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第3章 枯れたひまわり

 名画『ひまわり』の絵画空間にて。

 12本の元気なひまわりを探すため、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が花畑を歩いていた。
「花は綺麗な姿で残されるべきだよね。花瓶のなかで枯れてしまうのは、とても悲しい」
 飛び交う毒虫を【紅蓮の走り手】で焼き落としながら、彼はつづける。
「絵画とは、美しい一瞬を切り取って永遠に残しておくもの。花の美しさを愛する身としては、なんとしても『ひまわり』を元に戻したいね」
「それは構わないが。あまり、他の花に目移りしないでもらいたい」
【ディテクトエビル】で周囲を警戒しながら、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が言った。
 なんでもこの花畑には、食人花がひそんでいるという。油断は禁物だった。
「大丈夫さ。俺には植物の心がわかる。おかしな花があれば、すぐに見分けがつくよ」
「どうだろうか。私には植物好きが高じて、目が眩んでいるように見えるのだが」
 そう言ってメシエは肩をすくめた。

 植物の心がわかるのは、エースだけではない。
 リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)もまた、【人の心、草の心】で花と会話をしている。
「お花さん……教えてください。この世界に、誰か暮らしていませんか?」
 リースの質問の意図はこうだ。もし花畑に人が暮らしているとしたら、花の所有者がいるということになる。
 ならばその人物に、ひまわりを摘む許可を得なければならない。
「誰がいようと、構わんのではないか。事態は一刻を争うのだぞ」
 スキルを使い虫を遠ざけながら、桐条 隆元(きりじょう・たかもと)が言った。
「そ、それは、いけないのですっ」
「まー。あたしはどっちでもいいけどね!」
 いち早く花畑に飛び込んでいたマーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)が、にこやかに言った。
「あたしはひまわりを摘むまで、虫たちを退治しておくよ!」
 マーガレットの放つ【舞い降りる死の翼】で、虫たちはバタバタと地面に叩き落される。
「ふん。リースがやりたいようにすればよい。わしは赤川を使って、畑を探らせておく」
 隆元は不器用な口調で言い放つと、野良英霊を畑へ放った。

「――管理人なら。あの丘の上にいらっしゃいますよ」
 花の言葉を聞き、リースは頭を下げた。
「あ、ありがとう。お花さん!」
 花が教えてくれた管理人の場所。リースはすぐに、案内された丘へと向かう。
「俺もついていこう。しっかり護らせてもらうよ」
「エースさん……」
「この畑には、どんな危険があるかわからないからね」
 エースがすかさず、彼女の後を追った。女の子が虫に刺され、珠の肌に傷がつく。そんな失態をジェントルな彼が犯すわけがない。
「では参りましょう。お嬢さん」
 そうして二人は、管理人がいるという丘を目指した。


                                     ☆   ☆   ☆


「あたしにかかれば、虫なんてどってことないよ!」
 マーガレットが慣れた仕種で虫退治をつづける。
 刺されれば、その痒さで気が狂うといわれている虻の群れも、ダンシングバックラーでさらりと受け流す。
 硬い装甲に針を失った虻たちは、為す術もなく自分の巣へと帰っていった。
「まったく。小癪な奴らだ」
 そのとなりで、隆元が吐き捨てるように言う。
 幻覚性の鱗粉を撒き散らす蝶にも、まったく動じない。【芭蕉扇】で風を作り出し、毒の粉を吹き飛ばしていった。
「こんな粉ごときで、わしを惑わせられると思うてか」
 雅やかに扇を振るった隆元だったが。

「あはは! 虫退治なんて楽勝だよ!」
 花畑を走り回るマーガレットをみて、隆元の顔が険しくなる。
「馬鹿者! そっちへ行ってはならん!」
 しかし、時すでに遅し。
「ふう。ちょっと疲れたから、深呼吸しよう」
 すぅぅぅ……。
 隆元がなびいた毒の鱗粉を、マーガレットが思い切り吸い込んでしまった。

「あ、あれ? なにか景色がおかしいな……」
 状態異常に耐性のある【花飾りつきカチューシャ】を装着した彼女だが、幻覚は免れなかったようだ。
 もたつく足元で、マーガレットがふらふらと歩く。
 そんな彼女の行く先には。腐肉のような悪臭を放ち、ドロドロした粘液にまみれた、巨大な花が待ち受けていた。
 気持ちの悪い植物は、ぱっくりと口を開く。
 食人花だった。
「あらら。なんて可愛いんだろう」
 だが、幻覚に侵されたマーガレットには、かわいらしい花に見えているようだ。

「ファイアストーム!」
 すかさず、メシエが攻撃魔法を放つ。炎の嵐に呑まれて食人花は身もだえた。
「赤川よ。止めを刺せ!」
 隆元の野良英霊:赤川元保が、もだえる食人花を真っ二つに切り落とす。暴れていた触手は静かになり、やがて動かぬ灰となった。
「危ないところだった。礼を言うぞ」
 隆元が、メシエに向けて頭を下げた。
「構いませんよ。淑女をお守りするのが、私の役目ですから」
 メシエは、いつも通りの優雅さで応える。端正な顔に小さな笑みを浮かべた。
「あははは! 可愛い花が、砕けてダイヤになっちゃった!」
 一方、まだ幻覚に侵されているマーガレットは。
 ケラケラと笑いながら、食人花の灰を弄んでいた。


                                     ☆   ☆   ☆


 丘の上にたどり着いたリースが、一人の少女を発見した。
「あ、あの。あなたが、花畑の管理人さんですか?」
「……すみません。もう一度、言ってもらえませんか」
 少女は向き直り、右耳をリースへ見せた。リースはもういちど同じ質問をくりかえす。
「……はい。わたしが、この花畑の管理人です」
 そして少女は、水を撒いていたジョウロを地面へ置いた。
「お、お願いがあるのですが」
「なんでしょう」
「ひまわりを12本、いただけないでしょうか」
 リースが両手を合わせ、ぎゅっと目をつむった。少女はちょっとだけ戸惑っていたが、すぐに承諾する。
「事情がおありのようですね。どうぞ、好きな花を摘んでください」
 少女は、背後に広がるひまわり畑を示しながら言った。

「ごめんね。花瓶に生けたいから、手折らせてもらっていいかな」
 エースが優しくひまわりへ話しかけた。花を怖がらせないように、ゆっくりと摘んでいく。
 彼の姿を見守りながら、少女がリースへ言った。
「素敵な方ですね」
「はい。エースさんは、私に悪い虫がつかないようにと、ついてきてくれたのです」
「そうなのですか」
 少女はくすくすと笑うと、エースに尋ねる。
「では。あなたは、良い虫なのですね」
「そのつもりさ。俺は、絶対に花を傷つけないからね」
 12本目のひまわりを摘みながら、彼は振り返らずに答えた。
 少女はそれを聞くと、リースをちらりと見て、またしてもイタズラっぽく笑う。
「――こんな方に蜜を吸われる花は、さぞかし幸福でしょうね」
「あ、ああ! 私たちは、そういう関係ではないのです!」
 リースが頬を赤らめながら、手で顔を覆った。
「た、ただ。ご、護衛のために、ついてきてくださったのですよ」
 少女の誤解をとこうと、リースはどもりながら説明した。
 だが。
 リースが顔を上げた時。

 そこにはもう、少女の姿はなかった。