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一月みんな揃ってのお誕生日会

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一月みんな揃ってのお誕生日会

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■ Happy Birthday ■



「うわ、花だ」
「花が咲いてるよ!」
「きれ〜、いっぱい〜」
 子供の声を聞きつけて黒崎 天音(くろさき・あまね)は玄関の扉を開けた。
 買い込んで振りまかれたキンセンカとスノードロップがエバーグリーンの恩恵で孤児院の周り一面を花畑にしていた。
 飾り付け組のサプライズは子供達を玄関に入る前から十分に驚かせている。
「みんなお帰り」
 出迎えた天音に一人が大発見とばかりに指を指した。
「天音先生だ」
「先生?」
「天音先生。先生だよ」
 わっと湧き上がった子供達はあっという間に天音との距離を詰めて取り囲んだ。
「来てくれタのか」
 ぬいぐるみを引きずる一番小さな女の子を連れたシーに天音は頷いた。
「さ、まずは手洗いとうがいをしておいで」
 子供の肩を叩いて天音は洗面所に皆を追い立て、広間に帰還を知らせるとブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)と二人で扉の前に立った。
「手洗ってきた」
「うがいもしてきたよ」
 足音も賑やかに戻ってきた子供達を確認して、天音とブルーズは両開きの扉を開け放った。
 ぱん。と頭上でクラッカーが鳴らされる。
 ぱん。
 ぱん。
 ぱん。
 ぱん。
 五つ目のクラッカーが鳴らされたのと同時に、部屋中央最奥に吊るされたくす玉が、パカっと割れた。
 球体に内包されていた紙吹雪が空気の流れに乗って室内を一周する。ひらひらと降り落ちる紙の花弁に祝福されるようにくす玉から伸びた垂れ幕の文字が子供達を歓迎した。

「ハッピーバースディ! お誕生日おめでとうッ!」

 唱和された全員の声と盛大な拍手に子供達は声を失った。そんな彼らを天音は前に進むように促し、ぴたりと扉を閉める。
 刹那、室内が暗転した。
 暗闇の中、クレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)がその指先を動かす。
 子供達の肩それぞれに羽つき小人が出現した。簡単な光マジックなのだが素敵なマジックショー☆の効果がその演出を華やかにしていた。光り輝く羽つき小人たちは軽快なリズムで空中をステップで移動し、部屋中央に置かれた四角くて巨大なバースディケーキに近づくとロウソクに炎を灯した。
 一つロウソクが灯るごとに苺のショートケーキに書かれたチョコホイップの「Happy Birthday」の文字を浮き上がらせていく。
 最後の一本に火が揺らめくとケーキの全貌が、周囲に乗せられた名前の書かれたチョコプレートの全てが余さずオレンジ色の炎に暖かく照らされた。
 コントラクターが子供の手を引いた。一人ひとりケーキの前に連れて行く。最後のひとりがケーキに辿り着き綺麗な円形で囲んだのを見て、ノア・リヴァル(のあ・りう゛ぁる)は自分の胸に右手を添えた。
「Happy Birthday To You」
 緩やかな歌い出しに白波 理沙(しらなみ・りさ)のギター伴奏が追加され、
「Happy Birthday To You」
 ピノ・クリス(ぴの・くりす)のタンバリンと、
「Happy Birthday To You」
 チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)のキーボードが加わり、
「Happy Birthday Dear みんな〜 Happy Birthday To You」
 全員の合唱へと祝いの歌は昇華された。
「さぁ、蝋燭を吹き消して」
 優しく囁かれて、唇が恐る恐る蝋燭の揺らめきを吹き消した。
 パッと室内が元の明るさを取り戻し、全員が全員割れんばかりの拍手を送った。おめでとうと口々に祝福する。
「さ、お前ら好きな席に座れ」
 照れる子供達に大鋸は声をかけた。
 扉を開けて最奥に小さな舞台、中央にケーキ、それを囲むように机と椅子がコの字に設置されている。誰の提案か、コントラクターが空席を一つずつ空けて座っていた。今後の出番を控えている人間と裏方に徹している数人は別の席に一列に座っている。
 その空いた席に座れと指示を受けて大鋸に当惑の目を向ける子供達に向かって、レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)は両手を体の前に広げ、満面の笑みを浮かべた。
「おいでーおいでー」
「あ、俺あそこに座る!」
 明るい声で招かれて男の子がレオーナの横に座った。それを契機に子供達は照れて、はにかみながら、ちょっと遠慮がちに、それでも嬉しそうに、ほんの少しだけしぶしぶと、仕方なさそうな生意気さを見せてそれぞれが着席した。
 最後のひとりが座るのを待って、台所へと続く扉が開かれ、料理が運ばれてくる。
 仕切り付きプレートに唐揚げ、ツナサラダ、お椀型に盛られたジーナ特製炒飯、カップに入れられた海老と星型の人参と錦糸卵と色彩豊かなちらし寿司、真四角の行儀良い形をしたゆでたまごのミートローフとミニ野菜スティック、果物と蜂蜜が乗せられたパン。
 白地に縁が黄色いラインが入った皿に乗せられたハンバーグカレーは型抜き野菜が煮崩れしておらず実に可愛らしい。深皿にフライドベーコンが混ざったマカロニサラダ。水玉模様のマグカップには砂糖入りの甘いホットミルク。
 その全てが料理を手がけた料理班とミャンルーやペンギンアヴァターラヘルム達が次々と机の上に料理を並べていく。
 ローストチキンをリクエストを聞きながら切り分ける鈴鹿に天音は彼女と軽く挨拶を交わす。
 料理を運び終わった数人が無地の白い皿に均等に切り分けたケーキを乗せてこれも皆に配り始める。ロウソクが乗っているケーキは子供達にお祝いの言葉と共に渡した。
 皆の前に料理が揃ったのを見て大鋸は少しだけ考えた後、シーに目配せした。役割を譲られて、立ち上がったシーは胸の前に両手を合わせた。
「いただきまス」
「いたーだき、ます」
 何の飾りもない挨拶だった。ただ感謝だけを込めた、言葉だ。
 唱和した子供達は見たこともない豪華な料理にフォークを挿し入れた。



 食事が一段落したのを見計らって席を立ったのは天音、ブルーズ、クレアの三人だった。クレアにつられて立ち上がろうとしたレオーナは男の子に引き止められている。
 縋るような視線に気づきクレアは大丈夫ですと片手を挙げる。
「レオーナ様はどうぞ子供たちと一緒に」
「え?」
「きっとその方がレオーナ様も楽しめますよ」
 精神年齢的に完全同化できると思いますの一言を飲み込んで、大丈夫ですとクレアはレオーナに念を押す。
「天音先生なんかするのー?」
 マジシャン姿で中央に進み出た天音に質問が投げかけられる。
「んー、何をすると思う?」
「聞いてるのはこっち! それともなにも考えてないのー?」
 子供特有の囃し立てに困った顔になった天音は頭に被るシルクハットを手に取り、一旦帽子の中が何もないのを子供に見せてから、相談するようにハットの中に顔を寄せる。困ったなら助けてあげよう。そんなタイミングでトランプを持ったきぐるみ好きのネズミゆるスターのスピカがぴょこりと顔を出した。
「おおー」
「何々、なにやってるの」
「見せて、見せてー」
 なにかが始まったのを察して、席を立った子供が天音を取り囲み始める。
「はーい、みなさんは自分の椅子を持って真ん中に座りましょう」
 ケーキを乗せていた机をブルーズと共に撤去したクレアが舞台の前に背の順で座らせ始めた。
「レオーナも、レオーナも一緒!」
 気に入れられたらしいレオーナも前に連れだされた。男の子の隣で、後ろの邪魔にならない位置に座った。
 舞台にぽつんと小さなテーブルが用意されている。裏方に徹しているブルーズの補佐は一分の隙もなく滑らかだ。
 テーブルの上にシルクハットを置いた天音の手が離れる前にスピカはトランプごと天音に飛び移り、右手から左肩へとてこてこ駆け登った。そして左肩から掌に綺麗に流れ落ちて、ころんと着地する。
「じゃぁ、まずはトランプマジックからかな?」
 スピカから譲り受けた一枚のトランプは天音の手の中で五十三枚一組に増えた。それだけでどよめきが広がった。
 トランプ一枚を選び他は全てスピカと共にシルクハットに戻す。
「このトランプは何に見える?」
「ハートのクィーン!」
「よく見てて。一回、二回、三回!」
「スペードのエース! 変わったスゲーッ」
 親指と人差指と中指で器用にトランプを回転させて最後の三回転目に絵柄の交換を成功させた天音は、にこりと笑う。
「で、クィーンはスピカが持ってるよ」
 シルクハットからスピカがハートのクィーンを取り出して、見せる。
「あ!」
 唐突に声を上げる。天音は最前列の赤毛の女の子に近づいた。
「髪の中に何を隠しているのかな?」
 女の子の襟足に伸ばした天音は蒼い鳥を乗せた手を引き戻した。突如として現れた生き物に子供たちの視線は釘付けだ。
「幸せの蒼い鳥だね。君たちの為に今日この日に駆けつけてくれたのかもね」
 天音が放った蒼い鳥は数度の羽ばたきの後クレアの指先に止まった。
 指先に童話に語られる幸せの象徴を灯すクレアはにこりと子供たちに笑いかけた。
「クレアー!」
 パートナーの出番にレオーナが声援を送る。
「クレアー!」
 男の子が真似をした。
「クレアー!」
 子供たち全員が彼女を名前を叫んだ。期待に満ちた眼差しを一身に浴びて、クレアは一度深々とお辞儀をした。
 蒼い鳥を両手で包み込み魔法の呪文を唱えて、
「あれ?」
 唱えて、
「あれ?」
 開いた手には未だ蒼い鳥が鎮座していた。
「変わんないじゃーん」
 レオーナが男の子と一緒にブーイングを飛ばす。すっかり打ち解けている様だ。
 クレアは芝居がかった仕草で大きく深呼吸した。
「世の中、二度あることは三度あるということわざがありますが、三度目の正直ということわざもあります。わたくし失敗するよりは成功したいので、どうか皆様力を貸していただけますか?」
 問いかけると全力の「いいよー」が返ってきた。
「では、わたくしが、せーの、と声をかけますので、皆様は、変われー! って叫んでください」
 言うと再び蒼い鳥を両手で包む。
「それでは、せーの!」
「変われーッ!!」
 子供達の声援を受けてクレアの掌から一回り大きくなった白い鳩が飛び出した。バサバサと翼を動かし、テーブルの上に着地する。
「おー、鳩!」
 子供達が自分の手助けで成功したと、興奮の声を出した。
「成功ですね! じゃぁ、ちょっと調子に乗ってみましょうか」
 何も無い両掌から、一羽白い鳩を出現させた。一羽だけじゃない。
 二羽、
 三羽、
 四羽、
 一体メイド服のどこにそんなに隠しているのか次から次へと小さくない鳩を掌に生み出すクレアに子供達は驚きに声を失った。
「はい。最後の五羽めです」
 宣言し、クレアの魔法の呪文が唱え終わり現れ居出たのは、極上の執事服に身を包んだモノクルの煌めきも鋭いアガレス・アンドレアルフス(あがれす・あんどれあるふす)だった。
「小さな紳士、小さな淑女諸君。祝いを楽しんでいるかね?」
 一瞬の沈黙の後、
「鳩じゃないッ!!!」
ビックリマークを三つ付けた驚愕の声が孤児院の天井を突き抜けた。
 今日一番子供達の動揺を誘ったアガレスはクレアの手からリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)が舞台に持ち込んだ専用の止まり木へと立ち位置を変えた。
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ! 我が名はアガレス・アンドレアルフス!! 稀代の大英雄であるぞ!!」
「うわっ」
「うわっ」
「ああ、だが、悲しいかな現在の我輩は恐ろしくも醜い悪しき魔女の魔法で姿を変えられたのだ。しかし、聞け子等よ。吾輩は今正にその悪しき魔女の討伐に向かっている最中なのじゃ!」
 ビシリと明日の方向へ翼を突き出したアガレスに主に男の子が「おおお」と盛り上がった。空かさずリースのナレーションが流れる。
「数々の苦難を乗り越えてとうとう、悪い魔女のお城に辿り着いた勇者アガレスは凶悪なドラゴンに姿を変えた悪い魔女に最後の決戦を挑もうとします」
「見よ、あれがドラゴンになった魔女の姿ぞ!」
 リースが操る使い魔紙ドラゴンが舞台の上に出現した。
「おおお、大きい」
 小柄なアガレスと比較すれば、そのドラゴンは十分大きい部類に入る。稀代の英雄が邪悪で巨大な敵に挑むという構図は主に男の子の反応が良い。
「やれ魔女よ! 大人しく吾輩の刃にて消え去るが良い!」
 アガレスが空を舞った。ドラゴンも翼を広げる。両者は激しい空中戦を展開した。
「しかし、決着はすぐにつきました。アガレスの白銀の翼「アガレスの翼」がドラゴンの弱点である胸の宝石を捉えたのです」
「アガレスの翼! 必殺技っぽい!」
「さぁ、勇者アガレス、英雄アガレス、彼は見事魔女を打ち倒したのです」
「そして、聞け子等よ! 呪った魔女は見事倒したぞい。今こそ、今こそ吾輩は元の姿に!」
 悪い魔法を掛けられたアガレスは倒れたドラゴンの影に隠れてレーヴェン擬人化液を一気に飲み干し、その姿を現……――。
 生演奏のエンディングが流れはじめた。
 大英雄アガレスの冒険は拍手喝采で無事閉幕する。
 冒険譚に沸き立った室内が曲に促されて徐々に穏やかな暖かさを広間に満たしていく。
 BGMっぽく流れていた曲がタンバリンの合いの手を受けて、ガラリと雰囲気を変えた。
 ピノが叩くタンバリンの音はどんどん曲調のリズムを変化させて行き、舞台上にギターの理沙、ボーカルのノア、ショルダーキーボード提げたチェルシー、タンバリン係のピノが揃ったのと同時に、打ち止んだ。
「みんな、誕生日おめでとう」
「さっきお歌うたってたのおねえちゃん?」
 時として子どもというのは空気を読まない存在である。立ち上がらんばかりの勢いで質問してきた天然頭の男の子に理沙は首を横に振った。
「私はギターだよ。歌ったのはノアよ。でもどうしてかな?」
「僕、歌いたい!」
 男の子は即答した。
「僕おねえちゃんみたいにさっきのお歌うたいたい!」
「そうか。歌いたいんだね。みんなは歌う?」
 問いかけると、「歌うー」と返事が返ってきた。レオーナも混じって挙手している。
「じゃぁ、立とう!」
 理沙の掛け声に全員が屹立した。歌を教えてもらえると知ってそわそわしている。
「では、歌詞からですね。とっても簡単なので緊張しないでリラックスしてください。大丈夫、メロディは難しくありませんから、ね?」
 ノアを中心に歌詞の応酬が繰り返される。
「うん。一通り覚えたかな? なら一回合わせようか」
 理沙がギターを構えた。ピノのタンバリンを合図にチェルシーの前奏が流れ、ノアが歌い出しの合図を送る。
「はっぴばーすでー、とぅーゆー♪
 ぱっぴばーすでー、とぅーゆー♪
 ぱっぴばーすでー、でぃあ……――」
 誰を指定していいのかわからず一旦歌が切れるが、ピノがタンタンとタンバリンを鳴らした。
「お誕生日のみんな〜」
「はっぴばーすでー、とぅーゆー♪」
 ピノの助け舟を借りて子供達は祝の歌を歌いあげた。
 きゃあきゃあと喜ぶ子供達に、更に二曲披露した理沙達は最後のトリとロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)に舞台を譲った。
 舞台の中央に立ったロレンツォに、子供達は静かになった。彼は自分の胸に手を置く。
「皆さん、お誕生日、おめでとうございマス」
「お誕生日おめでとう」
 アリアンナ・コッソット(ありあんな・こっそっと)がロレンツォの後に続いた。
「まずは、私から皆さんへ、お祝いの歌を、歌わせてくだサイ」
 子供達のためのノエル、新年のミサ曲、自分が知っている曲の中でもっとも相応しいと選んだ歌。
 込められた思いは、心は、「命」と、「愛」。
 人間の生きていく上で一番大切な基本。
 それをどうしても伝えたくて、願いを歌に込める。
 元がつくが神学生の彼が謳う。日々教会で聖歌を響かせた喉が今子供達の前で披露されている。
 ア・カペッラ。
 子供達の誰もが、動けなかった。
 信念が揺らぐ中、それでもまだ歌えることに、神様が与えてくれた奇跡に感謝しながら、歌い終えたロレンツォは終了しましたと一礼に頭を僅かに下げた。
 同時に皆にかかっていた金縛りも解ける。
 拍手も送れずに呆然とする子供にアリアンナは近づいて目線を合わせた。
「大丈夫?」
「……うん」
「泣いてるわ」
「……うん。感動しちゃって。こんな日が来るなんて全然考えてなかったから。なんか、幸せ過ぎて、胸がいっぱい」
 歌を真剣に聞くというのが、先程までの興奮を冷静に思い出させたようだった。
 目尻に溜まる涙を拭った子供にロレンツォは頷いて見せた。
「「生まれた日」も記念すべき大切な日、けれど「今生きていて幸せだと実感できた日」も、また特別ないい日。
 自分が生きている、と自覚できたなら、それが「新しく生まれた日」。
 もし、今日そう感じる事ができたなら、今日をみんなの共通の誕生日にしまショウ」
 ロレンツォが出した提案に子供達の反応は様々だった。幼い子は単純に頷いたり、素直に喜ぶ子が大半だったが、難しい年頃の子の中には、喜びと苦しみとが入り交じって、終いには泣きだしていた。
「歌いまショウ」
 静かに、投げかけた。
 優しく、泣かないで、の言葉の代わりに。
「歌いまショウ」と。