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雪の女王と癒しの葉

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雪の女王と癒しの葉

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第六章 真白き願い
「少し休みますか?」
「……ううん、まだ頑張れる、よ」
 歩きにくい雪の中、霜月に手を引かれながらルルナは懸命に歩を進めた。
「あ〜、寒い〜、つらい〜、何でスノーモービルとか使えないんやろ」
「ほらほらルルナちゃんが頑張ってるんだから文句言わないの! まぁその疑問には同感だけど」
 雪の女王の庭へ至るには口伝で伝えられているルートを通らねばならないという。
 そしてその際、機械類は使用せず自らの足で参らねばならないという。
 真偽の程は定かではない、けれど。
「言い伝えられている事は、得てして的を射ているものだわ」
「雪の女王の試し、といった所か」
 さり気に皆を【アイスプロテクト】で守りながら、アインは頭上を見上げた。
 もうすぐ辿りつく、その場所を見透かそうとするように。
「でもあたし、ちょっとズルしちゃったから……」
「雪崩とかあったし、仕方ないよ」
「そうやで。何つーか、真剣さっていうかその態度みたいなモン、見たいんやないか?」
 しゅん、としたルルナをフィリーネと優夏が口々に元気づけた、その時。

 ズゥゥゥゥゥゥゥン

 地面が激しく、揺れた。
「おっと危ない」
 ズルリと足を滑らせたルルナを霜月と共にフォローしたのは樹月 刀真(きづき・とうま)だった。
 ラヴェイジャーである刀真は、この悪天候をものともしていない。
 更に【パスファインダー】でさり気なく一同をサポートまでしていた。
「俺は《一騎当千》、《百戦錬磨》の剣士だぜ? この程度の雪山、影龍に比べれば可愛いものさ」
 己を奮い立たせる為のそれはしかし、ルルナ達をも奮い立たせたようだった。
 と、その身体をふわりと包み込む優しい魔法。
「確かに刀真さんは私達を守ってくれます。でも、私は貴方の守護天使ですよ? このくらいはさせて下さい」
 【禁猟区】を使う封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)に、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)もコクリと頷く。
「でも、今のは……」
「きっと雪崩が止まったんだよ!」
「そうだな……時間的にも、そのくらいだ」
 朱里の希望的意見を、アインの冷静な意見で押す。
 雪崩の速度を考えれば、丁度麓に到達するくらいだが、勿論、イコンを駆る者達はそんな事態を許しはしないだろう。
「だから安心して、私達は私達の仕事をやり遂げましょう」
 朱里が言うと同時、一同は『そこ』にたどり着いたのであった。


『……人の子らが、何用じゃ?』
 『彼女』は美しい……美しすぎる女性の姿をしていた。
 透けた身体とまとう冷気が、『彼女』が人ではないと語っていた。
 『彼女』……宙に浮かんだ雪の女王は冷たい、感情の見えない眼差しで訪れた者達を睥睨した。
「病人を助けたいっていう人たちが山頂に近づいたくらいで、雪崩まで起こすのはやりすぎだよ!」
 真っ先にくってかかったのは、美羽だった。
「大体、ルルナが癒しの葉を手に入れようと思った理由は、病気で苦しんでいる人たちを助けるためだったんだよ」
 というか雪の女王がルルナ達を危険な目に遭わせた事を、美羽は怒っていたのだ。
「しかも、黙って取ろうとしたわけじゃなくて、ちゃんと理由を精霊に話そうとしていたのに……そんなルルナを雪崩で危険な目に遭わせるなんて、あんまりだよ!」
「私もそう思います。病人を助けたいという人たちが山頂に近づいたくらいで、雪崩まで起こすのは、ハッキリ言ってやり過ぎです!」
 美羽だけでなく、いつもはおっとりしたベアトリーチェも、ついつい口調がキツいものになってしまうのは、許して欲しい。
 薬屋のおじさん達、それに麓の町が雪崩に巻き込まれかけた事は許せる事ではなかったから。
 怒りを湛えた真っ直ぐな抗議に、しかし古き精霊は微かに口元をほころばせた。
 どこか懐かしむような、痛みを堪えるようなそれ。
『しかし確かに、此度はこちら側の不手際……すまなんだな』
「あっ、ううんそんな……あの、ワザとじゃないのよね? なら、仕方ないし」
 優雅に頭を下げる雪の女王に慌てるルルナの背中を美羽はポンと押し。
「とにかくルルナさんの話を聞いてあげてください」
 ベアトリーチェに促され、顔を上げた雪の女王の視線がルルナに向けられた。
「あたしの願いは、癒しの葉を分けて貰う事、です。みんな困ってる、苦しんでる、癒しの葉を待ってるんです。だからお願いします、癒しの葉を分けて下さい!」
 ペコリ、すごい勢いで頭を下げたルルナ。
『美辞麗句を並べ立てても、やる事は……奪う事は変わらぬ』
「っ!?」
「欲のない人間なんておらへん。けどな、それで人が救われるんなら、己の汚名なんて安いモンや」
「欲望も人間の美徳の一つよ、自分を鍛える糧にするならだけど」
 びくり震えた小さな身体を咄嗟に支え、優夏とフィリーネが言い募る。
 この少女の気持ちが届けばいい、と祈りながら。
『全てを望み全てを奪い尽くす……それが人、なのじゃ』
「確かに、人間は自分たちの生活の為に自然を破壊してきました。それは否定できない事実です」
 ルルナの成長ぶりを嬉しく思いつつ、朱里は雪の女王を、その凍てついた瞳を真っ直ぐに見つめた。
「しかし今は、過去の行いを反省し、自然との共生や保護を模索する人々も増えています。乱獲はしない、採取した分だけ新たな苗を植樹し緑化活動に協力するといった形で、歩み寄ることも不可能ではないはず」
「確かに、人間に対する女王の怒りと失望は察して余りある。しかし無礼を承知であえて問う。病人を救うために薬草を刈り取る人間と、草花を護るために病人を見殺しにする女王、両者の間に何の違いがあろう?」
『ほっ、面白い事を言いよる』
 アインの言葉に目を細める雪の女王に、凍えた瞳に時折混じる色を、朱里は感じていた。
 それは多分、不安と期待。
 信じたい裏切られたくない、揺れる天秤。
「気分を害したなら申し訳ない。しかし大切な者を救いたいと願う気持ちはこちらも同じ」
「私も家族を持つ身。我が子にも等しいこの地を護りたいと願う女王様のお気持ち、身にしみて分かります。どうか人々の為、力をお貸しください」
「少なくとも、ルルナは貴方を信じ、自らの命を賭してここまでやって来た。その思いをどうか聞き届けてほしい」
 ただ祈りながら見つめる。
 自分達の心を余すことなく、伝える為に。
「お初にお目にかかります」
 そして雪の女王様の前、白花は巫女としての礼をとった。
「今、風土病で苦しんでいる人達が居ます、その人達を治す為の薬草が雪のため遅れてしまい、私達の力では雪を止める事ができず、彼等に薬草を渡すこともできません」
「今すぐに完治させる必要はない、風土病の風邪の症状を抑えて届くのが遅れている薬草が届くまでの時間を稼げれば良いの」
 白花のように完璧な礼はとれないものの、月夜の願う気持ちの強さは、同じである。
 見下ろす雪の女王、その冷たい面持ちは崩れないまま、だったけれど。
「(白花が頑張るなら、私も傍で一緒に頑張る、当然刀真も一緒! 大丈夫!、ロロナだっているし、皆で頑張れば何でもできる! 雪の女王だって説得できるよ)」
 月夜は視線で白花を励まし、願いを素直に口にし。
「だから、必要なのはそれを可能にできるだけの量の『癒しの葉』を、分けてもらえないかな?」
「彼等を救いたいんです…この山にある薬草を分けては頂けないでしょうか? 私ができる事なら何でもします、お願いです薬草を分けて下さい」
 そして、二人は深々と頭を下げた。