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洞穴を駆ける玄王獣

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洞穴を駆ける玄王獣

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第6章 魂の中の毒

「お、また出て来たぞ。グリフォンか」
「うわぁ、自分2体も一人で……ご苦労さんやなぁ」
「これであとは、ユニコーンとカラドリウスだけネ!」
 洞穴入口には、捕獲した幻獣たちを連れ出してきた契約者たちが何人もいた。
そして今また新たに、ネーブル・スノーレインが、揺籃の黒い獣に手伝われて、石化したグリフォン達を運んできた。
「あぁ、ありがとう。大変だったよね? ユニコーンはまだ来てないけど捕獲は成功したって話だし……無事全員保護できそうだ。これで、ベスティさえ戻ってこれれば……」
 嬉しそうに礼を言うパレットと、彼の周りに集まって心なしかホッとしているように見える動物たちにネーブルは控えめに微笑んで、あるものを差し出した。
「? これは?」
「封印の、祠の近くで……凛さんが、見つけた、からって……パレットさんに、読んでもらって、って」
 頼まれたの、という言葉とともに、パレットはそれを受け取った。
「へえ、本当にあったんだ、他の石盤。……? 呪術に使う文字じゃないな、これ……」
 ぶつぶつ呟きながら読みだしたパレットは、しかしいつしか無言になり、奇妙な表情を浮かべた目で、石盤の文字を追っていた。
 その様子を見た揺籃が近づいてきて、獣の姿から戻ったコートを羽織りながら「どうした?」と覗き込んできた。
「……なるほどね」
 考え深げに、パレットは頷いた。その瞳は奇妙に澄んで、どこか遠くを見ていた。
「それで、風や水が必要だったのか」



「?」
 陰陽の術で瘴気を祓いながら歩いてきた東 朱鷺はいつしか、自分でも最初に借りたトキでもなく、カラドリウスに道を先導されるような形になって歩いていることに気付いていたが、
(もしかしたら、何か目的があるのかもしれませんね)
 特に反発することなく、ただついて歩いていった。玄王獣のコントロールからは完全に逃れえたようであるし、伝承によれば決して狂暴な性を持った鳥ではなく、その身に不可思議な癒しの力を持っているというのだから、目的があるとすればそれは別に邪悪なものではないと思えた。
「それにしても……だんだん暑くなってきましたね」
 時々手の甲で汗を拭い、ところどころで凝った毒気のある空気を祓いながら、進んできた先に。
「……!」
 辿りついたのはまさかの最奥部。
 玄王獣と恭也が対峙し、東雲たちのその後ろで控える最後の戦場だった。
 カラドリウスが、朱鷺の頭上で羽ばたいた。



 ダリルとルカルカが中心になって元の石を集めて修復した祠の下の、魔方陣の紋様に力が満ち始め、それが顕現する。気流のようなものが巻き起こり、それが渦を巻き起こすのを、契約者たちは感じた。しかしそれでいてその気流は、地面の土塊を吹き飛ばすことも、風穴から入ってくる風を乱すこともない。実体のない風、ただ、魔力の圧力のようなものは確かにある。
「これ……どうなるの?」
 不安そうな声でルカルカが訊くと、ダリルは腕組みをして、目の前の祠から視線を外さすに分析した。
「おそらく……正常化したことで自動的に元の状態を回復しようとしている」
「元の状態?」
「玄王獣を封印下に完全に抑えた状態だ」



『ぬ……うぅぅぅっ!? ……ま……さかッ!?』
 玄王獣の動きが止まった。
 恭也たちには何が起きたのか分かっていない。だが、玄王獣には分かった。
『封印が……戻った、だと……!?』
 戻った封印の力は、水槽の底の穴のように、凄まじい引力で玄王獣の魂を引き込もうとする。白颯が毛を逆立て、前肢で地面を掻きむしり出した。復活に執着する玄王獣の魂が、憑代(よりしろ)である白颯にしがみつき、その引力に必死で抗う力が白颯の体に出ての行為だった。
 カラドリウスが、ゆっくりと羽ばたいてきて――留まる枝もなかったからだろう――一番白颯の近くにいる恭也の頭の上に留まった。
 小さな嘴が開いた。かと思うと、凄まじい吸引力が白颯に向かった。
「!?」
 白颯の体から、濃い灰色の靄のようなものが吸い出され、カラドリウスの小さな体の中にすっかり納まった。
 カラドリウスが再び羽ばたきだすとほぼ同時に、白颯は一度ふらっと体を揺らしたかと思うと、突然パタリ、と倒れた。

『ぎゃああああああーーーーーーッ!!』

 途端、禍々しい風が吹き抜けて、玄王獣の霊体が消えた。
「な……何が」
 一瞬ぽかんとなった一同だったが、朱鷺がハッとして、白颯に近寄った。恭也、それに後方で見ていた東雲たちも続いた。
「……大丈夫ですね。かなり疲労していますが、息はあります」
 ぐったりと地面に身を横たえた白颯は、辛うじて顔を上げ、くうと鼻を鳴らした。その目は自我を取り戻していた。
(やはり……瘴気で体を蝕んだうえで自意識を奪い、意のままに操っていたのですね)
 朱鷺は、何事もなかったかのように契約者たちの頭上を羽ばたいているカラドリウスを見上げた。



 封印の力に引き込まれていきながら。
 憎悪。憤怒。怨嗟。――激情の遠心力で、かつて一度滅ぼされた獣はそれを断末魔と共に撒き散らしていく。

『人よ、恥知らずの厚顔の種よ。世の害獣は貴様らの方だ』
『たとえ滅ぼされようと我らは忘れぬ。人が我らにしてきたこと』
『毒の気に苦しみ、死に絶えるべきは貴様らの方であろうが!』
『恨みは消えはせぬ。呪ってやる、呪ってやる……!! 貴様らが一人残らず死に絶える、その日まで!!』
『我らは、必ず……!!』


 そこで霊体は、祠の中に引きずり込まれて、消えた。
 あっという間のことで、周りにいた契約者たちには声をかける暇もなかった。いや、たとえあったとしても、玄王獣がその声に耳を貸したとは思えない。
 飛び散った怨憎の欠片、怨恨の叫びだけが残響のように、広場に残っていた。
 ――やがてそれも、吹き抜ける風の音とせせらぐ水の音の中に小さくなって、消えた。