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冬のSSシナリオ

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リアクション

 
 
「誰だーーー! うちの可愛い睡蓮に不貞を働こうって輩はああぁぁぁっ!」

 どたどたと廊下を走る父親の声が響いてくる。
 その手にはなぜか新幹線の模型が二つ握られていた。

「貴様か! 私の目の黒い内は睡蓮には指一本触れさせんぞ! 私ののぞみとはやてで海の藻屑にしてくれる」

 言ってることがめちゃくちゃな父に声援を飛ばす母の声は何だかやけに楽しそうだ。
 興奮している父は相対している黒い鎧が、敷地内に存在していたものだということは全く覚えていない様子だった。

 父の言葉にそれまで大人しく立っていただけだった鎧が、困ったような素振りを見せる。
 顔を覆う部分から目のような光が灯っているのが見えるが、先ほどから話さないところを見るとどうやら話すことはできないようだ。
 それでもどんどんと攻め立てる父の間に、睡蓮は割って入った。

「どうした、睡蓮。なぜ止める」

 なぜ体が先に動いたのか分からなかった。
 なぜ父のほうを止めようとしたのかも分からなかった。

「えと、別にまだ何もされてないし、そんなに怒らなくても……」
「私の大事な睡蓮ちゃんの髪が真っ白になってもかあああぁぁぁっ!」

 黒髪ロング大好きな父にとって相当ショックだったのはそこなのかと、母子でダブルツッコミを入れながら父をなだめる。

「……話してること、分かる?」

 睡蓮が恐る恐る尋ねれば、こくりと頷く鎧。
 そこが、睡蓮と九頭切丸の最初の対話だった。

「あっという間にこんなところまで来ちゃったねー」

 メールのやり取りの他に、最近筆談という会話方法を覚えたパートナーとともに、ゆったりと部屋でくつろぐ。
 パラミタに来て、九頭切丸が黒の装甲に身を包んだ機晶姫という種族の機械だということや、他にも様々な種類があることなど多くを学ぶことができ、九頭切丸と出会ったことで機晶技術やイコンにも興味を持つこともできた。

 他にも、あの日以来しばらく学校を休んで連日家族会議が行われていたのを思い出す。
 ああでもない、こうでもない。
 そんなやりとりの最中から、九頭切丸は睡蓮を守るように側に大人しく座っていた。
 あの頃は全然コミュニケーションのとり方もできなかったが、今ではこうして文章なりでやりとりができるようになった。もっと早く筆談という方法に気付くべきだったと思ったが、今となってはもはやどうでもよいことだ。

 もしニュースを見ていなくて契約者のことなんて知りもしなかったら、契約したなんて露ほども気付かず、パラミタに来ることもなかっただろう。そのまま学校に通って、神社を継いで。急に変わってしまった髪の毛のことでいじめられることになっていたかもしれないし、いつも後ろについてくる鎧のことで何か言われるかもしれない。でも、それはもしもの話。
 契約者という言葉を知っていたからこそ、九頭切丸に確認することもできたし、また自分が選ばれたのだと理解することもできた。心のどこかでパートナーとの絆が生まれた瞬間だからこそ、必死で両親を説得したのかもしれない。
 あの時九頭切丸に会っていなかったら、パラミタのことも契約者のこともニュースで話を聞くだけの、どこか遠い世界のこととしてそのまま一生を過ごしていただろう。実家を継いでいながら、参拝をするだけの、ただそこに鎮座する動かない甲冑をたまに見るだけだったに違いない。
 けれど、出会ってしまったから。
 私たちの歯車は回り始めてしまったから。
 あの日あの時、風の音に紛れて聞こえた言葉がある。

 『――――――』

 契約は、確かに結んだ。
 これからもきっといろいろなことが起こるだろう。
 それでもきっと九頭切丸はそばにいて、睡蓮のことを守ってくれる。
 新しい世界へ旅立つきっかけをくれた九頭切丸のためにも、睡蓮は機晶技術の勉強をかかさない。どんどん知識を吸収して、何かあったときに自分が役に立てるように。
 筆談やメールでの会話ということもあるので、九頭切丸と自由に会話ができるようにしたいところだが、もともとあまり話すことの少ないらしい九頭切丸には声は無用の長物なのかもしれない。
 何も語らず、ただ側に付き従う。
 誠実な行動を貫く九頭切丸に笑いかけると、達筆な文字で『どうかしたのか』と返される。

「いえ、これからもよろしくお願いしますね」

 にこりと微笑めば、もちろんだとばかりに頷き返してくれる。
 寡黙な騎士との道のりは、きっとこれからも続いていくことだろう。
 窓の外では睡蓮の髪のような真っ白な雪が、ゆっくりと静かに降り始めていた。