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琥珀に奪われた生命 後編

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琥珀に奪われた生命 後編

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7/もどってきた、もの
 
 
 ほんとうに、いらないの? じっとしているのは退屈だとごねてベッドからあっさり起き上がったパートナーへと、一応部屋の隅の車椅子を示して、セレアナは訊ねてみた。
 無論、答えはノー。まあ、実際病み上がりもなんのそのといった様子でぴんぴんして歩き回る彼女を見れば、杞憂以外のなにものでもなかったことが容易に判るのだけれども。
 
「で? 他のコたちも無事に目が覚めたわけ?」
 
 あっけらかんとそう訊ねてきたセレンフィリティに、小さくセレアナは溜め息をついて、首肯をして見せたのだった。
 まったく、もう。一度死にかけたって、相変わらずなんだから。
 呆れはあった。だけれど、そうやって愛する者へと呆れることができる、そのこと自体がありがたいものであると、セレアナには思えた。
 

 
 いくら、目覚めたからといって。皆が皆、セレンフィリティのように何事もなかったかのように自由気ままに出歩いて、日常そのものの風景にあっという間に戻っていったわけではない。
 無茶はしないでと言うロザリアーネに従って、車椅子に載せられて。やってきたウィルヘルミーナが見たのは、ベッド上に身を起こした彩夜と、その傍に佇む香菜と。
 香菜へと深々と頭を下げる、某──彼に頭を下げさせる、車椅子上の綾耶という構図だった。
 
「えっと、どういう状況?」
 
 ファイリアが、頬を掻いてきょとんとして、窓際にいたシリウスに訊ねる。
「別に、どうもこうもねえよ。ただ、ああしないと気が済まないんだと。落とし前だよ」
 頭を下げられた香菜は、戸惑っていた。しかしそれ以上に彼女の隣にいた柚がなぜだか当人よりあわあわして、彩夜や三月にきょろきょろ振り返って焦っていた。まあ、急に目の前で深々と頭なぞ下げられればそういうものか。
 
「あー。そういえば、涼司。落とし前っつったら、あの鳩尾。けっこー戦闘中も尾を引いたぞ、やられてたらどうしてくれてたんだよ」
「さあな?」
「さあ、って。お前なあ」
「まあまあ」
 
 談笑をしていた山葉夫妻にシリウスが言葉を向け、軽く涼司にあしらわれて口を尖らせる。両者の間に入ってなだめる、加夜。
「──あれ?」
「どうしたの? 母様」
 その光景を、微笑ましくウィルヘルミーナは眺める。そして、誰かが足りないことに気付く。
 そういえば。あの子は?
「ルシアさんの姿が、見えませんけど。どこに行かれたんでしょう?」
 

 
 きっと、気配を感じたのだろうと思った。
 
 廊下に出て、ルシアが辺りを見回している──やっぱり、気付かれてしまったか。
 完全に見つかる前に、立ち去ろう。
 
「顔も合わせずに、行ってしまうのか?」
 
 そう思い、踵を返した神条 和麻(しんじょう・かずま)の行く手に、男がふたりいた。
 遺跡の中で見た顔と、外にいた顔。唯斗と、煉だと、すぐに和麻は思い至る。
「ルシアのこと。影ながら助けていたの、あんただろう?」
「……」
「沈黙は図星だと言っているようなものだぞ」
 彼らの言うとおり、密かに遺跡内に潜入してルシアの行く手に道を切り拓いていたのは確かに、和麻だった。
 その、なんというか。色々と顔をあわせづらくって。
 
「あっちは別に気にしてないみたいだぞ?」
「……こっちが気にするんだ」
 
 少しくらい、気を回せよ。わかるだろ。わかんねえよ。そんなやりとりを交わしつつ、彼らと和麻はすれ違う。
「あ、ふたりともー。こっちこっち。ちょっと訊きたいことがあるんだけど──……」
 唯斗たちが背後に消えて行って、そして不意にルシアの声を耳にして。
 一瞬ぴくりと立ち止まりかけて、それでも身体は脳の発した停止信号を拒み、歩いていく。
 これでいい。ルシアに平穏があること。彼女の大切な者たちが平穏であること。それが和麻の望むことであったから。
 心の奥に充足感が満ちていくことを感じながら、彼はひとり帰途につく。
 
 現実の中に吹く風が、気持ちよく皆を撫でていく。
 
                                    (了) 
 

担当マスターより

▼担当マスター

640

▼マスターコメント

 ごきげんよう。当シナリオ、担当マスターの640です。お待たせしました、後編リアクションをお送りいたしましたが、いかがだったでしょうか?
 今回はいつも以上に皆様の投稿されたアクションがそれぞれの方向性をはっきり持たれていて、そのぶんリアクションを書いている側としては非常に楽しかったように思えます。
 いや、書いてて楽しかったです、はい。
 
 それではまた、次回のシナリオガイドでお会いできることを祈りつつ。では。