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冬のSSシナリオ

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 少女の口からたどたどしく紡がれたのは、英語。
 その言葉を聞いて、佐那は気付いた。

「……もしかして、ポルトガル語が分からない?」

 佐那の口から先ほどまでとは違う、聞きなれた母国語に、少女は驚いて顔を上げた。

「お姉ちゃん、英語話せるの?!」

 笑顔で頷くと、先ほどまで暗かった表情が嘘のようにぱっと明るくなる。
 ブラジルで使われている言葉は圧倒的にポルトガル語が多い。英語も話さないことはないが、ホテルなど限られた場所でしか聞くことは出来ず、ましてや居住区・商業区などの根っからのブラジル人やまだ小さい子どもたちが英語を話すことはほとんどない。イギリス北部から父親の転勤で引っ越すことになったというこの少女がポルトガル語を話せるようになるにはまだまだ時間が足りなかったようだ。

「それじゃあ、お母さんは今頑張ってポルトガル語を勉強してるんだ」
「うん。早く覚えて、教えてくれるんだって。私も本を読んで勉強してるんだけど、難しくて……」
「やっぱり本で勉強するだけじゃなくて、実際に少しずつでも話してみないとダメだよ」

 脚立に上って、ツリーの上部にも飾りをつけながら佐那は少女に声をかける。

「実際話してみると意外と勉強してたことってどうでもよかったんだなって思うこともあるし、それに、やってみて初めてわかることってあると思うんだ」

 モールを綺麗にかけると佐那はゆっくりと降りて、ツリーを見つめる。

「佐那ねーちゃん、英語喋ってる! かっけー!」
「ねぇねぇ、オレにも教えてよ!」

 今までツリーの反対側にいた子どもたちがいつの間にか少女と佐那を囲むように集まってきていた。

「全然話してくれないと思ったら、言葉が分からなかったのね?」
「ねぇ、私たちがこっちの言葉教えるから、英語教えてよ!」
「どうして顔を隠してるの? ほら、おでこを出したほうが可愛いわよ」
「ホント! それにきれいな緑の目〜!」

 戸惑う少女に佐那が英語で通訳すれば、嬉しそうに周りの子に笑顔で頷いた。

 それからしばらくの間、佐那が間に入って通訳をしながら、クリスマスの準備を進めた。

 ブラジルのクリスマスは休日で、お店やスーパーなど全てが休業になってしまうので前日は買い物がものすごく大変だとか、パネトーネと呼ばれるパンケーキを食べること、家族が集まってプレゼント交換をしたり今年起こった出来事を話し、来年の抱負を語ったりすること。
 ブラジルでは雪が降らないので、ショーウィンドウに飾られているサンタクロースを見て、サンタは綿の中やってくると思っている子も多い。そんな中、雪の降る地域から来た少女に、子どもたちは興味津々のようだった。
 雪は降らないかもしれないけれど、クリスマスは来る。
 それはどこの世界でも一緒だ。
 ブラジルでも、イギリスでも、パラミタでも。
 ツリーの飾りつけを終えて、子どもたちとともに買い出しに来たが、すっかり他の子とも打ち解けたようで、覚えたての片言で何とか話そうとしている少女を見て、佐那は店主に声をかけた。

 夕方。太陽が眩しく、ツリーの上部を照らしている。
 なじみの洋服店の更衣室を借りて、衣装に袖を通す。リップを塗ってメイクを仕上げれば、コスプレアイドル海音☆シャナに変身完了だ。
 子どもたちとツリーの飾り付けをした広場に向かう。すでにイスやアンプなどの機材はは準備されている。
 マイクを手にステージに上ると、客席から歓声が上がった。笑顔で客席に手を振ると、前列に子どもたちが座っているのが見えた。

「もうすぐクリスマス、ナタウということで今日はこの曲を! 皆さんも一緒に歌ってくださいね!」

 ナタウ。ポルトガル語でクリスマス。
 世界中どこにいてもこの時期は耳に入ってくる曲に合わせてシャナは歌う。
 少女も周りの子どもたちに合わせてたどたどしくポルトガル語で歌いだす。繰り返し部分に単語を確かめるように歌っては、笑顔になる。

 Feliz Natal!
 ――メリークリスマス!


 大人も子どもも、街行く人々が足を止めてクリスマスソングを歌う。
 夕焼けの中、みんなの笑顔と拍手が響いた。

 もうすぐ、クリスマス。
 笑顔でステージを終え、マンションへと帰ってきた佐那は放ったままだった荷物を持って外に出た。タクシーに乗ると、実家へと電話をかける。

 家がどうとか、生まれがどうとか、どうでもいいじゃないか。
 せっかくのクリスマスなんだもの。

 電話の向こうで嬉しそうな声を出す母親と、少し照れた声で『気をつけて』と一言だけの祖父。何だかくすぐったい気分になりながらも、家族と過ごせるクリスマスに思いを馳せる。
 いっぱい話したいこともある。これから頑張りたい夢もある。
 故郷の皆から元気をもらって、そしてさらに高みへ行くのだ。
 窓から外を見上げれば、夜空には星がちらほら見える。
 もう少しすれば落ちてきそうなほど空いっぱいに星空が広がるだろう。
 タクシーが家族のもとに到着するにはまだ時間がある。
 綺麗にラッピングされた家族へのプレゼントそれぞれにメッセージカードを添えて、佐那は微笑むのだった。