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 タシガン島の北東に広がる密林は、いつになく深い霧が立ちこめていた。
 道なき道を跳ねるように駆けていく、5頭の白馬がある。
「ローゼン卿の御用絵師とは、連絡が取れなかったのか」
「ルドルフ校長の情報筋(伝聞ではある)によれば、特定のお抱えは居なかったそうですね。その時節に応じて、方々より画家を呼びつけていたそうですよ」
 タシガンを覆わんとする脅威は、薔薇の学舎が退ける。
 画家としても非凡な絵筆を振るう早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)と併走していた。
「ルドルフ校長……」
 手綱をギュッと握りしめた呼雪は、意図せず歯がみしていた。
「呼雪、どうかしたのかい?」
「ラージャはどう思う?」
「何がです?」
「今回のやり方さ。どうして薔薇の学舎だけでなく、他校の生徒に頼るようなマネをしたんだろうか」
「なるほど。君も僕と同じで、この土地が好きなんだね」
「――えっ?」
 一瞬、何について言及されているのかが判らなかったようだ。
「きっと、何かやむを得ない事情があったのでしょう。校長として身を立てた以上、無策で事にあたるなどということはあり得ないですからね」
「だけどさ、俺たちだけでは不足だって言われてるようなものじゃないか。ラージャは悔しくないのか?」
「ふふ。ルドルフが聞いたら喜びますよ」
「どういうこと?」
「此度の依頼に己の意思で志願した紳士淑女だけで、およそ4割を占めていると聞きました。愛するものを守るために、自らの命を惜しみなく捧げる者が、それだけ居たという事ですね」
「校長は義務を課せるのではなく、あえて我々の志に任せたというのか」
 ラージャは柔和な笑みで、呼雪に応えた。
「そうとも考えられるでしょうし、そうも言ってはいられない事情もあったのかも知れません。何せ今度の相手は、得体の知れない禁忌の書を振りかざすヴァンピール(吸血鬼)だそうですから」
 呼雪はしばし黙したが、手綱を振るった。
「わかったよ。ラージャがそこまでかばい立てるなら、しばらくの間は静観してみるぜ」
 そして、視界が開けた。
 馬を御した一行は、緩やかな傾斜を下った先に広がる幾何学庭園に、心を奪われた。
「箱庭だな」
 普段は無口な鬼院 尋人(きいん・ひろと)が、呼雪らの傍に並んでぽつりと呟く。
 背丈をも超える垣根によって、迷路が築かれていた。その際奥に建つ洋館もかなり大きなものらしく、左右に尖塔のようなものがそびえている。
「立派な城郭だねえ。回り込むのは難しそうかなあ」
 などと言いながら庭園を見下ろしている堀河 一寿(ほりかわ・かずひさ)の人差し指は、迷宮の順路をなぞりあげていた。
「見苦しいですよ。ここは正々堂々と正面から立ち入って、迷宮を攻略すべきです。それが庭師への礼節というものではないですか」
 一寿の腕を納めようとするのはヴォルフラム・エッシェンバッハ(う゛ぉるふらむ・えっしぇんばっは)
「正攻法は紳士の嗜みですが、堀河さんの案も、ひとつの策と考えられますよ」
 ラージャのフォローにヴォルフラムは、持参した空飛ぶ箒を手に取った。
「ならば私が空を飛んで、あなた方を誘導すればいいでしょう。その代わり、援護をよろしくお願いします」
「分かった」
 尋人は白馬に下げていた武器を手に取って、いつでもいけることをアピールする。
 一行は乗り付けた白馬を木陰に係留して、幾何学庭園へと足を踏み入れた。

▼△▼△▼△▼


「この様な山深い洋館までお越しになられるとは……ホホッ」
 洋館のポーチで佇む5人を待ち受けていたのは、自称・執事をかたるスケルトンだった。
「大変に申し訳ございませんが、本日は一切の面会をお断りするよう、旦那様より言付かっておりまして」
「主は、不死の研究について感心が高いと伺っている」
 しばらく続いた押し問答の末に、尋人が核心を突いた。
 すると、執事の応対が一変する。
「ホホホッ、それは買いかぶりすぎでございます。どうか今日のところは、これにてお引き取りくださいまし。然もなくば山の賊として応ぜなければなりません」
 執事の眸が紅く光を帯びて、こちらを睨み上げているようであった。
 すると、敷地内のあちらこちらから遠吠えが響き渡る。
「旦那様の邪魔をするとあらば、どうかご覚悟を」
「もはや敵と見なされては、致し方ないか」
 何を語りかけても黙したままの執事に、尋人は仕方なく日輪の槍を手に取った。
「絵を嗜む者とは言え、禁忌の書に魅せられたとあっては、単なる亡者となり果てるか」
 呼雪は瞳を閉じて、龍頭琴をつま弾いた。哀愁を帯びた調べが魂を振るわせていく。
「囲まれるな……外の連中は後続に任せて、館の中で生き残ることを優先しよう」
 スカージの効力を発した日輪の槍が、執事スケルトンの胸骨を貫き通した。
「ホッホッホッホッホッホッ……」
 真っ赤な瞳は瞬く間に光を失って、骸骨は乾いた音を立てて崩れ落ちていった。
「死せる者は、死者の国へ送らなければならない」
 グランド・エントランスへ踏み込むと、背後にした扉が閉ざされてしまう。
 壁に設えた燭台の灯りだけでは心許ない空間に、ジャイアントバッドの奇声が降りそそいだ。
 一寿に襲いかかろうと牙をむいた相手を、ヴォルフラムは空飛ぶホウキで打ちのめした。
「ローゼン卿を探し出して、この騒ぎを止めさせましょう」
「うん。僕らがローゼン卿と協力して解決できることなら、それに越したことはないよねえ」
「オレが先導する。行き先はどこだ?」
 群がる敵を次々となぎ払う尋人を戦闘に、5人は洋館の探索を開始した。