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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 4

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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 4
ようこそ! リンド・ユング・フートへ 4 ようこそ! リンド・ユング・フートへ 4

リアクション

「どこもかしも敵、敵、敵。敵だらけだ!」
 くしゃくしゃになった机上の地図を見て、レノア・レヴィスペンサー(れのあ・れう゛ぃすぺんさー)が言った。
 その顔には愉悦ともとれる嘲笑が浮かんでいる。

「何がそんなに面白いのかね? レヴィスペンサー上級大将」

 向かいに立つリブロがつぶやく。返答など期待しない、どちらかといえばそれは独り言だったのだが、意外にもレノアは地図から目を離して面を上げた。
「面白くないのですか? 元帥。周りじゅうが敵なんですよ。どこに向かって銃をぶっぱなそうが、気に病む必要はありません。こんな楽しい状態で、なぜ上層部は撤退などと言うのですか」
 心底そう思っているような声で、レノアは地図上に兵隊の駒を置いて行く。

「徹底抗戦です、元帥。ここで退くなど愚の骨頂です」
 ふうとリブロはため息をついた。
「おまえの意見は求めていない。撤退はすでに決定事項だ。私が求めているのは、すみやかに、迅速に、わが軍がこの街を脱出できる経路だ。負傷者がいる。避難民もいる。なまなかな作戦ではわが軍は全滅だぞ」
 レノアは笑みを消し、置いたばかりの駒を指す。
「どんな作戦であろうと、犠牲者は避けられません。ですが……そうですね、最小限で済ませるにはこの方法でしょう」
「囮部隊の配置か。しかし今の状況でそれは――」

「アタシが行きます!」

 アルビダが勇敢にも告げた。
「元帥は皆を導き、レノアは元帥を守るとなれば、あとはアタシしかいないでしょう! 陽動部隊の役割、アタシの部隊にやらせてください!」
「シルフィング少将…」

 そのとき、突然窓の外が明るく照らされた。
 ホバリングするローター音が響くなか、ゆらゆら揺れた光は地面を滑って窓にあたり、室内をまぶしく照らす。

「私がいるからだいじょーぶ! 任せて元帥!
 手伝うからね〜アルビダ〜」
 どこか呑気そうな空軍大佐エーリカ・ブラウンシュヴァイク(えーりか・ぶらうんしゅう゛ぁいく)の声が、スピーカーから大音量で流れた。



「いっくよぉー、アルビダ〜」
 街路に敵兵の姿を確認して、エーリカは機首を下げた。
 彼女に追随するように、航空部隊が高度を下げていく。すぐさま地上の敵軍が放つ銃声が始まった。
 エーリカたちも負けずに機銃で応戦する。

「よし。われわれも行くぞ」
 振り返り、そこにいる部下たちにアルビダが命令を下す。
「遠慮はいらん。派手にやれ! 敵の目をわれらに引きつけるのだ!」
 おおと猛声を上げて銃を手に兵士たちが走り出した。
 アルビダはこれから自分が向かう側とは正反対の方角を見つめる。
 リブロたちはどこまで進んだだろう? 空から地上からとはなばなしく暴れて攪乱し、敵軍の目をできる限り引きつけるつもりだが、それでもゼロにはならないだろう。

「レノア、頼んだぞ。たとえ命に代えても元帥をお守りするのだ」
 そして銃をかまえ、早くも銃弾が激しく交錯する街路へ向かって駆け出していった。




「これはまた……激しいな」
 間断なく響く銃声。怒号と悲鳴があちこちで上がっている街を目の前に、アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)はぽつっとつぶやいた。

 ばたばたと倒れる兵士。
 その死体を踏み越えて、さらに突撃を図る兵士。
 角を盾に見立て、ライフルを撃ち合っている。

「えーと…。これ、童話だったよな? エメリー」
「私に訊いたって現状は変わらないわよ。私だってあなたと同じ、何も知らないんだから」
 壁にもたれて腕組みをしたエメリアーヌ・エメラルダ(えめりあーぬ・えめらるだ)が素っ気なく肩をすくめて見せる。

「おかしいな……『青い鳥』って2人の小さな兄妹が旅をして、どこかを目指しながら都度都度で知り合った人々からしあわせとは何かについて話を聞く、ハートフルヒューマンストーリーじゃなかったのか? てっきりそうだとばかり…。だから一説ぶってやろうと思ってたのに、これでは第二次世界大戦だ、戦争映画じゃないか。いや、まあ、命のはかなさ、尊さを知るにはこういうエッセンスも必要かもしれないが…」

 真剣な目をして何かぶつぶつ言っているアルクラントに、そっとエメリアーヌは息を吐く。

「それで、私たちどうするの? ずっとこうしてここにいても仕方ないと思うんだけど」
「そうだな…。とりあえず、チルチルたちを捜そう」
 心機一転を図るように、アルクラントはベレー帽をかぶり直した。



 そのころ、チルチルは戦火に飲まれた街の街路を走っていた。
 ここがどこかも、どこへ向かっているのかも分からない。
 ただか細く、今にも切れようとしているクモの糸のようなリュートの音を追いかけて、わき目も振らずひたすら前を向いて走っていく。

「こっちだな」
 はあはあと息を切らしつつ十字路を右に曲がったとき。
 ひゅうう……と何かが飛んでくる音がした。

「あぶない!」
 そんな言葉とともに何か――だれかが後ろからぶつかってきて、チルチルは押されてつまずき転んだ。
 直後、向かいのビルが爆発し、瓦礫片がふりそそぐ。
 チルチルの周囲にも大小の破片が飛んできたが、上からかぶさっただれかのおかげで体に当たる物は1つもなかった。

「大丈夫? けがはない?」
 セルマ・アリス(せるま・ありす)は身を起こし、我が身を呈してかばったチルチルを見下ろす。
「う、うん……ありがとう、おにいちゃん」
 チルチルは何がどうなったか分からない、といった様子で目をしぱたかせるも、セルマが助けてくれたことだけは分かったようで、素直に礼を言う。
 手を借りて立ち上がったところに中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)、通称シャオが血相を変えて駆け寄った。
「2人とも無事!?」
「うん。大丈夫だよ、シャオ。ありがとう。
 にしても、この章はきついな。こんなの子どもの見るものじゃないよ」
 チルチルをそれとなく壁側にかばい込んで周囲を見渡す。道をはさんだ反対側のビルの輪郭線が赤く、夜空を朱色に染めていた。
 セルマはこんな光景を過去目にしたことがあった。火災が起きたのか、火が放たれたのか。まだ炎自身は見えず、風は熱くないが、すぐにここまでやってくるに違いない。

「早くここを離れた方がいい。
 チルチル、きみどこへ向かっていたの?」
「あっち」
 とチルチルが指差したのは、炎と反対の方角だった。
「そっか。じゃあ俺とシャオが送っていってあげるよ。危ないからね」
「うん。ありがとう、おにいちゃん、おねえちゃん」
 こんな街でずっと1人で、よほど内心では怖かったのか、チルチルはめずらしく虚勢をはることもなく素直にセルマの差し出す手を握った。

 それから3人は銃火の飛び交う街なかをくぐり抜けて走った。
 彼らを導くリュートの旋律は、最初は細くてちょっとした音にもすぐ掻き消される頼りないものだったが、近付くにつれてだんだん音量を増していく。
 やがてそれらの音がセルマたちの耳にもはっきりと聞こえるようになったころ。

「あっ、いた! いたよ、おにいちゃん! ミチルだ!!」

 チルチルがぱっと表情を輝かせ、歓声を上げて前方を指差した。
 硝煙でけぶった空気の向こうから、小さな少女が両手を突き出してこちらへ駆けてくる姿があった。後ろにはリュートを持った<猫>と周囲を警戒する<犬>がいる。

「お兄ちゃん! よかった、お兄ちゃん! 捜したのよ?」
「ばかだなぁ。泣くなよ、泣き虫ミチル」
「だって、ずーっとずーっと捜してたのに、どこにもお兄ちゃんがいないんだもの」
「俺がどうにかなったりするわけないだろっ」
 首に腕を回してぎゅっとしがみついてくる妹の頭をなでてあやしながら、チルチルは妹に見えないところで目尻に浮かんでいた涙をこすり取った。

「チルチルも見つかったことだし、さっさとこの部屋から出よう」
 <犬>のもっともな言葉に全員がうなずく。
 だがチルチルだけが違った。

「だめだよ! まだ青い鳥を見つけてない! 夜の女王が月の鳥って青い鳥を飼ってるって聞いたんだ!」
「お兄ちゃん。でもあたし、もう帰りたいわ。こんな怖い所、いたくない」
「何言ってんだ、ミチル! 俺たちはここに青い鳥を探しに来たんだろ? 見つけなかったら怖い思いした分、損じゃないか!」
「だって…」
 ミチルの目に、せっかくチルチルと会えて止まっていた涙がまたもや浮かぶ。

「ああもう!」
 じれったさに声を上げたのはシャオだった。
「命がかかってるのに、損って何よ? 損って!
 ほら、これでいいでしょ!」
 どこから出したのか。
 シャオが付き出した手には鳥かごが握られていて、なかにはかわいらしい青い小鳥が――……

「って!」
 ブッとセルマが吹き出した。
「それ、レーレじゃないか!」

 鳥かごのなかにいたのはセルマのパートナーで翠燕型のギフトレーレ・スターリング(れーれ・すたーりんぐ)だった。
 
「わあ! 本当に青い鳥だあ!」
 と、なかを覗き込んで素直に喜んでいるミチルの後ろで
「それ、ミドリツバメだし! スズメ科だし! そもそも鳥じゃないから!」
 セルマが血の気のひいた顔でツッコむ。

「まあまあ。いいじゃないの、セルマ。そもそも青い鳥なんて本当にいるかどうかも分からないんだし? レーレもやる気になってるみたいだし」

「クークー!(いきなりわたくしをこんなところに閉じ込めて、何やってるんですかあなたは!)
 クーククー!(わたくしを売り払うつもりですねっ! そうはさせませんよっ!)」
 鳥かごの隙間から身を乗り出して、ビシビシッとシャオを突っつくレーレ。
「クークー! クー! クー! クー!」
 ビシビシッ、ビシビシッ!
 ビシビシッ、ビシビシッ!

「どう見ても怒ってるようにしか見えないんだけど」
 心なしか目も吊り上がってるみたいだし。
 突っつくくちばしに殺意がこもってるように見える。

「いたっ! 痛いわね、何が不満なのよ、レーレ。人助けでしょ」
 あわてて手をひっこめるシャオに、はーーっとセルマは重いため息をついた。

「もういいから、シャオ」
「えー?」
 不満そうに声を上げるシャオからミチルに向き直り、そっと鳥かごを持つ手に手を重ねた。
「ごめんね、2人とも。この子はどうしてもあげられないんだ。この子はきみたちが探している鳥じゃないから」
 セルマが入り口を開けるとレーレはその手に飛び乗って、チョンチョン跳ねながら肩まで登って行った。
 そして頬ずりをする。
「クー ♪ 」

 その姿を見て、ミチルは言った。
「おにいちゃんの鳥さんなのね」
「うん。本当にごめんね」
 悲しそうにレーレを見つめるミチルの頭をなでる。

「じゃあやっぱり探さないと!」
 チルチルが言ったときだった。

 ギャリギャリギャリと金属が噛み合って回る音、何か硬い物を踏み砕く音が大通りの方から聞こえてきた。
 キャタピラで街路を踏み砕きながら、巨大な鉄の乗り物が複数近付いてくる。

「あ、あああ……あれ、なにっ!?」
「くそッ、戦車だ! ベルテハイト、早く2人を連れて行け!」
「何をするつもりだ」
「我はあいつを食い止める!」
 言うが早いか、<犬>は牙をむいて戦車へ向かって行った。

「チロー!」
「だめだ! 危ない!」
 あとを追おうと飛び出したチルチルを抱き止めたのは、路地から飛び出したアルクラントだった。
「放して! チローは俺の犬なんだ! 俺が守ってやらないと!」
 アルクラントの腕のなかで暴れるが、宙吊りにされてはどうしようもない。あっという間に抑え込まれてしまった。
「一体何があった?」
「2人を扉まで連れて行かねばならないのだが……貴公たちに託してもよいか?」
 <猫>が言う。
「あ、ああ。かまわないが。きみは?」
「あやつの心配をしているわけではないが、1人では荷が重いだろう。心配するな、ある程度片がつけばあとを追う」
 フッと口角を持ち上げ、不敵な顔でそう言うとベルテハイトはゴルガイスを追って行った。

「とにかく、行きましょう、アルクラントさん。2人をこの部屋から出すんです」
 つい今しがたこの場に到着したアルクラントには話の進行がよく見えなかったが、それでもこの戦場のただなかに子どもがいる状態がおかしいというのは理解できた。
「そうだな。分かった」

 それからアルクラント、エメリー、セルマ、シャオの4人はチルチルとミチルを庇いながら走った。
 子ども2人の走る速さに合わせているため、移動は遅々として進まない。しかし、いつ、どこから兵士が飛び出してくるかも分からない状態で、2人を抱いて運び、両手をふさぐわけにもいかない。
 周囲に細心の注意を配りながら走っていると、突然向かいの店が爆発した。


「うわあ!」
 軽いチルチルとミチルは遠くまで吹き飛ばされて、路地裏を跳ねて転がる。
「ううう…」
 うめきながら身を起こしたチルチルの視界に、4人の兵士の姿が入った。
 兵士たちはだれも血走った目をしてうす笑いを浮かべており、見るからに興奮し、狂っているのが分かる。
「お兄ちゃん…」
 ミチルがおびえてチルチルにしがみつく。
 観念して、ぎゅっと目をつぶったミチルを庇うようにチルチルが胸に抱き込んだ瞬間。

 ごうっと音を立てて炎が横路地から吹き出し、なかから1人の男が飛び出した。
 まるで火炎から生まれたような男――原田 左之助(はらだ・さのすけ)は、その手に握っていた槍でまたたく間に銃をかまえていた男たち4人を倒すと、まるでナイフで切り裂いたかのような切れ長の目で2人を見下ろす。

「おい、無事か? おまえら」
「う、うん…」
「おまえ、だれだよ?」
 見るからに人でなさそうな、異質な雰囲気を漂わせた男にチルチルはおびえているのを悟られまいと、懸命に虚勢を張る。

 助けてもらっておきながら礼も言わず、ずい分生意気な態度だと思わないでもなかったが、妹の前で必死に頑張っているのだと思うと左之助もにやりとせずにはいられない。
「俺は<火>だ」
 槍を肩にかつぎ、左之助は答えた。
「ここに入れない<光>の代わりにきた。<火>は<光>の縁戚だからな。
 その意味じゃあ俺も本来は入れないんだが……こうも部屋内の火力が上がっちまやあ、夜の女王の支配なんぞ関係ねえ」
「夜の、女王…」
「ああ。あの性悪は、おまえさんたちに月の鳥を取られたくないのさ。だからこの部屋に引き込んだ。
 ここには月の鳥はいねえ。だからこんな胸くそわりぃ部屋、さっさと出るぞ」
 そこまで言うと、<火>はおもむろに、ひょいとミチルを襟首を掴んで持ち上げた。
「ミチル!」
「おまえはこっちだ」
 と、いつからそこにいたのか、1匹の犬の背にミチルを下ろす。

「チロー! 戻ってきてくれたんだね!!」
 チルチルの喜びにあふれた声に「ワフッ」と椎名 真(しいな・まこと)扮する犬のチローは吼えた。
「……おーおー。シッポ振っちまって」
 飛びついてきたチルチルを舐める姿はまるきり犬だ。

「チロー、チレットはどうしたの?」
「うーん…。すぐ追いついてくるよ。きっと」
 真はつい先ほど見たベルテハイトとゴルガイスの姿を思い浮かべて答えた。

 もともとここの兵士たちはごく一部を除いてほとんどがリブロがクリエイター権限で創作した戦争世界の幻影にすぎない。
 リストレイターにかかればそんなもの、ただの紙片も同然だ。
 この世界において、リストレイターはほぼ神に匹敵する能力を使える。


「真――じゃない、<犬>。おまえはその子を運んでやれや。子どもの足にゃあこっから先はきつすぎる」
「うん。分かったよ、兄さん」
「え? <火>はチローのお兄さんなの?」
 真にまたがったミチルが2人の会話を聞きつけて疑問を口にする。
「あ。えーと……ほら、いつもあったかい食事を作ってくれるでしょ? 部屋だって暖かくしてくれるし。僕たちみんな感謝してるんだ。<火>はみんなのお兄さんなんだよ」
 ちと苦しいごまかしだったかと思ったが、幸いにも幼いミチルはそれで納得したようだった。
「ふうーん。じゃあ、わたしにもお兄ちゃんなのね。
 <火>のお兄ちゃん、ありがとう」
「……あ、いや、まあ…」
 少女から純真な感謝の目で見上げられて、左之助はどう反応していいものかとまどう。そこで、視界に入った小生意気なチルチルの頭に手を乗せた。
「おめえは走るんだぞ。男なんだからな」
「分かってるよ!」
「よく言った」
 こういう反応ならお手のものだ。左之助は髪をくしゃくしゃにして笑った。


 <火>を先頭に、再び彼らは走り出した。
 炎を避け、立ちふさがる兵士は全てなぎ倒し、最短の距離で扉へと向かう。
 彼らは強くて、チルチルとミチルは安全に部屋を出る扉までたどり着くことができた。


「扉だ!」
 喜び、駆け寄るチルチルたちの後ろでセルマたちが足を止める。

「おにいちゃん?」
「2人とも、この先何があっても兄妹仲良くね」
「クークー(頑張ってね)」
「私たちが行けるのはここまでよ。
 あのね。私から1つ助言。しあわせなんてどこにだってあるわ。それを素直に受け取る心があるのかないのか。ひとが幸せになれるかどうかが決まるのは、結局そこなのよ。
 今はまだ分からないかもしれないわね。だけど覚えておいて損はないわよ」
 じゃあね、とチルチルのほおを軽く引っ張って、笑顔でセルマの横につく。

「助言か。では私からも言わせてもらおう」
 アルクラントが進み出て、チルチルと目線を合わせるようにしゃがんだ。
「しあわせというものは人によってかたちが違う。私にとってのしあわせとは「出会い」だ。人との出会い、素敵な出来事との出会い、
そういったものを求め続けることこそが私にとってのしあわせと言えるだろう。そして、それを手にしている私はすでに青い鳥を手に入れていると言っていい。だれの目にも青く見えなくても、これが私だけの青い鳥だ。
 きみたちはきみたちだけの青い鳥を見つけられたらいいね」


「あんな難しいこと言ってもねえ。あの子たち、絶対ピンと来てないわよ」
 <火>と<犬>とともに扉をくぐるチルチル、ミチル兄妹を見送りながらエメリアーヌがつぶやく。
「言ってることは間違っちゃいないけど」
 まあでも、幸せなんてものは人それぞれ。ひとの感情は数珠つなぎにつながっていて、どれも少しずつ混ざり合ってるから、とても定義なんてできない。
 ひとつ幸せを見つけても、次の幸せを捜し求める。それはとても幸せなことかもしれないし、とても悲しいことかもしれない。
 でも、だからこそひとは人として生きていける。素敵なこと。
(あの子たちは……ジーナは、それに気付くことができるかしらね)

「……人間が永遠の旅人であるのならば、その終着駅は人生の終わりだ」
 独り言のようにアルクラントはつぶやく。
 彼はジーナを想っていた。
 死という終着駅を目前にしている女性。

(今はまだ私はそこへ向かう途中だが、やがてたどり着いたとき、何を思うのだろう?)
 彼女のようにおびえるか、それともやりきったと納得するか。
 答えはきっと、そのときまで分からない。


 この短くも長い物語が、終わりへと向かうものの答えへの助けとなりますように――。


 だれも口には出さないけれど。
 彼らが心から願っていることは同じだった。



 無事、戦争の部屋を抜け出したチルチルたちは、今度こそ扉の上に付いたプレートをよく読んでから扉を開けることにした。
「『月の鳥の部屋』――ここだね」
 重い青銅の扉を<火>が押し開く。
 扉の向こうはやはり闇で、戦争の部屋を思わせたが、決定的に違ったのは天高く丸い月が浮かんでいるところだった。

 真っ白い大きな古木があって、枝じゅうに青い鳥がとまっている。
「見つけたぞ! 青い鳥だ! それも、何千羽も! チロー、早く捕まえるんだ!」
「すごーい」
 月から降る光を食べている様子の鳥たちに見惚れるミチル。<犬>は真の姿になって彼女を地面に降ろした。
「今捕まえてくるから、ここで待っていてね」
「うんっ」

(青い鳥、いっぱいいるけど……ここで暮らして自由に飛んでるの、ほんとに連れて行っていいのかな?)
 内心疑問に思いながらも、チルチルを手伝って真は青い鳥を何羽か捕まえた。
 一斉に飛び回る青い鳥たちから抜け落ちた羽がそこらへんで大量に舞っていて、周囲がよく見えないほどだった。

「もうやめよう。これで十分だよ、チルチル。鳥かごはいっぱいだ」
 鳥かごには7羽の青い鳥が入っている。
 7羽はなんだか少なく思えたチルチルだったが、これ以上捕まえても入れるかごがない。
「分かった。<光>たちの所へ戻ろう」

 しぶしぶあきらめて部屋から出る。
 けれど、なぜか鳥たちは扉をくぐった瞬間にかごのなかでばたばたと死んでいってしまった。
「えっ!? どうして!?」
 驚いたチルチルはあわててぐったりとした鳥たちを順に見たが、もうどの鳥も死んでしまっていて、ぴくりともしない。

「……鳥さん……死んじゃったの…?」
「……うん。月の鳥は、どうやら月の光の下でしか生きられないみたいだ」
「鳥さん、かわいそう…」
 じんわりとミチルの目に涙がにじんだ。
「泣くな、ミチル! 日の光の下でも生きる青い鳥を見つければいいだけだ!」
 チルチルが怒った声で言う。彼は腹を立てているようだった。
 それも仕方ないだろう。戦争の部屋であんな怖い思いをしたのに、この『夜のごてん』でも青い鳥を手に入れることができなかったのだから。

「もう泣かないで、ミチル。一緒にお墓作ろうね。僕も兄さんも手伝うから」
「…………うん」

 ミチルは真と左之助に手伝ってもらい、『月の鳥の部屋』に7つの青い鳥の墓を作ると、泣きながら『夜のごてん』をあとにしたのだった。