の入浴を覗こうとして捕まり、実験台にされてしまったのだ。
 研究員が総司の腕に魔法薬を注射する。総司の抵抗が止まった。口から唾液と泡が溢れ出し、眼球が恐ろしい速度で回転する。そして、総司の目が据わった。
「うおおおおおお!」
 拘束具を引きちぎって飛び上がる総司。
「乳尻太腿おおおおおおおおお!」
 叫びながら、紅鶴に飛びかかってくる。
「元気のいい子だねえ」
 紅鶴は手刀の一撃で総司を床に沈めた。
「ま、こんな感じさあ。今のところ、良心を消すといっても全体的に消しちまうのが困りものでねえ。こんなケダモノみたいな殺し屋じゃ、使いにくいったらありゃしない」
「……なるほど」
 ファンドラはつぶやいた。
「じゃ、頼んだよ。しっかり見張っていておくれ」
 紅鶴が研究室を出て行く。研究員たちが総司を再び寝台にくくりつけた。
 ファンドラが刹那に告げる。
「私はこの部屋を担当しましょう。刹那さんは通路をお願いします」
「承知したのじゃ」
 刹那はうなずいて、通路へと向かう。
 それらの一部始終を、エリスは悔しそうな顔で傍観していた。
「……絶対、誰か助けに来てくれるはずだもん!」
 信じて疑わない。だからこそ、エリスは魔法薬が決定的に危険なレベルで完成するのを遅らせていた。