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洞穴を駆ける玄王獣

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洞穴を駆ける玄王獣

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第2章 幻獣捕獲

 洞穴内は、ところどころ地下水で足元がぬかるんでいたり、天井が高かったり低かったり、人が通れるのかどうか微妙な道幅になっていたりしたが、これといって道標になりそうなものもなくうねうねと洞道が続き、分岐が幾つもあり、何の目的もなしに奥へと歩を進めようものなら簡単に迷子になってしまいそうだった。
「広い場所ならいいけど、こんな狭い通路で戦闘になるのはちょっと勘弁してほしいよね」
「そうじゃの」
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)ミア・マハ(みあ・まは)はそう言いながら、狭い通路を体を斜にして通り抜けた。
「はー、難儀やなぁこの道は…」
「まだこの辺りには瘴気がないだけは、助かりますね」
「うぅ、両側から岩が迫るような難所だな。挟まれそうだよ」
「つかえて道を塞いでもらっては困るぞ」
 大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)も。続けて通り抜けていく。
 都合6人が通っていく、その先頭のレキが抱えた籠の中にいるのは茶色い雄鶏。事情が分からないと、なかなかにシュールな光景かも知れない。
 ベスティの幻獣を追って、洞穴を行くのに、レキらと泰輔らの両方がお供に雄鶏を希望したのだ。狙いはどちらもバシリスク対策だった。鶏はオスとメスの2羽いたが、雄鶏となると1羽だけだ。洞穴のどこにいるか分からない、視線で相手を石化させるバシリスクは恐るべき敵であるし、幻獣捕獲という目的、また狙う幻獣も幾らかかぶっているということもあって、2組は雄鶏を共同で借りて同道することになった。
 泰輔はそもそも、中にいるすべての幻獣を捕獲するくらいの心積りでいる。借りた動物は攫われた魔道書の魔力の具現化であり、ゆえに彼の救出に力を貸そうという契約者の意志に助力する。そうパレットに言われている。なので、時折コケコケ鳴いて道を教える雄鶏の導きは、彼らを幻獣に近付けているはずだ。
 少し開いた場所に出たが、そこで突然雄鶏の動きが止まった。
「!」
 全員に緊張が走った。泰輔の『殺気看破』も感知した。何者かが一同に近付きつつある。
(バシリスクか……?)
「雄鶏さん、鳴いて!」
 バシリスクを竦ませるという雄鶏の鳴き声を出してもらおうと、レキが呼びかけた時、軽やかな蹄の音が響き渡ったかと思うと、突然馬の影が駆けこんできた。
「ユニコーンだ!」
 あまりの勢いに、全員が一斉に飛び退く。ユニコーンは額の鋭い角をかざし、鼻息も荒く契約者たちを睨み、かなり興奮している。
「……。私が、行きます」
 最初に動いたのはレイチェルだった。
ユニコーンは乙女に服従するという。それはつまり、獰猛な気質を乙女の、たおやかな寛容さで包むことで、心を開かせるということだろうとレイチェルは解釈した。荒れ狂うユニコーンの気配に息を飲みつつ、その前に立つ。その時。
『コッコクェッココーーーッ』
 雄鶏が一際高く鳴いた。それは鋭く、洞窟内に反響して響き渡る。
「危ない!!」
 泰輔が後ろからレイチェルの手を引き、レイチェルがよろめく。
「バシリスクだ!」
 雄鶏の声を合図と受け、岩陰で鎌首を上げたその姿にいち早く気付いた泰輔は、その頭を向かう線上にいるレイチェルをとっさに引いて退かせたのだった。雄鶏の鳴き声で、相手が一瞬、固まったために、視線の直撃を免れて助かった。
 あの視線の向かう先から逃れなくてはならない。だが、向こうが岩陰にいるため、背後に回るのは難しそうだ。でなくても、二匹の幻獣が同時に現れるとは、予期した以上の難局である。よろけたレイチェルを支えて一瞬、次の動きの判断に迷って逡巡した泰輔の横で、レキが動いた。『漆黒の薔薇』の闇術を仕掛け、バシリスクの視界を遮ったのだ。
「効いた! かな?」
 標的を見定められなくなり、頭を振るバシリスクに、目を向けられぬよう側面からさらにじりじりとレキが詰め寄る。
「レキ、気を付けるのじゃぞ!」
『コケーッ』
 ミアの忠告に続いて、再び雄鶏が鳴く。視界がきかない状況で天敵の声を聞いて恐怖したのか、バシリスクが首を下げ、瞬膜を閉じた。
「今だっ!」
 レキが飛びかかる――
 一方、ユニコーンが角を振りかざして襲い掛かってくるのを、泰輔とレイチェルは慌てて身をかわして避けた。フランツと顕仁はすでに距離をとって構えている。ユニコーンも危険だが、バシリスクの視線も危険だ。果たしてレキたちだけに任せておいて大丈夫だろうか!? 泰輔が振り返ると、
「あれ?」
 バシリスクの影がない。レキはこちらに背を向けて立っている。まさか石化させられたのでは、と焦ったが、
「ミア、目隠し持って来てー」
 レキの声が聞こえたので、どうやら無事捕獲したらしいと分かり、ホッとした。
「無事捕まえたんや。凄いな自分、勇気あるなぁ」
「うん、目さえ隠せば、石化は怖くないからね」
 とはいえ、こっちに背を向けているので、どのように蛇の目を塞いで捕獲したのか分からない。何やら、両手で胸を押さえているような恰好なのが気にかかるが……。しかも、目隠しを持って駆け付けたミアが、悔しそうな目でレキを睨んでいるものだから、余計に頭の中は「?」でいっぱいになるが、
「あ、ありがとう、泰輔さん……私、もう一度やってみます」
 そう言ってレイチェルが身を離したので、
「あぁ、けど気ぃつけや」
 そちらに注意が戻り、結局バシリスクの始末はレキたちに任せることにした。
「ミア、どうしたの?」
 歯ぎしりしているような表情のミアを見て、レキはきょとんとする。――その豊かな胸の谷間には、冠を戴いたようなその蛇の頭が挟みこまれ、はみ出て伸びる尻尾が苦しげにじたばた揺れている。目を塞いで頭を固定してしまえば怖くない、と真正面から胸で『ぎゅっ』と挟んで捕獲したレキを目の前にして、
(わっ、わらわへの当て付けか!?)
 パートナーに比べれば「すっきり」な胸を押さえ、無自覚な彼女を前に一人傷つくミアであった。
「ミア?」
「……。しっかり押さえつけておれよ。目隠しがずれて視線を受けたりすれば大惨事じゃからの」
「うんっ」
 そして、バシリスクは無事、目隠しを付けられ捕縛された。

 この騒ぎの最中も、ユニコーンは額の一角を剣のように構えて、契約者たちにをそれで串刺しにする機を窺っている。気を取り直したレイチェルが、再びその前に立った。
「ユニコーンよ、あなたが怒り狂う必要はないのですよ。
 世界は理不尽に満ち溢れているけれど、あなたの役割は、怒り狂う事ではありませんもの。
 戻っておいでなさい、あなたの元いた場所、どこよりも懐かしい深いところへ帰るために」
 敵意を抱かず、ただ無心に、己の中の一杯の優しさを示して佇み、手を差し伸べる。
 しかし、彼女は自覚していない。――頬に紅が微かに差したまま、消え残っていることに。危険を避けるためとはいえ泰輔に手を引かれてよろけたのを支えられ、奇妙なざわめきが胸の奥にあるのを無自覚に押し殺している。
 対峙したユニコーンは、そんな彼女の頬をもじっと見ているようだった。
 向き合ったまま、数十秒。
 ――やがて、ユニコーンの双眸から、燃え盛るような不穏な色が消えた。レイチェルに敬意を示すかのように、そのこうべを垂れた。



 ハリネズミがもそもそ歩いてきて、ぴたっと足を止める。
 ――アスピスは小型の竜で、音楽が聞こえると地面に耳を押しつけ、もう片方の耳は尾で塞ぐ。これは、自分にとって音楽が心惑わせる弱点になると知っているので、聞こえないように塞いでいるのだと言われるが、それでも地面を刻む重低音が楽局を紡ぎだすと、やはりその蠱惑に魅入られてうっとりと聞き入ってしまうのだ。……と、ベスティの書には書かれている。そのおかげか、ベスティの中のアスピスは、音楽の中でも特にビートを好むような気質になっている。
「やっと見つけた……」
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は、行き止まりの道の奥でその、犬ぐらいの大きさの影を見てほっと息をつく。
 弱点になってしまうほどに音楽に心揺さぶれてしまうという竜。ここには心に触れる楽の根も響きもない。味気なかろう。寂しかろう。
 さゆみは装備してきたエレキギターを抱え、弦をビーンと弾いた。何かを連想したように、アスピスがハッと顔を上げる。
「聴いて、アスピス。あなたのために奏でるわ……!」
 続く、エレキのうねり。やはり装備しているマイクによって音響は増幅され、洞穴内にぎゅんぎゅんと響き渡る。道案内として貸し出されてきたハリネズミは、間近で大音響を聞いて驚き、針を逆立ててボールになって地面に転がる。
(このビート……受け止めて!)
 さゆみは全力で、ビートの利いたロックミュージックを演奏する。最初の一音で固まったアスピスは、今はそわそわとなり、地面に耳を付けたかと思えば、飛び跳ねて離れたりする。音楽好きな本性と、その本性の求めるまま音の波に身を委ねてしまえば“今ある状態”を解除されてしまうという、操られた心との葛藤が、そのようにさせているのだ。
 どうか自分を解放して。音楽を愛する元の心に戻って。さゆみは願いながら、弦をかき鳴らす。今は玄王獣の霊力によって操られているけれども、本当はこの子はとてもハートの熱い、素直な子なんだ。(面識もないのに勝手に)そう信じていた。音楽が好きで好きでたまらない子に、悪い者はいないとも信じている。迸る心が響きとなり、洞窟内に反響しまくり、アスピスはもういくら洗脳の殻を維持しようとしても、音の波から身を守る場所はない。
 いつしかアスピスは、ビートに乗せて体を波打たせ、音楽に狂うように舞っていた。音楽を通して心は通じ合える。さゆみのプレイは加速し、最後のフレーズへとフルスロットルで突き進む。
「アスピス! ラストナンバーを捧げるわ!」


 そこまでの全力の音響が、その場だけで収まるはずがない。洞窟内のかなり離れた場所にまで、それは響き渡っていた。
「うーん、僕の出番かと思ったんだが、ちょっと遅すぎたみたいだね」
 一応アスピス対策に音楽の演奏をいろいろ考えてきたフランツが、そこに辿りついて少し残念そうに呻く。
 ビートの効いたエレキギターの全力演奏の響きは耳に届いていて、それは多少興味深いとも感じたが。
 が、それはともかく。
「と、いうか……君、大丈夫ですか? あのぅ、生きてますか……?」
 ギターを抱えたまま、倒れるように地面に臥せっている、(全力演奏で燃え尽きた)さゆみの姿におろおろと声をかけるフランツであった。彼女から少し離れたところで、ロックにヒートしすぎたアスピスがやはり、燃え尽きて地面に倒れている。傍らでは終始大音響の波に飲まれ続けていたハリネズミの針ボールが、ごろごろと転がっていた。