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リアクション
「あ、もうお茶なくなるよね。新しいお茶いれてくるよ」
来客のカップが空になりそうなのを見てソランが立ち上がろうとするが、僕がいくよとハイコドに座らせられてしまった。ミリアさんはソランさんと話しててと空いた皿を持って涼介も立ち上がる。ハイコドの後に続いてキッチンへと向かうのを確認して、ソランは小声でミリアに話しかけた。
「ねぇねぇミリア。涼介ってどうなの? むっつり? それとも紳士?」
「むむむっ、むっつ――?!」
慌てて咽ながら、次第に顔が真っ赤になっていくミリアを見ながら、こっそりとガールズトークが進められようとしていた。
「お皿、ここに置くよ。あとお茶もお菓子も美味しかったよ」
「よかった。さっきのお菓子は今度のパーティ用にどうかと思ってるんですが、どうです?」
「とってもいいと思うよ。私はわりと好きだなぁ。もっと味のバリエーションあるともっと嬉しいかも」
オーブンから焼きあがったばかりの焼き菓子を味見しつつ、再び空になった皿に綺麗に盛り付けて、ポットに新しくお茶をいれる。
「そういえばなんですけど」
ソランとミリアたちの様子を見ながら、先ほどよりもハイコドは小声で涼介に声をかける。
「涼介さんのパートナー、全員女の子だけどそこんところどうなんですか」
ハイコドがジト目で見つめてくるが、涼介はすこしだけ考えた後ミリィ以外は妹みたいなものだからと答えた。
お互いが兄妹のような丁度いい距離感を持ってこれまでやってきたのだから、これからもきっとそうだろうと涼介は告げるが、それって端から見たらただのハーレムっすよと突っ込まれては答えにつまってしまう。それでもミリア一筋ということだけは念をおして伝えれば分かってますよと返されてしまった。
新しいお茶とお菓子を持って戻ると、顔を赤くして両手で覆うミリアとさらに上機嫌なソランが待っていた。
「わーい! 新しいお菓子ー!」
ソランは早速並べられたクッキーをひょいっとつまんで口の中に放り込む。
「そういえばソランさんはよく食べるけど、妊娠中ってつわりで食べ物の匂いかいだだけで気持ち悪くなったりするって聞くけど大丈夫なのか?」
「実は食べ物系で気持ち悪くなったりっていうのはほとんどなかったの。ハコの作ったお菓子も食べられなくなるんじゃないかって心配してたんだけど、大丈夫だったみたい」
あははと笑ってパクパクと焼き菓子がソランの口の中に消えてゆく。
確かにこれだけ食べれているのなら、そこまでの心配はないのかもしれない。
だが、いざ臨月を迎える頃になって急につわりがひどくなる人もいるらしいという話もあるので、その時が来たら食べられなくなるかもといつも全力で食べるようにしているんだとか。
「ぶっちゃけ、食べ物よりも、体を自由に動かせないからって僕やパートナーをぽこぽこと執拗に抱き枕で叩いてくるのがツライッすね」
どこか遠い目をしながらいうハイコドに肘で愛の制裁を加えるソラン。そんな二人の妊娠中の苦労話は尽きることがない。
匂いや食べ物で具合が悪くなるということはないが、下腹部通や腰痛がひどい時期もあり動くのが億劫になってしまったり、お腹が目立つようになってきてからは前に体重がかかってしまってすぐ転びそうになってしまったりしていた。お腹が出てきてからはうつ伏せになることも出来ないので寝返りを打つときもどことなく大変そうに見えた。また大きなお腹のせいで足元に死角ができてしまい、気をつけていたつもりでも段差などにつまづいてしまうこともあるので歩くときは細心の注意を払っている。そんなこともあってか病院の定期健診以外にはほとんど外出せず、おとなしく家での生活をすることになっていたのだ。
家の中という限られた空間で生活をしているとやはり外が恋しくなる。
それでも体の――子どものためを思えばこそ、家でゆったりと過ごしているほうがよいのだが。
「そろそろ運動もしたいな〜。二人分大事に支えてきたから生んだ後は重いものとか結構持てそうな気もするけど、やっぱりあんまり歩いたりしてないから足は鈍ってそうな気がするんだよね」
「だからって生んだ後もしばらくは早朝トレーニングはダメだからな」
ちぇ、と拗ねながらもソランの手は止まることなくパウンドケーキを口に運ぶ。
「つわり、ですか……ひどくなったらどうしましょう……」
少し不安そうにするするミリア。
つわりとはそもそも気持ちが悪くなる、いわゆる吐き気に襲われるものだけではない。
代表的なのは吐いてしまうものや、空腹時や匂いで吐き気が強くなるものだが、その他にも様々な症状がある。常に眠気に襲われるものや、よだれが増えて垂れてくるもの。また高層エレベーターに乗ったときのような耳つまる感じまで。頭痛・肩こり・腰痛や、赤ちゃんに酸素を運ぶため呼吸が苦しくなったりすることもあるそうだ。
最初のうちはひどくても途中で改善する人もいれば、途中から症状が現れる人、ずっと症状が続く人、ソランのように最初からあまりない人まで個人差は大きい。
ミリアもいつか子どもが出来たら自分はそうなるのではないかと不安を拭えない。ミリアだけではなく、世の中の妊娠未経験の女性はきっと不安で仕方ないことだろう。
「大丈夫。ミリアさんの側にはちゃんと私がついてますから」
不安げなパートナーの手を握り、涼介は優しく微笑んだ。
「うんうん! ミリアがお母さんになった時は教えてね! いろんなお話しに行くし、妊娠中のことなら何かアドバイスできることあるかもしれないから!」
周りが優しく支えてくれる、そんな安心感にミリアは心が温まっていくのを感じた。
それからしばらくお茶会は続き、あっという間に楽しい時間は過ぎていった。
「それじゃ、長居しちゃって悪かったな」
「いえ、今日はありがとうございました」
日も暮れかけて外は日中よりも更に冷え込んできている。
寒さは大敵だからとリビングに置いてきたソランからも帰り道気をつけてねと声が聞こえ、涼介夫妻は玄関のドアを静かに閉めた。
人通りの少なくなった路地に街灯がぽつぽつと灯りはじめる。
「……冷えますね」
吐いた息は白くなって空に上り、あっという間に霧散する。
寒さにぶるりと体を震わせたミリアを、涼介は正面からぎゅっと抱きしめた。
「りょ、涼介さん……?」
空気の冷たさ以外で顔の温度が上がっていくのを感じる。心臓を鳴らす鐘は少しずつ早くなり、相手に伝わってしまうのではないかというくらいに緊張してしまっていた。
ほんの少しの間のあと涼介はミリアのマフラーの隙間を埋めるように軽く巻きなおして、手を差し出した。
「早く家に帰りましょう。寒いですから、ね」
しばらくマフラーに顔を埋めたまま、けれどしっかりと手を繋いで涼介とミリアは家へと帰るのだった。
「ねぇハコ、そういえば涼介に何を頼んだの?」
「ん? もうちょっとしたらソラに教えてあげるよ」
「えー? なにそれ!」
涼介が持ってきてくれたのはパラミタゼラニウム、イルミンジュニパー、ジャタサンダルウッド。どれも天然の薬草で、精油したり、乾燥させることでお香やアロマとして使えるのだ。体が大事なこの時期、外に出られないパートナーに少しでもリラックスさせてあげたいと考えて、依頼していたのだった。
「ねぇハコってば!」
「ごめん、なに?」
どう加工しようか考えていると、いつものごとく抱き枕でぼすっとわき腹にダメージを受ける。
「ん!」
少し拗ねたような顔でハイコドに向けて両手を広げる。
見慣れた仕草だが、何度見ても可愛いと思えてしまう辺り、ソランのことがとても大好きなんだとハイコドは実感する。
側に寄れば嬉しそうにぎゅっと擦り寄ってくるパートナーとともに、お腹の双子が生まれてくる日を一日、また一日と数えながら過ごして行くのだった。