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琥珀に奪われた生命 後編

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琥珀に奪われた生命 後編

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2/打ち倒すもの
 

 男の押し込もうとした引き金はもう、動かない。動かさせる、ものか。
 
 構えた銃ごと、その指先が。大地を踏みしめる両脚が、瞬く間もなく凍りついていく。
 想定外の状況に、黒づくめの男はたたらを踏んで狼狽する。もうそれは、既に敵ではない。ただの、いい的だ。
 
「もっとしっかり、鍛えてくること!!」
 
 男の四肢が、凍りついたこと。それはフェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)にとってこれっぽっちも不思議な事ではなかった。なぜならそうしたのが、彼女だから。
 もはや生きた組手人形にしか過ぎなくなった男の急所に、鍛えようのないその場所におもいきり、蹴りを叩き込む。地面に張り付いた氷を砕きながら、男の身体が宙へと舞った。
 悶絶などというどころの騒ぎではない。息もつけず地面に転がり痙攣をする男に更に容赦なく、フェイは手にした曙光銃エルドリッジの銃口を咥えさせ、無理やりねじ込んでいく。無論安全装置などとっくに外した、いつでも発射できる状態のそれを、だ。
 そのままにはしない。脅しではない、その感触を嫌というほど味あわせて、組み敷いた男の口から銃口をゆっくりと──嫌らしいくらいにぬるりと引き抜く。そしてそれを、男の眉間に今度は押し当てる。
 
「少々、プッツンしそうでね。危うく今も引き金をひくところだった」
 顔に浮かべた酷薄な笑みはだが、演技でもなんでもない。素直な感情の発露だ。
 このまま激情に任せて骸に変えてしまえれば、どんなにいいか。そんなことすら思う自分自身の黒い感情が、それをやっている。
「……あんたたちを雇ったご主人様たちがどこか、言う気はないかって聞いてんの」
 下手な言葉が帰ってくれば──それはきっと暴発してしまう。
「おい! 殺すなよ!? そいつらには色々と訊かなきゃならんことが──……」
「わかってる!!」
 ゴッドスピードで石造りの遺跡を縦横無尽に駆けながら無数の敵を次々と倒していく大谷地 康之(おおやち・やすゆき)が、こちらの様子に気付き声を投げかける。
 挑んでくるのは、黒服たちばかり。ローブを着た未来人の連中の姿はその中には、見当たらない。
「こっちはちゃんと自制してるての! 言うならあっちに言いなさいよ!!」
 空いた片手で、通路の向こうをフェイは指差す。それはフェイ自身より、康之の戦うその場所より、更に先。
 閃光が瞬くたび、悲鳴が。苦悶の叫びが通路に木霊する。
 
「あー、もう!! あいつは!!」
 
 通路を組み上げる石壁が、その暴凶の余波で僅かに軋んですらいた。
 ふたりに目もくれずにただ先行し、ただ破壊することしか頭にない匿名 某(とくな・なにがし)の、怒りに満ちた蹂躙が、遺跡そのものにさえ影響を与えかねないほどに荒れ狂っているのだ。
 彼の激情は、フェイの心に渦を巻くそれの比ではない。それこそ、直接的な手段に訴えでもしなければ、声など耳に入りさえしないほどに。
 だから、康之は急ぐ。
 
「某! あんまやりすぎんな! 遺跡まで崩れちまう!! こっちまで巻き込まれちゃ意味ないだろうが!!」
  

 
 なんだか、揺れてますね? ──足許から伝わってくる微かな振動を感じつつ、東 朱鷺(あずま・とき)は前方より迫りくる黒服と、ローブの男たちの混成部隊に目を向けた。
 まあ、旧い遺跡ですし。多少老朽化してもいるんでしょう。その程度で思案を一時ストップさせて、冷静に敵との距離を測る。そろそろ、いいか。
「さて。それではとびっきりの御礼参りをば」
 させていただきましょうか。朱鷺の合図とともに、馬鹿正直に正面からやってくる男たちめがけ、三体の試作型式神たちが飛び出していく。
「この子たちはなかなか……優秀ですよ?」
 
 百足型が、その巨体を振って男たちを薙ぎ払う。残る二体もまた各々に、混乱する敵の一団を切り裂き、戦線をずたずたにする。
 黒麒麟と白澤。その性能は確かだった。──そして。
 
「む?」
 
 辛うじてその牙を、爪を。攻撃を潜り抜けた連中が状況を立て直さんと後退を試みたそのとき、彼らの肉体は縛り上げられている。いつの間にか無数に張り巡らされた鋼製の、ワイヤーが。男たちの自由を奪い、床に、天井に。壁に、男たちを拘束する。
「助太刀、します」
「っと」
 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)。忍者である少女はすべてを完遂し、朱鷺の隣に降り立つ。
「ここは、通しません。皆の邪魔など、けっして」
「そういうこと」
 彼女のパートナー、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)がそこに並ぶ。彼は足許にてワイヤーから逃れんともがくローブの男を見て取って。
「ちっと痛いが、仕方ないな?」
 その男の掌を強く、硬く踏みしめる。──野太い悲鳴。そしてなにかの、砕ける音。足を上げたベルクは跪き、右手を押さえ転げまわるローブを尻目に、地面から砕け散った「それ」を拾い上げる。
 
「やっぱこいつも持ってたか」
 
 吸命の琥珀。やっぱりこの遺跡の中でも気をつけながらの戦闘を余儀なくされるらしい。一体あとどのくらい、残っていることやら。
 
「とにかく、ここから先が遺跡内部の各所に繋がる道である可能性が高いらしい。正確なところは解読待ちらしいけど、な」
「奥に進む皆のためにも、ここで追っ手を食い止めないと」
 戻ってきた式神たちを、三人が三様に撫でてやる。
「お礼参りの相手は、たくさんいたほうがいいだろ? あんたも」
 ベルクの言に、朱鷺もまた頷いた。
「なら、共同戦線ですね。一緒にがんばりましょ──……?」
「なんだ!?」
 そうやって、三人の立つ眼前に。壁を崩し、貫いて──転げ出てくる影がひとつあった。
 それは、酒杜 陽一(さかもり・よういち)。服のあちこちが擦り切れ、埃まみれとなった彼は地面に転がったまま、微動だにしない。
「マスター! あれを!!」
「奴ら……ってことは、まさか!?」
 動かぬ、物言わぬ彼を追い、躍り出てくる黒服たち。その対比に三人の表情が、さっと緊迫したものに変わる。
 まさか。『吸命の琥珀』? ……命を、吸われてしまったのか?
「フレイ!」
「はいっ!! 援護、頼みます!」
 ひとまず、助けなくては。迫る連中から離さなくてはならない。
 フレンディスが駆け、ベルクが、朱鷺が援護を。瞬時にそう判断を下す。しかし。
 
「──……いらねーよ」
 
 ぽつりと、呟きが三人の耳を打った。
 直後、暴風にでも巻き込まれたかのように。四方へと打ち払われ、男たちが皆吹き飛ばされていく。
 その台風の目には、陽一がなにごともなかったかのように、直立していた。
「おびき出してただけだ。この程度の数。こんな奴らに、遅れはとらねーよ」
 服についた埃を払いながら、そう言って彼は三人のほうに右腕を挙げてみせたのだった。
 

 
「……これは!?」
 
 ルシア・ミュー・アルテミス(るしあ・みゅーあるてみす)は、眼前に広がる光景に思わず、息を呑んでいた。
 暗い、遺跡の中。それなりに奥にまで進んできた自覚はあった──ほぼ、突入チームの先頭グループといっていい位置にいるのだと、思っていたから。
「一体……誰が?」
 だがそこにあるものは、どう見たって先行者がいることの証左でしかなかった。
 掠れて聞こえてくるのは、男たちの呻き声。あちらこちらに散らばっているのは──打ち倒され、叩きのめされ壊滅した、黒服の男たちに他ならない。
 先を急ぐにも関わらず、ルシアは歩を緩め少しずつ、がらくたのように通路に転がる男たちの間を歩いていく。
 
「ルシア! 気をつけろ、上だ!!」
「!?」
 
 怪訝に思い、警戒をすると同時につい、意識が足許へと専念してしまっていた。
 崩れ落ちる天井。そこから落下してくる、ローブの男がふたり。そう、たったふたりだけ。
 注意を促す紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の声がなければ、そのまま斬り伏せられていたかもしれない。それほどのタイミングであった。
 唯斗の放つ不可視の封斬糸が片割れの腕を絡め取り、そのまま引き寄せる。そしてもうひとりへと突っ込んでいく──セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)
 壁に男を叩きつけると同時、掌から命を奪う琥珀が零れ落ちる。躊躇せず、セレアナはそれを踏み砕く。
「使わせないわよ。それに、あなたたちには訊きたいことがあるの」
 喉笛に刃を突きつけ、強い眼光でローブの男を睨みつける。ホールドアップの態勢となった男は喉元のひやりとした刃の感触に、身動きできないでいる。
「このまま、しらみつぶしに探す方法もある。だけれど、私たちは急いでいる。だから……答えなさい。黙秘も、虚偽も。許さないのは見ればわかるわね」
 
 低く抑えた声で、セレアナはローブの男に言い放った。
 
「大丈夫か、ルシア」
 その隙に、唯斗はもう一方の男を気絶させ。立ち上がったルシアに駆け寄る。幸いルシアにも、これといって怪我はない。
「ええ、なんともない──けれど」
 
 男たちが奇襲をかけてきた天井を、見上げる。そして足許の破片に、視線を移す。
 それらには、傷つけられた跡がある。すなわち──奇襲を試みた男たちの『足許』の側でなく。ルシアたちの頭上にあった『天井』の側に。
 まるで、なにか向こう側からアクションがあれば真っ先に崩れやすくなるよう、その下を歩む者がその異変に気付くことができるよう、用心がなされていたかのようにだ。目を天井に向ければ、同じような真新しい傷がそこに、やはり無数に刻まれていて。
「どうした?」
「……いいえ。なんでもないわ」
 やはり、自分たちの先を行く者がいる。蔭ながら、手助けしようとしている? 一体、誰が?
「まさか、ね」
 なんとなく、心当たりがないではなかった。けれど確証もまた、どこにもなかった。だから、彼女は心の中にそれを押しとどめておくことにした。
 曖昧に、唯斗の言葉に応じながら。ルシアは通路の向こうに広がる暗闇に、じっと目を遣るのだった。