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 緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)は、何の躊躇いもなく礼拝堂の中へと歩みを進めた。
「貴方がアルバートさん。アルバード・ヴァン・ローゼンクローネさん、ですのね」
「そうだ。貴女も邪魔をするおつもりなら、容赦はしません」
「いったい何を企んでいるのです。その手にされている禁書からは、強い意思を感じられません」
「言いがかりは止してもらおう」
「いいえ。私は、無闇に禁書を扱ってはいけないと言っているのです」
「必要だからこそ、コイツにすがったのだ。これは最後の希望なのだよ、分からないのかね」
 ローゼン卿が指をスナップすると、礼拝堂の壁が崩れ落ちていった。そこからあふれ出したのは、剣やこん棒を手にしたアンデッドたちである。
「うわーっ、すっごい数の敵さん。陽子ちゃん、こーいうのは私に任せてー」
「ええ」
 緋柱 透乃(ひばしら・とうの)は陽子をかばい立てるようにしてアンデッドと対峙した。
「同業の者として、アルバートさんにお伺いします。その禁書で何をなさるおつもりなんですの?」
「死者を蘇生させる以外の、何物でもない。見れば分かりそうなものをっ」
「意思の確認を取らせていただきました。清らかな血を供物として死者に与えるだなんて、初めて拝見いたしました。後学のため、非常に参考になります」
「蘇生に興味があるというのならば、拒む理由はない。協力を願えないだろうか。私はこれに、すべてを注ぎ込んできた」
「とても魅力的なご提案ではありますが、悪の片棒を担ぐわけには参りません。命ある者が死にゆくのは、自然の摂理に倣うもの。その定めをねじ曲げる行為とは、すなわちこの世の理(ことわり)をねじ曲げるということです」
「ねじ曲げようではないか、そのための禁書だ。何も世界を手中に収めたいという野望をなすためではないのだからな」
「理由はどうあれ、禁書を用いる事は危険なこと。禁書の力を持てあましているという事に気づいてすらいないようですね。今すぐその書を固く閉ざす事です」
「交渉はあっけなく決裂ですか。ならばやむを得えません」
 禁書を胸に抱いたローゼン卿が目を剥いて飛び上がると、その背から禍々しい骨で組み上げられた一対の翼が生えたではないか。
「残念ですわ。未熟な者が扱う禁忌の儀式が、どれほどの悲劇を迎えるのか……」
 ローゼン卿がフルーレを振り抜いたのを合図に、アンデッドが攻撃を始めた。
 陽子めがけて飛びかかったリカオンが、透乃の繰り出した手刀で一刀両断される。
「助かりました、透乃ちゃん」
「陽子ちゃんは隠れててねっ!」
 腐臭を放つ唾液を滴らせながら飛びかかってくるリカオンを蹴散らした。
「そっから降りて私と戦えー」
 適当なアンデッドを一匹をひっつかんだ陽子は、それを力任せにローゼン卿へと放り投げた。
 悠々と死体を両断するローゼン卿に、佐々木 八雲(ささき・やくも)の爆炎破をまとった跳び蹴りが炸裂する。
「小癪なマネをする若造がっ」
「若輩者で悪かったな。俺の名前はノーブルファントム。ただのヒーローだ。貴様の“リジェネレーション”と俺の“リジェネレーション”。どっちが上か勝負しよう。この意味……分かるよね?」
「吸血鬼も舐められたものだな」
 八雲の身体を逃さず掴んだローゼン卿は、そのまま礼拝堂のタイルへとその身を躍らせて叩きつけた。
「あー、痛ぇ、痛ぇ、背中を打ったわ。僕も対等に、得物で勝負してやるか」
 床にめり込んだ身体を陽子が引っ張り出すと、八雲はミスリルバッドを引っ提げた。
「ありがとよ、君」
「どういたしましてー。だって私たち戦友だもんねっ」
 ウィンクをひとつ跳ばした陽子は、全身の竜燐化を促進させて宙を舞った。
「そろそろ本気でいっちゃうんだからー」
 歴戦の飛翔術でローゼン卿を追撃した陽子は、彼の首根っこをひっつかんで地面へと叩きつけた。八雲の二の舞であり、すっぽ抜けたフルーレが石棺の側壁に突き立った。
「――っ!? こ、この女あっ……」
「よっしゃ、一気にたたみ掛けるところだぜっ」
 倒れ込んだローゼン卿の身体を八雲が押さえ込むと、精神感応で佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)に合図を送る。
「仕置きの時間ですよお、みなさん」
「ぐっ……な、何をするっ!?」
 陽子と八雲の押さえ込みによって完全に自由を奪われたローゼン卿は、弥十郎の企てを回避できない。
「何が飛び出るか、お楽しみだあー。せーのっ!!」
 弥十郎が懐から取り出した“変熊のかんづめ”のプルタブが引き起こされて、真空状態が解かれる流入音が礼拝堂に響いた。
「なんだっ!? 止めろっ……うゎあああああああああああっ!!」
 開栓された缶詰から飛び出したのは、奇しくも壁画に用いられる巨大なイーゼルだった。
「ああ、これは顎に角が入ったっぽいねー」
「クリティカルというヤツか。随分と大人しくなったものだ」
「くすくすっ……真人間でしたら、ただでは済みませんでしたね。合掌いたしますわ」
 使用者とのコンタクトが途切れた禁書はその効力の暴走が始まるところだが、それを引き継いだのは陽子であった。
「――しっかし、なんで巨大パネルなんだろうなあ」
 空き缶を懐へしまい込んだ弥十郎の前に、一人の少女が現われた。
「それは恐らくですね、ローゼン卿に所縁のあるアイテムだからだよっ」
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)である。